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アテナ様は足を止めて、その演奏家たちのほうへと歩み寄る。そして取り巻く観客の一員となって、むしゃむしゃしながら音楽鑑賞を始めてしまった。
のんびりしていられるような旅路ではないのだが、今はアテナ様に従う以外の選択肢は無い。僕らは大人しく、アテナ様の後ろで一緒に音楽鑑賞を敢行することになった。 突然だったこともあり少々訝しむ部分もあったものの、その演奏はそんな不満も忘れてしまうくらいに僕の心を躍らせ、聴いている内に思わず体がリズムを刻み始めてしまっていた。
神すらも惹きつけてしまう音楽に、人間である僕が惹かれない道理はない。ついつい今の状況も忘れて、隣の見知らぬオッサンと顔を見合せながら体を揺らして観客の一員として溶け込んでいた。
やがて曲の演奏が終わると、観衆はまさに拍手喝采。演奏者たちに惜しみない賞賛が送られる。当然僕も、人々と共に思わず手を叩いて彼らを讃えていた。隣のソフィも同様だ。
演奏者たちは観客からおひねりを貰い、握手をし、ハグを交わし、楽しそうな笑みを浮かべたままその場を離れていく。
気づけば、即席のステージは周囲と何も変わらない雑踏へと戻っていた。音楽と歓声の余韻はあっという間に街並みに溶け、まるで今ここで行われていた演奏が夢だったかのよう。
ただそれが夢でないことを示すようにその場には1人、ヒッピー的な男だけが残って通り過ぎる人々を微笑ましげに眺めていた。
なんだろう、ちょっと危ない人なんだろうか‥‥と思っていると、アテナ様がつかつかと迷いない足取りでヒッピーに近づいていく。わーお、感動したからサインでも貰いに行くんだろうか。
が、アテナ様は男の前に立つと、肉を喰らいながら親しげに軽く手をあげた。
「相変わらず楽しそうなことしてるわね――アポロン」
「やあ、アテナじゃないか。ウチに来るなんて珍しいね」
ズコー! と僕は全力で広場に頭から突っ込んだ。主人公たる者、時には体を張らなければならないのだ。
ていうか、コレがアポロン様? なんだよこれ、トキがアミバだった時くらいの衝撃だぞ。
「後ろの子たちはアテナの連れかい? ‥‥ふむ、不思議な組み合わせだな。少年のほうは人の子のようだけど、そっちのお嬢さんは少し違うみたいだね」
「ええ、彼女は半神よ。どうやら、父が人の子を身籠らせたみたいなの」
「なるほどね、あの人らしい」
ヒッピー、もといアポロン様は苦笑を浮かべてソフィを見下ろす。ソフィも戸惑っているようで、わずかに身を引いて僕の手をきゅっと握った。
「初めまして、お嬢さん、人の子。俺はアポロンだよ。よろしくね」
「ど、どうも‥‥」
どうしよう、素性を知らなければ可能な限りよろしくしたくない人だ。アテナ様がいなければお巡りさんによろしくしているだろう。
「アポロン、もうその小汚い変装を解いたらどう? 警戒されているわよ」
「ん? ああ、なるほど、そういうことか。それは悪かったね」
言って、アポロン様は自らの頭をガッシと掴み――引き上げる!
引き千切った頭部を押し付けて「僕の顔をお食べェーッ!」と鬼の形相で‥‥言うはずもなく、キリストかアミバみたいな長髪が頭頂からズレると、その下に現れるのは、アルテミス様と同じ輝くような銀色の長髪。サングラスを外せば、吸い込まれるように深い赤い瞳。付けヒゲだったらしい口元が露わになると、目の前に現れたのは目も眩むような甘いマスクの美青年。
「改めて、俺は芸術と予言の神、アポロンだよ。よろしくね」
「は、はいっ。こちらこそ、よろしくお願いします」
なんてことだ、見た目が変わるだけでこうも威厳が違うものなのか。小汚いオッサンから神様へと、ランクアップどころか転生である。
「さっき一緒に演奏してたのは誰?」
「街で偶然出会った人の子だよ。気が合ったというか音楽性が合ったというか、とにかく仲良くなったから即興で演奏してたんだよ」
「そう、アポロンは本当に楽しそうでいいわね」
「はっはっは、それが俺の生き方だからね」
爽やかに言い切るアポロン様には、先ほどの演奏中とは別の注目が集まっている。街中にこんな美青年がいるのだから当然だ。もちろん視線の収集にはアテナ様も一役買っている。
話しながら、アテナ様はなぜか食べ終わった肉の串をアポロン様の髪の側面に突き刺して遊んでいる――のかと思ったら、単なる串であったはずのそれがヌルリと蠢き、次の瞬間には青々とした葉の茂る月桂樹の枝葉に変わり、アポロン様の頭部を飾っていた。そういうよく分からないところで神っぽさアピールしないで欲しい。
「あの、アポロン様。どうして変装なんてしているんですか? そのままの格好の方が観客は集まるような気がするのですが‥‥」
つい、思ったことをそのまま尋ねてしまう。聞いてから失礼だっただろうかと気を揉んだが、アポロン様はニッと笑って、むしろ嬉しそうに教えてくれた。
「音楽には、力があるからさ」
きょとんとする僕とソフィに、アポロン様は自慢げに語ってくれる。
「確かに神の威光があれば簡単に人が集められるかもしれない。だけどね、本当にその必要があるのかな。人の子、さっきキミは俺たちの演奏を聴いて、どうだった?」
僕は先程の演奏を思い出し、自然と体が動いてしまった楽しさを思い出す。
「すごく、素敵な演奏でした。思わず体が動いてしまって、いつの間にか聴き入ってしまっていました」
「そっか、それはありがとう。つまりは、そういうことさ。民草に感動を与えるのに、神の力なんて必要ない。音楽には神と同じか、それ以上の力があるんだ。俺は神という存在を抜きにして、純粋に俺の音楽を聴いてほしい。だから俺は、神としての素顔を隠しているんだよ。神の容姿はどうしたって、人の子の目を引いてしまうからね」
なんてことだ。アポロン様ってば中身までめちゃくちゃイケメソ神じゃないか。
僕はハッとしてソフィを見ると、僕の心情に即座に気付いてくれたらしく、僕を見つめてグッと親指を立てていた。うん、やっぱりソフィは世界一可愛い。




