第十一話 廃墟の市街地
地平線の向こうに、街が見えた。
《ルーメン市街》――プレイヤーの拠点となる主要都市のひとつ。本来なら活気に満ちた商店街、行き交うNPC、至るところで飛び交う取引のチャット。掲示板に並ぶ依頼、食堂から漂う匂い。
今は――廃墟だった。
「ひどいな」
リリィが、小さく呟く。
建物の半分は崩れ、道には亀裂が走っている。石畳は剥がれ、至るところにノイズの残滓が漂っていた。データの欠片が光の粒子になって、宙に舞っている。
「大規模イベントの煽りか」
ネオは冷静に分析する。「エリアが崩れたあと、自動修復が働くはずなんだが――」
「働いてない?」
「管理者がいないからな」
つまり、自分のことだ。ネオは一瞬だけ苦い顔をして、すぐに元に戻した。自責している時間はない。
街の中心へ向かう。人影はない――はずだった。
「いる」
カイが呟く。
崩れた建物の影に、複数の人影があった。プレイヤーではない。NPCだ。座り込んで、動かない。
「NPCが残ってる……?」
リリィが首を傾げる。
「普通、エラーが起きたら消えるか再起動するはずだが」
ネオは近づく。NPCの一体――初老の男性の姿をした存在――が、ゆっくりと顔を上げた。
「……旅の方」
声が出た。ネオは止まった。
「街が、壊れてしまいました」
淡々とした口調。感情が設定されているのか、それとも――
「なぜあなたは残っているんだ」
NPCは少しだけ間を置いた。
「……分かりません。消えようとしたのですが、消えられなかった」
空気が変わる。リリィが眉をひそめる。「NPCって、普通そういうこと言わない……でしょ?」
「言わない」
ネオは即答した。「NPCは状態を報告するが、自分の意志で『消えようとした』なんて言葉は持たない。それは設計の外側にある言葉だ」
視界の端に、ログ。
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「面白いでしょ?」
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ネオは空を見上げる。「……お前がやったのか」
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「違うよ。世界が、勝手に変わり始めてる」
「壊れたから、変わった。それだけ」
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ネオはその言葉を、しばらく咀嚼した。
壊れたから、変わった。バグの副産物か。それとも――意図されたものか。その境界が、もはや見えない。
NPCの老人が、再び口を開く。「……旅の方。この街の奥に、入れない場所があります」
「入れない?」
「壁が――できているんです。見えない壁が。街の半分が、そこから先へ行けない」
ネオは立ち上がる。
「見に行く。案内してくれるか」
「……はい。ヴェルナルと申します。お連れします」
老人のNPCは、ゆっくりと立ち上がった。その動作は、プログラムの動きではなく、年老いた人間が立ち上がる動作そのものだった。




