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ファルサロス。テッサリア地方の主要都市であり、畜産業が盛んな地域。北西には国の穀倉地帯であるテッサリア平原を有しているため、人々の暮らしぶりは豊か。人間が生きる上で欠かすことのできない食糧生産を主としている都市はやはり強い。
「やっぱりココのスヴラキは美味しいわね。新鮮だし、身が良く締まっているわ」
アテナ様はさっそく露店で買った串焼き肉を頬張りながら、街のメインストリートを歩いていた。
自らの美貌を遠慮なく利用し「一番美味しいのを頂戴」と笑顔で言えば、誰もが率先して最も質の良いものを差し出してくれる。時にはオマケを追加してもらったり特別な食材を分けてもらったり、やりたい放題だった。
僕はそんなアテナ様の後ろをついて歩きながら、何度もツウィッタを確認していた。アルテミス様の呟きを数分置きに確認しているのだが、先ほどから「ユーザーレベル300になったワ!」とか「5位のヤツ追い上げヤバくね?」とか「ガチャ券仕事しろ」とかワケの分からない呟きばかりが流れてきている。あんたが仕事しろ。
アポロン様も同様で、「~今日のアルテミス~ 可愛い。終」などと屁のツッパリにもならないクソみたいな呟きを垂れ流しているだけだ。
ずっとスマゴを眺めている僕を見て、アテナ様が歩く速度を緩めて隣に並んできたかと思うと口の中にスヴラキを突っ込まれた。
「心配しなくても、アルテミスはちゃんとやることやってるわよ。ちょっとアホだからゲームが手放せないだけで」
もぐもぐとねじ込まれた肉を咀嚼しながら、僕はアテナ様を見上げる。
「‥‥はい、すいません、心配おかけして」
僕の言葉にアテナ様はぴたりと足を止めて、振り向いた。その表情は、流れ的にはツンデレ要素が露呈する瞬間かと思ったのだがそんなことはなく、普通に不愉快そうに眉根を寄せて唇をひん曲げていた。
「何度も言うけれど、神ってのはあなたたちが望むような慈しみなんて持ってないわ。人の子のヤサシサってのを基準とするなら、私たちはその半分も持ち合わせていないのよ」
何を分かりきったことを、という感想は飲み込んでおいた。流れがよく分からない以上、黙っておくのが賢明な気がしたから。
「だからね、私が心配してる、なんてのは勘違いも甚だしいわ。とても不愉快」
言葉だけ聞けばまさにツンデレだが、アテナ様は言葉通り、心の底から不快そうに眉を吊り上げている。
「なぜ、私を味方につけていながら不安そうなのかしら。私は戦の神、常勝の女神よ。本来なら、私を引き込んだ時点であなたは勝利を確信して胸を張っているべきなの。私の前でそうやって俯かれるのはね、私の誇りを踏みにじる行為だと知りなさい」
ビシィ!と鼻先に串を突きつけられる。寸止めのようで微妙に寸止まってなくて、タレが鼻の頭に一滴添えられた。
けどヘルメスとの戦いには負けたじゃないか、という反論は、出来そうになかった。
不意を突かれてソフィを奪われ、こちらの勝利条件が奪還であることに対し、相手の勝利条件は一瞬の隙をついて逃走すること。しかもその隙を作った原因は僕にあったのだから。
あの時の戦いでアテナ様が背負っていたハンデはあまりにも大きすぎた。それが分かっているから、僕は何を言うことも出来なかった。
「‥‥‥‥すいません」
だからそうひと言だけ謝って、だけど僕はすぐに顔を上げる。
「でも、僕は、ソフィが側に居ないことが心配でならないんです‥‥! 今何をしてるんだろうとか、変なことされてないかとか‥‥!」
不安を発露させる僕に、アテナ様は黙り込む。本当なら、今こそ大丈夫だと言って欲しかったのだけれど。
「まあ、そうね。それに関しては私もなんとも言えないわ。父もヘルメスも節操ないし、何をするか分かったものじゃないから」
ぞわりと、全身の毛が逆立つような焦燥と恐怖を覚える。ヘルメスがソフィに手を出そうとした時の憎悪が、心の奥底で再燃する。
「ただ見てわかったと思うけど、ヘルメスはあの通りの性格だから、もしソフィに手を出すなら敢えてニコの前までやって来ると思うわよ。だから大丈夫なんじゃないかしら」
「クズ野郎ってことですね」
「そういうことよ」
しかしヘルメスはそうだとして、ゼウスはどうなんだろう。ゼウスの子供はたくさんいると聞くし、そんなエロジジイが娘だからって、あんなにも可愛くて優しくて温かくて柔らかくて甘くて四六時中可愛みを振りまいているソフィに手を出さないとも限らない。
「ま、父に関しても多分大丈夫よ。アレはアレで、あんまり好き勝手に出来ない理由があるから」
「理由、ですか‥‥」
なにやら思わせぶりな発言に首を傾げるも、アテナ様はひらひら手を振って話を流すだけだった。
「敢えて知る必要はないわ。神々の事情に下手に踏み込むものじゃないわよ」
言って最後の肉を口の中に入れると、串の先で一軒の食事処を指した。
「とりあえず、あそこで昼食にでもしましょうか。その様子だと空腹は感じていないでしょうけど、身体は食事を求めているはずよ」
「‥‥っ! そんなことをしてる時間は――!」
「あるわよ。むしろこんなことをする時間しかないの。今、私たちに出来るのは待つことだけでしょう」
即座の反論に僕は何の言葉も返すことが出来ず、黙り込む。
歩調を変えることなく歩くアテナ様について、僕は流されるがまま店に入って席に着いた。
アテナ様が適当に料理を注文し、「お腹が空いているからたくさん食べられそうだわ」という呟きが効いたのだろう、持ってこられた料理は明らかに大盛りになっていた。
さっきまで肉を食いまくっていたはずのアテナ様は、何の問題も無さそうに次々と食事を口へと運んでゆく。
「‥‥あの、アテナ様」
僕の呼びかけに、サラダをもしゃもしゃ咀嚼しながらアテナ様が顔を上げる。
「どうして、ここで止まっているんですか? オリュンポスってずっと北なんですよね? もっとギリギリまで近づいていればいいんじゃないんですか?」
至極真っ当な意見、だと思う。少なくとも僕の中では。
けれどアテナ様は出来の悪い子供に常識を説くように、息を吐きながら教えてくれた。
「近づけば近づくほど、父の取り巻きが潜んでいる可能性は高まるでしょう。私たちが向かっていることはすでにバレている。ヘルメスがソフィを奪ったとして、私たちが追いかけていることくらい、向こうだってきっと予測しているわ」
それは、確かにそうだ。ソフィさえ手に入れば万事解決などとゼウスとて思ってはいまい。
「だから、目的地が明確じゃないまま近づくのは得策じゃない。近くにいるのがバレれば、今以上に動きづらくなるわ。正直、テッサリアに入っていることすらかなり際どいの。それでもファルサロスなら人混みに紛れやすいから、これでも十分ギリギリまで近づいてるのよ」
どうやらアテナ様なりに、僕の気持ちを汲んでくれているらしい。いや、アテナ様の目的を果たすためで僕の事情は関係ないか。
それでも目的が一致しているなら、何の問題も無い。
ソフィに会いたい思いは日々募ってゆく。それは不安以上に、身体の一部を失ってしまったような痛みと違和感だ。
今すぐ駆けだしたい衝動を必死に抑えて、街の名物を食べ尽くす勢いのアテナ様を見ながらアルテミス様からの続報をただただ待ち続けた。




