魔人ふたたび
カブールのお葬式が終わった日のこと。
エブール、カブールの代が終わり、次はカブールの子のヴィルが長老となる。
彼も穏やかな性格で、知的で、三代にわたり長老家はいい人ばかりだ。
俺は、十二歳になっている。
狂獣が暴れていると聞いて、俺は仲間たちと森の奥へと進んだ。狂獣とは、三つ目の熊といえばわかりやすい。しかしその巨体は、ヒグマよりも大きいと言える。魔族とは違い、言語が通じないので意思疎通は難しい。魔族でも、魔獣とは距離をとっているが、それは支配しようとしても無駄だという諦めが、そうさせていた。
どこかの森から、移ってきたらしいその魔獣は、ゼグスが率いる部隊の追撃を避けるうちに、コボルトの縄張りに侵入したようだ。
子供たちが、川遊びに通う方向で、目撃されている。
お葬式が終わったばかりでバタバタだけど、俺とタボ、ケイの三人は斥候として、その場所へと急いでいた。
痛がりのケイも、立派な戦士になって……キャンキャン言ってた頃が懐かしいよ。
「なに? 顔に何かついてる?」
「いや、気のせいだった」
「変なの」
ケイが視線を転じて、枝葉の向こうを示した。
「匂いがする」
慎重に、低い体勢を保って進むと、枝葉の向こう、大樹の根本にそれはいた。
「あれ、黒い毛並み……ここから見てあのデカさ……やばいね」
彼女の言に、タボが弓に矢をつがえながら言う。
「仲間を呼ぼう」
俺の言葉に、タボが頭を振る。
「いや、俺たちに気づいている……だけど、気づいていないフリをしている……これは襲ってくる前触れだ」
やるしかない。
「アル、狂獣の勇気を折る叫びは、聞いた者の心を折るらしい。気をつけようね」
ケイの言葉に、頷きを返した。
「ああ、俺が前衛、矢で相手の気をそらして」
俺は素早く前進する。
馴れた森、後ろには仲間、前には敵。
巨体は、俺の接近で素早く反転した。
デカい!
魔獣が、咆哮する。
『グォォオオオオオオオオオ!』
おお!?
聞いた直後、一気に不安と恐れが襲ってきた!
脚が!
「アル!」
ケイの声。
肩越しに、彼女とタボが腰を抜かしているのがわかった。
これは、たしかにヤバい! 脚に力が入らないし、心臓がバクバクとして呼吸が荒くなる。
狂獣が、勝ち誇って突進してくる直前、俺は火炎弾を発動した。
これまで散々、練習して、術式への理解を深めてきたんだ。
恐慌状態となっていても、俺は一瞬で巨大な炎を発生させる。
火炎の塊が狂獣にぶつかると、奴は吹っ飛んで爆発した。
俺が作り出した火炎弾はすさまじい威力で、狂獣の肉片も血も全てを焼き尽くす。
ものすごい威力……我ながら驚いていると、前方からその声が聞こえてきた。
「誰かいるのか?」
「ゼグス様! こちらに誰かいます!」
ゼグスの部下たち……オークの戦士たちだ。
彼らは俺たちを見つけ、驚いた顔をする。
「コボルトたち……と、アルスか」
オークたちの後方から現れた獅子頭の魔人が、俺たちを見て目を見開いた。
ゼグス……二度目だ。
今なら、その強さがより正確にわかる。
「お前らが倒したのか? 見事だ」
ゼグスの称賛に、タボがよろよろと立ち上がりながら応える。
「いえ、アルが一人で」
「アル、見事だ」
「いえ……ビビって歩けません」
俺は大げさではなく、脚の震えが尋常ではない。
魔法で撃退していなければ、やられていてもおかしくなかった。
勉強になった。
魔導士としての質が高くても、こういうケースであっけなく倒れることがあるかもしれない……。
単純な強さだけでなく、総合的に強くなければ、この世界ではいつ死んでもおかしくないのだ。
「どうした? 深刻な顔をして」
ゼグスの問いに、俺は表情を崩すも、この魔族相手に誤魔化しはできないと感じて、正直に話す。
「はい……俺はマ……母さんに魔法を教わり、強くなったつもりでした。ですが、狂獣の雄叫びを聞いて、脚が動かなくなってしまい……運よく、魔法発動ができましたが、もし失敗していれば、死んでいました。なので、経験を積まないと、どんなに知識や魔法習得も意味を成さないような気がしました」
「なるほど……」
ゼグスは頷くと、意外なことを言ってきた。
「稽古をつけてやろう。ただし、下手をすれば怪我をするし、もしかしたら、うっかり殺してしまかもしれん。どうだ?」
……稽古か。
「お願いします」




