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そうだ、オリュンポス行こう  作者: くらうでぃーれん
6.大神と香辛料と霊峰の神々
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6-15


「その前に、アレも殺しちゃいましょうか!」


 そして再び唐突に、ニコニコと純真な笑顔を浮かべたヘラさんの白魚のような指が――ソフィを指した。

 ゼウスの返事を待つことなく、ヘラさんは虚空から2本の光の槍を取り出す。ヘラさんは満面の笑みを浮かべたままその槍で――ゼウスの両足の甲を貫いた。


 鋭い呻き声を上げるゼウス。しかし抵抗の意志を見せることはなく、大人しくされるがままに床と足を縫合させて立ち尽くしていた。


「少し待っていて、ゼウス。あなたすぐ逃げちゃうから、捕まえておかなくちゃね」


 はしゃぐように楽しげな笑みを浮かべるヘラさんの手によって、神託は果たされた。

 まさか穴を穿つというのが比喩じゃなくそのままの意味だとは思いもしなかった。と、思っているのは僕だけで、アルテミス様は「腹に風穴空いてないだけマシでしょ‥‥」と慣れた様子で頬を引きつらせている。


 ゼウスを床に繋ぎ止めて、光の薄い瞳が再度こちらを向いた。

 視界の奥でアテナ様が慌てて立ち上がろうとするのが見えるが、思いの外ダメージが大きいようですぐに膝をついて俯いてしまう。


 ――ヤバい。


 本能が恐怖と危険を同時に訴える。

 ヘラさんからは他の神々のような、感情の欠片すら感じ取ることが出来ない。この状況に陥った今なら、ヘルメスですらマトモな神のように思えてしまう。


 彼女は恐らく躊躇わない。慈悲も無ければ容赦もなく、悪意すら見せることなくごく自然な動作のひとつとしてソフィを殺してしまうだろう。僕はヘラさんのことを何も知らないけれど、ほんのわずか見ただけでそれが分かってしまうほどに、この神は異常だ。


 あまりの恐怖に、胃を直接握り潰されているような、痛みすら伴う猛烈な吐き気に襲われる。だけど今は、こればかりは躊躇うわけにはいかない。

 近づいてくるヘラさんからソフィを守るように、僕は竦む足を一歩だけ踏み出した。


「ま、待ってください‥‥!」


 声が震える。呼吸が乱れ、声を発するだけでせいいっぱいだった。恐怖の質が、ゼウスを前にしていた時とはまるで違う。


「こ、この子は僕の、世界で一番大切な、妹なんです‥‥! お願いです、ソフィには、何もしないでください‥‥!」


 僕の懇願に、ヘラさんはぽかんとして首を傾げる。とても、今から誰かを殺そうとしている人の動きとは思えなかった。


「‥‥? でも、あなたは人の子でしょう? けど、ソレは神の血を引いてるわ。どういうことかは分からないけど、あなたの妹ではないと思うわよ?」

「血縁とか、関係ないんです。僕とソフィは今までずっと一緒に暮らしてきて、僕はソフィのことが大好きで‥‥。だから、僕はソフィを失いたくないんです‥‥! お願いします!」


 気を抜けば恐怖に腰が抜けそうで、口を閉じると歯の根が上手く合わず奥歯がガチガチと鳴っている。そんな僕を見て、ヘラさんは困ったように柔らかく微笑んだ。


 彼女の所作は一見、他のどの神々よりも柔らかく、温和であるように見える。口調や態度は優しいお姉さんのようで、神に意見する僕に対しても憤ることなく静かに耳を傾けてくれる。


 ただ――


「ごめんなさい。何を言ってるかよく分からないわ。とりあえず、ソレを殺したいからどけてもらっていいかしら?」


 話しが通じない。会話をしているようで、全く出来ていない。向き合っているのに、互いに別の世界にいるかのように実感を伴わない。


 そして、僕は気づいてしまった。認めたくはないけれど、この人を見ているとある種の既視感に似たものを抱かざるを得ない。なぜなら。


 ――この人は僕らに似ている。


 最愛の人以外には興味がなくて、自分たち以外の誰がどうなろうとどうでもいい。もちろん僕もソフィもここまで過激派ではないけれど、突き詰めれば同じ思想に至るだろう。

 多分、だから僕は恐れている。


 ――この人の行為を、否定しきれないから。


 それでも今だけは、僕だって譲るわけにはいかない。ソフィを守ることが僕の全て。彼女が僕の事情など斟酌しないように、僕だってヘラさんの事情なんてどうでもいいんだ。


「ダメです。ソフィを殺させたりはしません。あなたがゼウス様のことを想っているように、僕もソフィを想っています。僕は、ソフィを傷つけるものを許しません」

「んー? それじゃあ、傷が少ないようにしよっか」

「だから、殺すのをやめてください。僕はソフィと一緒にいたいんです」

「大丈夫。死体は返してあげるわよ?」

「そうじゃなくて、ちゃんと話をしたり抱き合ったりしたいんですっ」


 ヘラさんは話の通じない子供の相手をするような困り顔でじっと僕を見つめて、ああ、と何かに気付いたように僕の頬に触れた。


「そっか、それじゃああなたも死ねばいいんじゃない?」


 ――あ、死んだ。


 それが咄嗟に抱いた感想だった。


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