マリーナとゼグスに学ぶ
夜。
竜言語で書かれた魔導書を、マリーナがラーグ語に翻訳した後のチェックを、俺がしている。このお手伝いが、とても勉強になる。
「ゼグスがくれたこの魔導書、竜が支配した時代に記された原書に近いからとても貴重なもの……やはり魔族は、人がもう忘れてしまったような貴重なものを、まだちゃんと持っているのね」
「彼らにとって、意味がないと思うものでもそうかな?」
「いえ、意味はあるのだと思う。だけど、わたしたちが知的探求を目的とするのとは違うだろうけども……でも、やっぱり魔導書を求める旅、またやりたいなぁ」
「行こうよ、俺も手伝うから」
「アルはまだ子供よ。早い」
もう十分だろうと思うも、マリーナは帝国に存在を知られてはいけない事情を意識しているに違いないと思う。
でも、数年先には村を出て、マリーナがしたいことに付き合いたい。俺のために、自分の人生を捨てるようにして、ここにいるんだから……。
「なに? どうかした?」
俺の視線に気づいた彼女。
俺は、「なんでもない」と答えて、作業に戻る。
こうして、俺の光球で照らした空間で、二人で魔導書の翻訳、解説、写本などの作業をするのはおもしろい。それに、戦い方の幅を広げる発見もあった。
「わたしは、もうしばらく実戦はしていないけれど、この魔法は役にたつかも……アル、勉強しなさい」
「それって、戦うことを勧めているじゃないか。まだ子供だって言うくせに」
「戦いから逃げる者は、戦いによって滅ぶ。戦いに備える者は、戦いを避ける選択肢を得る……いざ戦いになった時、負ける確率を下げるために、学びは大事よ」
「風守護かぁ……地味そうだけど?」
「使い方。魔法はいくつも系統ごとに種類があり、それはまだ発見できていないものもたくさんあると言われている……多くの魔法を知るほうが、幅が増える。だけど、その中でも得意な系統の魔法は練度を高めて、どんなに苦しい時でも瞬時に発動できるようにしておく……狂獣の時も、それで助かった……でしょ?」
「……わかった。勉強しておきます」
「でも、アルは珍しい魔質を備えているから……才能豊かなこともそうだけど、火炎系、氷水系、雷系、風系……難しい重力も光も……召喚系も偏りなく長けている特異素質なる者だと思うのよ……だから、もっといろんな魔法を学んで幅を広く、奥行きを深くしていってほしい」
「……スパルタだよなぁ」
「スパルタ?」
ああ、これは日本の言い回しか。
「なんでもない」
「本当に? ゼグスに変なことを教えてもらってないでしょうね?」
「それはないよ、あの人……いや、魔人か。親切という言葉が正しいかはわからないけど、俺には丁寧に教えてくれる」
「……彼こそ武を極めようとする側でしょうね……だからこそ、同じ道を歩むアルを見て、またどんどんと成長するから鍛えていて楽しいのでしょう……アルに魔法を教えるわたしみたいに、ね」
「そっか……喉かわいた……水を汲んでくる」
「いいわ、わたしが……」
言ったマリーナが椅子から立ち上がろうとしたけど、そこでこめかみを押さえて動きを止めた。
「マリーナ?」
「大丈夫……なんでもない。急に動いたから苦しくなったのかも。年はとりたくないわ」
「……いくつになったの?」
「二十歳よ」
俺は笑ったけど、それは誤魔化すようなものだった。
なにを、誤魔化した?
自分の、不安だ。
- Il était appelé le Grand Mage. -
ゼグスとの稽古は、実戦さながらだ。
彼は本当に強い。
こちらが強くなったと思っても、まだ導かれている感覚が続く。
「アル、魔法にはこういう使い方もある」
稽古の最中、ゼグスはそう言うと、一瞬で俺の背後に回り込んだ。
「な!」
驚いた時には、首に木剣を当てられていて、喉を鳴らすのが精いっぱいだ。
「風守護を使った」
風守護……地味だなと俺が言ったやつ。
ゼグスは、再び元の位置へと歩きながら言う。
「派手な攻撃魔法はたしかに強力だ。火炎、稲妻、氷……しかし、それらは防ぐこともできる。最高難易度の魔法でさえも、敵がそれを発動してくると読んでいれば防ぐことは理論上可能だ、そうだな?」
「はい」
「しかし、地味だが支援系魔法は防ぐことができない……人間たちは忘れているが、精霊の助けを得て発動するこれらを、剣や格闘と組みあわせることで、魔法戦をより有利に進めることができる」
「わかりました」
「強化、風守護、竜眼などなど……俺の屋敷にある魔導書を貸したが、ちゃんと使えるようにしておけ」
「……ありがとうございます」
「よし、ではいくぞ」
来るとわかっていたので、ゼグスの前進にあわせて斬撃を返すも、彼の剣勢はこれまでのどれよりも重く、速かった!
ガツンという衝撃で、俺の木剣は手から離れ、宙に跳ぶ。
まずい! と思った直後には、体当たりをくらって地面を転がった。
「強化だ。このように、筋力を一時的に高めることができる。お前は俺の強さ、重さ、速さに慣れていたが、突然の変化に対応できなかった。そうだな?」
立ち上がりながら、「はい」と答えた。
「こういう緩急のつけかたもある……経験だ。全ては経験……未知よりも既知がよく、既知よりも知悉することがよりよいが、経験は知悉に勝ると思う。慣れだ」
「わかりました……お願いします!」
ゼグスはにやりと笑い、木剣をかまえる。
俺は風守護を自分にかけて、突進と同時に斬撃を見舞った。
ガツッという衝撃は、防がれた証。
押し返され、後方へと後退しつつ火炎弾を放ち、回り込む動きで追撃する。ゼグスは防御魔法で魔法を防ぎつつ、剣に剣を当てて防ぐと蹴ってきた。
躱し、裏拳を見舞うも防がれる。だがその衝撃の反動で、回転しつつ一閃を放つ。
剣と剣がぶつかり、彼の氷槍に氷槍をぶつけて相殺した。
「見事! 今日はここまで!」
俺が、肩を激しく上下させているのを見て、ゼグスが終わりと宣言する。
……ゼグスは呼吸を乱してもいない。
戦いながら、魔法を放ち、支援系の精霊魔法も継続して……こりゃ疲れる。
だけど……自分がどんどんと強くなっている実感があった。




