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そうだ、オリュンポス行こう  作者: くらうでぃーれん
6.大神と香辛料と霊峰の神々
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6-7


 割と本気の刺突がヘルメスの首をかすめた。ヘルメスは顔を青くして完全敗北宣言。アテナ様がスゴいってのはあると思うけど、優位性を失ったヘルメスのショボさもスゴい。


「ん? 今なんでもって「言ったけどゴメン言葉のアヤです何でもは出来ません!」


 しかも前言撤回二言マンである。神様とかいう前に、生命体として生きている価値があるのか甚だ疑問だ。


「とりあえず分かってるとは思うけど、あの女を取り戻したいってんなら旦那抜きじゃ話は進まないぜ。こればっかりは、オレにもどうにも出来ねえよ」

「‥‥まあ、そうでしょうね」


 たとえソフィだけを取り返したとして、それだけではまたゼウスが追って来るだろう。だから僕らは、ゼウス自身に諦めさせる必要があるのだ。


 一度しか会ったことがなくとも分かるくらい、傲慢で我侭な神を納得させることなど出来るのか。

 分からないけど、やるしかない。


「お前らが入ってきた時点で報告しといたから、旦那はこの奥で待ってるぜ」

「は? 結局邪魔がしたいの?」

「いやいやいやいや、目的はまとまってたほうが楽だろってこと!」


 首筋に刃を突きつけて凄むアテナ様に、慌てて補足を加えるヘルメス。


「まとまって、ってことは、ソフィも一緒にいるってこと?」


 刺々しく尋ねるのは、アテナ様ではなく僕だ。アテナ様には服従の姿勢を示すヘルメスも、僕に向ける視線は冷たく鋭い。


「‥‥ま、そーいうこと。今は閉じ込めてっけど、空間の鍵は十二神以上の神格がねえと開けられないようにしてっから」

「ずいぶん回りくどいことをするのね。あなた、面倒なことは嫌いじゃなかった?」

「そうだよ。だからこうしときゃ、アイツが逃げてもオレのせいにはならねーっしょ」

「なるほど。相変わらず最低の考えね」

「お前のことはどうでもいいから、ソフィに何もしてないだろうな!」

「あ? してねーよ。別に趣味じゃねーし、あんな絶え間なく叫ばれてたら、鬱陶しくて何する気も起きねーっての」


 僕の叫びに、ヘルメスはどうでも良さげにひらりと手を振って答える。

 どうしようもないくらい腹は立つが、今はソフィが無事ならそれで良しとする他ない。まるで自分には否が無いような態度に、僕は奥歯を食いしばる。


「で、十二神以上ということは、私になら開けられるという解釈でいいのかしら」

「ああ、要はそーいうことだよ。鍵は奥に置いてある、象牙の天使像の左目。似たようなモンいっぱいあるけど、まあ見りゃ分かるだろ」

「そう、それで? たったそれだけしか出来ないのに、あなたは偉そうにしているワケ? 自分だけ面倒ごとを避けられるだなんて甘えたこと言わないでもらえるかしら」

「うぐ‥‥」


 アテナ様の指摘にヘルメスは言葉を詰まらせる。あわよくばそれだけで逃してもらおうと思っていたようだが、アテナ様は不義を働いた者に対して優しくはない。


「‥‥力貸せとかは無理だぞ。今回のことに関しては限界を感じたけど、オレは旦那を裏切りたいワケじゃねーから」

「構わないわよ。あなたに期待なんてしていないから」


 強がったつもりだったのだろうがさらに貶められ、口を開く度に残念なことになるループに陥っていた。


「とりあえず、あとでゴドいちのカレーを奢りなさい」

「‥‥‥‥は?」


 これには、僕も目が点になった。いったいどんな恐ろしい罰をお与えになるのかとwktkしていたら、なんともアテナ様らしい可愛らしい要求だった。


「お、おう、そんくらいなら全然「私が満足するまでよ」


 途端、ヘルメスの頬が引きつる。ここまでの道中でもかなりの量を食べていたアテナ様である。この反応を見る限り、神の間でも有名な大食漢のようだ。


「あと、時々ニコの家の農作業を手伝いなさい」

「お、おう‥‥‥‥って、はあ!? なんでオレがンな泥臭せぇことしなくちゃいけねえんだよ!」


 これには僕も驚かされる。ただ、神様2人分の小麦を奉納するためには新たに開墾する必要があり、その畑を誰が世話するのかというのは実際考えなければならなかったところだ。


 ヘルメスの顔を見る機会が増えるのは勘弁とはいえ、こき使って良いというならそれは願ってもない話といえた。


「ヤだよ! めんどくせぇのはヤだって言ってんじゃん!」

「甘えんなって言ってんじゃん」


 口元を笑みの形に歪めて、しかし瞳には一切笑みを浮かべることなく、煽るように語尾を繰り返す。


「私はね、あなたがソフィにしようとしたこと、いまだに腹に据えかねているの。もし断るというのなら、今この条件を呑んでおくべきだったと必ずあなたに後悔させてやるわよ」


 ヘルメスの表情がみるみる歪み、歯を食いしばって奥歯がぐぎぎと鳴り、額を押さえて呻き声を上げ、ぷるぷると震え、最後に「ぬあーーっ!」と雄叫びをあげてアテナ様を睨みつけた。


「あーーーっ、もうクソっ! わーったよ! やればいーんだろやればァ!」

「その通りよ。最初からそう言ってるのだから、無駄な時間をかけないで欲しいわね」


 ヘルメスはガリガリと頭を掻いて「なんでオレがこんな‥‥」と悔しげに呟いている。


「もう話は終わりでいいだろ!? 旦那もガキも奥にいるから、とっとと行ってくれよ!」

「ええ、話すことはもう無いわ。――ところで、あなたは最後に殺すと言ったわね」

「は!? ちょっと待て、ンなこと言ってねえし次に何を言うか分かるからヤメ――!」


 アテナ様が無言で、盾のカドをヘルメスの脳天に全力で叩きつけた。文字で表現するのも憚られるようなえげつない音がして、さすがの僕も若干引くくらいだった。


 顔面から地面にぶっ倒れてさすがに死んだかと思ったが、ピクピクしていたのでギリギリ生きているようだ。


「せめて台詞言えよ‥‥いっづぅ‥‥」


 頭を押さえて呻きながらフラフラと立ち上がる。ビビりはしたけど、そのまま死ねば良かったのに。惜しい。


「さて、それじゃあ行くわよニコ」


 倒れるヘルメスに一瞥もくれないアテナ様の背を慌てて追いかける。

 倉庫の裏手は細い路地が伸びており、少し先にもう一つ倉庫のようなものがある。どうやらその中にソフィとゼウスはいるらしい。ソフィが近くにいるのかと思うと僕の脚は自然と早くなってしまう。


「おい、人の子」


 と、通り過ぎざま、ヘルメスが不機嫌丸出しで僕に声を掛けた。


「は?」


 僕の不遜な返答に、ヘルメスは心から苛立たしげに口元を歪めた。


「アテナの威を借りて調子乗ってんじゃねえぞ。テメェは所詮人の子だ。人の子ってのはな、神様を敬うもんなんだよ。なぜなら、ヒトは神に劣るからだ。よく覚えとけ」


 どこまでも上から目線なヘルメスを、僕は鋭く睨み返す。出来ることならぶん殴ってやりたいけど、どうにかそこまでの怒りは抑えて拳を握りしめる。


「僕はずっと神様なんて信じてなかったけど、今は新しい信仰が芽生えてる。アテナ様も、アルテミス様も、アポロン様も、僕は偉大な神だと思ってる。だけど、僕にだって信仰すべき相手を選ぶ権利くらいあるんだよ。要するに、神様だろうが何だろうが、僕はあんたのことが大っ嫌いだ」


 ソフィを傷つけるものも汚すものも、僕は大嫌いだ。だから僕は、この先にいるゼウスのことも、大嫌いだ。


「‥‥くそ、任務失敗なうえ、アテナにぶん殴られて人の子に見下されるなんざ、とんだ貧乏くじだぜ」

「あなたが自分で引いたクジでしょう? せっかくだから、素敵な言葉をあなたに教えてあげるわ。因果応報、自業自得。バカなことをすれば、同じだけしっぺ返しを喰らうことになるのよ、覚えておきなさい」


 世の中は理不尽なことばかりだ。


 だけどたまには、悪を為した者が正しく裁かれる。そんな胸のすくようなお話があってもいいのかもしれない。


 そして公正な裁きを下すのは、公正な神。僕がかつて憧憬を抱いていた神の姿が、今まさに目の前に形を伴って具現している。


 この神は、いったい何度僕の心を惹きつけるのだろう。もし10年前に出会っていたら、僕は今でも敬虔な信徒でいられたのだろうか。


 そんな詮無いことを考えながら、僕らはヘルメスに背を向け先へと進むのだった。


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