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やがて、僕らはカレー屋さんの前に到着した。この部分だけ聞くと、僕はいったいどこにいるんだろうと思わないでもない。
「んじゃ、アテナさん、良かったら今度一緒にご飯でも食いましょうね!」
「あまり気が進まないわ」
正直者のアテナ様に、悲しそうな顔をした天使さんを乗せてペガ車は去って行ってしまった。
「さて、それじゃあまずはカレーでも食べてから行きましょうか」
「あっ、これは僕怒ってもいいヤツですよね」
「ダメに決まってるでしょう。人の子の分際で私に偉そうなこと言わないでもらえるかしら」
わーお、理不尽! 僕けっこう真剣なんですけど!
しかし本気で言っていたわけではなかったようで、アテナ様はカレー屋に背を向けて通りを挟んで向かいにある喫茶店へと歩を向けた。
喫茶店の隣には倉庫のような無骨な建物があり、さらにその隣にはオレンジ色の牛丼屋がある。アルテミス様が教えてくれたような通路は見当たらない。
が、アテナ様は隣の倉庫のような建物に触れ、得心したように頷いた。
「なるほどね、巧妙だわ。さすがヘルメスといったところかしら」
アテナ様は倉庫の端の壁に触れながら、好意的とは言い難い賞賛を贈る。そしておもむろにその壁を槍で縦に切り裂いた。すると、倉庫の壁に一筋のキズが――入ることはなく。
一瞬壁が霞んで見えたかと思うと、ひとつ瞬きをした次の瞬間には先程まで壁だったはずの場所に通路が出現していた。
街に入る時の衝撃を通過してきたおかげで、驚き指数はわずかに低く抑えることが出来ている。何事もなかったように踏み込んでいくアテナ様に続いて、僕もその細い通路へと足を踏み入れた。
細い通路は倉庫の裏に回り込むような形となっており、アテナ様が先に曲がり角を曲がったら倉庫の壁が吹っ飛んだ――。
今日まで様々な経験を積んできて突発的な事態への耐性をつけてきたつもりだったが、僕は舞い散る倉庫の破片を眺めながら呆然とすることしかできなかった。
――が、立ち込める粉塵が晴れた先のソレを見た瞬間、全てを理解した。
「覚悟はできたわね。今度こそぶっ殺してあげるわ」
「ちょっと待て。話せば分かる」
そこにいたのは、バリバリ最低ナンバーワンのカス野郎であった。クズ野郎は両手を上げて降伏のポーズを取っているが、アテナ様は容赦なく槍をぶん回して斬りかかる。ナイスゥ!
「分からないから拳で語り合いましょう!」
「合いたくねえしお前は拳でもねえよ!」
「キミが! 泣くまで! 殴るのをやめない!」
「そもそも殴ってない件! ごめんなさい許してくださいウエーン!」
クソ野郎がバカみたいな顔で情けなく負けを認めると、アテナ様は眉間に皺を寄せて攻撃の手をピタリと止めた。
「‥‥あなた、プライドは無いの?」
「ねえよンなもん。プライドなんかより、いのちをだいじに。そもそもアテナ相手に意地なんか張ってたら、何回死にゃいいか分かんねえよ」
アホみたいに両手を上げて降伏を求めるヘルメス。その姿はあまりにも惨めで情けなく、とても神とは思えないボケっぷりだ。
「じゃあ、私の方が強いと認める? あなたの負けで良い?」
「いやいや、普通にアテナの方が強ぇだろ。お前とマトモに勝負なんかしたくねえし」
「ぷふーっ、あっさり負けを認めるとか、ショボwww」
「あ? ナメてんのかぶっ殺すぞ人の子」
「アテナ様ーっ! コイツ僕のこと殺すとか言ってますよ! 圧倒的有罪ですよね!」
「そうね。ニコに手を出したら返り討ちにしてやるわ」
「えっなんで!? いつの間にお前らそんな仲良しなんだよ卑怯だろ!」
「お前の存在のほうがよっぽど卑怯だから今すぐ死んだほうがいいッスよ」
「おいアテナ! その人の子メッチャ腹立つんだけど! イッパツぶん殴ってやったほうが良くね!?」
「良くないわ。全面的にあなたが悪いから諦めなさい。あなたがソフィに手を出そうとしてなかったら少しは庇ってもよかったけど、自業自得ね。慈悲はない」
ヘルメスが悔しげに唇を歪める。とても愉快な光景に清々しい気持ちになった。愉悦に口角を吊り上げる僕に、ヘルメスはさらに表情を歪めて死ぬほどブサイクな顔になる。
「つーか、人の子。オレ、神様。分かる? もうちょっとくらい敬えや」
「ヤダ! オラおめぇのこと、でぇっきれぇだぞ!」
「私もよ。大っ嫌いだわ」
「くっそ‥‥」
苦々しげに呻くヘルメス。いやー、重かった気持ちが少しだけ軽くなった。少しね、ほんの少しだけ。
「で? わざわざ命がけで私の前に顔を出して、何をしに来たのかしら」
「自分で命がけとか言うなよ‥‥」
ヘルメスはガシガシと頭を掻きながらため息を吐く。なんだか、顔色が悪く目の下にはクマができ、ひどく疲れているように見えた。どうでもいいけど。
「まー‥‥な。率直に言わせてもらうと‥‥もう無理ポ」
「全然率直じゃないわ、からかっているのかしら」
「ちっがう、違う違う! 言い方悪かったゴメンナサイ!」
アテナ様が苛立たしげに槍を突きつけただけで完全降伏のヘルメスである。
「要するに、オレもう、あの子のこと閉じ込めとくの、無理」
冗談なのか何なのか知ったこっちゃないけど、勝手すぎる発言に僕は瞬間的に頭に血が昇って、思わずヘルメスに殴りかかろうとした。
したけど、アテナ様の脇を通り過ぎる瞬間に顔面を押さえつけられ、背中から地面に叩きつけられて止められてしまった。
「気持ちは理解してあげる。けど、出すのは口だけにしておきなさい」
バカなことを言いながらも、やはり常に冷静なアテナ様である。後頭部の激痛で僕も少しは冷静にはなれたけど、手荒すぎる。
ヘルメスは鬱陶しげに僕を睨んで、大きなため息を吐いた。
「すっげぇんだよ、アイツ。朝から晩まで泣くわ騒ぐわ。お兄ちゃんお兄ちゃんって、今日までもう何千回聞かされたか分かんねえ。ゼウスの旦那に頼まれてるからそうそう目を離すわけにもいかないしよ‥‥。マジ、もう、ノイローゼ。過労死寸前だぜ‥‥」
「やったぜ」
僕のありのままの言葉に舌打ちだけこぼして視線を落とす。この優越感たまんねーな。
「それなら、今ここに連れてくれば良かったじゃない」
「ほんそれ。頭使えばいいのに」
「だーかーら! 堂々と旦那を裏切るわけにはいかねーだろって!」
苛立たしげに地面を踏みつけるヘルメス。元々クソみたいなヤツだったが、それ以上に気が短くなっているようだった。
「で? ヘルメスは何をしてくれるの? まさか言うだけで自分は何もしないつもりではないんでしょう?」
アテナ様の鋭い指摘に、ヘルメスは頬を引きつらせて言葉に詰まる。
「‥‥出来ることなら、何もしたくないいいいいいやあああ嘘ウソうそ嘘ゴメンナサイなんでもやらせてもらいます!」
割と本気の刺突がヘルメスの首をかすめた。ヘルメスは顔を青くして完全敗北宣言。アテナ様がスゴいってのはあると思うけど、優位性を失ったヘルメスのショボさもスゴい。
「ん? 今なんでもって「言ったけどゴメン言葉のアヤです何でもは出来ません!」
しかも前言撤回二言マンである。神様とかいう前に、生命体として生きている価値があるのか甚だ疑問だ。




