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デルポイ。北東に臨むパルナッソス山の麓に建てられた街で、世界の中心とまで言われている街。アテナイ同様こちらにも神殿が置かれており、そこでは巡礼者それぞれのニーズに合った神託を貰えるということで、幅広い世代の人気を集めている。
神殿のある区画は粛然としていて神聖さを孕んだ空気に満ちているが、少し離れた都市部分は大勢の観光客で賑わっている。
露店も含めてたくさんのお店が並び、広場では楽器演奏が行われていたりもしてとても楽しそうだ。状況さえ違えばソフィとラブラブデートに勤しんでいるところである。
村を出て最初に訪れたのがデルポイだったなら、多分僕らは都会スゲーと感動していただろう。けどデルポイはアテナイやテバイに比べると、些か以上に規模が劣っていると言わざるを得なかった。
もちろん飽くまで比較の話で、決してデルポイが小さな町というワケではない。僕らの村と比べれば‥‥いや、ウチの村と比べたら小さい町を探す方が大変そうだ。
なによりデルポイは世界中から神託を求めて巡礼者や観光客、恋人の浮気を疑う人や転職に悩む過労寸前の会社員などが訪れるため、人の出入りの量に関しては先の2都市をも凌ぐと言われている。
歴史に名を残す為政者や英雄たちも、大きな事を成す前には必ずココを訪れてヒントを得ていたそうだ。もしかしたら今この場にも、これからの歴史を大きく変える未来の英雄がいるのかもしれない。
アポロン様に会うために神殿を目指す僕らだが、神域に向かうためには都市部を通らねばならず、徐々に慣れつつある人混みの中へとソフィとお手て繋いで紛れ込んでいった。
通り沿いには様々な出店が並んでおり、その中には食べ物を取り扱うお店も多くあるため一帯に美味しそうな匂いを漂わせている。その匂いに食欲が促されるが、残念ながら僕らの懐にはそんなものを買っている余裕など残されていない。
「2人とも、お腹は空いてない? 何か食べたいものがあれば買ってあげるわよ」
そんな悩みを抱える僕らを振り返って、アテナ様はそのような慈悲深いお言葉をかけてくださった。なんだよこの人、女神かよ。まさに神対応だ。
感動する僕に振り向いたアテナ様は――串焼き肉を3つほど頬張っていた。
「ここのスヴラキも悪くはないわね。ファルサロスの街で食べた物のほうが美味しかったけれど、十分合格点だわ」
なるほど、わりと食欲旺盛なお方のようだ。まあ、戦の神だし、腹が減ってはなんとやらってヤツなのかな。
アテナ様に買っていただいた、ピタと呼ばれる肉や野菜の挟まったパンを食べながら、僕らは引き続きアポロン神殿を目指していた。
歩きながらとはいえ、手で持ってかぶりつくタイプの食事とあらば僕は普通に食べるわけにはいかない。当然、僕はソフィの口元にそれを差し出し、食べさせてあげる。可愛らしくもぐもぐごっくんしたソフィは、にぱーっと笑って「おいしー」とひと言。それだけで僕はお腹いっぱいだ。
今度はソフィが僕に差し出してくれて、ひと口。すると、なんということでしょう。自分で食べる時とは全く違う美味しさが口の中いっぱいに広がるではありませんか!
ソフィの愛と優しさ、そして可愛さが加わると、どんな食事も立ちどころに世界を震撼させる至高の料理に変化してしまうのです。しかもこの食べ方をすると自然、ソフィを見つめながら食べることになる。それがどれほどの効果をもたらすかは、もはや語るまでもないだろう。
そんな兄妹として当然の触れ合いをしつつも、僕らは早めにピタを完食する。なんと言っても現在は神域に向かっているのだ。信仰心を失ったからといって、神の前でもちゃもちゃご飯を頬張れるほど豪胆な性格はしていない。
が、アテナ様は気にした様子もなく、さらに追加で購入した肉をもきゅもきゅと頬張りながら悠々と神域を目指していた。そりゃまあ、僕らにとっては神の土地だけど、アテナ様にとっては友達ん家みたいなもんだろうしね。
――と、その途中で差し掛かった広場で、何やら数人の人達が楽器を演奏していた。
陽気そうな短髪の男が弦を爪弾きながら歌い、くるくる髪の男が笛を吹き、大人しそうな女性が箱のような打楽器を叩く。そして真ん中には、小汚い長髪に無精ヒゲ、そして怪しげなサングラスをかけたヒッピーみたいな男が竪琴を鳴らし、観客と共に大いに盛り上がっているようだった。
音を楽しむと書いて、音楽。あの人たちはまさに言葉通り楽しんでいるんだろうなというように、観客も含めて誰もが笑みを浮かべて楽しげな音色を奏でていた。
アテナ様は足を止めて、その演奏家たちのほうへと歩み寄る。そして取り巻く観客の一員となって、むしゃむしゃしながら音楽鑑賞を始めてしまった。
のんびりしていられるような旅路ではないのだが、今はアテナ様に従う以外の選択肢は無い。僕らは大人しく、アテナ様の後ろで一緒に音楽鑑賞を敢行することになった。




