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第六十一話 名前
その日の夕方――スタッフの一人が、資料を持ってきた。
「……倉城さん。一つ、確認させてください」
「何だ」
「ゲーム内のGMアカウントについてです。正式名称は「マスターネオ」ですが――本名との紐付けを更新したいと思っておりまして」
「……倉城音央でいい」
「はい。倉城音央様、ですね」
スタッフが書類にメモをして、下がっていった。
莉里が、聞く。「……音央、ね」
「……そうだ」
「倉城光さんの――」
「夫だ」
「俺は、婿養子なんだ。意外だろ」
静かな部屋。窓の外は、まだ明るかった。傾きかけた陽光が、部屋の壁をオレンジに染めている。
「……ゲームを作ったの、奥さんなんだね」
「ああ」
「それで――GMになったの?」
「……妻が作った世界だから。俺が守りたかった」
莉里は、しばらく何も言わなかった。
窓の外で、夕焼けが深まっていく。
それから――静かに、言った。
「……ちゃんと、守れたね」
音央は、窓の外を見たまま――答えた。
「……まあ、な」
少しだけ。その声が、揺れた。




