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そうだ、オリュンポス行こう  作者: くらうでぃーれん
4.歌と妹と予言の神
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4-7


 僕とアポロン様は、瞳で通じ合う。人間と神という違いはあれど、同じ兄として妹を想う気持ちに違いなどないのだから。


「あの、わたしは‥‥」


 続けて神託を求めようとするソフィに、しかしアポロン様は穏やかに拒絶を示した。


「キミには必要ないだろう。なぜならソフィ、キミは妹だ。妹ならば導いてもらうべきは神ではなく、兄であるべきだ。そうだろう?」


 ソフィはぱあっと表情を明るくさせて、一度僕に視線を送ってから、力強く頷いた。


「はいっ。わたし、お兄ちゃんに一生ついていきます!」

「うん、それがいい。そうあるべきだ」

「さっぱり意味が分からないわ」


 感動のシーンのはずなのに、耐えきれないといった様子のアテナ様のツッコミが入った。


「アテナは妹としての自覚が足りていないね。ご覧、この兄を想う真っすぐな瞳を――」


 仰々しい身振りでソフィを指した直後、アポロン様の瞳に驚きの色がよぎった。アテナ様もその変化に気付いて、瞳を細める。


「何か見えたのね、アポロン」

「‥‥一瞬、断片だけどね。それでも、おおよそは読み取れてしまうな‥‥」


 アポロン様は苦々しげに口元を歪め、ソフィを見る。先ほどまでの陽気な雰囲気も今は鳴りを潜めている。


「天馬駆け、豊穣の果実は雲海の園へ」


 状況が違えば恥ずかしくなりそうなほど痛々しいワードの連なりに聞こえるが、どうやらしっかりと意味が伴っているらしい。アテナ様も唇を引き結び、なにやら考え込んでいるようだ。


「‥‥状況は理解したわ。ただ、私でも対処できるか難しいわね‥‥」

「だね。特にこれは、俺の苦手分野だ。アテナ、悪いけど対応はキミに丸投げするよ。ま、アテナが居ればなんとかなるだろ」


 苦笑するアポロン様に、アテナ様も「仕方ないわね」と嘆息を返す。


「ソフィ、人の子」


 ところで僕は安定のヒトノコだが、さすがに今ばかりはツッコミはお預けだった。


「ここから先、キミたちにとっては想像を超える苦しさを味わうことになるかもしれない。それでも、兄を、妹を、それぞれを想う気持ちを失くさないと言い切れるかい?」


 僕はソフィと顔を見合わせる。

 眩い光を放つ翡翠色の瞳、金糸すら霞んで見えてしまうほどの流れるように美しい金色の髪、柔らかく温かく滑らかな白い頬、草原に咲く一輪の花のような桃色の唇。

 その全てが愛らしく、何度考えても、ソフィの居ない日常になど帰れるはずがないのだと確信する。


「僕は、ソフィがいてくれるから、生きていくための指針を失わずにいられます。大げさではなく、ソフィが居なければ僕が生きる意味なんて無いんです。だから絶対、ソフィを守ります」


 アポロン様は力強く頷いて、ソフィに視線を移す。


「わたしも、同じです。お兄ちゃんが居なければ、わたしはこうして生きていられなかったと思います。神の子とはいえ雨の降る森でたった1人、生き抜くことなど出来なかったでしょうから。だからわたしはわたしの全てをお兄ちゃんの為に、お兄ちゃんと共に生きていきます」


 アポロン様はソフィの答えを聞いて――くしゃりと泣き顔を作って天を仰いだ。


「あー、いいなー。キミらホンっトいいなー。俺の知る限り最高の兄妹だよー。俺もアルテミスに言われてぇよー。最近反抗期なのか冷たいことが多いんだよー。それでも最高に可愛いけどさー。よよよー」


 まあ、声が聴けるだけで幸せとは言っても、死ねってひと言だけよりはお兄ちゃん大好きって言われたいのは当然だろう。


 だけど、僕はアルテミス様がアポロン様の話をしていた時の顔を思い出す。悪態を吐きながらも浮かべていた、あの表情。


「あの、アポロン様。兄として当然お気づきとは思いますけど‥‥」


 ちらりとこちらに視線を向けるアポロン様の眼には、言葉ほどの悲嘆は含まれていないように見えた。


「アルテミス様は、アポロン様のことを大切に思っていると思います。アポロン様の話をする時のアルテミス様、すごく楽しそうでした。だから、その、えっと‥‥」


 僕がアルテミス様を信用しようと思ったのは、アテナ様が信じているからという理由だけではない。アルテミス様もアポロン様が好きだというなら、お兄ちゃんが好きな妹に悪い人はいない。そう信じているから、僕はアルテミス様を信用したいと思ったんだ。


 そういうことが言いたかったのだけれど、言葉が散らかって次第に要領を得なくなっていってしまう。あわあわと言葉に詰まる僕に、アポロン様はふわりと柔らかな笑みを浮かべて僕の頭を撫でた。


「人の子、キミは良いヤツだ。人間は往々にして利己的で愚かな者が多いけれど、キミは他者の不幸を見過ごすのを苦と感じてしまうんだな。それが兄妹間の問題であれば、なおさら」


 太陽の香りを孕んだ一陣の風が、僕らの間を駆け抜ける。石造りの街並みがまるで花畑になったかのように、色彩豊かな花弁が舞う幻視を得た。


「アテナ、キミも彼のこういうところを見込んで手を貸しているんd「違うわよバカじゃないの勝手に兄妹中毒のあなた達と同じにしないでもらえるかしらバカじゃないの」


 お涙頂戴の感動のシーンかと思えば一転! アテナ様の容赦ない毒舌が花開いたァ!


 感動を助長するように奏でられていた静かなピアノのBGMも、それに合わせてドゥドゥーーン!と重々しい音を鳴らしているに違いない。


「おいおいアテナ‥‥兄妹中毒ってなんかイイネ! 今後積極的に使っていこう!」

「アルテミスが気の毒だわ‥‥と言いたいけど、あの子実際ブラコンなのよね‥‥」


 アテナ様はげんなりと僕らを一瞥し、「どうして孤立無援になってるのかさっぱり分からないわ‥‥」とより一層げんなりしていた。


「しかしそうなると、アテナはどうして彼らに手を貸しているんだい?」

「美味しいパンが食べたいからよ」


 その即答にアポロン様だけでなく、それを提案したはずの僕までも一瞬動きを止めてしまう。


「ソフィは豊穣神としての性質を持っていてね、この子が作った小麦を奉納させるという約束なの。世界一美味しいと自負するくらいだから、食べてみたいじゃない」


 アテナ様はニヤリと試すような視線をこちらへ送って来る。自信があるのは確かだが、満足させられなかったらどうなるのかは少し不安なところだ。


「ほー、それは興味深いな。協力したんだからさ、俺にも奉納してよ」

「アルテミスにもさせる約束よ。あの子から分けてもらいなさい」

「やったぜ! 食べさせっこすゆー!」


 どうやら、これ以上僕の負担が増えないように気を遣ってくれたらしい。アテナ様、マジ神。


「あれっ、じゃあアルテミスも小麦のために協力してるってこと?」

「いいえ、あの子は食費浮かせてガチャ代捻出したいからに決まってるでしょ」

「いやー、相変わらずで可愛いなー」


 アポロン様は数刻前の深刻な表情など忘れてしまったかのように快活に笑って、僕の肩をポンと叩く。


「さてさて、ところでキミら今日の宿はもう決まってる? 決まってないだろう? ていうかどうせ、俺の神殿を借りるつもりで来てるんだろう? 今夜はさっきの演奏仲間と遊ぶ予定だからさ、みんなも一緒に来ると良いよ。バカ騒ぎは大勢でする方が楽しいからね」


 有無を言う間も与えられず強引に今夜の予定を決められるが、間違ってはいないし寝床と食事を提供してもらえるのを断る理由などあるはずがない。


 僕らは一度アポロン様の神殿に立ち寄って夜まで兄妹談議に花を咲かせ、再びヒッピースタイルに扮したアポロン様と共に、夜の宴会へと繰り出したのだった。


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