第十四章 万神殿
翌日の早朝、一行は手早く荷物をまとめ、万神殿へと向かう途についた。
荒れ果てた大道を進んでいく。かつては車馬の往来が絶えず、六台の馬車が並んで駆けられるほどの道幅があり、道沿いには往時の商人たちが残した痕跡がかすかに見て取れた。だが今や繁栄は見る影もなく、死の静寂に沈んだ廃墟を無数の不死者が当てもなくさまようばかりだった。
ほどなく、万神殿の壮大な輪郭が一行の目の前に浮かび上がった。
それは途方もなく広い円柱形の殿堂で、華麗な装飾を施された無数の巨柱が、重い大理石の穹窿を支えていた。巨竜でも通り抜けられそうな黒鉄の大門の両脇には、雄大な神像がそびえ立っている。門はひどく重く、五階以上の魔法に頼らなければ、隙間ひとつ開けられないだろう。
「万神殿は宗教の聖地であると同時に、闘技場であり祝典の場でもあった。多くの執政官がここで闘技を催し、聖階の強者が生きた巨竜を運び込んで公開の決闘を行ったことさえある」バンシーはこの建物の輝かしい過去をかすかな声で語った。「正門は、あらゆる怪物に挑む強者が胸を張って歩み入るためのもの。その相手はヒュドラや不死鳥から、囚われた敵国の聖階まで、ありとあらゆるものだったのだ」
「なら俺たちは目立たないように、側門から入ろう」鉄の門を見やりながら、ウェルズは言った。法術なしでは誰にも動かせないことは、分かりきっていた。
「だが……ここの負エネルギーは、ひどく濃い」バンシーはびくりと身をすくめた。「中央の竜巻を除けば、私が見た中で最も負エネルギーの密集した場所だ」
ウェルズはすぐに窺秘の眼を放って辺りを偵察したが、視界には何の手がかりも浮かばなかった。
「くそ、俺の魔法の腕じゃまだ足りないってことか」と、歯噛みする。
「これほど巨大な負エネルギーがここに居座っている以上、神殿の奥には必ず何かが隠されているはず」フリーデは武器を握りしめ、警戒を強めた。
「ここのほかに、調べる価値のある場所はある?」サンドラが尋ねた。
バンシーは軽く首を振った。
「危険を承知で踏み込むしかないようだな。行くぞ、側門から入る」
バンシーの導きに従い、一行は側門を押し開けて、広々とした廊下へ足を踏み入れた。
「静か……ほんとに不気味な場所。不死者が一体もいないなんて?」フリーデは耳を澄まし、神殿の中がもぬけの殻だと気づいた。
「ここには不死生物を追い払う結界が設けられているからだ」バンシーはわずかに眉を寄せ、空気中の魔力の波動を感じ取っていた。「この結界は、心を持つ不死者には強い嫌悪感を与える程度だが、知性のない低階の不死者を寄せつけないには十分なのだ」
「そうなると、かえってこの神殿が怪しく思えてくる」ウェルズの神経はますます張りつめた。
結界の守りのおかげだろうか、この建物の内部は戦火と不死者の蹂躙を免れ、驚くほど完全に保たれていた。まるで歴史博物館と最高級の宿を掛け合わせたような場所で、精巧な魔法の冷蔵庫や調理道具が残っているばかりか、給水管や宿泊設備まで一通り揃っている。
一行は宿泊区と接客区の長い廊下を抜け、ほどなく係の者専用の通路に出た。ここからなら神殿の大広間を回らずに、闘技場の中枢へ直接入れる。
視界が一気に開けた。重い穹窿はもはやなく、代わりに薄暗い空が広がっている。二頭の巨竜が組み合って戦えるほどの巨大な露天の決闘舞台が目に飛び込んできた。舞台を囲むのは幾重にも重なる観客席で、その前方を守る魔法の障壁は、無情な歳月と負エネルギーに蝕まれ、とうにひび割れ、ところどころ崩れ落ちていた。
長い距離を容易く飛び越えられる聖階の強者にとって、この巨大に見える闘技場は、「顔を突き合わせて」白兵戦を演じるしかない狭い檻に過ぎなかった。
「ここの負エネルギーは、ほとんど実体になりそうなほど濃い……それに、中央に何かひどく特殊なものが祀られているようだ」
長距離の霊魂視覚を持つバンシーが、真っ先に異状に気づいた。場の真ん中の祭壇の上で、奇妙な道具が、胸を締めつけるような強烈な魂の波動を放っている。
一行も次々にその圧迫感を感じ取った。それとともに、気温が急激に下がっていく。「月の潮汐」の影響下で外の常温がおよそ十度だとすれば、今の闘技場内は間違いなく氷点下まで冷え込んでおり、地面一面に凍てつく白い霜が張っていた。
「あれは——!」
ウェルズは再び窺秘の眼を開いた。次の瞬間、両の目を刺し潰さんばかりの深い霊光が、猛然と脳裏へ流れ込んできた。
苦痛の声を上げ、ウェルズはすぐさま目を閉じて魔法を解いた。あと数秒でも見ていれば、あの魔力に目を焼き尽くされていただろう。
「なんて深い暗黒の霊光だ……!さっきの半リッチの命匣より百倍も黒い!」
「半リッチの命匣なのよ?この世にそれより貴重な宝なんてある?」サンドラは目を見張って尋ねた。
言い終わるや、一行の脳裏に同時に、身の毛もよだつ答えがよぎった。
「ドラコリッチの命匣」フリーデは無意識に呟いた。
六階の術者を聖階へ昇級させるに足る、神秘の道具である。
バンシーは不快感を必死にこらえ、祭壇の周囲をつぶさに観察した。
「ここはもともと闘技場だ。普段なら祭壇を真ん中に据えるなどあり得ない。そんなことをすれば、一度戦いがあっただけで粉々になってしまう。この祭壇は……終末が降りかかった後に、誰かが意図してここに築いたものだ!」
「人為的なものだと?目的は何だ?」ウェルズは目の痛みをこらえて尋ねた。
「この大地の負エネルギーで命匣を鍛えるためだ」バンシーは目を閉じ、負エネルギーの流れを通して真相を感じ取った。「ドラコリッチの命匣は、もともと人を聖階へ昇級させるに足るもの。それが長い歳月をかけて極限まで鍛え上げられ、『月の象徴』を制御できる中枢にまで変貌している。聖階の強者でさえ喉から手が出るほど欲しがる極上品だ。これを使えば、本当に月の権柄を掌握できるかもしれない!」
背後の陰謀が何であれ、それは間違いなく値の付けようもない稀世の珍宝だった。
「今すぐ持ち去るぞ!」ウェルズが叫ぶ。全次元界に二つとなく、親しい友や肉親さえ仇同士に変えかねない究極の宝なのだ。
フリーデは足に力を込め、放たれた矢のように祭壇へ駆けた。だが奇怪なことが起きた——どれほど速く走っても、祭壇との距離は一寸も縮まらない。まるでいつまでもその場で足踏みしているかのようだった。
「奇妙な空間の封印がある……」
ウェルズたちも慌てて進み出て試したが、目と鼻の先にあるその祭壇は、蜃気楼のように遠く手が届かなかった。
すべてを仕組んだ黒幕が、易々と果実を摘ませるはずもなかった。
フリーデの金色の瞳が魔力の光を放ち、瞬時に手がかりを見抜いた。「『咫尺空間』よ。これは『咫尺の書』の五階専用魔法で、特定の区域を封鎖して、空間の実際の距離を一キロ余計に引き伸ばす。つまりこの祭壇は目の前にあるように見えて、実際には一キロ先まで引き離されている。一キロ先の物を取り寄せる能力か、一キロに届く法術の射程でもなければ、封印物には触れることさえできない」
つまり、一キロを超える到達範囲がなければ、祭壇の上の命匣に手を出そうなどとは思うなということだ。
「それはお前の専用魔法じゃないか?」ウェルズは訝しげにフリーデへ向き直った。「お前が封印したのか?」
「これを封印した記憶は、私にはない」
答えは言うまでもなかった。それは『咫尺の書』の先代の主の一人が残したものだ。
「アラリック……終末救贖者と呼ばれたあの巓峰の聖者の仕業か?あいつがこれをここに残したのは、いったい何の企みだ?」ウェルズは眉を固く寄せた。
もちろん、答えられる者などいなかった。
「この魔法は私が解ける」フリーデは冷静に言った。「ただ、四階の今の私では、解くのにたっぷり十分はかかる」
結んだ者が解くのが道理である。彼女はすぐに両目を閉じ、魔力を導いてこの空間の枷を解き始めた。
だが、彼女が取りかかったまさにその瞬間、異変が起きた——
闘技場の果ての宙で、空間が鋭い刃に切り裂かれたかのように、燦然たる金光を放つ次元門が轟然と開いた。灼熱の気配とともに、巨大な蝙蝠の双翼を持つ艶やかな姿が光の中から躍り出て、天に浮かんだ。
それは成熟した妖艶な女性だった。頭には漆黒の山羊の角が生え、布地の極めて少ない、誘惑に満ちた衣装をまとい、純白で染み一つない肌を大きく冷たい空気に晒している。平らな下腹には、人の想像をかき立てながらも危険な気配を放つ魔紋が蛇のように這っていた。手には巨大な魔法の晶石を嵌め込んだ長剣を高く掲げ、その切っ先は唸りを上げている。致命的な武器であると同時に、強大な法器でもあった。
「サキュバス……六階のサキュバスだ。この祭壇を仕組んだのは、あいつか?」
ウェルズは目を細め、相手の顔を見定めようとした。だが次の瞬間、その表情は完全に凍りついた。
そのサキュバスの顔立ちが、傍らのバンシーと瓜二つだったからだ!
「預言の時は来た——!愚かな凡人ども、大人しく私が聖階へ昇るための糧になりなさい!」サキュバスは高みから見下ろし、傲岸で耳障りな高笑いを上げた。
バンシーは宙のサキュバスをじっと見据えていた。蒼白だった顔に茫然とした表情が浮かび、魂の奥底に封じ込められていた生前の記憶が、ついに潮のように脳裏へ押し寄せてきた。
「あの時……妹に打ち倒されて血の海に伏した私は、すぐには死ななかった」バンシーの声はかすかに震えていた。「あの子が終末救贖者と結託し、都市全体を供物に捧げて、自分をサキュバスへ転化させるのを、私はこの目で見た。あの巓峰の聖階のアラリックは、監察官と数えきれない罪なき人々を殺し、それから原界砕星を使って不死者の次元界へ通じる通路を引き裂き、悠然と立ち去った……」
サキュバスの狂笑とともに、闘技場の大地が猛然と震え、複雑な魔法陣の紋様が氷霜の下から目を刺す血の光を放った。莫大な負エネルギーが引き寄せられる大河のように、宙のサキュバスへ狂ったように流れ込み始める。
「何事?地震?」サンドラは驚きの声を上げ、揺れる地面の上で懸命に体を支えた。
フリーデと、見聞の広いウェルズは、足元の陣法の正体をすぐに見抜いた。
「献祭の儀式だ!あいつはここの不死者全部を、ドラコリッチの命匣ごと呑み込んで、新たな聖階に登るつもりだ!」ウェルズは歯を食いしばった。帝国にいた頃、彼は質麗皇女とともに、これに似た邪悪な陣法を目にしたことがあった。
「アラリックが私にくれた護法の水晶球、ようやく役に立つ時が来たわ……!」サキュバスが水晶球を一つ握り潰すと、目に見えない護りの膜が広がった。九階級の安定心神に固められ、聖階へ昇るための準備をすべて終えたことを告げている。
「やめろ——!なぜこんなことを!」バンシーは顔を上げ、天の妹に向かって悲痛に叫んだ。
その声を聞いて、サキュバスは狂笑を止めると、視線を落とし、虫でも見るような目で一行を見下ろした。
「ふふ、まさかここであんたに会うなんてね。本当にたちの悪い縁だわ、私の愛しい姉さん」サキュバスの口元が残忍な弧を描いた。
「私が小さい頃からどれだけあんたを嫌っていたか、知ってる?私はいつだってあんたの影で生きて、あんたと比べられるしかなかった!でも今、ようやくあんたを徹底的に踏み潰す機会を掴んだのよ!ドラコリッチの命匣と月の象徴を吸収したら、私は新たな伝説になる。あんたなんて、私が神へ登る階段の踏み石に過ぎないわ!」
月の象徴。それはアレクシオスでさえ夢にまで見た権柄であり、魔力と夜と死に対する絶対の掌握を意味する。
「どうしてこんなふうになってしまったのだ……幼い頃のお前は、ただ私の後ろについてくるだけの、あんなに可愛い妹だったのに!」バンシーの声には絶望が滲んでいた。
「決まっているでしょう、永遠の寿命と、決して衰えない美貌と、至高の力のためよ!」サキュバスは蔑むように鼻を鳴らした。「凡人はあまりに脆くて無力だもの。それに、とっくに死んでいるはずの姉さん、あんたはあの時『あいつ』に連れ去られたんじゃなかったの?」
「誰だ?」
「あの人の名は口にできない。あの人自身も、世人が自分の事績を語り継ぐことを拒んでいる。ひそかな片隅に伝わる唯一の噂は、あの人が歴史の狭間に潜み、密かに世界の情勢という弦を爪弾いているということ。尊号は『歴史詭影』」
サキュバスは傲慢に顎を上げた。「何もかも、私の綿密な計画のうちよ!終末救贖者とあいつと結託したのは、今日この日に聖階へ登り、さらには伝説にまで手を伸ばすため!あの時アラリックは私に合わせて監察官を殺し、この国を滅ぼした。さあ、自分がどう死んだのかも、国がなぜ滅んだのかも分かった今、大人しく安らかに眠ってくれるかしら?私の姉さん」
「つまり、お前を殺しさえすれば、俺たちは何の気兼ねもなくこの望月城を探し回れるってことだな?」傍らのウェルズが、不意に冷笑を漏らした。
「たかが蟻けら同然の凡人が数匹で、口を挟むつもり?」サキュバスは不快げに彼を一瞥した。
五階のバンシーがかろうじて目に入る程度で、このサキュバスは他の者などまるで眼中になかった。とはいえ、その傲慢さには確かな裏付けがあった——同じ六階でも、本能だけで戦う愚鈍な鷲魔とは天と地ほどの差がある。高階の魔法使いの知恵と悪魔の強靭な肉体を完璧に兼ね備え、入念に強化された今なら、鷲魔三体を同時に相手にしても余裕があるだろう。
これこそが、術者が状態を重ね掛けした後の恐ろしさである。
ウェルズは窺秘の眼を開き、再びサキュバスの身にまとう魔法の霊光を探った。
次の瞬間、彼は五色に入り乱れる魔法の光に、危うく完全に目を眩まされるところだった。それは無数の法術が織り成す絢爛たる光の輪で、見る者を嘆息させる防護の壁のように、サキュバスの周囲を取り巻いていた。
長効冒瀆護盾、長効不可視看破、長効真知術、長効防死結界、長効邪霊祝福、長効致残武器、長効飛舞防盾、長効霊魂渦、長効防護矢、長効防盗結界、長効非凡幸運、長効心霊障壁、長効免疫環境、長効延展剣気、長効鏡像残影、長効英雄気概、長効英霊憑依……
言うまでもなく、最も核心となる恒定邪悪防護、善良防護、秩序防護、混沌防護、そして最も基礎となる恒定法師護甲まで!
彼女は明らかに備えを整えて来ていた。次元門を踏み出す前に、すでに完全武装を済ませていたのだ。びっしりと連なる、狂気じみたとしか言いようのない法術の強化状態は、あの列車の鷲魔なら一目見ただけで背を向けて逃げ出すほどで、ウェルズにとってもこの上なく厄介だった。
生前の記憶を取り戻した以上、バンシーが抱いていた執念と願いは、本来ならそれで果たされたはずだった。
だが彼女は、願いが果たされたからといって消え去りはしなかった。狂風が幻のような長い髪を吹き上げ、その漆黒の瞳には、かつてないほどの毅然とした決意が燃え上がっていた。
「私はお前を打ち倒し、この手でお前の陰謀を粉砕する……これは私自身のためだけではない。お前に殺された罪なき命たちのための、復讐なのだ!」
周囲の負エネルギーがバンシーへ狂ったように集まり始め、揺らいでいたその姿は魔力に満たされて、はっきりとした実体を帯びていった。
「できるものなら、やってみなさいよ」サキュバスは長剣を掲げ、その目に獰猛な殺意をよぎらせた。
こうして、戦いの火蓋が切られた。




