6-13
「――待ちなさい」
僕らの間を遮るように、アテナ様の声が響く。
驚いて振り向くと、アテナ様は柱に背を預けてぐったりとしたまま、状況にそぐわない不敵な笑みを浮かべていた。
「何を勘違いしているのかしら。私は、まだ負けだなんて言ってないわよ」
なぜか勝気なアテナ様の台詞にゼウスは訝しげな表情を浮かべる。そしてそれは僕とて同じ。あの状態でいったい何ができるというのだろうか。
「諦めろアテナ。戦闘は可能かもしれんが、このまま続けても互いに消耗するだけだ。結果は考えんでも分かるだろう? ワシはお前を殺したくはない」
「ええ、分かってるわ。けど言ったわよね。――一対一だなんて言ってないって」
言って、アテナ様はこちらに画面を向けて見せつけるように、スマゴを掲げる。
そこで僕はハッとする。他に助力を頼めるといえば、アポロン様しか思い浮かばない。そしてアルテミス様は今、ゼウスの攻撃に倒れている。この光景を見てアポロン様が黙っていられるワケがない。
「実はね、ここに来る前にアポロンにも会ってきたのよ。そうしたら彼、良い事を教えてくれたわ」
「アポロンだと? なるほど、アルテミスが居ればアレは10倍界王拳くらいなら余裕だろうが、だからといってワシに勝てるとは思えんな」
ゼウスの言葉が僕の心に重くのしかかる。それを分かったうえでこの態度。そういえばアポロン様自身、戦闘慣れはしていないと言っていた。
そんな僕とは対称的に、アテナ様は依然として笑みを浮かべたままだ。
「ええ、アポロンに戦いは期待してないわ。だから言っているでしょう。彼は私たちに、神託を与えてくれたのよ」
ゼウスがさらに訝しげに眉根を寄せてスマゴの画面を覗き見て――途端、激しく動揺の色を浮かべた。
「え、ちょ、ちょちょちょ、えっ、おま、アッアッ、アテナお前なにを‥‥!」
「ねえ、父さん。やっぱり浮気は良くないわよね?」
「ち、ちち違うだろうこれは! わっ、わわわワシは自分の娘だからと‥‥!」
「けど娘がいるってことは、その母親もいるのでしょう? いったい、どこの誰なのかしら」
「あばばばばばばばばばばばばばば」
何が何やら全く状況が掴めないが、とにかくゼウスがこれ以上ないくらい狼狽している。
「私もあまりこの手段は使いたくなかったのだけれど‥‥仕方ないわ。私は、どんな手段を使ってでも敗北することは避けたいのよ。かつて、どこかの人の子からこんな言葉を聞いたことがあるの。――〝勝てばよかろうなのだ〟」
なんか名言っぽく言ってるけどめっちゃバカっぽいのはなぜだろう。
「あ? 兄ちゃんの神託ってなに?」
「聞いてないの? ニコたちの前に立ちはだかる高い壁に穴を穿つのは、親しき者。だいたいそんな感じよ」
「‥‥‥‥理解した」
確かにそんなことを言っていたが、やはり僕には理解できない。しかしアルテミス様はげんなりとした様子でおおよそを把握したようだった。
「と、とにかく待てアテナ、考えなおせ!」
「待てないわ。だってこのままだと私が負けてしまうもの」
「う‥‥ぐ、うぐ‥‥ぅ。‥‥‥‥わ、分かった、ワシの負けでいい! 負けを認めてやるから、やめてくれ!」
なんと、何一つ負ける要素なのないように見えるゼウスが、こんなにも簡単に負けを認めてしまった。それを見て、アテナ様はニヤリとややあくどい笑みを浮かべた。
「そう。それなら、もう彼らには手を出さない?」
「出さん、出さんから!」
「ソフィのこと、ちゃんと諦められる?」
「ああ、もちろんだ! 諦めるから、もうヤメロ!」
嘘のようにあっさりと、僕らがゼウスの魔手から逃れられることが約束された。
アテナ様が満足そうに微笑んで、掲げていたスマゴを下ろす。それを見て、ゼウスは心の底から安堵したように胸を撫でおろしていた。
「ところで、父さん」
「なんだ‥‥。まだ何かあるのか?」
憔悴しきったようなゼウスに、アテナ様は床に置いたスマゴを指で指し示す。
――僕は知っている。つい今しがたヘルメスとのやり取りで目の当たりにしたように、アテナ様が下す裁きは徹底的であることを。彼女の神聖な領域を侵した者は、二度と起き上がれないほどに叩き潰されることを。
ゼウスを睨むアテナ様の口元には――鬼神のような邪悪な笑みが浮かんでいた。
「いったいいつから――通話していないと錯覚していた?」
「――――!?」




