マリーナのために
夕刻。
俺とマリーナの小屋に、魔王が入ってきた。
恐ろしく美しい少女は、俺の頬に触れる。
「アル、泣くな。マリーナが心配するよ?」
「すみません」
彼女は、ベッドに横たわるマリーナの傍らに膝をつく。
マリーナがここで、目を開いて魔王を見た。
「ご迷惑を……」
「言うな。アラギウスの娘……手に触れるね?」
リーゼキュラがマリーナの手をとり、目を閉じた。そして、彼女は身体から温かみのある光を発し始める。
どれくらい、そうしていただろう?
光が消え、魔王が目を開いた。
赤い目が、俺を見て、揺れた。
何?
「アル、マリーナは血の病だよ」
「……血?」
「そう。身体をめぐる血が、毒化して肉体を蝕む」
「どうしたら、治りますか?」
「……人間の病には、わたしたちの薬は意味がない……人の身体にあう薬が必要」
薬……薬か。
「俺、手に入れてきます」
そう言った直後、横たわるマリーナが口を開いた。
「ダメ」
「どうして?」
「ダメ……アル、わたしたちは、隠れていないといけない」
「……でも、薬がいるじゃないか」
「ダメ」
俺たちを見守るリーゼキュラは、小屋の外に声をかけた。
「ヴィル?」
「はい!」
長老が身を屈めて現れ、俺の背中を撫でてくれながら魔王に一礼する。
リーゼキュラは、マリーナを見つめたまま口を開いた。
「アルとマリーナは、どうして隠れていないといけない? 事情を?」
「それは……爺様が墓に持っていきました……何も知らないんです」
「何も知らなくても、彼らを村に?」
「いえ、魔王様……お言葉ですが、二人は群れの仲間ですから当然のことでして」
リーゼキュラは微笑むと、ヴィルに手を伸ばしてその首を撫でる。
「いい子、やはりコボルトは好きよ。じゃ、マリーナ、あなたから聞くことにする」
「……どうしてもですか?」
「マリーナ、はっきり言うけど、このままだと死ぬよ」
死ぬ?
え?
死ぬ病気なの?
え?
なんで?
薬……薬。
俺は無言で立ち上がり、小屋の外に出る。背後で、マリーナの声が聞こえたけど無視した。
ここから南へ向かえば、ヴァスラ帝国の勢力圏だ……町……都市じゃないとダメか? ともかく、血が毒になるという病気を治す薬を手に入れる!
「待て」
ゼグスが立ちはだかった。
「どいてくれ」
「どかぬ。リーゼキュラ様が止めておられる」
「俺は! 行かなきゃいけないんだ!」
「俺に勝てれば、行ってよい」
俺はマリーナのことで焦っていたから、無我夢中で突っ込んだ。
あっさりとゼグスの殴打を受けて、地面に転がる。
さらに蹴りをくらい、涙で滲んだ視界に、空が映った。
沈む太陽が、空を赤く汚している。
血の色だと、思った。




