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「ま、とりあえず連絡用の説明はこんなもんかな‥‥」
アルテミス様はぽちぽちとスマゴをいじって機能を見返し、納得したようにひとつ頷いた。
「で、こっからが一番大事なところだからね。いい、ちゃんと覚えなさいよ」
そして一転、アルテミス様は非常に真剣な表情に切り替わってスマゴを握る手に力が入る。緊張が走り、僕の背筋が思わず伸びる。背中にさばっていたソフィが「ふおー」と最強に可愛い声を上げて驚き、即座に緊張が弛緩した。
アルテミス様はスマゴに表示された、なにやら女の子が描かれたマークを指さした。
「とりあえず、コレと、コレと、コレ。この3つは、絶対ログインだけはするようにして」
――ちょっと何言っているのかよく分からない。
「操作は簡単だから。コレは、オート戦闘でクエストだけやっといて。んで、こっちは一緒に対戦もしといて。これは、曜日ダンジョン周回するだけでいいわ。あと、コレとコレもログインだけはしといて。操作はちょっとメンドイからインだけで許したげる。そこまで力も入れてないし。コレは~‥‥、んー、まあいっか。正直辞め時探してたから、引継ぎコードだけ控えて引退にしよっかな」
スマゴを3台ほど並べ、それぞれをポチポチと押して操作している。アルテミス様が触れる度に画面内の少女たちが走ったり戦ったりと忙しそうに動いている。「あっレベル上がっちゃった。めっちゃ体力溢れたじゃんフヘヘ」とアルテミス様が呟き、神速の指捌きで1台のスマゴを連打し始めた。
「――で!」
と、指の動きが止まったかと思った途端、いっそう語気を強めてアルテミス様が詰め寄り、その勢いに思わず身構える。
「どのアプリも一緒だけど、絶対に、ガチャだけは回しちゃダメよ。あたしが良いって言ったとき以外‥‥ココ。コレね、コレ。分かる? この画面。この画面のココだけは、絶っ対に押しちゃダメよ。無断でこれを押したら。お前は死ぬ」
何を言ってるのかはサッパリ分からないが、とりあえずメチャクチャ真剣な眼をしていた。真剣過ぎて血走っている。
いったい、コレが神々にとってどれほどの価値があるもの、もしくは脅威たりえるものなんだろうと俄かに興味が湧いてしまった。まあ、ホントに殺されそうだから押さないけど。
「あの、念のため確認なんですけど、押すなよ、絶対押すなよ、という古代より伝えられしフリである可能性は――」
「殺すぞ」
声がマジだった。瞳からも光が半分失せ、地の底から響く怨嗟のような重々しい言葉に僕の体温は抜け落ち、全身から〝抵抗〟というコトダマを奪い去る。僕は本能に身を任せるように無意識に姿勢を正し、「まことに申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げていた。
狩猟の神たるアルテミス様は、言葉という弓矢によってたったひと言で僕の反骨心を根こそぎ狩り取ってしまたのである。なんたる恐怖!
「廃課金してるメイン垢ならまだしも、無課金で頑張ってる3垢目は次のフェスまでにどうにか十連貯まりそうなんだから、今は減らすわけにはいかないのよ‥‥! つーか今のガチャ♂ばっかでなんの魅力もねーし!」
何を言っているかは分からずとも、彼我の戦力差は十二分に理解した。彼女に逆らうなど、あまりにも愚か。
そしてアルテミス様は「名前を変更」というボタンを押して「テミつん二号機@人の子」と謎の改名を行っていた。「げー、8文字制限かよ」と呟いて唇を尖らせながら、さらに名前を短縮したりもしていた。
一通り作業が終わると、「ん」ともう一度スマゴを押し付けられる。しばらくその表面を眺め、恐る恐る人差し指だけを使って操作して、ツウィッタを開いてみた。
「そうそう。ていうかそんなのいいから、先にログインのやり方覚えてよ」
唇を尖らせるアルテミス様が横から手を伸ばして操作権を奪われた。画面が切り替わり、可愛らしい女の子が何かのタイトルのようなものを叫んでいる。しかし、こんな小さな板の上で女の子が動いているって、いったいどういう原理なんだろう。
「あはぁ‥‥やっぱたまらんワァ‥‥。この声聴かないと一日が始まんないよね‥‥」
その女の子を見ながら、アルテミス様が恍惚のため息を漏らしていた。その瞳は完全に恋する乙女のそれで、この平面上に存在する絵画的少女に対してどうしてそんな感情を抱いているのか、僕にはよく分からない。
「ふっふふ、言葉が出ないほど可愛いっしょ。この子、あたしのお嫁さん。可愛いのはよーく分かるけど、あたしの嫁だから勘違いしないようにね」
僕にはよく分からない。
アルテミス様は真顔で平面的少女の胸元に幾度となくタッチする。何度も何度も、執拗にπタッチを敢行する。その度少女は頬を赤くして恥ずかしそうな声を上げて、その度にアルテミス様は怒られている。
やがて、アルテミス様が突如自慢げな表情で「ドヤァ!」と声に出しながら赤い瞳で僕を射抜いた。
どうしよう、僕はいったいどんな反応を見せるのが正解なんだろう。
「え~~っ、こんなの見たら興奮してハァハァするのが普通っしょ~~。お前ノンケじゃねぇのかよ~~」
神の言う普通は僕には到底理解できそうになかった。
アルテミス様は次々と別のゲームを起動して、そこに出てくる少女が台詞を言う度に自慢げな表情を向けてくる。先生だったのが指揮官になったりマスターになったりプロデューサーになったり、職種は多彩である。しかしアルテミス様がしていることといえば、女の子の頭を撫でたりお胸を突いたりしているだけだった。
反応しあぐねる僕に対し背中のソフィは、僕にはどれも変わらないように見える少女たちを見ながら、「この子可愛い」とか「わたしはこの子のほうが好きです」と豊かな反応を示していた。
その度にアルテミス様はめっちゃ嬉しそうに表情を輝かせて、「分かってんじゃん」とか「分かるわー、たまにはお姉ちゃんに甘えたくなるわー」などと嬉しそうに返答している。
うーむ、僕は別に悪いことしてないはずなのに、なんか僕が悪いみたいな空気になっている。いや、ソフィは僕が二次元少女にうつつを抜かしてなくて安心してるようだ。可愛い。
「ま、人の子には少々崇高すぎる趣向だったようね。ソフィ、あんたは見る目あるみたいだから、ゲーム始めた暁にはフレンドになってあげるわ」
「でもわたしスマゴ持ってないです」
「んじゃ、ゼウスの娘になっちゃえば早いじゃん。もうなっちゃえば良くね?」
軽々しいアルテミス様の発言に、僕とソフィは瞳を鋭くして口を閉ざす。それを受けてアルテミス様はめんどくさそうに大きなため息をついた。
「あー、はいはい、悪かったわよ。ったく、めんどいな」
勝手な言葉、と思ってしまうのは、それこそ助力を乞うているこちらの勝手だろう。心穏やかではなくとも、不平の言葉だけはどうにか飲み込んだ。それを見て、アテナ様が励ますように肩を叩いてくれる。
「賢明ね。アルテミスも、そんなこと言ってたら来月のガチャは好きに回せないわよ」
「くっ‥‥あたしの弱みを握っていい気になりやがって」
「弱みを見せる方が悪いのよ。言い訳したってランカー達は手を抜いてくれないでしょう?」
「ぐあーっ、言い訳できねーっ」
何をどう負けたのかは分からないがとりあえず言い負かされているらしい。口論ってよりは、じゃれ合いって感じだけど。
「まあなんでもいいけど、とりあえずログインだけは忘れんなよ人の子」
そこで、ずっとツッコミ時を窺っていたソレについて言及しておくことにする。どうでもいいかもしれないけど、僕としてはけっこう気になることなのだ。
「ところでアルテミス様。僕、ヒトノコっていう人間ポケ〇ンではないんですけど‥‥」
「うっさいわね、んなこと分かってんのよ。けどあんたの名前はね、スクールゴッドフェスティバルに出てくる女神の一人と名前被ってるから呼びたくないの。我慢しなさい、ヒトノコ」
何を言っているのかはやはり分からないが、確かに知り合いに同じ名前の人がいると呼びづらいってのは分かる。それならばある程度仕方ない、かもしれない。
と、アルテミス様がハッとして半笑いで僕を見つめた。
「あんたお兄ちゃんキャラなんだったら、ニコ兄ね!」
「まさかのネタ被りィーーッ!」
なんだよ今神様の間で流行ってんの?って聞きたくなる。
「ちょっとこのポーズやってみてよ。ほら、顔の横で両手の指立てて。にっこn‥‥」
「絶対嫌です。神より恐ろしい、法という名の裁きが下されそうなので。それはともかく、せめてヒトノコ以外の呼び方はないんですか」
「無いね。諦めな。ま、あたしに認められるほどになれたらメガシンカさせてあげるから、せいぜい頑張りなさい」
「じゃあ頑張ってレベル上げておきますね」
我ながら切り返しが雑になってきている。でもまあいいやって思える程度には、僕は信仰心に欠ける人間だ。
「んじゃ、あたしは今の内にイベ走んなきゃいけないから、とっとと行っといで~」
アルテミス様のいい加減な態度を不安に思い、アテナ様を振り返る。しかしアテナ様は柔らかい笑みを浮かべて、アルテミス様の言葉を肯定した。
「安心しなさい。アルテミスはやると言ったらやってくれるわ。ネット社会における信頼の重要性というものを、この子はよく理解しているから」
「‥‥そうですか」
残念ながら僕がその言葉を理解できていなかった。それでもアテナ様がそう言うなら、任せてしまって構わないのだろう。
僕が今できることは、彼女らの言葉を信用することだけだ。
それしか出来ないのなら、それをしよう。
僕は疑心を心の奥底に仕舞い込んで、アルテミス様に深く頭を下げるのだった。
「どうかよろしくお願いします。アルテミス様」
「任せときな。ゼウスぬっころRTAしてやんよ」




