第十三話 《パスウォール》
三十分、考えた。
ネオとしては珍しく長い時間だった。その間、リリィは壁の周囲をぐるりと探索し、カイは石段に腰掛けてネオを眺め、ヴェルナルは静かに立ったまま待っていた。
「分かったか?」
リリィが戻ってくる。
「だいたい」
「だいたい、か」
「試してみないと確信は持てない」
ネオは壁の前に立つ。今度は鍵を取り出さない。代わりに――ゆっくりと、自分の手のひらを見た。
「この壁は、プレイヤーとしての俺を遮ってる」
「そうじゃないの?」
「GM権限の一部は、まだ戻ってる。《マスターキー》で取り戻した分だけ。俺は今、プレイヤーでもあってGMでもある。中途半端に、両方だ」
「……どういう意味?」
「壁はプレイヤーを遮る。でもGMは――この壁の管理者側だ。管理者として通れば、壁は俺を壁として認識しないかもしれない」
「なるほど……でも、どうやって?」
「自分が何者かを、決める」
カイが首を傾げる。「決める?」
「そう。権限の問題じゃなくて――認識の問題だ。俺がGMとして壁に向かえば、壁は俺を通すかもしれない」
リリィは少しだけ眉をひそめた。「……かもしれない、か」
「試してみる」
ネオは深く息を吸った。
プレイヤーとして、ではなく。この世界の管理者として。かつてそうだったように――今もそうであるように。権限ではなく、在り方として。
一歩、踏み出す。
抵抗がある。壁の感触が、手のひらに返ってくる。しかし――今度は、前より薄い。
もう一歩。
ずぶり、と。水の中に足を踏み入れるような感覚があった。固体の抵抗が、液体の抵抗に変わる。
そして――抜けた。
「……!」
リリィが息を呑む。ネオは壁の向こう側に立っていた。
「マジか」
カイが呟く。
視界に、ログが走る。
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【Master Authority Fragment Detected】
【マスター魔法:《パスウォール》取得】
あらゆる壁を通り抜ける
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「……よし」
ネオは振り返る。壁の向こうから、リリィたちの顔が見える。ガラス越しのように、少しだけ歪んで見える。
「来れるか?」
「……私たちも通れるの?」
「今は俺だけだろうな。でも――」
ネオは壁に手をかける。GM側から触れると――感触が違う。管理者として接触できる。
「開け」
カチリ。今度は鳴った。
壁が、ゆっくりと薄れていく。やがて――消えた。跡形もなく。
「……なるほどね」
リリィが、静かに言う。「内側から開けることができた」
「GM側からなら、管理できる。外からじゃ無理でも」
カイが笑う。「面白い発想だな」
「GMの仕事はそういうもんだ。外からじゃなくて、中から管理する」
ヴェルナルが、深く頭を下げた。「……街の奥へ、進めます。ありがとうございます」
ネオはそれを軽く受け流して、壁の跡を越えた。
街の奥へ。まだ誰も踏み込んでいない場所へ。
視界の端で、ログが一つ。
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「上手い。でも――もっと先がある」
```
ネオはそれを読んで、小さく笑った。「知ってる」




