第四章 滅びの秘密
バンシーの言葉は、静かな水面に巨石を投げ込んだかのように、少年に長く尾を引く衝撃を与えた。
「月の潮汐が滅亡した真相?」
「それは、俺が調べたい終末救贖者の陰謀と、何か関係があるのか?」ウェルズは胸の内ですばやく考えを巡らせた。
「月の潮汐は、ずっと不死者の聖地だったんじゃないのか?」彼は眉をひそめ、沈黙を破った。
ジョージは首を振り、深い夜空へ目を向けた。「いいえ。数百年前の月の潮汐は、魔法を頂点にまで高めた輝かしい王国でした。超凡衰弱の後でさえ、畏敬の念を抱かせるほどの繁栄を保っていたんです。それが、いつとも知れぬある日……」
彼の口調が重くなった。「突如として、純粋な死の力に侵されたのです。賑わっていた街路は不死者の楽園と化し、生者の国は死者の領域に堕ちて、疫病のように外へ広がっていきました。周辺の国々が教廷の全面的な支援を受けて、あの雲を衝く禦死長城を築いていなければ、この世界はとうに死者に呑み込まれていたでしょう」
ウェルズの眼差しがわずかに鋭くなった。終末救贖者もまた、人類の滅亡を目論んでいる。この両者の間には、間違いなく何か致命的な接点が隠れている。
「それで、君はいったい何者なの?どうしてその真相にそこまでこだわるわけ?」サンドラは胸の前で腕を組み、鋭い目つきでバンシーを上から下まで眺め回した。
執念に突き動かされる一体の亡霊にしては、この願いはあまりにも壮大すぎた。あるいは彼女が生前、並の者ではなかったからこそ、願い求めるものもこれほど特殊なのかもしれない。
バンシーの半透明の体がかすかに揺れた。「私は……月の潮汐の重要人物だったようだ。だが、具体的に何だったのかは思い出せない。多くの記憶を失った。それでも、これだけはどうしても果たさねばならない」
「月の潮汐が滅んだ真相を、どうしても知りたい。私の命よりも大事なことだ。どうか、力を貸してほしい」
彼女は真摯に頼み込んだ。
「これはまた、途方もない願いですね」ジョージは苦笑してこめかみを揉み、少年のほうを振り向いた。「ウェルズ、君は禦死長城の奥へ進みたいんでしたよね?彼女と一緒に旅をする気はありますか?」
「……」
ウェルズはすぐには答えなかった。夜風が吹き抜ける。目の前の、いかにも可憐でか弱げなこの少女が、七日前には彼ら三人に切り札を出し尽くさせ、ようやく抑え込んだ五階の怪物だということを、彼はよく分かっていた。
「禦死長城に入れば、バンシーにかけた拘束は消えるんだろう?」ウェルズは核心を突いた。
「もちろんです。不死生物は、ああいう負エネルギーに満ちた環境ではきわめて強くなりますし、私の拘束は神力の補充がなければどんどん弱まっていきます」ジョージはきっぱりと答えた。
「月は……夜のものであり、死者のものでもある……」彼女は顔を上げ、空の果てに残る月影を仰いだ。その眼差しは虚ろだった。
「私はお前たちを裏切らない。これは私にとって、とても大事なことなのだから」彼女は小さな顔をこわばらせて懇願した。
嘘をついて裏切る気があるなら、彼女は二人などたやすく殺せる。恐るべき戦闘力を誇る五階の幽霊は、彼ら二人が挑めるような相手では断じてなかった。
ウェルズは深く考え込み、傍らの桃色の髪の少女に顔を向けた。「お前はどう思う?」
サンドラは冷たい壁に気ままにもたれ、気怠げに桃色の長い髪をかき上げると、どうでもよさそうに口の端を上げた。「禦死長城を抜けようっていうだけで、もう十分狂ってるじゃない。その狂った計画にもう一つ上乗せしたところで、何が違うわけ?」
バンシーを連れて禦死長城を越える。まったく狂気の沙汰であり、間違いなく空前絶後の経験だった。
ウェルズは苦笑で応じた。
「なら、あいつを信じることにしよう。何しろ同じ哀れな実験体だ。あの実験を耐え抜いて、まだ正気を保っている者は、皆、理性で負の感情を抑え込めるだけの強い心を持っているはずだ。あいつは悪人にも見えないしな。それに、他のバンシーたちは皆、願いを果たして安らかに眠った。俺たちなら、あいつも昇天させてやれるだろう」
「前代未聞の勇者殿ですね。私にできるのは、敬虔な祈りをもって、君たちの願いが叶うよう祝福することだけです」ジョージは彼の選択を尊重し、胸の前で厳かに聖なる印を切った。
この話し合いは、黎明の最初の灰白が空の端に這い上がるまで続いた。話が終わる頃には、もう別れの時刻が近づいていた。
「君たちと肩を並べて戦えて、光栄でした。私の任務も、これでひとまず一区切りです」
ジョージは懐から、淡く神聖な光を帯びた分厚い典籍を取り出し、少年に差し出した。「これを持っていってください。この神術書には私の力が蓄えてあって、魔法使いでも魔力の導きで発動できます。長城の中では、きっと命を守ってくれるはずです」
「三階の『治癒術』、『下位復原術』、『解毒術』、『不死浄化』、『撼魂天鐘』が、それぞれ三回。それから四階の『聖戦の刃』、『聖霊祝福』、『神賜指引』、『防死結界』が、それぞれ二回です」
書頁を撫でていたウェルズの指先が、わずかに止まった。
万一バンシーが制御を失っても、これらの神術があれば、いくらかは渡り合える。彼らにとって最後の命綱になるはずだ。
「これは……値の付けようもない代物だな」
四階ですらすでに稀な強者である今、ジョージの贈り物は破格のものと言ってよかった。
「ありがとう」大げさで華やかな言葉をいくら重ねるより、このうえなく丁重に一度頷くほうが感謝は伝わる——ウェルズはそう考えた。
「最後に、バンシーを拘束する合言葉と、禦死長城を通るための通行証を君に渡します。それでは、また!」
すべての証の品と通行証を渡し終えると、ジョージは背を向け、昇り始めた朝日に向かって手を振った。その真っ直ぐに伸びた背中は次第に朝の光の中へ溶けていき、あとにはがらんとした街路と、その場に立つ二人と一体だけが残された。
慌ただしい一夜が明け、町はようやく曙光の中で目を覚ました。
サンドラが大きく伸びをすると、しなやかな曲線がくっきりと浮かび上がった。「実験体だっていうなら、実験室の正確な場所はまだ覚えてる?」
「覚えている」バンシーは小さな声で答えた。「長城を抜けてほどなく、廃村がある。あの男はそこの地下に巨大な地下迷宮の実験室を築き、もっぱら不死者と霊魂を研究していた」
「ならそこへ行こう。あの野郎の習性からして、実験室にはきっとお宝がいくらでも眠っている。お前の素性の手がかりだって見つかるかもしれない」ウェルズはそう決めた。
「まずは宿を見つけて何日か休もうよ。私、もうくたくた」サンドラはあくびをした。
「ああ。その数日の間に必要な物資を買い揃える。買い終えたらすぐに動くぞ」
ウェルズは最後にバンシーを一瞥した。「姿を隠せるか?お前を見たら皆パニックになりかねないし、衛兵に出くわしても面倒だ」
「できる」
瞬く間に、彼女の姿は跡形もなく消えた。バンシーは常態不可視化の能力を備えており、「不可視看破」を使わなければその姿を見ることはできない。こうしてその場には、彼女の存在をほのめかすかすかな陰寒の気配だけが残った。
「それで、自分の名前はまだ覚えているか?」
「忘れた」
「構わない。バンシーと呼ぶことにする」
新しい宿に移ると、二人はまた部屋を取り、それぞれ自室で休むことにした。
ウェルズは埃と血の臭いにまみれたローブを脱ぎ、純白のシャツのボタンを外して、熱い湯で全身の疲れと不死生物の生臭さを洗い流そうとした。
だが、身の回りにまとわりつく視線は、まだ消えていなかった。
「いるのか?」
「いる」
バンシーの声は頭の中に直接響いた。彼女の心霊による意思疎通——天賦の意識通路なのかもしれない。
「これから風呂に入る。ついてくるな」
「なぜだ?」
「何でもいい、とにかく今はついてくるな」
「では私は何をすればいい?」
ウェルズはうんざりして胸の内で返した。「やることが分からないなら、お前の知っている魔法を一通り書き写して俺に寄こせ」
どうもこのやり取りには、覚えがあるような……
ウェルズは頭を振り、要らぬ考えを追い払った。
風呂から上がると、ウェルズは柔らかな寝台にどさりと身を投げ出し、たちまち深い眠気に呑み込まれた。
翌日、カーテンの隙間から差した陽光が顔に降りかかる頃、彼は爽快な気分で伸びをした。
「よく寝た……」
「写し終えた」
頭の中に不意に湧いた声に、ウェルズは危うく舌を噛むところだった。
「……何を写し終えたって?」
「お前が写せと言った法術だ」
ウェルズは二秒ほど呆気にとられ、身を翻して寝台を下りた。机の上に開かれた神術書に、たちまち目が吸い寄せられる。
陽光がちょうど、もとは空白だった数枚の羊皮紙を照らしている。そこにいまは、複雑で深遠で、強烈な魔力の波動を帯びた魔法陣と公式がびっしりと這い広がっていた。筆致にはいくらかぎこちなさがあるものの、舌を巻くほど正確だった。
冒頭の符文の配列を見て取ると、ウェルズの瞳孔は一気に収縮し、心臓が激しく跳ね始めた。
バンシーが書き写したのは、なんと久しく伝承の絶えていた五階魔法——「戦法転換」だった!
彼女はジョージのくれた神術魔法書の空白部分に、じかに書き写していたのである。
「戦法転換」。あらゆる魔法使いが夢にまで見る強力な魔法であり、近接戦では無力な魔法使いを技に熟達した武器の達人へと変え、最後の弱点を補ってくれる。同時に、久しく失われた、きわめて稀有な魔法でもある。もしライカベサのあの五階魔法使いに渡せば、荘園や城を買い取れるほどの大金になるのは間違いなかった。
「惜しいな……」ウェルズは書頁をそっと撫で、名残惜しげにつぶやいた。「ジョージのこの神術書はもう書き込みで埋まっている。わずかに残っていた空白の数ページも、この五階魔法の膨大な情報量にすっかり占められてしまった」
まだ紙があったなら、間違いなくバンシーに何部か余分に写させて売りに出していただろう。だが神力を宿すこの種の魔法書はそれ自体が値の付けようもない品であり、普通の羊皮紙では高階魔法の魔力の刻印にとても耐えられない。
この一点きりの写本は、将来自分が昇級する時に学ぶために取っておくしかなかった。
「ここにあるのは戦法転換の魔法だけで、武闘家の拳術の技は入っていないな?これはお前自身がもともと使えた能力なのか?」
「そうだ。戦法転換は、私のある魂が生前に持っていた法術だ。あの武闘家の技のほうは、縫い合わされた他の魂から受け継いだ」
「職業をまたいだ兼業までできるのか」
戦法転換という思いがけない大収穫に、ウェルズの口元も思わず緩んだ。
彼が上機嫌で階段を下りていくと、サンドラはすでに宿の一階にある食卓に着いて彼を待っていた。
ウェルズは給仕に、ジャガイモのラード炒めを一皿と温めた牛乳を一杯頼んだ。
「ジャガイモに牛乳だけ?エールの一杯も飲まないなんて、まるで苦行僧じゃない」サンドラは皿のステーキを切りながら、眉を上げた。
「酒は神経を麻痺させる。戦闘中に呪文を思い出すのがコンマ数秒遅れる。それが命取りになりかねない」
湯気の立つ皿が卓に運ばれてきた。濃厚なラードの香りと、うっすら焦げ目のついたジャガイモが見事に溶け合い、鼻をくすぐる香りが食欲をそそった。
「今の君はお金があるんだから、暮らしぶりも変わると思ってたよ」
「同じように路頭に迷ったことのあるお前なら、よく分かっているだろう?」ウェルズは静かにジャガイモを一口すくった。「俺たちのような人間は、いつだって最悪の事態に備えている。すべては……二度と、あの泥のような暮らしに戻らないためだ」
肉を切るサンドラの手がわずかに止まった。それから、彼女は小さく笑った。「君の言うとおり。あの『欠乏』への恐怖は、とっくに私たちの骨に刻み込まれてるもの」
彼女は傍らのイチゴミルクを手に取って一口飲んだ。
「何か食べたいか?」ウェルズは胸の内で何気なく尋ねた。
「欲求はまったくない」バンシーの答えは氷のように冷たかった。
食事を終えると、二人は肩を並べて町で一番大きな魔法商店に入った。
「長城の外で野営する以上、負エネルギーと死の気の侵蝕に耐えられるテントを選ばなければならない」ウェルズは言った。二人は鋭い目で商品棚を見渡し、結局、防腐蝕の地竜の皮をなめして作った魔法の天幕を二つ選んだ。代金を払うと、そのままウェルズの空間の指輪に収めた。
「乗騎は?歩いて行くつもり?必要なら、私がナイトメアを一頭召喚してあげてもいいけど」少女が尋ねた。
煉獄騎士にも当然乗騎は要る。でなければ騎士とは呼べない。
「ナイトメアは地獄の生物だろう?不死の環境の影響は免れないんじゃないか」ウェルズは提案した。「不死生物召喚の巻物を何枚か買って、スケルトン馬を召喚するのはどうだ?」
「絶対にやめて」サンドラはすぐさま騎士らしい専門知識を披露した。「月の潮汐の気配のせいで、低階のスケルトン馬はそのまま暴走しかねないの。それに、筋肉の緩衝もない骨組みの山に乗って道を急いだら、君のお尻は揺さぶられて四つに割れるよ。痛覚のない死の騎士でもない限りね」
「別の手を探すしかなさそうだな」ウェルズは商品リストを手に取って眺めた。
ウェルズが考え込んだのを見て取ったらしく、商店の太った店主が愛想よく進み出て言った。「お二人は長城の外へ探検に行かれるんでしょう?悪いことは言いません、禦死長城の近くで死霊召喚なんぞ使おうと思わないことです!この辺りの土地はひどく質が悪くてね、埋葬の時に『永遠の安息』をかけておかないと、翌日には死体が起き上がってお宅の戸を叩きに来るんですよ。アレクシオス本人の生まれ変わりでもない限り、ここで不死生物を操ろうなんて考えないことです!」
彼はウェルズの先ほどの話を耳にしたらしく、親切心から説明してくれた。
「月の潮汐の負エネルギーの影響がこれほど大きいとはな」ウェルズもさすがに驚いた。
「彼の言うとおりだ……」バンシーの縹渺とした声が頭の中に響いた。「私には感じ取れる。長城の向こう側で、何か強大な魔力が、私の心の中の悪念を絶えず誘い、呼び覚まそうとしている」
「予算が十分あるなら、命を守る巻物を買い揃えよう」サンドラは手慣れた様子でリストに印を付けていった。「不可視の生物に対する『光耀爆発』、毒の瘴気を防ぐ『維生気泡』、束縛を解く『行動自在』、負エネルギーに抗う『防護抗力』……全部二つずつもらうよ」
「ほかには?」
「防御系の『防護矢』、『防護感官』。それに『崩解抗力』を二枚追加。魔法によらない傷を無効にする怪物に出くわした時に命を救ってくれる。ああそうだ、君と私が使う暗視のレンズも二組買わないと」
「『守夜術』や『虚体守衛』といった類の警戒用の巻物は買わなくていいのか?」ウェルズはリストを見ながら尋ねた。
サンドラは首を振った。「要らない。私たちの手元にあるあの神聖な燭のランタンには魔能警戒が備わってるから、野外なら十分対応できる。そんな無駄金をわざわざ使うことはないよ」
「お前はまるで歩く兵站教官だな」
「私は正規の課程できちんと訓練を受けてきた身だからね」サンドラは誇らしげに笑った。
ウェルズはさらに、百食分を超える乾燥携行食と、自動浄水の水袋を追加した。何しろ死者の国に、きれいな水源などあるはずがない。
最後に、サンドラはいい物に目を付けた。三階の魔法道具「七里靴」を二足である。
この靴はユニコーンの革をなめして作られており、自動で汗を吸い、冬は暖かく夏は涼しいだけでなく、靴底の微小な浮遊の陣法が足にかかる負担を打ち消し、歩く速さをまるまる三倍に引き上げてくれる。
サンドラの円熟しきった値切りの技の前に、店主は冷や汗を拭いながら、どうにか金貨百九十枚の値で手を打った。
新しい靴に履き替えると、涼やかな微風がたちまち両足を包み込み、今にも飛び立てそうなほど軽やかだった。
この等級の道具は、よその土地なら首都から届くまで数日待たねばならない。だがここは戦場の最前線で品数が豊富なため、その場ですぐに手に入った。
「明日の朝一番に、正式に長城を越える」
黄昏時、間もなく死地に踏み入る自分たちをねぎらうため、二人は町で一番香りの濃い、グリル料理のレストランに入った。
「今日はうまい物を食べよう。この先長いこと、まともな肉にはありつけそうにない」
ウェルズの提案に、サンドラも何の異存もなかった。
席に着くと、二人は世間話を始めた。
「昔のことを思い出すね」サンドラが感慨深げに言った。
「幼い頃、財布を盗むたびに、お前はいつもパン屋の店主に値切りを持ちかけて、しかも毎回勝っていたな」
「たぶん、あの頃に磨いた才能なんだろうね」
そこへ給仕が料理を運んできた。香ばしく柔らかく、さっくりと焼き上げたビーフステーキである。引き締まった見事な肉の塊を厚い脂の層が包み込み、食欲をかき立て、腹の虫を騒がせた。
サンドラは顔色一つ変えずにステーキを三人前平らげた。信じがたいほどの食欲だった。
バンシーは当然、傍らで眺めているしかなかった。彼女は怨恨と無念の集合体であり、そうした負エネルギーを吸うことで自身を保っている。食べ物は彼女にとって意味を持たなかった。
「ドン!」
レストランの重い木の扉が勢いよく押し開けられ、熱気とともに、見覚えのある人影が大股で入ってきた。
ジョージだった。
普段はいつも身ぎれいで優雅なこの四階神術師が、いまや白いシャツを汗でぐっしょりと濡らし、引き締まった筋肉にぴったりと張り付かせていた。額の汗の粒が灯りの下できらきらと光り、両手は漆喰まみれだった。
「おや!奇遇ですね、君たちは本当にお目が高い!この店の料理が格別においしいと聞いて、来てみたんですよ!」ジョージは二人の向かいにどっかりと腰を下ろし、体裁などまるで構わずに、卓上のメニューを掴んで扇ぎ始めた。
「どうしたんだ?まるで行軍でもしてきたみたいに、全身汗だくじゃないか」ウェルズは驚いて彼を見た。
「いやもう、聞かないでください。宿の主人を手伝って煉瓦を運んで、あの晩バンシーに叩き壊された壁を直していたんです。昼下がりの日差しを浴びながらの作業で、暑さで溶けてしまいそうでしたよ!」ジョージは汗をひと拭いした。高位の聖職者らしい気取りは微塵もなく、陽の下を駆け回る気のいい大男のように笑った。
その飾り気のない誠実な笑顔と、労働で汚れた両手を見て、ウェルズの胸には、働く者への敬意が湧かずにはいられなかった。
深く尊崇される四階神術師が、普通の石工のように烈日を浴びながら、平民のために進んで壁を直している。高位にある者の驕りなど、少しもなかった。
「『製冷術』をかけて冷やしてやろう」ウェルズは手を上げ、魔力を導こうとした。
「それはありがたい、やっぱり君はいい人ですね!」ジョージは嬉しさに目を輝かせ、給仕が運んできたばかりの冷えたぶどうジュースをついでにひっつかんだ。
ところが、ウェルズの呪文がまだ口から出ないうちに、空気に突然、奇妙なさざ波が立った。
「わお、ちょうどいい温度です、実に気持ちがいい!そこへぶどうジュースが一杯。人生、これに勝る心地よさはありませんね!」
ジョージは心地よさそうに長い溜息を漏らした。
見れば、ジョージの体の熱気は目に見える速さで散っていき、滝のように滴っていた汗が一瞬で止まった。手にした木の大ジョッキの外側にさえ、常識外れの速さで、薄く白い霜の層が結んでいた。
ウェルズは手を宙に上げたまま固まり、指がこわばった。
「待ってください……少し冷えすぎでは?」ジョージはぶるっと身震いして腕をさすったが、その後、温度は正確に二度だけ戻った。「おお!今度は完璧です!ウェルズ、君の温度の微細操作はまさに神業ですよ!この先魔法使いをやめても、宮廷の製冷師になれば間違いなく大儲けできます!」ジョージはご満悦でぶどうジュースをぐいと一口あおり、心地よさそうな感嘆の声を上げた。
ウェルズは黙って手を下ろした。口の端が、抑えようもなく二度ひきつった。
かすかな魔力視覚を通して、彼ははっきりと見た——半透明のバンシーが、ジョージの背後に静かに浮かんでいる。彼女は人の形をした冷房機のように、自分の放つ死者の陰寒の気を懸命に制御し、無数の仲間を昇天させてくれたこの神術師を、慎重に「物理的に冷却」してやっていたのである。
「お前は本当に……義理堅いな」ウェルズは胸の内でそっと突っ込んだ。
にぎやかな笑い声の中、いつしか夜が静かに訪れていた。
部屋に戻ると、ウェルズは灯りをともし、窓の外の漆黒の夜空を深い眼差しで見つめた。
質麗皇女から与えられた資金はすでに底を突き、装備もこれ以上ないところまで整った。
明日の太陽が昇る時、彼らは、神々ですら庇護することのできないあの死者の地へと踏み入るのだ。




