第十六章 我がために死ね
死の指に狙いを定められた瞬間、少年は全身の産毛が逆立つのを覚えた。死の影ががっしりと彼を捉えて離さない。とっさに『咫尺の書』を開き、運命転嫁を放つ。
法術が形を成そうとする刹那、体内の臓器が無数の見えない手に狂ったように引き裂かれるような感覚が少年を襲った。臓器は激しく痙攣し、今にも破裂しそうだ。最後の一音節を急ぎ唱え終えると同時に、法術の目標は危ういところでフリーデへと移った。
狂暴な負エネルギーが漆黒の奔流のように瞬時に向きを変え、少女の身を容赦なく呑み込み、湮滅させた。
ウェルズが急いで魔力を注ぎ込むと、虚空からフリーデの姿がふわりと再び現れ、マントをなびかせながら地面にしっかりと降り立った。
「……」フリーデはしばし言葉が出なかった。
「聖階魔法……死の指。あの女、いったいどこからこの宝石を手に入れたんだ?」
汗だくのウェルズは、まだ背筋が冷えるのを感じながらこの魔法の正体を見抜いた。生物単位を瞬時に抹殺する恐るべき法術で、たとえ運よく抵抗できたとしても、膨大な負エネルギーの反噬を受けることになる。フリーデは魔導構体ゆえに「即死」の判定こそ免れたものの、聖階魔法の純粋な破壊力には耐えきれず、あの巨大な負エネルギーに一瞬で引き裂かれたのだった。
もし詠唱がほんの一秒でも遅れていたら、今ごろ灰になっていたのは彼のほうだった。
「はあ……」身代わりの子羊にされたフリーデは、さほど恨み言を口にするでもなく、ただ小さくため息をついた。
「道具的理性がまた勝ちを収めたようだな」ウェルズは、この仲間の実直さと寛容さをありがたく思った。
自分が本当に死ぬことに比べれば、無限に復活できる彼女に代わりに死んでもらうのは、どう考えても損のない取引だ。フリーデもそれは暗黙のうちに了解しているらしい——運悪く一度死んだだけのこと、また魔力を注ぎ込めば召喚し直せるのだから。
サキュバスが死の指を放ち終え、戦闘力も意志も使い果たしたその隙に、背後へ閃現したバンシーがすかさず「真竜血怒」を爆発させた。
巨竜の咆哮の幻影とともに、バンシーの両拳が破城槌のごとくサキュバスの胸を貫き、おぞましい血の穴を穿った。高階サキュバスは糸の切れた凧のように空からまっすぐ墜落し、競技場の石畳に激しく叩きつけられた。
これほどの重傷を受けてなお生き延びられる生命はない。
「戦いは終わったのか?」その光景を見て、ウェルズはようやく長い息を吐いた。
フリーデはほっそりとした指を伸ばし、宙でなお明滅する次元門を一つずつ指し示しては閉じていった。ほどなく裂け目から悪魔が湧き出すことはなくなり、残る数十体の悪魔も彼女の手で速やかに掃討された。
バンシーはゆっくりと地面に舞い降り、不死者の召喚を打ち切った。競技場に死者が流れ込むことはもうない。残されたのは一面に散らばる欠けた屍骸ばかりで、先ほどまでの戦いの凄惨さを無言のうちに物語っていた。
月の潮汐の秘密はすでに解かれ、バンシーの宿願もついに果たされた。
その眼差しから怨毒が消え、柔らかく澄んだ色を帯びる。彼女はウェルズの前まで漂ってくると、亡霊戦旗を返した。
「お前たちの助けに感謝する。ようやく願いを果たせた。おそらく……私はもうすぐ消えるだろう」
執念が晴れた以上、この世に留まり続ける理由はもうない。目の前の少年の助力に、彼女はただ純粋な感謝だけを抱いていた。
「この邪悪な献祭魔法陣、お前たちはどうするつもりだ?」バンシーは地面に目をやった。
そこには膨大な負エネルギーと、悪魔や不死者の屍骸が集まっていた。本来はサキュバスがドラコリッチの命匣を収容し、聖階へ昇級するための礎だったものだ。
「そのまま壊すのは少し惜しいな。聖階への昇級に使えるなら、少し手を加えれば四階への昇級にも使えるはずだ」ウェルズは言った。
「この魔法陣の目標をお前に移すのか?」バンシーが尋ねた。
「ああ、そのつもりだ。昇級に使える奈落の象徴なら手元に一つあるが、どうも気に入らなくてな。悪魔は制御が難しすぎる。だが、この機会を逃せば次はない。俺もそろそろ四階の魔法使いに昇級しておくべきだろう。でなければ、国家の大事に介入するには今の俺の力はあまりに小さい」
バンシーは自ら法陣の要に立つと、陣紋を操作して献祭の目標をウェルズへと移していった。
「陰影系と悪魔系は多少の関わりがある程度だが、死霊系と陰影系なら互いに補い合えるのではないか?」バンシーが不意にそう提案した。
ウェルズは一瞬きょとんとしたが、すぐにもっともだと深く納得した。陰影と死霊系は幻術、召喚、エネルギーの傾向のいずれにおいても、確かに極めて親和性が高い。
「だが、死霊系の四階の象徴なんて、どこで探せばいいんだ?」彼はやるせなくため息をついた。
「私から持っていけばいい」バンシーはあっさりと言った。
ウェルズはまたしても固まり、目を上げてその清らかで浮世離れした面差しを見つめた。次の瞬間、本来なら生者を妬み憎むはずの亡霊の目尻から、透き通った涙がひとしずく滑り落ちた。彼女は白い両手でその涙を恭しく捧げ持ち、ウェルズへと差し出した。
バンシーの涙。
世にも稀な、言い伝えに語られるバンシーの涙だ。
「本当に感謝している。お前の助けがなければ、私は永遠に願いを果たせなかっただろう」彼女は心をこめて言った。
純粋に恩返しのためだけに流された、一滴の涙だった。
その心を汲み取ったウェルズは深く息を吸い、確かな足取りで進み出て、法陣の中央に立った。
こうして、バンシーは低く呪文を唱え始めた。生前の記憶を取り戻した彼女は六階の魔法操作力を再び掌握しており、昇級の儀式などたやすいことだった。生前には祖国の多くの魔法使いの昇級を手助けしたこともある。
彼女が片手を掲げて魔力を呼ぶと、幾重にも重なった漆黒の魔法陣が空に展開し、地面の献祭法陣と遠く呼応した。その導きのもと、怒濤のごとき負エネルギーがウェルズの手の中の涙へと狂ったように押し寄せ、黒い魔力の嵐を巻き起こして少年の衣の裾をばたばたとはためかせた。
ウェルズは目を細め、負エネルギーの嵐が絶えず圧縮されながらバンシーの涙の中へ集まり、高純度のエネルギー結晶へと変わっていくのを見つめた。やがてエネルギーを吸いきった涙は彼の魔力に導かれ、ゆっくりと胸の中へ沈み込んでいった。
刹那、氷のように骨を刺す気配が全身を流れた。彼は自分が周囲の暗エネルギーとこの上なく親和したように感じた。肉体と魂が極寒の深き淵で作り直され、鍛え上げられたかのようだった。
涙が体内に溶け込むにつれ、満ち溢れる負エネルギーが魂を洗い流し、彼の天賦の魔力態を根本から変えていった。
水が低きに流れるように、涙の放つ膨大なエネルギーを借りて、少年は体内の魔力池が急速に広がっていくのをはっきりと感じ取った。魔力の感知と操作も、隅々まで精緻になっていく。
高揚とともに昇りつめていく感覚はやがて静まり、最後には四階の巓峰の魔法使いの境地にしっかりと落ち着いた。
視界に映る世界は一新されていた。空気中を流れる負エネルギーの軌跡が肉眼で見える。本来なら致命的なこのエネルギーも、もはや彼の生命力を拒むことも蝕むこともない。強力な即死抵抗と負エネルギー抵抗を得たうえ、十分な準備さえあれば、十分を要する擬似法術を放って霊体へと化身することさえできる。
「四階になったか?まさか、ついにこの壁を越えて本物の魔導士になれるとはな」
ウェルズが双眸を開くと、その瞳の奥に幽暗な光がよぎった。
エネルギーの流れをたどった先に、彼はバンシーがこの世に残した最後の姿を見た——ウェルズの昇級の成功を見届けると、彼女は満ち足りた微笑みを浮かべて、完全に消え去った。
霊体である彼女は、去り際に何の痕跡も残さなかった。そよ風に吹き散らされた雲のように、それきり二度と現れることはない。
二か月近く肩を並べて戦った仲間との別れに、少年の胸には万感の思いがこみ上げた。
「お前と過ごしたこの旅を、俺は永遠に覚えている。それから……お前が温度管理にやたらと長けた、空調の達人だったこともな」
彼はひとまず追憶を心の底に押し込めた。
「それに、思いがけない収穫もある……」
少年は、極めて強大な負エネルギーの源が自分の魂と遠く繋がっているのを、どこか冥々のうちに感じていた。
振り返って祭壇を見る——そこにはドラコリッチの命匣が置かれていた。
ウェルズははたと悟った。これはバンシーが残してくれた最後の贈り物なのだ。
命匣は本来、法陣の収容目標だった。バンシーは核を自分の涙に置き換える一方で、法陣と命匣との繋がりを巧みに残しておいたのだ。新たに四階へ至った魔法使いとして、彼は今やドラコリッチの命匣を詠唱の増幅道具として借りることができる。いずれ完全に収容して聖階へ昇級できれば、伝説をも揺るがす月の潮汐の象徴を引き寄せることさえ夢ではない。
ウェルズはきっぱりと言った。「ドラコリッチの命匣を持っていこう。稀世の宝だ」
リッチにせよ巨竜にせよ世に稀な存在であり、ドラコリッチともなれば伝説中の伝説だ。
「昇級で、あなたが動かせる魔力が増えた。一分あれば、この封印は解ける」
フリーデが歩み寄ってほっそりとした白い手を軽く上げると、指先に金色に輝く解読の陣紋が浮かび上がった。彼女は全神経を集中させ、封印の解読に取りかかった。
「命匣を持ち去りさえすれば、空の負エネルギーの竜巻は消える。悪い話じゃないだろう?月の潮汐の負エネルギー濃度は大幅に下がり、不死者の領主たちが使える資源も減る。奴らが天災を引き起こせる可能性も、禦死長城への脅威も、ぐっと小さくなるはずだ」ウェルズは、今日の自分はまさに一日一善だと思った。
月の象徴を直接摘み取るか?今の彼にそんな力はまだない。このまま空に高く掛かっていてもらおう。
フリーデの解読を眺めながら、ウェルズは先ほどの戦いを頭の中で思い返していた。考えれば考えるほど妙に思えてきて、思わず突っ込みを入れる。
「あのサキュバス、誰かにはめられたんじゃないか?よりによって凍てつく不死者の国まで来て、奈落の悪魔の大軍を呼び集めるなんてな。よく考えると本当に滑稽だ。どうしてあいつは当時、バンシーの道を選ばなかったんだ?終末救贖者には死霊系の聖階もいるはずだろう?もしあいつが死霊魔法の優位とこの土地の地の利を押さえていたら、俺たちに逆転の目なんてまるでなかった」
「それはどうかしら。案外、強さより美しさのほうが大事だったのかもよ?バンシーとサキュバスなら迷わず後者、ってね。なにしろ死人になったら、感覚の楽しみも欲望もずいぶん減っちゃうもの」サンドラが傍らで何気なく答えた。
ウェルズは少し考えて、確かにありえない話ではないと思った。
「じゃあお前なら、どっちを選ぶ?」
「私はやっぱりバンシーかな。悪魔は嫌いだから」
サンドラのいつもどおりの他愛ない話に耳を傾けていると、少年はこの上ない安らぎを覚えた。まるで子供の頃に戻ったかのようだった。崩れた壁の残る廃墟に二人並んで腰かけ、その日の収穫をのんびりと数えていたあの頃に。
だが、そんなくつろいだひとときに、何の前触れもなく一筋の陰りがウェルズの胸をよぎった。
振り払えない不安に、彼は内心で眉をひそめた。すでに四階へ踏み入り、魂の次元での脱皮を遂げた。傍らには強大な実力を持つフリーデが護衛についている。それなのに、いったいどんな危険を見落としているというのか?
わけもなく湧き上がる焦燥を抑えようと、彼はあえてサンドラとの雑談に身を入れ、気を逸らそうとした。だが、冥々のうちに届く魂の警告は、針で刺すように絶えず彼の神経をつつき続けた。
そして、次の瞬間——
骨まで凍みる陰気な気配が、何の前触れもなく足元から噴き上がった。ぼろぼろの灰色の布のローブをまとったスケルトンの幽霊が土を突き破って現れ、死神のような大鎌が空を裂いて、まっすぐ彼の首を狙う!
はっと我に返り目を見開いた少年は、そこでようやく自分が何を見落としていたのかに気づいた。
「猟魂者……!」
戮魂の大鎌を手にしたあの幽霊は、林間仙境からずっと影のように彼らの後をつけていたのだ。霊体の特性を利用して地下に潜み、探知を逃れながら、極めて辛抱強い毒蛇のように、ただこの完璧な出撃の瞬間だけを待ち続けていた。
機会ならいくらでもあった。だが休息中には手を出さなかった。バンシーとフリーデが夜番についていたからだ。サキュバスとの死闘の最中にも動かなかった。混乱した悪魔たちが潜行の妨げになるうえ、皆が厳重に警戒していたからだ。
そして今——バンシーが消え、フリーデが呪文の解読に気を取られ、皆が完全に警戒を解いたこの瞬間こそ、千載一遇の必殺の好機だった!
自分が何を忘れていたのか、ウェルズはようやく理解した。「防霊土壌」を一巡り撒いておくだけで防げたはずの危険が、今や命取りの見落としとなっていた。
必死に身をよじってかわそうとする。だが奇襲を受けたその瞬間、自分の動きが泥沼を這うように鈍いことに気づき、彼は愕然とした。振り向ききった頃には、あの大鎌がとうに首を刈り取っているのは間違いない。
「畜生……せっかく昇級したってのに、こんな馬鹿な死に方をするのかよ?」
死が迫る刹那、少年の脳裏に無数の思いが押し寄せた。自分が死ねば、多くの物事の行く末が変わるだろう。だが死にゆく者にとって、そんなことはもうどうでもいい。心の底には、わずかな解放感さえ湧き上がっていた。
だがその時、横合いから強い力で突き飛ばされた。
サンドラだった。生死を分かつこの瀬戸際に、彼女は微塵のためらいもなく、全力で少年を死神の軌道から押しのけたのだ。
時間が凍りついたかのようだった。少女が自分のいた場所に立ちはだかり、背に彼を庇う姿を、ウェルズはただ見ていることしかできなかった。灰色にかすんだ戮魂の大鎌が、信じられないものを見るような彼の目の前で、サンドラの体をすり抜けていった。血は出なかった。衣服も破れず、肌も裂けず、刃の通った跡には何も残らなかった。
彼女はただ、背後から糸を断たれた操り人形のように崩れ落ちた。膝が折れてウェルズの前に膝をつき、そのまま横向きに石畳へ倒れ込んだ。
言葉にならない衝撃と、胸を引き裂かれるような激痛が、一瞬にして少年の理性を呑み込んだ。
もはや何もかまっていられなかった。彼は狂ったように腰の神術書を引き抜き、「撼魂天鐘」を強引に発動させた。
その名のとおり、霊体を狙い撃つ強力な神術だ。これまではバンシーを巻き込むのを恐れて使えずにいた。だが今、ほとんど制御を失った狂怒と憎悪のままに、彼はこの神聖な力を余すところなく解き放った。
燦然たる神聖な光が空に集い、荘厳な古銅色の天鐘を形作った。見えない撞木が重々しく打ち鳴らされると、亡霊を浄化する壮大な音波が競技場に轟然と響き渡った。
霊体を狙ったこの致命的な一撃に、確かな形を保っていた猟魂者の体は瞬く間に翳り、不安定に明滅し始めた。
だが、それでも死にはしなかった。深手を負いながらも猟魂者は声なき咆哮を上げ、再び大鎌を振りかざしてウェルズへ飛びかかった。
この時になって、フリーデはようやく背後の異変に気づいた。ひらりと身を翻すと、汚れ一つない白い衣の裾が宙に鋭い弧を描き、手にした長剣が稲妻のように投げ放たれた。
「ガキン!」
投げ放たれた空間エネルギーの長剣は、振り下ろされる寸前の戮魂の大鎌の切っ先を正確に弾き、間一髪のところでウェルズに一縷の活路をもたらした。
少年は歯を食いしばり、血走った目で、二度目の「撼魂天鐘」を打ち鳴らした。
壮大な鐘の音が再び夜空に響き渡り、神聖な音波の衝撃に猟魂者の体はほとんど透けるほど揺さぶられた。
だが、命が風前の灯火となってもなお、この刺客は微塵も退こうとしなかった。スケルトンの下顎を開閉させて声なき凄惨な笑いを漏らし、なりふり構わず大鎌を振り上げる。ウェルズを道連れにする覚悟だった。
三度目の大鎌が振り下ろされようとしたその瞬間、フリーデの両手の指先から眩い金光がほとばしった。空間閃現だ。
次の瞬間、ウェルズの姿は十メートル先に忽然と現れていた。猟魂者の致命の一撃は空を切り、残影を斬り砕いたにすぎなかった。
猟魂者はぎこちなく首の骨を回し、追いすがろうとした。だが顔を上げた時には、目を刺すような数条の赤い光線がすでに視界を埋め尽くしていた。
ウェルズの指先から噴き出した強化灼熱光線が、この刺客を完全に呑み込み、焼き尽くした。
だが炎の中に、なお残ったものがあった——猟魂者が死に際に上げた得意げな笑い声だ。おぞましく、甲高く、魂を震わせるほどに不気味な笑い声。
炎が消えるとともに、笑い声も次第に空気に溶けていった。だがウェルズにはわかっていた。あの悪夢のような声は、この先ずっと脳裏にまとわりつき、決して消えることはないのだと。
猟魂者にとっては、標的のそばにいる最も大切な者を殺せたなら、それで主君の仇を討ったことになる。それは満ち足りて死んでいった。
灰と化していく猟魂者を見つめながら、少年の頭はまるで止まってしまったかのように真っ白だった。その場に呆然と立ち尽くし、何も考えられない。
「大丈夫?」
フリーデが慌てて駆け寄ってきた。その声に、少年の虚ろな目にようやくかすかな焦点が戻った。
「道連れになってでも、主君の仇を討とうってのか?」彼はぽつりと呟き、それから歯ぎしりして吐き捨てた。「この忌々しい騎士の国め……!」
激しく悪態をつくと、彼はよろめきながら駆け寄り、両膝を石畳に強く打ちつけるようにして、サンドラの傍らに跪いた。
震えながらうつむき、少女の顔を食い入るように見つめる。まるで深い眠りに落ちただけのように、彼女は静かだった。だが血の気の失せた顔と次第に冷えていく肌が、残酷な事実を少年に突きつけていた——彼女はもう、死んでいる。
幼い頃から貧民街で食べ物を奪い合い、煉獄の中で寄り添って生き抜いてきた日々の一つ一つが、走馬灯のように怒濤のごとく脳裏へ押し寄せた。数えきれない泥濘と鮮血の中を共に歩んできた親友が、こんなふうに目の前で死んでしまうなど、とても信じられなかった。
「どうして……こんな!?これは夢なんだろ?絶対に夢だよな!?」
ウェルズは苦痛に両拳を握りしめた。爪が掌に深く食い込み、血が滴り落ちる。もはや喉の嗚咽を抑えきれず、彼は天を仰いで、獣のような絶望の叫びを上げた。
「畜生……!!」
サンドラの代わりに死ねたなら、どれほどよかったか。両目が真っ赤に染まる。彼女を失ったこの瞬間になってようやく、少年は彼女が自分の中でどれほど重い存在だったかを思い知った。
彼女はたった一人の友であり、彼の人生の錨だった。互いに支え合ってきたからこそ、ウェルズはあの地獄のような流浪の日々を、歯を食いしばって今日まで生き延びてこられたのだ。
「どうしてこんなことに……!お前は秩序にして悪を掲げる煉獄騎士じゃなかったのかよ?」
焦点の定まらない目で少女の蒼白な頬を見つめ、音もなく涙をこぼしながら、彼は途切れ途切れの声で言った。
「どうして自分勝手なままでいてくれなかった……どうして……俺を助けるほうを選んだんだ?」
がらんとした競技場には、ただ夜風の咽び泣く音だけが響いていた。
死んだ者は、もう二度と彼に答えてはくれない。




