第四話 鍵で殴るな
森を抜けた先に、崩れた石造りの遺跡が広がっていた。
「……こんな場所、あったか?」
ネオは足を止める。記憶をたどる。完全には一致しない。いや、正確には――「完成していないエリアか」。開発途中で放置され、マップデータに組み込まれないまま残っていた領域だ。
背後から足音。振り返ると、あのプレイヤーが追いついてきていた。息を切らし、それでも追ってきた。
「さっきの猫……!」
「猫じゃない。元GMだ」
「信じられるか!」
「まあ無理だな」
ネオは軽く笑って、遺跡の奥を見た。空気が淀んでいる。静かすぎる。明らかに何かが潜んでいる。
「ここ、危ないぞ」
そう言った直後だった。地面が低く震えた。崩れた柱の影から、ゆっくりとそれは現れた。
「……ゴーレムか」
巨大な石の巨人。ただし普通のゴーレムではない。身体のあちこちに、鍵穴のような窪みがある。関節の継ぎ目に、胸部の中央に、腕のつけ根に。
「なんだよあれ……」
プレイヤーが後ずさる。ゴーレムが一歩踏み出す。その一歩で、石畳が砕け散った。
「逃げ――」
ネオは言いかけて、止まった。
「……いや」
目を細める。
「これ、当たりだな」
「は?」
ゴーレムが腕を振り上げる。ネオは横に跳ぶ。衝撃で遺跡の一部が崩れる。砂塵が舞う。
「まともにやったら勝てないな」
ネオは冷静に分析した。攻撃力、防御力、どちらも桁違い。正規の戦闘では話にならない。
「でも――」
手の中の光を、取り出す。小さな鍵。《マスターキー》。
「まともにやる必要はない」
ゴーレムが再び襲いかかる。ネオは前へ出た。
「おい正気か!?」
後ろで絶叫。ネオは笑う。
「いいとこ見せるから、見てろ」
振り下ろされる拳。避けない。その代わり――ネオは鍵を突き出した。
「開け」
鍵が、ゴーレムの腕の鍵穴に触れる。
カチリ。
一瞬。ゴーレムの動きが止まった。石の身体が静止する。
「……は?」
次の瞬間。腕が――外れた。継ぎ目から、静かに、切り離されるように。
「おお」
ネオが素直に感心する。「そういう『ロック』か」
ゴーレムがバランスを崩す。
「つまり」
ネオは走る。巨体に飛び乗る。
「お前、パーツごとにロックされてるな?」
次の鍵穴へ。脚の関節部分。
「開け」
カチリ。今度は脚が崩れる。ゴーレムが膝をつく。遺跡の床に亀裂が走った。
「ちょ、ちょっと待て何してんだお前!?」
「解体作業」
ネオは即答した。さらにもう一つ。胸部の中央。一番大きな鍵穴。その奥に、何か核になるものがある予感がした。
「ここが本体だろ」
ゴーレムが残った力を振り絞って暴れる。振り落とそうとする。身体全体が激しく揺れた。
「危な――!」
ネオは振り落とされる寸前、鍵を突き立てた。
「開け」
カチリ。
一瞬の静寂。
そして――ゴーレムの身体が、内側から崩壊した。中心から亀裂が広がり、バラバラに崩れ、ただの石の塊に戻る。轟音の後、砂埃だけが残った。
「……終わりっと」
ネオは着地する。砂煙の中に降り立つ。
プレイヤーが口を開けたまま固まっている。
「……なんだそれ」
「鍵だよ」
「いや見れば分かるわ!」
「じゃあ説明するか」
ネオは少し考える。「『閉じてるものを開ける』。それだけだ」
「いやそれだけでああなる!?」
ネオは笑う。「『閉じてる』ってのは、色々あるからな。関節が閉じてれば、腕が外れる。胸の核が閉じてれば、全体が崩れる」
そのとき。視界にログが浮かぶ。
```
「使い方、上手いね」
```
ネオの目がわずかに細くなる。「……見てたか」
```
「そういうの、好きだよ」
```
一瞬。ほんの一瞬だけ。懐かしい感覚が、胸をよぎる。この言い方が、どこかに引っかかる。
だがネオはすぐに笑った。「だろ?まだまだこんなもんじゃないぞ」
ログは消える。遺跡に乾いた風が吹き抜ける。砂が舞い、石の破片がこすれ合う音がした。
「次は何を開けるかね」
黒猫は歩き出す。鍵を手に。壊れた世界を、こじ開けながら。




