子爵の親切と追手
医院から子爵邸に帰った日の夜、コトラス子爵ウェルゲイに呼ばれた。
応接室に入ると、彼はエリザから俺の事情を聞いたと言う。
「エリザから聞いた。薬代、私が払う」
「え?」
「湖で漁が再開できるのも君のおかげだ。湖の周辺から避難していた人々は、村に帰ることができた。私はたいした力はないし、領地は大きくないけれど、君のご家族の薬代を出すことはなんとかできる。あと十回分、必要なんだろう? 私が出すから、君はひとまず先に十回分を持って帰りなさい。そして、残りの薬を受け取りにまたここに来るといい」
「本当に……いいんですか?」
「もちろんだ。安くない薬代だけど、恩人が困っている。たしかに仕事を依頼し、君が請けた。報酬もわたした。だけど、君が現れなかったらと思うと、ゾッとするよ。それが、ご家族が病気で、薬を求めてここに来た……縁だと思う。だから、私は君のためにお金を使いたい」
「ありがとう……ございます」
ホッとして、安堵のあまり涙があふれてきた。
よかった……よかった。
- Il était appelé le Grand Mage. -
薬ができた。
粉薬を紙で包み、それを十個、袋に入れて腰にしばりつける。
「お世話になりました、ウェルゲイ様」
「いやいや、こちらこそ。届けたら、また取りに戻ってくるのだよ」
「はい、ありがとうございます。エリザも、いろいろとありがとう」
「いいのよ。ウェルゲイ様のお客様ですもの」
俺は丁寧に頭をさげ、屋敷から出る。
この時、町の中に三騎の騎兵が入ってきていた。黒地に金色で鷹が描かれた軍旗を掲げている。それは、ヴァスラ帝国四公のひとつ、黒鷹公爵のものだと学んでいるので知っていた。
彼らは、俺を見て馬を停める。
「その方、手配書と人相が同じだ。アルスという名か!?」
「はい」
「ヒュドラを一人で倒し、闘技場で大人相手に勝利を重ねる少年がいる。それはもしかしたら、忌み子が成長したのではないかと訴えがあった。そなたを捕縛し取り調べる!」
こんなことってあるのかよ!
誰が訴えた? ……負けた奴らか? 闘技場で負けた奴らが腹いせに? ヒュドラの手柄を奪われたと思う傭兵たちか?
見送りに出て来ていたウェルゲイが、俺の前に進み出た。
「このコトラスで勝手なことはさせぬ。私の領地だぞ」
「ウェルゲイ卿、貴公は黒鷹公爵閣下から、この領地を任せられているに過ぎぬ。出しゃばるな」
……迷惑をかけられない。
俺は、風守護の魔法を思い出した。
逃げよう。
小声で、ウェルゲイに伝える。
「ありがとうございました。逃げるので、追うフリをしてください」
彼が何かを言う前に、俺は風守護を発動する。
ウェルゲイとエリザに迷惑はかけられない。
俺は三騎から逃れるため、地面を強く蹴った。魔法の加護を受けている俺の加速は、常人離れしている。馬たちが驚き嘶いた時には、俺は一気に距離を離していた。
ただ、使い慣れていない魔法だ。
発動時間が短いはず……連発するしかないけど、走りながらの連発はさすがの俺も疲れる。
反撃……絶対にしてはダメだ。あいつら三騎の後ろには、公爵家がいる。軍勢なんて派遣されて、森の辺りまで出張ってきたら面倒になると思った。
逃げたことで、追われることになるし、コトラスの町に再訪問することが難しくなるかもしれないけど、とにかくこの場を離れるのが先決だ。
走る。
懸命に走った。
騎兵が追ってくるのを、肩越しに見る。
距離はとっているけど、油断して休憩を長くとると……あるいは速度が落ちると、追いつかれるだろう。
あちらの馬が疲れるまで、俺も走り続けないといけない。
風守護の効果が落ちてきたと、走る速度の低下で感じた。
再び、魔法を発動する。
グンと加速した。
逃げる。
絶対に捕まるわけにはいかない。




