第六話 信じない女と、嘘みたいな猫
遺跡を抜けた先に、開けた草原が広がっていた。
「……やっと普通のエリアか」
ネオは小さく呟く。だが油断はしない。この世界はもう「普通」という言葉を持たない。
その草原に、金属音が響いた。
「くっ……!」
視線を向ける。そこにいたのは一人のプレイヤー。白いローブ。長い杖を両手で構えている。三体のモンスターに囲まれ、後退しながら詠唱を試みていた。
「ヒーラーか」
後衛職が前衛なしで囲まれている。最悪の状況だ。
「……まあ」
ネオは肩をすくめる。「見捨てる理由もないか」
地面を蹴る。黒い巨体が一気に距離を詰める。
「伏せろ!」
白ローブの少女が反応した。本能的にしゃがむ。その頭上を、ネオが飛び越える。
「なっ――!?」
モンスターに突っ込む。「シフト」――ネオの姿が消える。次の瞬間、背後へ。
「遅い」
一体を叩き飛ばす。残り二体が反応する。だが――「開け」。カチリ。一体の動きが止まる。関節のロックが外れ、崩れるように倒れる。
最後の一体が正面から襲いかかる。ネオはそれを見て――動かない。
「危な――」
直撃、のはずだった。しかし攻撃はすり抜けた。
「……え?」
ネオはそのまま前に出る。「じゃ、終わり」――一撃。モンスターが消える。
静寂。草原に風が通る。
白ローブの少女がゆっくり立ち上がる。そしてネオを見た。
「……何それ」
第一声がそれだった。感謝でも驚きでもなく、純粋な不審の色が声に滲んでいた。
ネオは笑う。「猫だな」
「違うでしょ」
「じゃあ何に見える?」
「バグ」
ネオは一瞬だけ動きを止めて――笑った。「正解」
少女は眉をひそめる。「信用できない」
即答だった。ためらいもない。
「まあそうだろうな」
ネオはあっさり頷く。「でもさ。さっき助けたの、俺だぞ?」
「それとこれとは別」
「厳しいな」
少女は杖を構え直す。「あなた、普通じゃない」
「褒め言葉だな」
「違う。危険って意味」
ネオは少しだけ笑みを消す。「……まあ、間違ってない」
一瞬の沈黙。乾いた風が草を鳴らした。
そのとき。ログが浮かぶ。
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「その子、どうするの?」
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ネオの目が細くなる。「……見てるな」
「何?」
少女が反応する。
「いや、独り言」
ネオは軽くごまかす。そして言った。「一緒に来るか?」
少女は即答する。「行かない」
「だよな」
「でも」
少しだけ間を置く。その目に、何かが揺れる。「情報は欲しい」
ネオは笑った。「交渉成立だな」
「まだしてない」
「じゃあこれからするか」
二人は向かい合う。壊れた世界の、草原の真ん中で。
「条件は?」
「裏切らないこと」
ネオは少しだけ考えてから言った。「それは無理だな」
「は?」
「俺、嘘つくから」
少女の目が鋭くなる。しかしネオは続ける。「でも、助けはする。それだけは本当だ」
「……何それ」
「分かりやすいだろ?嘘をつくかもしれないけど、命は守る。それで判断してくれ」
沈黙。やがて少女はため息をついた。「……最低」
「よく言われる」
そして――「……暫定で組む」。
ネオは笑った。「よろしくな」
「よろしくしない」
二人は並んで歩き出す。信頼はない。しかし利害は一致している。
名前も、まだ聞いていなかった。
その様子を眺めながら。ログが一行、静かに流れた。
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「……ふーん」
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ほんの少しだけ。面白くなさそうな気配が、文字の端に滲んでいた。




