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翌日。
起床と共に準備を整えた僕らは、アポロン様に見送られながらデルポイを去り、一路オリュンポス山を目指すのであった。
空は快晴。太陽の化身たるアポロン様の下を去っても陽は空高く昇り、天頂から僕らのことを見下ろしている。吹く風はパルナッソス山の清涼な空気を孕み、いまだに昨夜の熱気で火照った身体を癒してくれるようだ。
‥‥さて、ここでひとつおかしな点が含まれていることに、皆様お気づきだろうか。
起床と共に行動を開始した僕ら。そして出立からさほど時間も経っていないのだが‥‥太陽は、天頂から僕らを見下ろしています。
‥‥まあ要するに、昨日の宴会で深夜まで大騒ぎしていたということです。むしろ、昨日のことを思い出せば昼に起きられただけでも奇跡的だといえた。
宴の開始当初こそ落ち着いた雰囲気で音楽について語り合っていたり、各地の情報交換や日常的な世間話が交わされていた――はずだったのに。
気づけば次から次へと葡萄酒を差し出され、狂喜乱舞する人々に囲まれ、次々と泥酔してトイレが占領され、限界突破を迎えた人々があちらこちらに吐しゃ物と胃液を撒き散らし、ひとり、またひとりと参加者が脱落していく中、なんとしてでもソフィを守らなければならないと僕は正気を保つことで精一杯だった。
しかも途中で突如アルテミス様から電話がかかってきて「おいテメェ今日まだログインしてねーじゃねーか! 最終ログイン23時間前ってナメてんのか! テメェを鹿に変えて犬の餌にすンぞ!」と本気でキレられ、グラグラと揺れる視界で平面上の少女たちと戯れなければならなかったのだ。
宴会場に元人間の屍が量産されていく中、アポロン様は「ああ~、アルテミスといっぱいちゅっちゅしたいよアルテミス可愛いよちゅっちゅ~」と平時とさほど変わらない様子のまま、凄まじい勢いでガッパガパと葡萄酒を胃に流し込み続けていた。
そしてアテナ様も同様、凛とした佇まいで椅子に腰かけ「ディオニュソスの葡萄酒はやはり格別ね‥‥」などと静かに呟きながら、酒樽を抱えて浴びるように酒を飲み続けていた。
僕らの村でも定期的に酒宴は催されているが、昨日のアレは断じて酒宴などではない。アレは確実に、魔を喚び出すサバトである。
僕はソフィを守るため、他の人々のように魂が悪魔の供物とされないように強い意思を持ち、ソフィの体温を感じ続けることでどうにか現実世界との繋がりを保って闇墜ちを防いだのである。
二日酔いでげっそりとしつつも、起き抜けでもどうにか行動出来ているのはソフィのおかげだった。
ソフィと僕の愛の力で、という精神的なものももちろんあるが、主な理由はソフィが豊穣の力によるものだ。ソフィが浄化してくれた井戸水を飲んだだけで、立ちどころに体の底に沈殿していた昨夜の悪夢の余韻が溶け落ちた。疲労そのものは抜けきらなかったものの、活動再開には十分な回復だったというわけだ。
僕以上に異様な量を飲んでいたはずのアテナ様はけろりとしていて、アポロン様も意気揚々と「アルテミスとデートしてくる!」と僕らの出発を見送ると同時ダッシュで去って行ってしまった。
今日も今日とて、すっかり慣れてきた馬車での旅路。ガタガタと振動が脳を揺さぶり、体調が回復したとはいっても決して楽な状況ではない。
視線を横に向けると、アテナ様は窓の外に顔を向けて景色を眺めていた。その視線を追随して僕も外を眺めてみるも、何か特別変わった何かがあるわけではない。
少し前までは広い街道というだけでワクワクできたものだが、さすがに毎日同じような景色ばかり見ていては飽きも来ようというものだ。
そんなワケで暇を持て余した僕はスマゴを弄っている時間が増え、ほんの少しだけ平面少女の魅力に理解を示しつつあることはココだけの話。
だが今日は下を向いて至近距離を見ていると気持ち悪くなりそうなので、顔を上げて見飽きた外の景色を眺めていることにした。見つけようと思って見れば、同じような景色の中にも案外違いは隠れているものだ。多分。
そんな僕の様子に気付いたアテナ様が景色から視線を外して、出来の悪い弟を見るような呆れた笑みを向けて来る。くっ、ヤメロ、僕は姉萌えに目覚める気はないぞ‥‥!
「ずいぶん苦しそうね。下車して休憩する?」
アテナ様の言葉に、超絶美女と乗り合わせた幸運を噛みしめていた乗客の怒りの視線が僕を向く。そんな圧力は別として、僕は首を振ってその申し出を断った。
「いえ、少しでも急ぎたいのでこのままお願いします。それにしても、神様の宴会っていつもあんな勢いなんですか?」
「あら、物足りなかった?」
「どうやったらその発想が出てくるのか皆目見当がつきません」
だがアテナ様はからかっている様子もなく、しごく真面目な様子だった。
「アテナ様は余裕そうですよね。お酒、好きなんですか?」
「そうね、嫌いではないわ。といっても、普段はそんなに飲むわけではないわよ。ただアポロンがあのペースで飲んでたから、私も飲まないわけにはいかないじゃない」
「いや、別に自分のペースで飲めばいいじゃないですか‥‥」
よく分からない理由を述べるアテナ様に、僕はやや力ないツッコミを入れる。しかしアテナ様はどこまでも真剣な瞳をカッと見開いた。
「言ったでしょう。私は戦の神として、たとえそれがどんな戦いであろうと決して負けるわけにはいかないのよ!(キリッ!」
アテナ様って基本的には超絶イケメソなんだけど、ところどころにバカっぽさが垣間見えることに最近気づき始めた。
嘆息する僕に寄りかかりながら、ソフィはスマゴでツウィッタを眺めている。僕もソフィに寄りかかって覗き込んでみると、アルテミス様の今日の呟きは「兄ちゃんがいつもに増して鬱陶しい件」から始まり、「魔法のカード買わせてやるんや」とか「小さいくせに高いヨーグルトも買わす」などと微笑ましい文句が書かれており、時間が経つにつれ「服も買ってくれた」とか「パツァスおいちい。バクラヴァもウマウマ」とか、美味しそうな写真と共に呟かれ始め、完全にデート中であることが丸わかりとなっていた。
そしてアポロン様の書き込みを見ると、「いも かわ」という呟きを最後に、日記はここで途切れていた。
妹とデート中なのだ、スマゴを見る暇があれば妹を眺めていたいと思うことは兄として当然だろう。
そんな呑気な兄妹の様子に苦笑を浮かべていると、アテナ様も同じようにスマゴを見つめ、難しい顔をしているのに気が付いた。
僕の視線に気づいたアテナ様はふっと微笑んで、「早めにログインしとかないと、忘れたらまた怒られるわよ」と、いつも通りの凛とした声を響かせた。
その様子に引っ掛かりを感じながらも、悩んだところで何もできない僕は、外の景色を眺めながらスマゴから流れる平面少女たちの声に耳を傾けた。




