赤ん坊は魔法の存在を知った
異世界転生なんて、作り話の中だけのものだと思っていた。
まさか自分が、そうなるなんて思いもしなかった。
実は誰かが実体験をしていたから、あの設定が生まれたんじゃないか?
異世界から地球に転生した人が、逆を考えて、それを設定にした物語をつくってみたら流行ったのでは?
「ルシアン様は今日も何か、ごにょごにょとおしゃべりしてまちゅねぇ」
俺に話しかけているのは、乳母のマリーナだ。彼女が俺の下の世話からおっぱいまで、全て面倒をみてくれている。
母親は少し離れたところで、幾人もの女性たちに囲まれて本を読んだり、楽器を演奏したり、歌手の歌を聴いたり自由気まま……たまに俺を抱っこして、可愛い! を連発するけど、すぐに「腕が疲れたわ」と言ってマリーナに返す。
お前はもうちょっと母親らしくしろよと、喋ることができたら言ってやりたい。
俺は、どこにでもいる社会人だったけど、今の自分が上流階級の女性の子供……赤ん坊になっていることくらいは理解できた。
時間の感覚がなくて、食べては寝て、小便を漏らしては泣いて、クソを漏らしては泣いて、腹が減っては泣いて、満たされて寝て……を繰り返す日々。
時たま、意識がはっきりしていることがあり、考え事をしたり、周囲を観察したりしているけど、圧倒的に時間が足りない。
……小便をした。
知らせないと。
「ひ……ん……んぎゃー! んぎゃー!」
「あら、ルシアン様、おむつを交換ちまちょうね? とっても賢いでちゅね? おなかが減った時と鳴き声が違うなんてご立派」
なんてことはない。
俺は、大人なんだ。
「んぎゃー! んぎゃー!」
「はいはい、おむつ交換しまちゅねぇ」
……もう、恥ずかしくもない。
- Il était appelé le Grand Mage. -
「ルシアンが、人の言葉を理解しているというのは本当か?」
「はい、陛下。この子は天才でございます」
「でかしたぞ、ローゼエリーナ」
「ありがとうございます、陛下」
父……どっかの王族というか、王らしい。それで、俺の母は妃らしい。
二人は俺の顔を覗き込んで、上機嫌だ。
父親は若々しくも威厳があり、母親はザ・美人といえば雑だか、とんでもなく美人だ。
どれくらいの時間が経っているのかわからないけど、どうやら人語に反応したのが他の子よりも早かったそうで、それで喜んでいるらしい。
あたりまえだろ。
俺は、大人なんだから。
「ばぶー……キャ!」
「おお、ルシアンが笑ったぞ。笑みも賢そうだ!」
「さすが陛下の御子でございます」
「なに、ローゼエリーナの血がよかったのだろう」
両親が褒め合っている。
……でも、普段はまったく俺の面倒をみない母親が喜ぶよりも、二人の後ろでニコニコとしているマリーナが喜んでくれているのはちょっと嬉しい。
彼女、いい人なんだ。
いつも、俺にいろんなことを話しかけてくれている。そのおかげで、俺もこの世界の言葉を早くわかるようになったと思う。
「マリーナ、しっかりと頼むぞ」
両親はそう言って、離れていった。
俺の視界に、笑顔のマリーナが現れる。
顔が近づく……抱っこをされたのだとわかった。
「ルシアン様、さ、ベッドに参りましょう」
この人に抱っこされていると、安心して眠くなるんだよなぁ……。
俺、大人なのに……。
- Il était appelé le Grand Mage. -
この世界には、魔法があるとわかった。
マリーナが、ランプに火を灯す時に魔法を使うのを見ていたのだ。
その時、彼女は「あ、火種が消えちゃっているわ」と愚痴ると、指先に一瞬で火を灯したのである。マジックとか、そういうものではなく魔法が存在するとわかったのは、彼女が言った次の言葉からだ。
「火種の代わりに魔法で火をつけるだなんて、お行儀悪いけど誰も見て……ルシアン様、ひみちゅでしゅよぉ」
おおおおおお! と興奮したけど、赤ん坊ではせいぜいキャッキャッと笑うくらいだった……その時、思った。
魔法、俺も使いたい!
どうやったら使えるんだろう?
暇なので、ともかく炎を点そうといろいろと考え始めた。
火が、空中に生まれることをイメージしてみる。
変化がない。
おっぱい飲んで、小便もらして、クソもらして、寝るだけの毎日なので時間がありあまっている。
この頃になると、母親は全く現れなくなり、俺の視界と聴覚は、マリーナ中心となっていた。その彼女も、ずっと俺を見ているわけじゃない。
おっぱい、おむつ交換以外は、魔法が使えるように練習……というかイメージし続けることにした。




