幕間 サーバールームにて1
都内某所。
雑居ビルの一室。窓がない。時刻が分からない。
複数のモニターが、青白い光を静かに放ち続けている。その光だけが、この部屋の時間を証明していた。壁には配線が蛇のように這い回り、机の上には、いつ淹れたとも知れないコーヒーが湯気を失ったまま置き去りにされている。飲みかけのカップを気にする者は、今この部屋にはいなかった。
「……まだ、入れないのか」
モニターの青白い光に半分だけ照らされた横顔がある。年齢も性別も、この光の加減では判別しづらい。声だけが、わずかに疲弊を滲ませていた。
「ログイン不能、継続中。三時間と四十分」
別の声が答える。こちらはもっと平坦だ。感情の起伏を意図的に削いだような、情報だけを運ぶ声。まるで自分の存在の輪郭を消すことに慣れているかのようだった。
「強制終了は試したか」
「試した。しかし――」
言葉が詰まる。それ自体が答えだった。
「シャットダウンさえ受け付けない」
「ほとんどのプレイヤーが強制ログアウトされたのが、不幸中の幸いか――」
「電源断はできない。彼の人体への影響が怖いからな」
沈黙が落ちた。
あり得ない話だった。このシステムは、ハッキングに対して多層の防壁を持っている。そのコントロールは、この施設のコンソールからしか受け付けないはずだった。物理的に、構造的に、そう設計されているはずだった。
しかし――
「ログが、流れ続けている」
モニターのひとつに、《ファンタズマル・アイランド》のゲーム内映像が映っている。かつては精緻に管理されていた、VRファンタジーRPGの世界。今はサポートチャットにプレイヤーたちの怒声が殺到している。「入れないぞ!?」「運営、何やってんだよ!!」「どうなってるんだ!?」――文字が波のように流れ、消え、また流れる。
その混乱の中で、一つのログだけが、奇妙なほど静かに浮かんだ。
```
【System Notice】
バランス調整を継続中
```
「……これを出しているのは誰だ」
「運営ではない」
即答だった。
「ならば誰だ」
「それを、調べている」
キーボードを叩く音が室内に満ちる。高速でログが流れる。内部権限にアクセスしようとするたびに、存在しないはずの壁が立ちふさがる。権限はある。経路もある。だが届かない。まるで扉が内側から閉ざされているかのように、何も通らない。
別のモニターが点灯した。
そちらには別の映像があった。個室に一人で座る人物。ヘッドセットをつけたまま、ピクリとも動かない。外から見れば、眠っているようにも見える。ただ、胸だけが、ゆっくりと上下していた。
「……意識はあるのか」
「ある。ただし――反応がない」
「昏睡状態に近い、ということか」
「それに近い」
誰も次の言葉を発しなかった。
そのとき、別の端末が反応した。静寂の中に、アラートではなく、ただ一行のテキストが現れた。全員の視線が、そこに集まる。
画面に表示されたのは――
```
「期待してるよ」
```
誰も、何も言えなかった。
青白い光だけが、変わらず、部屋を照らし続けた。




