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そうだ、オリュンポス行こう  作者: くらうでぃーれん
6.大神と香辛料と霊峰の神々
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6-16


 ――あ、死んだ。


 それが咄嗟に抱いた感想だった。


 柔らかな笑みを浮かべるヘラさんには、怒りも殺意もなければ、興味もない。よく分からないけど、殺すのが一番早いのかな?という程度の感想しか抱いていない。


 だからこの手が首に伸びた瞬間に僕の命は奪われるのだろうという、確信に近いものがあった。ゼウスやヘルメスのように脅しなんてすることもなく、息をするように僕の命を奪うのだろう。


 頬を撫でるように滑らかな指先が僕の肌の上を這い、アゴに触れたところで――横合いから伸びた手がヘラさんの腕を掴んだ。


「――改めて感激したよ。さすがは俺の認めた男だ」


 驚いて振り向いたその先にいたのは――笑みを浮かべたアポロン様だった。


「悪かったね、遅くなって。よく頑張った、後は任せてくれ」


 空いた手でポンポンと頭を叩かれ、アポロン様はヘラさんの手を退けた。


「ごめんよ、ヘラさん。出来ればこの子たちは生かしておいて欲しいんだ」

「あら、アポロンじゃない。ちょっとそこどいてくれる? その子殺せない」

「あはは、ヘラさんってば電波さんだね」


 にこやかなヘラさんに対し、アポロン様も同じく笑顔で応対。しかしこめかみに一筋の冷や汗が流れているのを僕は見逃していなかった。


「だって、私の子じゃないのにゼウスの血が流れてるなんて気持ち悪いでしょ?」

「まあまあ、ヘラさんの気持ちも分かるけど、この子が親を選んだわけじゃないし、今まで親の顔も知らなかったくらいなんだからさ、ゼウスさんとの関係なんて無いようなもんでしょ」

「んー、私はそうは思わないけどなー」


 会話をしているように見えて、やはりそれは会話として成立していない。ヘラさんは相手の意見など聞く気はなく、結局は思っていることを言っているだけだから。


 苦笑を浮かべるアポロン様に、横からアルテミス様がもたれかかった。ダメージのせいで立っているのがしんどい、という口実で、実際は兄ちゃんにくっつきたいだけなのは明白だ。僕には分かる。


「あのさ、ヘラさん。見ての通り、この子らスゲー仲良しなんだよね。しかもずっとこんな調子だから、中途半端な本物の兄妹よりよっぽどいい関係だよ」

「‥‥? だからどうしたの? それと、この子が死ぬことと何の関係があるの?」


 やはり全く話が通じないヘラさん。だけど目の前の兄妹は顔を見合わせて、ニッと笑顔を浮かべ合った。

 たったそれだけで、意思の疎通が完了したらしい。兄妹でしか伝わらない、瞳での会話。それを済ませてから、2人は再びヘラさんに向き合った。


「要はさ――兄妹って良いよねって話さ」

「そ。こんな兄妹の仲を引き裂くのは、やっぱり良くないんじゃないかなーって思うよ」

「兄妹仲の尊さ、ヘラさんならよく分かってるんじゃないかい?」

「‥‥‥‥」


 それがいったい、どういう説得になっているのか。


 しかしそこで初めて、ヘラさんは他者の言葉を聞き入れて何かを考えているようだった。瞳を閉じて、じっと押し黙る。アポロン様が妹の肩を抱いて、無言で手の甲の肉を抓まれていた。


 やがて、ヘラさんの瞳が開く。浮かべる表情は、笑顔。けれど彼女の表情から何かを読み取ることはやはり出来ない。

 そしてヘラさんは小さく頷いて――一歩、身を引いた。


「そうね、確かに素敵よね。――姉弟(きょうだい)仲は」


 アポロン様とアルテミス様の肩の力が抜けたのが見ているだけで伝わってくる。勝利を讃え、アルテミス様が兄の背中をグーパンチしている様は非常に微笑ましい。


「それじゃあ、先に母親から殺してくることにするわね。その子はその後で」


 ビキリと、全員が一瞬動きを硬直させる。ヘラさんは依然にこやかなままで、何か特別なことを言っている自覚は皆無のようだ。

 アポロン様は様々な感情を込めたため息をひとつ零して、苦笑を浮かべた。


「‥‥うん、それがいいよ」


 とりあえずそう答えておくのが現状最善。今ヘラさんと言い合うのはあまりにも無益だというのは、僕でも理解できた。


「さ、ヘラさん。母親探しのついでに、夫婦水入らずの旅行をしておいでよ。ゼウスさんだって喜ぶはずさ」

「それもそうね! むしろゼウスとの旅行がメインだわ! アポロンもたまには良いこと言うじゃないヒャッホウ!」

「それはどーも‥‥」

「ゼーウスっ! 旅行行きましょ旅行! 夫婦水入らずのイチャイチャ旅行で思う存分ちゅっちゅしましょう! 子供は何十人欲しい?」


 嘆息するアポロン様を早くも意識の外に追い出して、ヘラさんはゼウスの下へと戻るとぐいぐいと腕を引っ張っている。槍で足を縫い付けられたままのゼウスは傷口を広げられて、先程の戦闘中ですらあげることのなかったスゴイ声を上げていた。


 遅ればせながらそれに気付いたヘラさんは無造作に槍を抜き取ってさらにゼウスを苦悶させつつ、気にした様子など一切なく「いやーん、流血してるゼウスも素敵!」などとワケの分からない供述と共に目を輝かせている。


 そうして、ヘラさんはそれ以上僕らに目もくれず、ゼウスはこちらを気に掛ける余裕などなく、現れた時の空間の狭間の中へと消え去ってしまった。


 ――静寂が訪れる。


 重く澱んだ空気が途端に浄化されたように、視界すらも明るくなったような気がした。僕は無意識に深呼吸を繰り返し、幾度目かの息を吐き出すと同時に、ガクリと膝から崩れ落ちた。


「お兄ちゃん!?」


 慌てて支えてくれるソフィに、僕はそれまで隠してきた情けなさを全てさらけ出すように、ぎゅっとソフィに縋りついた。


「‥‥怖かった」


 ソフィは静かに微笑んで、僕の頭を抱いてよしよしと撫でてくれた。情けなさはあるが、今はそのバブみが心地良い。


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