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そうだ、オリュンポス行こう  作者: くらうでぃーれん
6.大神と香辛料と霊峰の神々
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6-8


 倉庫の裏の扉の向こう。そこは――神殿だった。


 アテナ様のパルテノン神殿をも凌ぐ巨大な神殿。磨き抜かれた白い石の床に、緻密な彫刻の施された幾本もの柱。幾つもの彫刻をはじめとした芸術品が整然と並べられ、柱の間には神を模したと思われる十二体の大理石の彫像が置かれている。配置、大きさ、角度に設置者のこだわりが垣間見え、単なる蒐集に終わっていないことが窺える。


 柱と柱の間、中央の床面積は非常に広々としており、天井は高くまるでお城のようだ。その天井には丸窓があり、そこから差し込む光が天から降りる梯子のように降り注いでいる。


 幻想的。そこに広がる光景は、そう呼ぶに相応しい非現実性を孕んだ空間となっていた。

 しかし、どう考えてもそれは外から見た倉庫ではありえない広さだった。


 戸惑う僕とは対称的に、アテナ様はいつも通り冷静な様子でその空間をぐるりと見渡し、ふむ、と頷く。


「芸術センスだけは、ヘルメスは悪くないのよね」

「えっ、そんな素朴な感心じゃなくて、もっとツッコミどころありませんか」

「なにが? ああ、広さ? 私たちは神よ。空間も時間も超越した存在なのだから、このくらいは当然のことよ」

「あー、そういえば初めて会った時もザ・ワー〇ドでしたもんね」

「そもそもこのオリュンポスだって、あんな山の上に建てられるような街だと思う?」


 言われてみれば確かにそうだ。あんな険しい斜面を登ってきたにもかかわらず、オリュンポスの街は一度転んだら麓まで強制送還されるような坂道ではなかったではないか。登山の疲労と唐突に街に入った衝撃が大きすぎて、そんなことにすら気づけなかったようだ。


 アテナ様はノッカーを鳴らすように槍の柄で床を叩いて、神殿内に甲高い音を響かせる。広い空間で音が反響を繰り返し、空間そのものが鳴り響いているかのような錯覚を得た。


「それっぽい登場がしたいのか知らないけれど、面倒だからとっとと出てきてもらえるかしら」


 空間をも圧倒するようなアテナ様の声が響く。そしてアテナ様がもう一度床を打ち鳴らすと、それを合図としたように柱の陰から一人の男が姿を現した。


 ――緊張と恐怖に、体が強張るのを自覚する。僕にとってその姿は、まさに厄災そのもの。人間が決して到達し得ない領域の存在。


 主神ゼウス。僕がこんなところまで来ることになった最たる原因。自称ソフィの父親。変態クソオヤジ。理不尽カス野郎。


 メタルバンドのギタリストみたいに長い白髪に、口周りにはもっさりとヒゲが生え無駄に威厳を感じさせる。眼光は鋭く、瞳の奥に宿る熱量は見た目のジジイっぷりを感じさせない。白いローブから伸びる腕や脚は分厚い筋肉に覆われており、コマンドーの代役も務められそうなほど。その立ち姿から放たれる圧力は重厚感に満ち、相対しているだけで全身の毛穴が深呼吸を始めそうになってしまう。


 ゼウスは僕のことなど視界に入っていないかのように、アテナ様を真っすぐに見つめて重々しい声を発した。


「久しいな、アテナ」

「ええ、父さんはいつどこにいるのかさっぱり分からないからね」

「それで、いったい何の用だ?」

「愚問ね。無駄な問答はやめにしましょう」


 ゼウスは黙り込んで瞳を閉じた。そして嘆息を漏らして、小さく首を振った。


「分かってはいるが、理解できぬ。なぜ、人の子などに加担しているのだ?」

「私はスープも肉も大好きだけど、たまには美味しいパンも食べたいと思ったからよ。あとは、単純に父さんのやり方が気に入らないからね」


 僕にとっては別次元の存在であっても、アテナ様にとっては対等の存在。正面から向かい合い、臆することなく対立の理由を述べる。


「‥‥うむーん、前半はよく分からんかったが、まあ、その、なんだ‥‥神と人は、相容れることは出来ん。神の血を引くあの娘は、我らと共に生きるべきなのだ」

「その相容れない人の子に子供を産ませたのはどこの誰?」

「‥‥‥‥」


 ゼウス、完全に沈黙しました。アテナ様がド正論とはいえ、レスバ弱すぎだろ主神。

 ゼウスはしばし黙り込んで、視線を泳がせて指先をそわそわさせてから、唐突に瞳を鋭くさせてキッ!とアテナ様を睨みつけた。


「‥‥この、痴れ者がァ!」

「自己紹介かしら」

「かの少女は我の娘だ。どうしようと勝手であろう」

「なによその仰々しい喋り方、気持ち悪い。一人称が我とか痛々しいわ」

「えっ、でもそのほうが威厳ある感じすると思って」

「しないわ。私は普通にワシって言ってる方が自然だし威厳もあると思うけれど」

「うーむ、アテナがそう言うならワシに戻そう」


 緊迫した最終決戦かと思ったら、わりと気の抜けた雰囲気が緩く漂っている。僕としてはそんなのんびりしていられる気分ではないのだが。


「とりあえず、率直に頼んでみるわ。ソフィをこの子に返してあげてくれない?」

「それは出来ん。自分の娘をどうしようが、ワシの勝手だろう」

「ソフィは、僕の妹です!」


 ゼウスは僕の言葉には全く耳を貸していないようだった。アテナ様だけを見、人の子である僕には完全なる無反応を貫いている。その態度にアテナ様も呆れたように息を吐いた。


「近くに置いたところで、どうせ相手にされていないんでしょう? そうまでしてこだわる理由が分からないわ」

「娘を側に置くのに理由などいらんだろう」

「そう、つまりは初めて見た娘が思ったより可愛かったから、構って欲しいということ?」

「い、いや‥‥まあ、その‥‥なんにせよ、人の子に渡す理由はない」

「そう、つまりは人の子に娘を取られるのが悔しいから意地になってるということ?」


 再びゼウスは黙り込む。バカバカしい会話のようでいて、その内容はあまりにも酷いものだった。ソフィをさらったことに理由と言えるほどの理由などはなく、ただの我がままで僕らを虐げたということなのだから。


 世界は、神様は理不尽だ。今日まで何度も何度も思ってきたそれを、僕は再び痛感する。怒りに拳が震え、だけど恐怖が抜けない脚は情けなく震えるばかり。


「娘がお願いしているのよ。父親らしく聞き入れてみてはどう?」

「ならばお前も娘らしく、親の言うことに従ったらどうだ」

「そうね、この話は平行線だわ。それじゃあとっても分かりやすく、負けた方が勝った方に従うというのはどうかしら」


 初めからそのつもりだったのだろう提案を、アテナ様が持ち出す。不敵な笑みを浮かべて父親にデュエルを挑み、挑まれた父もまた同様にニヤリと笑みを浮かべた。


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