6-10
本人はカッコよくキメたつもりだったのだろうが、ボロクソだった。しかも言われたのが娘だから強く言い返せないのか、なんだかとても悲しそうな表情だった。
「で、とりあえず勢いに任せて攻撃はしてみたものの、ご覧の通り真っ向から挑んでも無理ポヨなんですけど。どーすんのさ」
遊んでいるようでいて、怒涛の攻撃を軽く防がれたのは事実。呑気な雰囲気は抜けずとも、状況は依然変わりなしだ。
「アテナ、あんたが本気で戦って互角にヤれる?」
「互角は無理ね。それならあなたに声を掛けていないわ」
槍と弓を構えてゼウスから視線を外さないまま、緊張に満ちた言葉を交わす2人。
「てかさ、こんな無謀な戦いアテナらしくないじゃん。何か秘策とか無いわけ?」
「あるわよ」
あっさりと答えるアテナ様に、アルテミス様は目を丸くした。
「は? だったらはよ使えや。いやまあ、必殺技はラストにぶっ放したい気持ちは分かるけど」
「そうね、出来れば正攻法で勝ちたいところよ。じゃあ、行かせてもらうわよッ!」
アテナ様は鋭い呼気と共に足を踏み出し、ゼウスとの距離を一気に詰めた。ゼウスも槍を構えてこれを迎え撃つ。
ゼウスの持つ武器は雷霆と呼ばれる、イカヅチを纏った巨大な槍。その槍から生み出される雷撃は世界をも焼き尽くすとまで言われている。
アテナ様はそんな無茶苦茶な相手にも臆することなく立ち向かい、楽しげな笑みすら浮かべている。それに対してゼウスは苦々しく口元を歪めていた。
「分かっていると思うけど、私の盾は父さんから譲り受けた特別製。私に雷撃は通用しないわよ!」
ゼウスの放った雷撃は、宣言通りアテナ様が掲げた盾の前であっさりと弾け散る。直後、全方位から襲い来るような壮絶な斬撃がゼウスを圧倒する。
なんかもう、主人公アテナ様で良くね?って言いたくなっちゃうくらいのイケメン度合いである。僕なんて部屋の隅で「い、いったい何が起こったんだ!?」とか言う役で十分だ。死ぬ役じゃなくて、出番は無いけど最後まで何気に生き残ってる役ね。
アテナ様の刺突をゼウスは槍の刃を横に向けて受け止める。普通なら刃が折れているであろうそれを受け止められるのは、神器ゆえかゼウスの実力ゆえか。
アテナ様は重々しい斬撃を次々とゼウスにぶつけてゆく。その動きは荒々しく豪快でありながら、太刀筋は繊細かつ正確。戦の女神は舞うように華麗な斬撃を繰り返す。
「ふむ、偶には親子喧嘩というのも悪くないな」
「バカ言わないで。喧嘩だなんて高尚なものが父さんに出来ると思っているの? これは単なる天誅よ。大人しく受けておきなさい」
こうして見ている限りはアテナ様の優勢に見えるが、実際はそうでもないのだろう。アテナ様に余裕の色は見られない。
再度両者の刃が交わり、ほんの一瞬互いの動きが止まる。
――その瞬間、ゼウスの肩を一筋の光刃が貫いた。
「はっはっはー! 残念ながら、親子だけのケンカじゃないんだなこれがー!」
やや距離を取って、弓を構えたアルテミス様が哄笑を上げていた。ゼウスの注意が逸れた一瞬の隙をついて、アテナ様の槍が薙ぎ払われる。
ゼウスの身体がぐらりと傾いた。そこへ、さらにアルテミス様の矢が撃ち込まれた。
「ぬううううっ!」
苦悶の声を上げて、ゼウスが膝をつく。
「やったか!?」
「だああああっ! 人の子テメェこのバカ野郎ーーーーッ!」
勝利を期待して声を上げた途端に、なんかすごい勢いでアルテミス様に怒鳴られた。何に対して怒られたのかを考える間もなく、ゼウスがのっそりと身を起こして僕らを睨みつけた。
「うむ、少々驚かされたが、この程度どうということはない」
「ぬあーん、ほら見ろ人の子のアホーっ。変なフラグ建てるから仕留めれなかったじゃんかー」
「えっ僕のせいなんですか!?」
「あったりめぇじゃねーかよコノすっとこどっこい!」
よく分からないがすごく罵られた。理不尽。さすが神様理不尽。
「ふん、元よりアルテミス程度の攻撃でやられたりはせんわ」
「ぐあ、うぜぇ!」
不意を突きはしたものの、言葉通りさしたるダメージを負ってはいないようだ。
「アルテミス、そのまま援護を頼むわ!」
「りょ!」
即座にアテナ様が肉薄し、薙ぎ払う刃がぶつかり合う。目にもとまらぬ斬撃の応酬が繰り広げられ、余波を浴びる周囲の柱に幾筋もの刀傷が刻み付けられる。時折弾ける光はゼウスの雷撃だろうか。アテナ様はそれらを全て盾で防ぎ、隙を見せることなく攻撃の手を休めない。
それだけ激しい攻防が繰り広げられる中へ、アルテミス様も次々と光の矢を撃ち込んでゆく。何が何やら分からないような動きをしているにもかかわらず、狩猟の女神の狙いは寸分たりとも狂わない。輝く矢は確実にゼウスの身体を貫いていた。
2人の連携攻撃がしばし繰り返され、やがてアルテミス様の攻撃の手が止まった。視線だけで辺りを見回し、最後にアテナ様を見据える。
「アテナ!」
「分かった、任せるわ!」
「どこ!?」
漠然としたやり取りののち、アテナ様は一度ゼウスと距離を取ってからゼウスを指さした。
「肩の後ろの二本の角の真ん中にあるトサカの下のウロコの右よ」
「おk! 肩の後ろの二本のゴボウの真ん中にあるスネ毛の下のロココ調の右ね!」
より一層意味不明なやり取りを交わし、アルテミス様が弓を引き絞る。先ほどまでの光の矢とは違い、今つがえられているのは糸のように細い金色の矢。金属の擦れ合うような甲高い音が神殿内に響く。
ゼウスもすぐにアルテミス様の動きに気が付くが、すぐにアテナ様へと集中を戻す。その攻撃は脅威に値しないと判断したようだ。それでもアルテミス様は普段の雰囲気とはうってかわって精緻な表情を保ったまま、その瞳は真っすぐに矢の向かう先を見つめている。
2人の槍が交叉したその瞬間、空気の弾けるような音と共に黄金の矢が解き放たれた。戒めを解かれた矢は、大気ごと貫くような怒涛の奔流となって一直線にゼウスを目指す。
アテナ様と交戦中のゼウスにそれを防ぐ術はない――と思われたが、力任せに槍を振り回してアテナ様を弾き飛ばし、一歩横に踏み出すことであっさりと矢をかわしてしまった。
しかし、アルテミス様の瞳はいまだに矢の軌道を捉えている。矢はそのまま真っすぐに突き進み――後方にあった彫像に突き刺さった。
それは、象牙で作られた天使の像。そして矢が貫いたのは――その左目。
その場所はまさに、ヘルメスから聞かされていた鍵となるポイント。アルテミス様は最初からここを狙っていたようだった。
ヘルメスが言っていた解錠の条件。それは十二神以上の存在であること。
つまりヘルメスにもアテナ様にも、そしてアルテミス様にも開くことが可能だということだ。
「はっはっは! 全国ゴッド弓道コンテスト美少女部門ベストドレッサー賞受賞のあたしにかかればヨユーっしょー!」
「めっちゃ凄いですけど、さっきの歌舞伎とか肩車みたいなやり取りでよく伝わりましたね」
「いやいや、ちゃんと指さしてくれてたじゃん」
なんと、あんな曖昧な指示で分かってしまうとは、この2人って実はすごく仲良しなのかもしれない。




