第十話 朝が来ない世界で
《ファンタズマル・アイランド》に、夜明けがない。
正確には――来るはずの朝が、来ていない。
空は薄暗い灰色のまま止まり、星も見えず、月もない。時間軸そのものが誰かの手のひらに握られているかのように、世界は黄昏れたまま凍りついていた。光源は焚き火と、世界に散らばった微かなノイズの残滓だけだった。
「……日の出、止まってるな」
ネオは空を見上げ、ぽつりと呟く。黒い毛並みが灰色の空を映している。
隣でリリィが目を覚ました。焚き火はとっくに燃え尽き、灰だけが白く残っている。彼女は髪を手でざっとまとめながら、同じ空を仰いだ。
「時間、動いてないの?」
「動いてはいる。でもサイクルが止まってる。夜のまま固定されてる感じだ」
「誰かが弄ってるってこと」
「まあな」
男――昨日からついてきているプレイヤー――はまだ眠っていた。丸まった背中が、規則正しく上下している。
ネオはその背中をしばらく見てから、視線を外した。
人間らしすぎる。呼吸も、寝相も、目覚めのタイミングも。それが、逆に引っかかる。
視界の端に、ログが浮かぶ。
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「おはよう」
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ネオは目を細めた。「……朝じゃないぞ」
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「そうだね。でも起きたでしょ」
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「見てたのか」
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「ずっと」
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一言。それだけ。
リリィがネオを見る。「また来てる?」
「ああ。ずっと見てたって」
「……気持ち悪い」
「俺もそう思う」
だが――その声に、どこか別のものを感じていた。「ずっと」という言葉の重さが、気持ち悪さだけではない何かを運んでいた。ネオはそれを、まだうまく言葉にできない。
地面が、ゆっくりと揺れた。
「来るな」
ネオが立ち上がる。黒い巨体が、静かに戦闘態勢をとる。
「起こせ、あいつを」
「名前も知らないのに?」
「……そういえばそうだな」
ネオはちらりと男の方を見た。
「名前、聞くか」
その言葉と同時に――男が目を開けた。ゆっくりと。まるで最初から起きていたかのように、自然に、すっきりと。
「……おはよう」
ネオはしばらくその顔を見てから、言った。「名前」
「……カイ。俺の名前、カイだ」
「覚えた。行くぞ、カイ」
「え、いきなり?」
「朝が来ない世界で、ゆっくりしてる理由はない」
黒猫は歩き出す。リリィがため息をついてその後に続く。カイが慌てて立ち上がる。
灰色の空の下、三人は進んだ。




