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空間魔導書と少年魔法使い  作者: atu78963254
月の潮汐の深奥へ編
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第十二章 正義

半リッチが死んだ今となっては、大災厄について何ひとつ聞き出せない。


ウェルズは地面に残った骨の粉を踏みながら、まっすぐ城主府の中へ入っていった。


半リッチは知識に偏執的な執着を抱く高階の不死者だ。その巣に、極めて価値の高い手記や文献が隠されていないはずがない。


「なぜここに来たのか、教えてもらえるか?それと、お前、気配が変わったな……昇級したんだろう?」


薄暗い長廊下を進みながら、少年は傍らの少女へ顔を向けて問いかけた。


「ええ。ライカベサであなたと別れたあと、一人で北へ向かったの」フリーデはこれまでの経緯を淡々と手短に語った。「そこで、あの時の秘密というパズルのピースをいくつかと、失くしていた書頁(ページ)を見つけた。その書頁のおかげで、かつての力を取り戻せたの。あなたのほうは?知っていることを教えてくれる?」


「俺も大して知らない」ウェルズは肩をすくめた。「古書によれば、知識集苑(ちしきしゅうえん)が滅んだのには、間違いなくお前も一枚噛んでいる。逆使徒アラリックは『咫尺の書(しせきのしょ)』で国ひとつを丸ごと滅ぼしたが、その後教廷に嵌められ、教皇の聖光の下で死んだ。『咫尺の書』は戦利品として教廷の手に渡り、お前もそのまま教廷の奥深くに封印された。そこへ俺が忍び込んでこの書を盗み出して、ようやくお前の封印が解けたってわけだ」


「……」フリーデはしばし黙り込んでから、改めて尋ねた。「超凡転落機というものを知っている?」


「聞いたことがない。だが、城主の奴は確かに超凡衰退のことを口にしていた」ウェルズは顎を撫でて考え込んだ。「奴の話じゃ、超凡衰退はこれまでに二度起きているらしい。神術の衰退は魔法よりずっと早かった。そして月の潮汐の滅亡は、魔法の衰退と切っても切れない関係にある。月の象徴はまさに魔力の源で、月の満ち欠けとは、すなわち魔力の潮汐だからだ」


「私の掴んでいる情報とも一致する」フリーデは頷いた。「終末救贖者は知識集苑を滅ぼしたあと、次に月の潮汐を滅ぼすつもりだった。そうして次元界全体のエネルギー階層を、力ずくで引き下げようとしたの」


「つまり、大災厄を起こしてこの地を不死者の楽園に変えたのは奴らの仕業で、最終的な狙いは超凡衰退を引き起こすことだったと?」ウェルズは眉間に深い皺を寄せ、続けて尋ねた。「お前はアラリックの手元にあったことがあるんだろう。奴について何か思い出したか?」


「いいえ。あの頃の私の意識は、おそらく完全に封印されていたから」フリーデは首を振った。「彼は魔導書の力を引き出していただけで、私を表に呼び出したことは一度もない。彼についての記憶など残りようがないの」


「なら、そもそもお前を封印したのは、いったい誰なんだ?」


「それが……私にもまるで見当がつかない」少女は困ったように眉をひそめた。


話しながら、ウェルズは前に出て、大広間の脇にある重い木の扉を押し開けた。中は意外なほど質素な寝室で、古木と古い紙の匂いが混じった淡い白檀の香りが漂っている。壁際の書棚には、分厚い文献がびっしりと積み上げられていた。


ウェルズの目はすぐさま、部屋の隅にある巨大な鉄の箱に吸い寄せられた。魔法錠が掛かっている。歩み寄って手際よく錠を外し、重い鉄の蓋を持ち上げる——


その瞬間、強烈な猩紅の光が溢れ出し、目を灼かんばかりだった。箱いっぱいに、凝固した血のように鮮やかに透き通った紅い宝石が、小山を成している。


「箱いっぱいの苦痛の精華か……こいつは極上品だ」ウェルズは感嘆した。「不死者の召喚や強化には最高級の素材だし、邪悪な儀式を組むのにもうってつけだ。不死者どもはこの手の物に目がないからな」


「これだけの量となると、あれが町を築いてから数百年かけて搾り取った心血のすべてでしょうね。全部闇市で売り払ったら、私たちそのまま引退して悠々自適に暮らせるんじゃない?」サンドラは苦痛の精華を一粒つまみ上げ、華麗な双眸の前にかざしてじっくりと眺めた。宝石の中を流れる猩紅の血の光と、彼女の瞳の奥の煌めきが一瞬照り映え合い、どちらとも優劣がつけがたかった。


ウェルズは無造作に一粒拾い上げ、振り向きもせず後ろへ放った。宝石は完璧な放物線を描く。後方で静かに漂っていたバンシーが顔を上げて紅い唇をわずかに開くと、宝石は寸分違わずその口へ吸い込まれた。


「美味しい」バンシーは小さく吐息を漏らした。


「この苦痛の精華の陰に、どれだけの人の悲劇が積み重なっているのか……」フリーデは箱いっぱいの紅い光を見つめ、眉根を深く寄せて長い溜め息をついた。


ウェルズはその感傷には取り合わず、空間の指輪を開いて遠慮なく根こそぎ詰め込み始めた。紅い光が一粒、また一粒と指輪に吸い込まれていく。だが中がぎっしり埋まっても、鉄の箱にはまだ半分が残っていた。


「満杯だ。惜しいな、俺の空間の指輪じゃ容量が小さすぎて全部は持っていけない」


「私が容量を広げてあげる」


フリーデは一歩前に出て、白い手のひらを宙で軽く返した。複雑な銀色の魔法の光環が、たちまちウェルズの手の指輪を包み込む。飽和していた空間の紋理が力ずくで引き伸ばされ、容量は数倍以上に膨らんだ。


この宝石が作られた残虐な過程には嫌悪を覚える。それでも、力そのものに罪はない。ウェルズがそれを自分の糧にすることに、彼女は異を唱えなかった。


「便利だな。これで全部持っていける。よし、手分けしてリッチの記録を探すぞ」


箱を空にすると、三人はさっそく部屋中をひっくり返し、膨大な書物の海に没頭した。


紙をめくるうちに時間は飛ぶように過ぎ、気づけば窓の外は黄昏から濃い夜の色に変わっていた。数百年を生きたこの五階の半リッチは、さすが知識を愛するだけあって、残された資料は舌を巻くほど豊富だった。


最初に沈黙を破ったのはサンドラだった。「あれの自伝を見つけたわ。この半リッチ、大災厄が起きる前は死霊魔法を研究する三階の魔法使いでしかなかった。災厄が起きた瞬間、死霊の気配が一気に膨れ上がった隙を突いて、不完全な転化の儀式を強引に発動して、どうにか半リッチとして生き延びたってわけ」


次はウェルズだった。黄ばんだ羊皮紙の山から顔を上げる。「月の潮汐の史書を見つけた。それによると、当時の月の潮汐は極めて強大な共和国で、二人の執政官と一人の監察官が共同で統治していたらしい」


「監察官は聖階の強者だったが、史書には後から、大災厄で斃れたと書き足されている。そいつはどうでもいい。重要なのは二人の執政官のほうだ——どちらも六階の大魔法使いだった」ウェルズは鋭い視線を傍らのバンシーへ向けた。「そのうちの一人が、お前だ。何か思い出したか?」


名指しされたバンシーは戸惑ったように首を振った。漆黒の髪がふわりと揺れる。「私は……何も覚えていない」


「執政官が二人いたなら、共和国を売ったのはそもそも君じゃなかったのかもね?」サンドラが口を挟んで仮説を出したが、すぐにまた眉を寄せた。「でも君じゃないなら、どうしてあの亡霊騎士は君の肖像画にあんなに食い下がったわけ?」


ウェルズは意味深な笑みを口元に浮かべ、謎を解いてみせた。「国を売ったのは確かに彼女じゃない。だが、亡霊騎士が指した肖像画も確かに彼女だ。この二つは矛盾しない」


「え?」サンドラはぽかんとして、目を丸くした。「そんなことあり得るの?」


「答えは簡単だ」ウェルズは指先で軽く机を叩いた。「史書によれば、この二人の執政官は双子の姉妹だった。本当の裏切り者は、彼女と瓜二つのもう一人のほうだ」


「生前の私に……双子の姉妹がいた?」


さらりと口にされたこの言葉は、しかし赤く焼けた針のように、バンシーの傷ついた魂の奥深くへ容赦なく突き刺さり、深き淵に眠っていた記憶の欠片を力ずくで呼び覚ました。


バンシーはその場に立ち尽くし、幻めいた身体を激しく明滅させた。


長い時間が過ぎて、彼女はようやく、潮のように押し寄せる記憶の奔流の中から、やっとの思いで我に返った。


「……」


「どうやら当たりだったようだな。いろいろと思い出したんだろう」ウェルズが言った。


バンシーは幽かに口を開いた。声はいつにも増して空ろで、遠く漂うようだった。「そうだ……思い出した。監察官は共和国で最も崇高な職位だった。だが政体の腐敗を防ぐため、行政に関わることは禁じられ、投票と称号の任命を監督するのみだった。まさにその年、私と妹はともに執政官に選ばれ、私の名は紀年の元号にまでなったのだ」


彼女は言葉を切り、その声に深い痛みが滲んだ。「だが妹は私とは違った。幼い頃から嫉妬深く、何かにつけて私と張り合おうとした……まさか本当に、あの子が裏切り者としてこの大災厄を自らの手で引き起こしたというのか?なぜあの子は、そこまでのことを……」


「さあな。望月城に着けば、彼女がそうした理由も見つかるかもしれない」ウェルズはそう言って話を打ち切った。


最後はフリーデだった。分厚い黒革の本を机の真ん中へ押し出す。


「大災厄の詳細と、例の超凡転落機の記録を見つけた」


「この半リッチは災厄の瞬間をその目で見ていた。その推測によれば、裏切った執政官はドラコリッチの命匣を鍵にして巨大な献祭魔法陣を起動し、数都市の生きた人間を一瞬で血祭(ちまつり)にした!その莫大なエネルギーで伝説の遺宝『原界砕星(げんかいさいせい)』を動かし、冥界への門扉を力ずくでこじ開けた……そしてこのすべての核心にあった目的は、月の象徴における魔力運行の根底にある規則を書き換えることだった」


「専門用語が多すぎて頭が痛くなるな」ウェルズは眉間を揉んだ。「少し噛み砕いてくれないか?たとえば原界砕星ってのは、いったい何なんだ?」


「もちろん。万法の源——原界のことは、あなたたちも知っているでしょう?」


皆が頷くのを見て、フリーデは続けた。「魔法使いが伝説へ昇級するための第一の条件は、原界に自分だけの真名の符号を刻めること。そして遥か昔、我が主は原界の半次元界を探索した際、そこから無理やり原界の符号の欠片をいくつか持ち帰った。それが伝説の遺宝、原界砕星。この世で最高級かつ最も希少な法術の媒介で、その価値は二国間の全面戦争を引き起こしかねないほど」


「噂なら聞いたことがある」サンドラがすかさず補足した。「昔、ある砕星が、窃星者(せっせいしゃ)が聖階へ登る踏み台にされたんだとか」


「なるほどな。バンシーの妹が終末救贖者と手を組み、数都市の民を燃料にして冥界の門をこじ開け、原界砕星を起動させたわけか」ウェルズは得心がいき、次第に考えがまとまってきた。「なら、超凡転落機は何のためのものだ?」


「終末救贖者が入念に作り上げた、規則に干渉する装置よ」フリーデの表情がこの上なく険しくなった。「月の象徴を強引に書き換えて、原界が現実の次元界に及ぼす影響を妨げるの。ひとたび起動すれば、世界中の魔法使いが、瞑想で魔力を蓄えることがひどく困難になったと気づくはず。高階魔法の会得も、高位の魔法使いへの昇級も、その敷居は絶望的なまでに引き上げられる」


ウェルズは納得したように頷いた。「どうやら謎の輪郭は見えてきたようだな」


「だが、まだ致命的な疑問がいくつか残る。第一に、質麗皇女の依頼とこの途方もない陰謀は、いったいどう繋がっているのか。第二に、国を裏切り冥界の門を開くことが、バンシーの妹にとって実際どんな得になるのか。第三に、これが一番重要だが……終末救贖者は人類全体を退化させるような真似をして、何を狙っているのか。世界中で昇階が難しくなれば、奴ら自身の組織だって人材が枯渇するんじゃないか?」


「そこは私にも分からない。手記もここで終わっているの。真相を知りたければ、自分たちで望月城へ行くしかない」フリーデは溜め息をつき、すぐに話題を変えた。「でも、いい物も見つけた。半リッチが秘蔵していた五階魔法の巻物を一枚」


彼女は懐から丈夫なユニコーンの皮の巻物を取り出し、机の上にゆっくりと広げた。びっしりと並んだ魔法文字はまるで生きているかのように皮に焼き付き、まばゆくも神秘的な魔法の霊光を放っている。


それを見たウェルズは目を輝かせ、すぐさま「窺秘の眼」を起動して鑑定した。


「五階の運命魔法……運命転嫁?いったいどういう効果だ?くそ、運命系の魔法なんて俺にはさっぱりだ」


彼は失望を隠しきれず、口をへの字に曲げた。金山を目の前にして掘り方が分からない——実にもどかしい感覚だった。


見聞の広いサンドラはちらりと見ただけで、あっさり答えた。「これ、極上の運命系防御魔法じゃない!詠唱時間がごく短くて、防御性が絶対的なことで有名なのよ。術者が致命的な一撃を受けるその瞬間、意識さえ反応できれば発動できて、受けるはずだった効果を全部、契約関係にある味方の一体に強制的に転嫁できる……召喚物でも、私のナイトメアみたいな動物の相棒でも、身代わりにできるってわけ」


「悪くないな。ダメージをフリーデに転嫁できる」ウェルズはこの魔法が実戦で大いに役立つと直感した。「惜しいのは五階魔法ってことだ。一度の攻撃を無効にするだけでこれだけの魔力を食うとなると、費用対効果は何とも言えんな」


「訂正させて。無効にするんじゃなくて、私が代わりに受けるの」フリーデの銀色の眉がぴくりと引きつった。


「相手が灼熱光線や火球術を撃ってくる程度なら、この魔法を使うのは費用対効果で言えば大赤字ね」サンドラは笑いながら分析した。「でも相手が君に七階の死の指を使ってきたら、大儲けってわけ」


「不思議な運命系魔法か……確かに珍しい。霊魂系と並ぶ深奥な道系(どうけい)だからな」ウェルズは感嘆した。


「そういえば、この世には運命系魔法で天下に名を馳せた奴が一人いるのよね」サンドラは何かを思い出したように付け加えた。「『折命密使(せつめいみっし)』よ」


「それは誰?」


サンドラは説明を始めた。「終末救贖者の聖階の強者で、いくつもの国が共同で懸賞金をかけて指名手配している凶悪犯よ。当代の運命系の大家。噂じゃ、他人の運命を丸ごと盗めるんだとか。終末救贖者の潜入手口で一番恐れられているのが、彼が標的の運命を盗んで完璧に成り代わり、そのまま本人として暮らし続けるってやつ。肉親でさえ気づかないの」


「終末救贖者は運命系の伝承まで握っているのか?聞いただけで身の毛がよだつ能力だな」ウェルズは高階魔法の得体の知れなさに、思わず背筋が寒くなった。


サンドラはさらに続けた。「もっと単純で乱暴な使い方もあるわ。たとえば戦闘中、自分に信じられないほどの幸運の祝福を降ろすとかね。運命は位置の特定や指向に関わるから、真名魔法にも通じているらしいの。君が終末救贖者ととことんやり合うと腹を決めているなら、いつかこういう怪物とぶつかることになる。こいつ、成り上がり方もちょっと変わっていてね。昔、高階の魔法使いの残魂が宿った水晶球を手に入れて、それで聖階の魔法使いになったんだって」


「折命密使……その名前、頭に刻んでおく」フリーデは顔をこわばらせ、冷ややかな目をした。終末救贖者の罪は数え上げればきりがない。行く手にどんな怪物が待っていようと、彼女は全力でそれを抹殺するつもりだった。


情報の整理と雑談を終えると、じわじわと疲れが押し寄せてきた。一行は町で宿を一軒見繕って休むことにした。生き物ひとついない死の都市だ。適当に、まだ小綺麗な宿の扉を蹴り開け、ありあわせの設備で長い夜を越す支度を整えた。


「今夜はここで休んで、明日の朝早くに出発だ」ウェルズは言った。


落ち着くと、サンドラは踵を返して台所へ夕食を作りに行った。


一方ウェルズは自分の神術書を取り出し、遠慮なくフリーデの胸に押しつけた。


「俺が寝ている間に、さっきの五階の戦法転換と五階の運命転嫁を、全部『咫尺の書』に書き写しておいてくれ。そうすれば、これからは直接使える」


「あなたの魔法でしょう。どうして自分で写さないの?」フリーデは彼を睨んだ。


「俺は人間だから、精力を回復するには眠らなきゃならない。だがお前は眠る必要のない化身だ。経済学ではこれを比較優位って言うんだ、分かるか?分業してこそ最大の利益が生まれる」


フリーデの呆れ顔には構わず、ウェルズはさっさと『咫尺の書』の残りを確かめ始めた。白紙の書頁はあと四枚。つまり五階魔法をあと四つ記録できる。そして書頁を焼けば、階を越えて六階魔法を強引に発動することさえ可能だ。


「四階という分水嶺を越えると、魔法の破壊力は幾何級数的に跳ね上がる……俺も何とかして、早いところ四階まで上がらないとな」


少年はそう呟いて、目を閉じた。


一日休んだのち、一行は死の静寂に包まれた林間仙境を後にし、いよいよ望月城を目指して進み始めた。


半リッチの支配を失った町の外では、見渡す限りの金色の麦畑で、荒唐無稽にしてぞっとする光景が繰り広げられていた。ぼろぼろの麻の服をまとった農夫のゾンビが何百何千と、風に揺れる麦の波の中を当てもなくさまよっている。その手には今も錆びた鎌が固く握られていた。だがその刃はもはや麦の穂を刈るためのものではない。血に飢えた本能のままに、あらゆる生ある者を刈り取ろうとしているのだ。


「避けて通ろう。こいつらの相手をして力を無駄にしても、何の得にもならない」ウェルズは冷静に指示を下した。


「なんとも残念な景色ね」サンドラはナイトメアに跨ったまま、わざとらしく溜め息をついた。「整備の行き届いた生気あふれる町が、こうして鬼域に成り果てるなんて。一面の麦は誰にも刈られずに、じきに腐っていく。大地は荒れ果て、鳥や獣は食べ物をなくして、不死者の瘴気に蝕まれて無残に死ぬか、ゾンビの獣になるかね」


フリーデが振り返った。灰色の天光の下、その瞳は二枚の古い金貨のように淡い色をしていた。「それはつまり、私たちがあの半リッチを滅ぼしたのが間違いだったと言いたいの?」


「あら……もちろん違うわ。ただ、あの雀や野良猫や野良犬が、あんまり可哀想だと思っただけ」サンドラは両手で胸を押さえた。「あの子たち、自分で次元門をくぐって逃げることもできないでしょう。ここに残って死ぬのを待つしかないのよ。見ていて胸が張り裂けそう。何しろ私は筋金入りの動物保護主義者だもの。これが私の正義ってわけ」


「まさか次は、もう一つ大型次元門を開いて、この鳥や獣を全部送り出せとか言い出すんじゃないだろうな?」ウェルズは目尻をひくつかせたが、足取りは少しも緩めなかった。「第一に、動物は大人しく列を作って門をくぐったりしない。手分けして捕まえるしかないが、これだけ広い原野でいつまでかかると思ってる?第二に、それだけ大きな門となると書頁を焼く必要がある。俺たちはもうすぐ望月城に入るんだ。動物救援なんぞに割く資源も時間もない」


フリーデは口を開きかけ、また閉じた。


「助けない。まさか本気で、この動物たちを助けようなんて馬鹿なことを考えちゃいないだろうな?」ウェルズは振り返りもせずに言った。


フリーデはうつむいた。その視線は麦畑の中でまだ鎌を振っている白骨たちをかすめ、また逸れた。「動物なら……もういい」


「取捨選択はできるみたいね。頑張って。これから先も、君はずっとこうやって選び続けなきゃならないんだから」サンドラは鞍の上で姿勢を変え、くすりと笑った。「結局は、君が弱すぎるのよ。今の君が、一挙手一投足で天地をひっくり返せる聖階だったら、この原野じゅうの動物だって悠々と全部連れていけたかもしれないでしょう?」


フリーデは答えなかった。剣の柄を握る指が緩み、また締まる。白い手袋の下に、指の関節の形が浮き出た。


「もういい、先へ進むぞ」ウェルズは二人の間で、蠅でも追い払うように手を一振りした。


「言わずにおけるわけないでしょう?選んだのなら、その結果を直視する度胸がなくちゃ」サンドラは身を屈め、片腕を馬の首に載せた。


「結果を見なければ、傷は存在しない。そういう気休めの理屈が分からないのか?もう彼女を責めるな」ウェルズは溜め息をつき、ついでにお決まりの文句を一つ投げてよこした。「帝国の哲学者カントいわく、動物は道徳的主体たりえず、ゆえに道徳的権利も持たない。動物の価値は常に人間に劣る。それが理性の答えだ」


「カントはこうも言っている。人は決して、単なる手段として扱われてはならない」フリーデは顔を上げた。「さっきあなたたちはその言葉のもう半分で、何万人もの人を半リッチの坩堝から救い出した。それが今度はこちらの半分で、雀を焚き付けの薪にしろと私に言う」


「だから俺は、いつも自分に都合のいい半分しか引用しない」ウェルズは顔色ひとつ変えなかった。「本ってのはそうやって読むもんだ」


「で、雀は?助けるの、助けないの?」サンドラは顎で麦畑を指した。


「私は力を蓄えるためにやっているの!」フリーデの声が急に高くなった。「生き延びて、力を残しておいてこそ、もっと多くの人を助けられる!もっと先の救いのために、今はこの小さな犠牲を払うしかないの!」


口にした途端、その中に潜む算術が自分の耳にも届いた。唇が一文字に結ばれる。


サンドラの耳にも届いていた。笑みが戻ってくる。さっきより薄い笑みだった。


「動物の命なら犠牲にしていいの?動物の命は人の命より安いってこと?命は何より尊いって、君はずっと言っていたじゃない。もう一歩譲って、君が少数を犠牲にして救った多数の人たちは、本当に君に感謝するのかしら?君を恨んでいるあのシルヴィみたいに?」


「半リッチに殺戮を続けさせていたら、もっと多くの罪なき人が死んでいた!シルヴィ一人の恨みなんて関係ない。客観的に見て、私はより多くの人を救ったの!より多くの人が不幸な目に遭わずに済んだ。それが正しいのよ!」


「救った数が多ければ、それが絶対に正しい、ね」サンドラは馬上から彼女を見下ろした。「それが道具的理性。それも一番お手本どおりのやつ。じゃあいくつか訊くわ。生きていることは、いつだって一番大事なこと?生き残る人が多ければ、少ないより必ずいいの?」


「当然よ!命は神聖にして侵すべからざるものなんだから!」


「苦しくて死にたがっている人がいたら、君は無理やりでも止める?」


「当然止める!」


「私が子供の頃住んでいた路地に、戸板の上で寝たきりの男がいた。血が巡らなくなって、肉が腐り始めて、蛆が湧いて、日に日に臭くなっていく。毎日泣きながら、通りかかる人にひと思いに刺してくれって頼んでた」サンドラの声には抑揚がなかった。「君が無理やり彼を救って、その状態であと三年生かしたら、世界の幸福の総量は増えるの、減るの?」


「あの男なら覚えている」前を行くウェルズが、振り返らずに言った。


「生きてさえいれば……生きていることが全部悪いとは限らない!生きてさえいれば、いつか転機と希望がある!」フリーデは歯を食いしばって言い張った。


サンドラは指を一本立てた。「彼の転機は、首まで腐ることよ。君が通りかかる。どうするの?腐っていくのを見ている?」


彼女は黙ったまま三歩歩いた。「……私が、ひと思いに刺す」


二本目の指。「次。忠実な戦士が敵の手に落ちて、祖国の機密を守るために舌を噛むと決めた。君は命は神聖だからって止めに入って、無理やり生かした。その結果、彼は拷問に耐えきれず機密を漏らして、何万人もの罪のない民が死んだ」


「噛ませる」今度の答えは、さっきより早かった。


三本目の指。「もし彼の祖国が極端な民族主義国家で、まさに戦争を起こして他種族を虐殺しようとしていたら?彼が漏らす機密が、ちょうど敵国がその大虐殺を食い止める鍵になる。噛ませる?それとも口をこじ開ける?」


「なら、口をこじ開ける」口にした途端、彼女自身にも聞こえた。三つの答えのどれ一つとして、ほかの二つと同じ側に立っていない。顔色こそ変わらなかったが、呼吸が一拍乱れた。


サンドラは三本の指を折り込んで拳にし、鞍の前輪を軽く一度叩いた。「ほらね、君だって『命は神聖』なんて信じていない。信じているのは、その時その時で自分が正しいと思ったほうよ。だから、命は当人が自分で決めるべきなの。口を開けば正義と言うけれど、こういうジレンマを本気で考えたことなんて一度もないでしょう?」


「いいわ、当人が決める」フリーデは目を上げた。「なら、林間仙境の人々が騙されていたこの数百年、彼らは何を決めた?私がしたのは、決める権利を彼らに返すことよ」


「君が彼らに返したのは決める権利じゃなくて、一面の廃墟よ」サンドラは肩をすくめた。「シルヴィが唯一望んでいた決定は、このまま何も知らずにいることだった」


フリーデは言い返さず、手袋の指先を引っ張った。そしてもう一度引っ張った。


「城主府の門の前で言ったことは繰り返さない」ウェルズは歩みを止めずに前から振り返った。「一つだけ付け加えておく。正義ってのは、それが育った土から生えてくるものだ。遊牧の部族では、一番多く人を殺した者が勇士と呼ばれる。農村では、同じ人間が吊るされる。お前はたまたま、お前に喝采を送る側に生まれた。それだけのことだ」


フリーデは足を止めた。二人は数歩先へ進んでから、彼女がついてきていないことに気づいた。


「もし……もし私がこれまで必死に追い求めてきた正義が、結局はただの自己満足だったなら……私のしてきたこと全部に、どんな意味があるの?」その声は、麦の波にほとんど掻き消されそうだった。


「意味なんて、お前自身が与えるものに決まってる。やっている時に楽しくて、心に恥じるところがなければ、それで十分だ」ウェルズは振り向き、口調を少し和らげた。「全部ただ自分がいい気分になるためだとして、何が悪い?」


「お前が自分を楽しませてくれる崇高な理想を追いかけるのに、反対したことは一度もない。ただし——」彼はちらりと彼女を見た。「お前の道徳の枷を俺の首にまでかけて、俺を不愉快にさせるな」


「ふふ、これこそ人の世の真実よね。人が生きるのなんて、結局は楽しむためでしかない。ぶっちゃけ、自己満足ってことでしょ」サンドラは身をよじって笑い転げた。


「なら、あなたたちは……」フリーデは再び歩き出して二人に追いつくと、深く息を吸った。「死と呪いに満ちたこの月の潮汐にまで踏み込んで……あなたたちも、ただ自分のための自己満足だっていうの?」


「当然だ」


ウェルズは薄暗い空を見上げ、淡々と言った。


「俺はある人に命を一つ借りていて、その彼女に、一つ果たしてほしいことがあると言われた。俺がここに立っているのは、その約束を果たすためで、ついでに自分の良心と折り合いをつけるためだ」


まるで道案内でもするような口ぶりだった。


「さて、哲学談義はここまでだ」彼は手を叩き、地平線の果て、陰鬱な靄の中に沈む巨大な城の影へ目を向けた。


「さらに奥へ進むぞ。望月城の最深部に、どんな後ろ暗い秘密が隠されているのか、見に行こうじゃないか」

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