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そうだ、オリュンポス行こう  作者: くらうでぃーれん
6.大神と香辛料と霊峰の神々
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6-12


 緩やかな空気が充満して――いたかと思われたその瞬間、アテナ様の鋭い声が響いた。


「――気を抜くなアルテミスッ!」


 叱責されたアルテミス様は「はぁん?」と気の抜けた声を上げ――すぐに置かれた状況に気が付いたようだった。


「もう少し戯れてみるのも一興だが、お遊びはこれくらいにしておこうか」


 先程まで2人にボコボコにされていたはずのゼウスが、いつの間にやら立ち上がりアルテミス様の背後を取っていた。


 ゼウスの台詞は死亡フラグのようでありながら、対峙する2人の神が浮かべる表情はあまりにも緊迫感に満ちている。


 アルテミス様は咄嗟に光のナイフを手の中に出現させて、振り向きざまに切りつける。ゼウスはそれを悠々とかわし、尊大な態度で対峙した。


「だーもう、チートスペックすぎんでしょ‥‥」


 完全に押さえ込まれていたと思われたゼウスだったが、言葉通り遊んでいただけにすぎなかったようだ。呟くアルテミス様の苦渋の色は濃い。


 2人が態勢を立て直すよりも早く、ゼウスが槍を振るった。狙いは、アルテミス様。アテナ様のような盾を持たない彼女にその雷撃を防ぐ術はない。

 急だったこともあり、アルテミス様はマトモな反応を示すこともできないまま直撃を受ける。


「――――ッ!」


 声にならない声を上げてアルテミス様が膝をついた。次の瞬間には、ゼウスの姿はアテナ様の眼前に。

 だがさすがというべきか、アテナ様は即座に対応して振り下ろされる斬撃を受け止める。しかし続けざまに力任せの攻撃を振るい、動きが止まった瞬間に強烈な拳が腹部に叩き込まれた。


「‥‥かはっ」


 鈍い呻き声を吐き出しながら、アテナ様の身体が背中から柱に叩きつけられた。咄嗟に踏み出した両足が地を押し返すことはかなわず、靴底は床を滑り柱にもたれかかるようにアテナ様の体は床の上に投げ出された。


 まさに、一瞬の出来事。拮抗していたように見えた戦いは、文字通り瞬くほどの間ゼウスが本気を出しただけであっさりと崩されてしまった。


 余裕の勝利、というワケでもなかったらしい。ゼウスも渾身の一撃の余韻に大きく息を吐き出してしばらくその場で動きを止め、やがてゆっくりと拳を収め姿勢を戻す。そしてアテナ様の目の前まで歩み寄ると、ふてぶてしい笑みを浮かべて見下ろした。


「どうだ、負けを認めるか?」


 アテナ様は口を開こうとして一度せき込み、ゼウスを見上げて薄い笑みを浮かべた。


「腹立たしいけど、主神を名乗るだけのことはあるようね。まだまだ私も研鑽が足りないわ」


 あれだけ勝利にこだわっていたアテナ様がゼウスを強者であると認めてしまえるのは、戦の神であるがゆえの潔さなのか。


「おいゼウスのジジイ! アテナに手ぇ出したらぶっ殺すぞ!」


 アルテミス様が床を睨みつけたまま激昂するが、ゼウスは可笑しそうに笑うだけだった。


「安心しろ。今日のところは何をする気もない。それとも、お前がアテナの代わりに身を差し出してくれるか?」

「あんたに手ぇ出されるくらいなら、その前に世界ごとぶっ壊してやる!」


 苦しげに身を震わせながらも、アルテミス様は威勢を失うことなく叫び続ける。アテナ様以上に、もしかしたらアルテミス様のほうが敗北に憤っているのかもしれない。


 そんなやり取りに、僕は背筋が凍てつくのを感じた。

 アテナ様の敗北は、僕らの敗北。それはつまり――。


 くるり、とゼウスがこちらを振り向く。いや、正確にはヤツが見ているのは僕じゃなくて、ソフィ。


「さて、約束だったな。娘は好きにさせてもらうぞ」


 ゼウスが大股にこちらへと歩み寄る。


 僕は、ソフィの前に立ちはだかった。


 情けないことに、脚は恐怖でガクガクと震えている。以前は殴られるだけで済んだけど、今度こそ僕は殺されてしまうかもしれない。死の香りが、実感を伴ってねっとりと全身に絡み付いてくるのを感じる。

 神様が居たんだから、天国だって在るかもしれない。僕が死んだら、僕は天国に行くことができるんだろうか。


 そしてそうなったら――ソフィもついてきてくれるだろうか。


 そんなことを考える僕は、狂っているのかもしれない。でもやっぱり1人は寂しいし、僕の居ない世界でソフィが穏やかに過ごしているなんて、あまり想像したくない。ソフィが幸せならそれでいいなんて思えるほど、僕は高尚な人間じゃないんだ。


 震える僕の手を、ソフィがそっと握る。


「お兄ちゃん、大丈夫。わたしは、何があってもお兄ちゃんと一緒だよ」


 死の絶望なんて感じさせない、穏やかなソフィの微笑み。それと同時に、生への執着も感じられない静かな笑顔。

 多分僕も今、同じような微笑みを浮かべているんだろう。


「どけ、人の子。でなければ殺すぞ」


 だから、そんな言葉は今の僕には脅しになり得ない。ソフィが一緒だというなら、もう迷いも恐怖もない。僕は真っすぐにゼウスと向きあい、ソフィの前に立ちふさがった。


 ゼウスが槍を掲げ、威嚇する。だけど僕は動かない。ゼウスがじっと僕を見つめ、呆れた息を漏らした。


 ゼウスはそのまま槍を――。


「――待ちなさい」


 僕らの間を遮るように、アテナ様の声が響く。


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