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第23話 午前零時の乗客

「なぁ、どっか行かないか」

旅の始まりはいつも大体は無鉄砲な幼馴染の一言だった。

「乗合馬車に乗ってさ、終着の街まで行ってみるんだ」

目を煌めかせて語る幼馴染、リオンの提案は悪くない。

ローシャは二つ返事で了承した。


もちろん、二人きりではない。

貴族子息が二人きりで出掛けるわけもなく、世話係に護衛薬が付いて乗合馬車はローシャとリオン達でほぼいっぱいになってしまった。

「乗合馬車なんて初めてだな」

「俺も!でも、俺の家やローシャの馬車以外なんて乗る機会がそうないから楽しみだな!」

楽しそうなリオンにローシャの気分も自然と高揚してくる。

「そうだな。この馬車の終点がどこか、楽しみだ」

ローシャの言葉に、他の乗客が反応した。

「なんだい、坊ちゃん達、この馬車がどこに行くのか知らないのかい?」

「ああ。そういう旅なんだ」

「貴方はこの馬車がどちらへ向かうかご存知なんですか?」

ローシャの問いに乗客が答える。

「辺境も辺境。なんの変哲もない、特徴もない寂れた村さ」

「それはそれで趣きがありそうだな」

「そうだな!お土産になりそうなもの、発掘しようぜ!」

盛り上がる二人を微笑ましく見守る従者達に肩透かしを喰らう乗客。

「あの村には何もありませんぜ」

少し皮肉っぽく言う姿勢は、どうやら少年二人をがっかりさせたかったようだが、そんなこと気にもせずに都会から離れた辺境の村に思いを馳せるローシャとリオン。

二人を乗せた乗合馬車は重い期待を込めて辺境の村へと向かっていった。


辺境の村は辺境の村だった。

特に何があるわけでもなく、静かに暮らす人々がそこにいた。

「ここが国境付近の村かぁ」

「ご覧よ、リオン。あの要塞を。辺境の村だなんてとんでもない。辺境だからこそ他国からの守りの要になるのさ」

「あちらに向けて大砲がいくつも。あんなもの打たれたらひとたまりもないな」

ローシャはリオンを見て目を瞬かせた。

「リオン、君の美点はそれなりに多いけれど、その視力の良さも立派なものだ」

「そうか?ありがとな!」

はしゃぐ二人の少年を、従者の大人達は周囲に警戒しつつ見守る。

なにせここは王都でも領地でもないのだ。

守れるのは少数精鋭で選べられた数名しかいない。

心の中で気合を入れ直す従者の心を知ってか知らずか、二人はどこまでも広がる田園を眺めて感嘆の息を吐いていた。


宿屋に着くと、リオンはローシャの部屋に入って雑談を始めた。

いつものことなのでローシャも頷きながら聞いていると、どうやらこの村では最近不穏なことが起きたらしい。

王都から国境付近の砦まで、使者が何回も訪れたとのことなのだ。

「それは気になるね」

「ああ。戦争になんてならなければいいけれど」

「それは大丈夫じゃないかな?隣国とは諍いの理由がない」

「俺達が知らないだけかもしれないぜ?」

「それは……そうかもしれないけれど、本当にそうなら村人に知られないように密やかに訪れて密会するはずさ。王は民への不安を嫌がる方だからね」

ローシャの答えにリオンは頷いた。

「それもそうだな。他に何か理由があるんだろう」

「……気になるね」

「探るか?」

リオンが悪戯っ子の表情で訊ねる。

「そうだな……」

そこでローシャは先日の貧民街を思い出した。

有事の際に真っ先に犠牲になるのは民だ。

それを助けるのは貴族の義務だとローシャは考えていた。

もし、もしものことがあればローシャも伯爵家の者として手を差し出さねばならないだろう。

しかし、子供であるローシャには父である当主の力を借りねばならない。

リオンもそれをわかっているのだろう。

「そうだね。少し、この村について探ってみようか」

ふふふ、と笑う二人の子供に外で控えていた従者はまた振り回される翌日からの自分達を想像した。


翌日。

ローシャとリオンは観光を装い村を探索した。

しかし、辺境の村の人々は他所から来た貴族に対して冷たかった。

「なんだかなぁ」

「まあ、こんなものだろうね」

欲しい情報のひとつさえ手に入れられず、午前は過ぎて宿屋で作られた昼食を食べ、田園を眺める。

この平和のために、民のためにありたい。

それが貴族というものだとローシャはずっと教わってきた。

リオンもそうだ。

守りたいから知りたい。

けれど民からは貴族ということで距離を置かれている。

その落差が激しい。

「さて、食べ終わったし今度は砦の方でも近付いてみるかい?」

「……それは、さすがに不味くないか?」

「なに、ちょっと今より近付くだけさ」

「それなら!」

リオンは慎重な幼馴染の珍しい発言に疑問に思いながらも興味はあったので快諾した。


昼食を食べ終えると、ローシャとリオンは砦から観測されないギリギリのところまで赴いていた。

従者には散々止められたが、それでも止められないのが探究心という少年の心である。

「なんてことない、砦だよなぁ」

「そんなことはないさ、あれをご覧よ」

ローシャが指差した方を見ると、ローシャ達が乗ってきた馬車が砦に向かっていた。

「あれ?あの馬車……」

「普通の相乗り馬車が国境の砦に向かうなんておかしい。何か理由があるはずだ」

「何かってなんだよ」

「それはまだ分からないよ」

ローシャは肩を竦めた。

「とりあえず、情報が欲しいな」

「そうとくれば変装だな!」

乗り気なリオンに苦笑して、ローシャは頷いた。

「ああ。こんな上質な仕立ての服を着ている村の子供はいないからね」

そう言うと、ローシャは従者達に子供服を買い求めさせて着替える。

ちょうど乗合馬車が通り過ぎた後だ。

旅の親子連れの子供に扮してローシャとリオンは聞き込みを開始した。


結果として、成果はなかった。

しかし、あることがわかった。

それは最近隣国に宝石が売られていて、その販売ルートがわからずこの村が疑われたことがあることだ。

「宝石、ねぇ……」

「あの馬車が運んで行ったんじゃないか?」

「多分、そうだろうね。でも、どこからどうやって?あの砦は王家直属だ。生半可な懐柔なんて出来るはずがない」

「それもそうだな」

リオンが腕を組んで考えた。


その翌日、遺体が発見された。

ローシャとリオンがこの村に来た時に乗り合わせた乗客だった。

犯行は午前零時。

発砲音を聞いた村人、ローシャ一行が一斉に時計を見て確認していた。

遺体は未知に捨てられていのを村人が発見している。

ローシャとリオンが現場に駆けつけた時には、遺体は布を掛けられ、黙祷されていた。

「失礼ですが、こちらの人物は?」

ローシャが村人に尋ねる。

「さあ?時折来るけれど、どこの誰かまでは」

村人誰も知らなかった。

ローシャは腕を組んで考えた。

こんな辺鄙な場所に来るには、馬車しかない。

そして、この場所に来る馬車は一本しかない。

「通りすがりの目撃者がいるなら話は別だ。だが、この街路で零時に動いていたのは、あの馬車だけだ」

ローシャはぽつりと呟いた。

「あの発砲音があった晩、村人総出で発砲音の正体を探した。けれど、この遺体はどこにもなかった」

リオンは始まったぞ、とローシャの推理に耳を傾けた。

「零時にこの客が生きていたと知っているのは行者だけだ。つまり“被害者が存在していた事実”を確認できたのは、行者とこの村の者しかいない。そして零時以降、その事実を前提に行動を計算できた者も、同じだ」

「つまりは?」

「鈍いな、リオン。殺した“方法”じゃない。殺す前提を作れたかどうかの話だ」

そう言ってローシャは従者達の元へと走り出した。

「行者とこの村、被害者の接点を調べるぞ」

その言葉を村人の一人が聞いていた。


街へ戻って聞き込みを始めること数日。

「被害者は、最近ひどく儲けたらしい」

「何故?」

「さあ?急に気前が良くなったとか」

リオンの言葉にローシャは指を顎に掛けて考える。

「……この辺の宝飾店で、最近強盗が入ったな。二人組の」

「まさか!」

「僕の想像の通りなら、そのまさかだろうね。そして、それはあの村も関わっている。あの砦の人々と親密な村人なら、荷検査も緩いだろうな。あとは警部にお任せだ」

「ここまで調べたのにか?」

「いつも言っているだろう、リオン。僕達は単なる貴族子息。事件の解決は警察の仕事さ」

不満そうなリオンを置いて、馬車に乗り込むとリオンも慌てて乗り込む。

ローシャとリオンを乗せて馬車は警察署へと向かう。

今回の事件の顛末を、アーサー警部に知らせるために。


結果として、ローシャの推理は当たっていた。

村絡みで村人の一人を行者と合わせて宝石強盗させ、癒着していた砦の人々に賄賂を渡して隣国に売り払っていたのだ。

王都からの使者はその調べだった。

ローシャが思っているよりも、国も王も細部まで見ていらっしゃるとローシャとリオンは上に立つ者の考え深さを思い知った。

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