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そうだ、オリュンポス行こう  作者: くらうでぃーれん
5.純潔と略奪と伝令の神
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5-2


「ん~、美味しいっ」


 馬車に揺られること数時間。徒歩よりも格段に優れているとはいえ、馬とて万能の生き物ではない。休憩も必要だし、1日に進める距離も限られている。


 そんなわけで、僕らは夕刻には馬車の中継地点となっているらしい小さな町に下ろされ、町に2軒しかない食事処のひとつで夕食をとっているところだった。


 なぜこの町が中継地として選ばれているのか、僕らの町と大差ない田舎村。村の様子を見るに、村で何かを生産するよりも今のように中継地としてモノを流通させて保っている村のようだ。麦と家畜で埋まっていない分、村面積はウチよりも控えめに見える。


 民家のような小さなお店で僕らの前に並んでいるのは、パツァスと呼ばれる臓物のスープ。このお店では羊の内臓が使われており、スープには羊乳が使われている。横にはレモンと唐辛子が添えられており、好みでこれらも入れて食べると美味しいらしい。


「お兄ちゃんも時々作ってくれるけど、やっぱりちょっと違いがあるね」

「そうね。伝統料理も各地域でレシピに差があって、場所を変えれば同じ名前で違う料理が出てくるから面白いわ。ちなみにパツァスは二日酔いに効果的だと言われているから、夕食だから今更ではあるけれど、今のニコにはちょうどいい食事なんじゃないかしら」


 なぜか嬉々としてアテナ様が答えていた。まあ僕は、ソフィの幸せそうな顔が見られるだけで十分だから別に気にしないけど。


「乳だけでなくヨーグルトも使われているとスープがより濃厚になって少し違った美味しさがあるわね。あと、牛の内臓も美味しいわよね。私は羊の方が好きだけれど、牛にも違った美味しさがあって好きよ。地域によっては内臓だけでなく、足なんかが入っていることもあるわ」


 もくもくと勢いよく食事をしながら、やたら詳しいアテナ様が様々なレシピを教えてくれる。多少呆気にとられるものの、なんだかんだと料理好きな僕は頭の片隅にそのレシピを刻んでおくことにした。


「あ、そうなんですね。帰ったら僕も色々と試してみます」

「えへへ、すっごく楽しみ。このパツァスも美味しいけど、やっぱりお兄ちゃんの作ってくれたのが世界で一番美味しいもん」

「他のどんな調味料より優れているのは、愛情だからね。僕はいつもソフィに美味しく食べてもらうことだけを考えて料理してるから、当然と言えば当然なのかな」

「わたしもお兄ちゃんのことだけを考えながら豊穣の舞を躍ってたから、立派な小麦が育ってくれたのかもしれないね」

「間違いないね。ウチで焼いたパンには、どこかソフィに似た温かみがあるから」

「あら、ニコは料理が得意なのね。それじゃ、小麦を捧げる量を減らしていいから私にも美味しい料理を振る舞いなさい」

「はい、いいですよ。ソフィ味になってると思うんで、感動指数はソフィが食べた場合よりも少し低くなる可能性もありますが、自信はあります」

「私のゴッド理解力を用いてなお意味不明な単語が飛び出しているけど、まあいいわ。美味しければ全てを許しましょう」


 アテナ様は皿を空っぽにしてスプーンを置くと、店員を呼んで「バクラヴァをお願いできるかしら」ときっちりデザートまで注文していた。


 ちなみにバクラヴァというのは、何層にも重ねたさっくりとした生地にシロップをたっぷりとかけた、パイによく似たデザートである。ナッツが包まれているため香ばしくて女子に人気の高いスイーツだ。少し、僕には甘すぎるけれど。


「あの、何から何までお金出してもらって、すいません‥‥」


 馬車代に留まらず、今日までの宿代も食事代も、今日までに必要だったお金は全部アテナ様が出してくれている。ソフィのおかげで飲み水の確保も容易になったし、はっきり言って旅費は浮きまくりだ。ありがたいのは確かだが、さすがにここまで来ると申し訳なさのほうがよほど大きい。


「構わないわよ。前も言ったけどお金は余っているから。それにアルテミスのツウィッタを見たせいで、私もこれが食べたかったのよ。戦の神といえど、メシテロにだけは敵わないわ」


 運ばれてきたバクラヴァに一瞬だけ目を光らせ、さっそくひと口かぶりつくと、満足そうに頷いていた。


「さて、これからの予定を少しだけ話しておきましょうか」


 バクラヴァを頬張りながら、アテナ様はデルポイで貰ってきた観光地図を机に広げる。ご当地キャラのアポっちが地図のあちこちを走り回り、周辺の観光地について解説してくれていた。


「このペースで進めば、2,3日でラミアという都市に到着するわ。そこからさらに北上すれば、テッサリア地方に入る。ファルサロスやラリサを通過して北を目指して進むと、テッサリアの北端に、目的地であるオリュンポスがあるの」


 記載された都市名を順に叩きつつ、アテナ様の滑らかな指が地図上を走り、そこへ辿り着くと進行を止め、トントンと数度オリュンポスの山頂が指先で殴打される。


 地図で見れば、広い世界のほんの一部でしかないその山。しかし実際に目の前に立った時、それがどれほどの威圧感を持って僕を見下ろしてくるのかは想像もつかない。


「オリュンポスの山頂付近は私たちの居住地だから、人間は決して踏み込めないようになっているわ。たとえ真っすぐに登っていても途中で進路を逸らされて、大抵はそのまま遭難して死ぬことになるわね」


 さらっと恐ろしいことを述べるアテナ様。山頂が人類未踏の地となっているのには、ちゃんと理由があるようだった。


「けれど私がいるから、それに関しては問題ないわ。結局一番の問題は、登ってからということね‥‥」


 重いため息を吐きつつ、バクラヴァをひと口。沈痛な表情が咀嚼の度に輝いているのを僕は見逃していない。


「ま、そこから先は私の仕事よ。あなたたちは安心して私の背中を眺めていなさい」

「ちょとイケメンすぎるしょこれは‥‥」


 しかも思いっきり様になっているからタチが悪い。ソフィの心が揺らいだらどうしてくれるんだ。麗しき百合道に引き込むのは止めてもらいたい。ソフィと僕は背徳の兄妹愛を貫くんだ。


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