第二十章 決戦前夜
夜霧の立ちこめる中、ウェルズとラロリアは城外で落ち合った。
辺りは夜の闇に沈み、城壁の上でかすかに灯る明かりだけが、星のような小さな光を落としていた。夜市で賑わう中層区と違って、治安の悪い下層区にはろくに灯りもない。
「来たのね」先に着いていたラロリアが声を掛けた。
「行くぞ……奴らの陰謀を徹底的に叩き潰す」ウェルズは低い声で言った。「俺の仕込みなら、奴らに必ず後悔を味わわせてやれる」
たった二人ではあったが、それでもウェルズの胸には自信が湧き上がっていた。「お前を信じている」
「暗視」「陰影隠形」などの魔法を付与してから、二人は動き出した。血ダイヤ鉱山へ続く道は、死んだような静寂と闇に沈んでいた。
「お前と別れていた間に……俺も応策局に指名手配された。お前のほうはどうだ?」
「私も……応策局があちこちで私を追い回してるわ」ラロリアはレヴォニーのことを思い出し、ふと哀しみがこみ上げた。
「どうやらこの件が片付いたら、すぐにでも帝国を出て、ほとぼりを冷まさなきゃならなそうだな」
ウェルズは応策局の捜査能力をよく知っていた。サンドラの勢力の助けがなければ、数日と持たずに見つかっていただろう。
「退路は手配してある。その時が来たら、お前も俺と一緒に行くか?」
「行くって……西大陸へ?」ラロリアは少し考え込んだ。「都市建設社の記録にも、西大陸の陰謀にまつわる手掛かりがいくらか載ってたけど」
「その時はお前と一緒に止めに行くのも……悪くなさそうだ」
「もしかしたら、イチゴジャムもいるかもしれん」
「ああ、あの桃色の髪の女ね」ラロリアはやれやれといった様子で言った。「役に立つっていうなら、我慢してあげるわ」
「そういえば、お前には礼を言っておかないとな。協力することの大切さを教えてもらった」
「俺たちはどちらが欠けても駄目だった。お前がいなければ……俺もここまで来られなかっただろう」
「こんな時にそういうことを言うのって、ちょっと縁起が悪くない?」彼女はぼそりと呟いた。
「本題に戻ろう」ウェルズは真剣な顔になった。「血ダイヤ鉱山の詳しい配置図はないが、都市建設社の地図を頼りに、法陣の核心となる要所を幾つか割り出した」
「魔力を導く引魔区、宝石を貯蔵する蓄能区、魔力を加圧して都市全体へ送り出す加圧区、それから法陣の核心である制御区と、魔法陣を発効させる効果区だ」
「そのうちの一つを徹底的に破壊できれば、奴らの計画を五日は遅らせられる。二つから三つ壊せば、奴らの陰謀は瓦解する」
「それって、火球を手当たり次第にぶち込めばいいだけに聞こえるけど」
「そう簡単じゃない」ウェルズは眉をひそめた。「魔法陣そのものに優れた防御力がある。三階魔法を五、六発は叩き込まないと、まず壊せないだろう。それに、向こうの守りだって黙って見てはいない。五階が混じっているかもしれない敵の魔法使いとも、やり合わなきゃならん」
「つまり、どういうこと?」
「二手に分かれて動きたい。まず俺が制御区に攻撃を仕掛けて、注意を大きく引きつける。その間に、お前は一番簡単な引魔区を片付けろ。場所は法陣の外、鉱山の裏山だ」
「あんた一人で動くの?しかも囮になるって?中には五階の敵がいるのよ……!」
「俺には俺の手がある」ウェルズは真剣に言った。「信じろ」
「分かったわ……仲間を信じるのも、私のするべきことだもの。でも何か予想外のことが起きたら、絶対に撤退を優先して」ラロリアは真面目な顔で言った。
「もう一つある」ウェルズは言った。「法陣の図を一部写して、今夜の時刻と一緒に、さっきサンドラの伝手で応策局へ流しておいた。奴らは俺を捕まえたがっているが、それ以上に、秩序編織者を巣ごと押さえたがっている」
「じゃあ聚宝者が人を呼んだ時には……」
「誰も来ない」
二人はここで二手に分かれた。ラロリアを見送ると、ウェルズは決死の覚悟で鉱山を見据えた。
「司織『聚宝者』……響浪公国が覆り、滅んだのは、まさしくお前の陰謀のせいだ。その復讐として、お前の望みをすべて、秩序編織者という組織もろとも打ち砕いてやる……!」
彼はマントを翻し、「増速致勝」を付与して、敏捷な身のこなしで血ダイヤ鉱山の中へ突入した。
血ダイヤ鉱山の塀へ迫ると、凡人の警備員が反応するより早く跳躍して塀を一気に乗り越え、印を結び終えていた火球術をそのまま地面へ撃ち込んだ。
瞬間、天を衝く爆発が鉱山の中で炸裂し、石煉瓦の下に隠されていた魔法陣の紋様が次々と露わになった。
ウェルズは続けざまに火球術を放ち、目に入る魔法陣の紋様を片っ端から破壊していった。
「この程度の威力じゃまだ足りないかもしれんな……だが、大勢を引き寄せられるのは間違いない」
短時間に魔力を引き出しすぎたせいで、ウェルズの顔はやや青ざめていた。周囲を見渡すと、雇われていた鉱夫や料理女といった凡人たちが、慌てふためいて鉱山から逃げ出していく。
続いて鉱山の奥から現れたのは、仕立てのいいマントを羽織った青年だった。栗色の髪をして、顔には邪な笑みを貼りつけ、手には深氷晶を嵌め込んだ杖を握っている。稀有級の極大化の杖で、値段だけでも金貨二百枚、つまり千金券はしてもおかしくない代物だった。
「なぜお前がここに……」火の手の上がったこの場所とウェルズの顔を見て、青年は怪訝そうな顔をした。「しかも予想より早い……私の用意したクイーンのせいで、お前は満月一つ分を無駄に待ったはずだ。こんなに早くここへ辿り着けるはずがない」
「この世界の全部が全部、お前の手の内にあるわけじゃない……!そのことをよく覚えておくんだな」
すでに調べを済ませていたウェルズは、この男こそが「聚宝者」、秩序編織者の首領だとよく知っていた。
「なかなか肝の据わった物言いだ」
「お前はあの子を気に入ったかな?あれはお前たちの目を逸らすために私が用意した道具だったが、まさか失敗するとは思わなかった」聚宝者は涼しい顔で言った。「もっとも、お前が自ら網に飛び込んできたところで、死ぬのが早まるだけのことだ。私は構わんよ」
「黒蓮は……お前が仕込んだのか」
「自浄会の連中は、自分たちの人間をあの娘の代わりに交渉の席へ座らせるため、私に記憶を洗い流せと言ってきた。生かしておいたのは、成り代わる者が記憶を照らし合わせるためだ。私はその通りにして、ついでに幾つか余計なものを入れておいた。魔法学院に関する偽の記憶と、自分を助けた者にまとわりつく心だ」聚宝者は両手を広げてみせた。「応策局だろうとお前だろうと、誰かがあの地下牢をこじ開ける。こじ開けた者はあの娘を抱え込んで、おとなしく満月まで待つことになる。鉱山も私が奴らの手から奪い取ったものだ。奴らはそれを呑んだ。奴らの黒い霧には、私の不死者が必要だからな」
ウェルズは答えなかった。実際、彼は待っていた。ラロリアが扉を叩きつけて出て行き、二人がそれぞれ騁馳都市建設というあの壁にぶつかりに行かなければ、今頃もまだ部屋に座って、満月までの日を数えていただろう。あの娘の気性は、誰の計算にも入っていなかった。
「俺が誰か、知っているのか?」ウェルズは低い声で尋ねた。
「もちろん知っている……お前は響浪公国の老公爵の孫、ウェルズだ」青年は余裕の笑みを浮かべて言った。
「なら、自分がなぜ狙われたのかも、もう分かっているようだな」
「狙われた?」青年は傲然と高笑いした。「お前ごときに、私を傷つける力があるとでも?」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、遠くから一条の不気味な光線が唐突に飛来した。空を裂く光線には不吉で怪しい墨緑の光が明滅し、その通り道にある草花は、触れられもしないうちに魔力にあてられて枯れていった。
光線が無防備なウェルズを捉えようとしたその刹那、鋭い剣光が突如として現れ、光線を真ん中から断ち割って撃ち散らした。
ウェルズの背後に立って護っていたのは、甲冑に身を固め武器を執った、重剣の騎士だった。騎士は全身を灰色の霧に包まれ、陰影の加護を受けたその姿はどこか朧げだった。だが、そこから放たれているのは、正真正銘の五階の気配だった。
「五階の召喚生物……?」聚宝者は驚きの表情を見せた。三階魔法使いに五階のものは召喚できない。だが儀式魔法陣が問うのは術者の階級ではなく、材料と時間だけだ。もっとも、ウェルズがかつて他の仲間とともに、狂化して六階級の水準に達した鷲魔を打ち破ったことを知れば、彼はさらに驚愕したに違いない。
「まさかこんな不意打ちの手を使うとはな。自分の腕にもたいして自信がないと見える」ウェルズはからかうように笑った。秩序編織者の手口は、とうに予想していた。
この陰影騎士の召喚魔法陣を組むために、ウェルズはおよそ金貨四十枚分の材料を費やしていた。手に入れた眩暈の杖まで売り払い、鷲魔の眼球も供物として法陣に投じている。ただ思いがけないことに、眼球を捧げたことで、陰影騎士は五階の位階まで昇り詰めたのだった。
「俺を不意打ちしたあの司織を片付けてこい」
邪魔をされたくないウェルズはそう命じた。命を受けた陰影騎士は身を躍らせ、攻撃の出どころへと追っていった。きっと互角の戦いになるだろう。
顔色をわずかに曇らせた聚宝者は冷ややかに鼻を鳴らし、掲げた杖の中に膨大な五階の魔力を集めて、杖の極大化の効果を起動した。「お前のような三階魔法使いの相手なら、私一人で十分だ。血の海に倒れ伏した時、その口でまだ何が言えるか、見せてもらおう!」
「数年前に俺を殺しておかなかったことを、骨の髄まで悔やませてやる……!」ウェルズが魔力を凝らせると、灰色の暗い影がその身にまとわりつき、姿は妖しく揺らいで捉えどころがなくなった。
杖を起点に、五条の冷たく白い光線がウェルズめがけて真っ直ぐ襲いかかった。
ウェルズはそれが「射魂冷矢」、鎧を貫いて目標の精神を直接傷つける魔法だと見抜いた。極大化を受ければ、この邪悪な法術は中級の悪魔すら一瞬で仕留められる。
だが彼の姿は「陰影隠形」に覆われ、そのまま消え失せた。冷矢は目標を見つけられず、すべて空を切った。
「頼みの綱がそんなつまらん小細工なら、お前には死あるのみだ!」
聚宝者は魔力を凝らせ、杖を天へ掲げた。
大型の儀式を導いている最中で素早くは動けず、魔力も大きく削られていたが、それでも彼は、ウェルズなど造作もなく倒せると踏んでいた。
星屑のような無数の光の斑が降り注いで鉱山全体を照らし、細かな光の斑はウェルズの身にもまんまと貼りついて、その居場所を暴き出した。
ウェルズの位置を捉えるや、彼は杖を構えて壮大な魔法を行使した。たちまち地面から数条の淡く白い鎖が浮かび上がり、ウェルズへ向かって掴みかかった。
これは四階魔法「幻獄鐐銬」。幻術で形作られた枷が敵の拘束に成功すれば、焼けつく熱で目標の魔力を、死ぬまで絶えず吸い上げ続ける。
「お前を責め苛んで殺してやる……!」
「前にそう言った悪魔は、もう骨も残っていない」
鎖は瞬く間にウェルズを捕らえたが、彼は冷笑を漏らしただけだった。身に付与していた「睿智光輝」のおかげで、これが幻術だとはっきり見抜けている。手を一振りすると、幻術でできた枷はたちまち砕け散った。
微動だにせず立っていたウェルズは手のひらを前へ向け、数条の灼熱光線を敵へ射出した。反撃を予想していなかった青年は一瞬呆気にとられ、慌てて魔力の護盾を組み上げた。
護盾の表面で爆発が弾けた。傷こそ負わなかったものの、青年は埃まみれになった。
たかが三階魔法使いに傷つけられるなど、彼のような古参の五階にとっては、この上ない恥辱に等しかった。
「お前は本気で私を怒らせた……!」体勢を立て直した彼は、険しく冷たい表情を浮かべた。
その脅しを、ウェルズはまるで意に介さなかった。
「まだ手があるなら、全部出してみるといい」三階で五階に挑むという極端な劣勢にありながら、ウェルズは余裕たっぷりに笑ってみせた。「お前の目の前で見せてやる……絶望とは何かを」
「いい……実にいい。大口を叩く人間は好きだ。たった一人のお前が、我々に手向かおうなどと……」
「個人の力など、組織の前では大海の一滴に過ぎないと思い知らせてやる……!!」彼は新たな魔法を凝らせながら、意識通路で自分の手下に連絡を取った。
「お前たち、直ちに鉱山の中央へ集まれ……!」「意識通路」の中で、聚宝者は声を張り上げた。
その言葉を聞いたウェルズは、ただ冷笑を漏らした。
「人を呼ぶつもりか?まずは自分の手下に連絡を取ってみることだな」
返答はすぐに来た。同時に、周囲のあちこちで爆発音が上がり、柵を素早く越えて戦場へ駆け込んでくる白衣の姿が幾つも現れた。
「A級危険組織、秩序編織者を発見……応策局二課、直ちに掃討を開始する」
隊を率いる「霄」の口調は霜のように冷たく、その背後の白衣の者たちにも、死を恐れる様子はなかった。
「司織様……我々は応策局の攻撃を受けております……!援護は不可能!恐らく『冥府渓流』の維持すらできません……!」
意識通路からの報告を聞いた聚宝者は、信じられないという表情を浮かべた。いずれも彼が長年かけて育て上げた部下だ。それが応策局に掃討されていくのを知り、骨身に染みるような痛みが胸を刺した。
「応策局を引き込んだのはお前か……!」彼は顔を凍りつかせ、杖を高く掲げて再び魔法を放った。
全身蒼白な女の顔が彼の傍らに現れ、恐ろしげに大口を開いて、耳をつんざく絶叫を上げた。この強烈な音波はウェルズへ向かって放たれ、避けようにも避けられない。声に宿る狂気は、人を苦しみの中で自ら死に追いやるに十分だった。
これは五階魔法「裂魂嚎妖」だった。
とうに予想していた彼は冷笑で応じた。身に着けていた玉佩が一つ砕け散り、心霊防壁が彼に付与された。
だがこの防壁も、絶叫を受けるとやはり砕けた。結局、絶叫を浴びたウェルズは激しい精神衝撃を受けた。指で自分の皮膚を掻きむしりたくなる衝動を必死にこらえ、精神を捻じ曲げられる苦痛に耐える。
「ちっ……!」熱い血が抑えようもなく喉をせり上がり、彼はそれを吐き出した。
「五階魔法を相手に、血を一口吐いただけとは、俺の大勝利だな……」
口元の血を拭い、ウェルズは冷ややかに言った。この手の攻撃はあと三度しか耐えられなかったが、三度受ける前に勝利を手にする絶対の自信が、彼にはあった。
「ふん、絶望とは何か、すぐに思い知らせてやる」
「反撃しない木偶だとは思わないことだ」
聚宝者の攻撃を妨げるため、ウェルズは魔力を集め、雷電と化して両の手のひらに凝集させた。三階魔法「雷獄沸騰」を行使し、聚宝者のいる地点へ向けて猛然と叩き落とした。
跳ね回る落雷が相手を直撃した。だが魔力の護盾に阻まれ、聚宝者はなんと平然とこの攻撃を耐えきった。
「凝結せよ……魔法陣に秘められしエネルギーよ、魔力をこの場に集めよ……!」
聚宝者が魔法陣の節点を踏みしめて高々と叫ぶと、地面のやや損傷した魔法陣が彼へ向けて魔力を集め始めた。巻き起こる陰々とした冷たい旋風と途方もない気勢から判断するに、彼は階を越えて、聖者の七階魔法を凝集しようとしているのだった。
秩序編織者は上古の時代には聖者を擁する勢力でもあった。彼らの残した伝承があるのだから、聚宝者が七階魔法を使えても何ら不思議ではない。
この光景を前に、ウェルズは冷笑した。彼が足元の節点から壮大な魔力を集めるのをただ眺めるばかりで、止めようともしない。
「どうした?この気勢に怯えて、逆らう気も失せたか!?」
聚宝者は勝ち誇ったように高笑いした。
鉱山の裏山。
ラロリアは突き出た岩の陰に伏せ、下にある、山肌に掘り込まれた溝を見ていた。溝には血ダイヤが一列に嵌め込まれ、一粒また一粒と、開いた口の歯のように並んでいる。魔力がダイヤから流れ出し、溝に沿って鉱山のほうへ流れていく。暗視の中では、それは暗い赤の光を放つ一本の川だった。
引魔区。ウェルズが一番簡単だと言った場所だ。
守っているのは六人。凡人の警備員が四人、三階魔法使いが二人。彼女は三度数えた。
鉱山の側から最初の爆発音が聞こえた時、警備員四人が駆け出し、魔法使いの一人もその後を追った。残った一人は溝の縁に立ち、血ダイヤに手を当てて、爆発の方向へ顔を向けていた。
彼女は岩の陰から飛び降りた。着地した時には剣はすでに鞘を離れ、青い光が剣身に沿って灯っていた。
相手の反応は遅くなかった。蔓が地面から飛び出して彼女の足首に絡みつく。透明で、粗雑な、あの夜アンナを縛ったものとそっくり同じ蔓だった。
「またこれ」
彼女は一太刀で蔓を断ち切り、二太刀目は穿心の刺だった。魔法使いは身を捻ってかわし、針状の魔力はその肩に傷を一筋刻んだだけだった。彼は二歩退き、詠唱を始めた。
ラロリアは唱え終える時間を与えなかった。半ばまで唱えたところで間合いを詰める。護盾は一撃目を防いだが、二撃目は防げず、剣先が鎖骨の上から沈み込んだ。
魔法使いが倒れた時、その手はまだ血ダイヤに当てられていた。
彼女は火球術の印を結び終え、あの歯の列に狙いを定めた。
「ウェルズ、ちゃんと受け取ってよ」
爆風で、彼女は十数メートル吹き飛ばされた。泥の中を二回転してから身を起こし、後頭部に手をやる。
髪がまた一房、焼け落ちていた。
「……あいつ、絶対に笑うわ」
彼女は目をこすり、声を上げて笑った。溝の中のあの暗赤色の川は、もう途切れていた。
「そろそろ頃合いだな」ウェルズは事もなげに言った。聚宝者の目を見据える胸の内では、八つ裂きにしてやりたい思いが渦巻いていた。父母と妹の仇は、今日この日に討たれる。
得意の絶頂にあった聚宝者は、足元の光の輪が突如として消えたことに気づいた。魔力の補充を失った術式が、彼の制御を離れ始めた。
「馬鹿な……!何が起きた!」
「司織様……引魔区が襲撃を受けました!備蓄の宝石と魔法陣が破壊されました……!」
鉱山の後方に、天を衝く火の光が立ち昇った。
「おのれ……!」
彼が怒りの顔を見せたその時、集めていた術式が爆ぜ散った。制御を失った魔力がその血肉の中を走り回って引き裂き、瞬く間に少なからぬ内傷を負わせた。
「このクソ野郎……!」彼は激怒の痛叫を上げた。
ウェルズはすかさず追撃に移った。魔力を集めて素早い灼熱光線を数条続けざまに射出し、命中と同時に激しい爆発が起こった。
黒煙が晴れると、聚宝者が慌てて張った護盾もすでに砕けていた。爆発で埃まみれになり、全身傷だらけで、先ほどの得意満面な様子とはまるで別人だった。
「このクソ野郎……許さんぞ!」
彼は杖を構えた。白い光が凝って形を成した長い鞭が、猛然とウェルズへ打ちかかった。
これは五階魔法「霊魂鞭打」だった。
「その台詞はもう何度も聞いた」
ウェルズは身を躍らせて相手の襲撃をかわした。「増速致勝」と「逃げ足」(エクスペディシャス・リトリート)で増幅された身のこなしは軽やかで、幾重もの鞭打ちを素早くかい潜っていく。だが雨あられと降り注ぐ攻撃が、とうとう一度、ウェルズを捉えた。
「ふふ……!」鞭が目標を打ったのを見て、聚宝者は得意げに高笑いした。
全身を引き裂かれるような激痛がウェルズを襲った。苦痛を必死にこらえ、素早く後退して残りの攻勢をかわす。
聚宝者は再び魔力を杖に集めた。今度こそ、ウェルズを仕留める必殺の自信があった。
杖の極大化で強化された五発の「射魂冷矢」が彼の周囲に現れ、そして一斉にウェルズへ射出された。
後退しながら、ウェルズは火球を放って冷矢を迎え撃った。火球は二発を撃ち散らし、左右へのステップで二本を辛くもかわしたが、最後の一本は容赦なくウェルズを刺し貫いた。
一瞬、気を失いそうなほどの激痛が全身に広がるのを感じた。
ウェルズが動けないこの隙に、聚宝者は追撃の構えを取った。だがその時、遠方から二条の鋭い攻撃が真っ直ぐ襲いかかってきた。
白衣をまとい長槍を手にした、二人の応策局員だった。鉱山の防衛線を突破し、秘密結社の首領を攻撃しに来たのだ。
聚宝者の回避はわずかに遅れ、最初の槍気に護盾を撃ち抜かれた。すぐさま身を翻し、彼は距離を取った。
「お前はもうおしまいだ。応策局がここまで来たってことは、連中が封鎖を突破したということだ」ウェルズは冷笑した。
「そうだ……私の計画……死霊魔法で帝国の領地を奪い取る計画は、お前に潰された……嘉徳市の警察やクーデター部隊がまだ私の指示に従っているとしても、死霊魔法の兵力がなければ、帝国の鎮圧の前ではすべて無意味だ」
「だとしても……三階と五階の差は雲泥の差だ。今日この場所が、お前の死に場所になる!」
聚宝者は狂ったように吼えた。
応策局とラロリアの攻勢によって、魔法陣の構造は大幅に破壊され、儀式魔法陣の発動はもはや望めなかった。今や、ウェルズを殺すことだけが彼の目標だった。
もはや後先を顧みない彼は、右手の指輪に全力で魔力を注ぎ込んだ。
膨大な魔力を受けた指輪は突如として砕け散った。次の瞬間、冷気を溢れさせる蒼白な幽影が彼の傍らに浮かび上がった。それはマントをまとい、両手に死神の大鎌を携え、マントの下の顔は骸の枯れ骨で、全身がかすかに透き通っていた。
これは六階の猟魂者だった。ただ漂うだけで、地面に霜が降りる。
魂を肉体もろとも引き裂くあの大鎌が、肉眼では追いつけない速さで振るわれた。猟魂者が不気味に滑るように動いたかと思うと、二人の応策局員は、我に返る前に血しぶきとともに真っ二つに斬り断たれていた。
六階と三階の途方もない差は、この応策局員たちにも、ウェルズにさえも、反応する機会すら与えなかった。
猟魂者は不気味にウェルズの前へ漂い寄った。処刑するかのように蒼白で無色の大鎌を高く掲げる。ウェルズの目には、この大鎌が天地のすべてを覆い尽くすかのように映った。
大鎌が突如として振り下ろされた。
鋭い閃光の痕が走った。だが想像していた一刀両断ではなく、澄んだ衝突音が響いた。
「これは……!?この一撃を、お前が防ぐだと」聚宝者は思わず声を上げた。この生涯で、一日のうちにこれほどの驚愕を味わったことはなかった。
紺碧のマントが風になびき、ひとつの人影がウェルズの前に現れた。横に構えた長剣が、大鎌の斬撃を受け止めていた。
「やっと……来たか」
彼は来た者が誰かを知っていた。彼女がなぜここに現れたのかも。鉱山へ乗り込む前に、彼はあの護符を握り潰していたのだ。
純白の竜角、紺碧のダブルボタンの軍服、あどけなくも凛々しさと愛らしさを失わない容貌。
それこそが、白竜シャーロットだった。
「はあっ……!」彼女は力を振り絞って大鎌を弾き飛ばし、がら空きになった猟魂者の懐へ鋭く斬り込んだ。
猟魂者の幽鬼のような姿は素早く後退し、シャーロットの華麗な斬撃は空を切った。彼女がステップを踏んで追いすがると、体勢を立て直した猟魂者は退くどころか前へ出て、大鎌を横薙ぎにシャーロットへ斬りかかり、彼女は身を翻して受け流した。
途方もない力が、彼女の華奢な体を数メートル弾き飛ばした。
その後、猟魂者はシャーロットを迂回して、ウェルズを直接襲おうとした。
「お前の相手は私よ……!」
空中で身を翻して着地したシャーロットは、すぐさま力を溜める構えを取った。わずか数秒の溜めの後、一太刀を振り下ろす。街路一本を丸ごと壊滅させるに足る爆発が数十メートルにわたって伝わり、鉱山に深い溝を刻みながら猟魂者へ真っ直ぐ襲いかかった。爆発の硝煙が晴れる前に彼女はその中から飛び出し、猟魂者へ追いすがって剣を振るう。猟魂者は身を返して大鎌で受け止めた。
二人の闘いは次第に白熱していった。二つの影は流星のように空を行き交い、幾筋もの長い軌跡を描く。その速さはウェルズの目でも追いきれず、見えるのは互いの攻撃の余波が恐ろしい爆発を轟かせ、鉱山に無数の穴を穿っていく様だけだった。
「まさか……あり得ない……なぜ聖女の護衛がここにいる?」
聚宝者は信じがたいという表情を浮かべた。脳裏に、幾つかの記憶の断片がよぎる。
「分かった……!そういうことか……あの連中は逆に私を利用したのだ……!聖女の護衛を引き離すために」
その声はほとんど裏返っていた。
「どうであれ……まずお前を殺す!」憤怒の眼差しを露わにし、彼は杖を構えて魔力を集めた。
ウェルズは臆することなく、ただ彼を見つめていた。その身はもう今にも崩れ落ちそうで、全身の傷の痛みは息もつけないほどに意識を苛んでいたが、これほど危うい局面を前にしても、ウェルズはなお勝利の微笑みを浮かべていた。
「お前の魔力も、もう尽きかけているんだろう?これだけ長い戦闘と猟魂者の召喚の後で、まだ余力があるとは思えん」
「それがどうした!?たとえこの身が燃え尽きかけの蝋燭であろうと、お前のような三階魔法使い一人に脅かされる私ではない……おとなしくここで死ね……!もうお前を救える者は誰もいない……!」
彼は杖を構え、膨大な魔力を集めた。凄惨に歪んだ顔は殺意に満ちている。三階で五階に挑む以上、ウェルズにどれほど手があろうと、ここまでが限界だった。
ウェルズはもはや、自らの最後の切り札を隠さなかった。
風に逆らって立つ彼の黒衣がなびき上がった。まさにこの時、不屈の彼は、他人の運命を編むと称するこの連中に復讐し、運命から自らの正義を取り戻そうとしていた。
傷だらけのその手が懐へ差し入れられる。その動きは手術中の医師のように静かだった。顔に浮かんだのは必勝を確信した微笑みで、この瞬間、彼はすでに勝利が自分のものになると知っていた。
「自分の敗北を受け入れろ……聚宝者……!」
懐から一巻の巻物を抜き出し、右手で高く掲げる。巻物を中心に強力な魔力の渦が巻き起こり、幾度も砂塵を舞い上げた。黒衣と裾がはためく。微笑む彼とはまるで対照的に、聚宝者は信じられないという表情を浮かべていた。
「こ……この魔力……あり得ない!」
巻物の文字は溶かした秘銀で書かれ、表面の絹のような手触りは竜の皮にしかない。そのすべてが、この巻物の非凡さと高貴さを物語っていた。
「なぜお前がそんなものを持っている……!」
「力を借りさえすれば、手に入らないものなどない。自分たちが世間の誰からも叩かれる秘密結社だということを忘れるな……!」
借りたのは教廷の力だった。かつて翡翠王国の軍を響浪へ引き入れたのはこの教会であり、今、彼はこの教会の聖女が自ら書き記した文字で、教会に知恵をつけた者を焼く。そのことを彼は覚えていた。ただ、ひとまず脇に置いているだけだ。
高く掲げた右腕に力を込め、聖女から前払いの報酬として受け取ったこの巻物を握り砕いた。シャーロットがそれを渡してきたあの夜、彼はもう誰に使うかを決めていた。
「その威力を示せ……!六階の神術『聖裁融逝』!」
ウェルズの宣告のような叫びとともに、天から果てしなく輝く聖なる白光が降り注いだ。これは聖女が自ら編んだ巻物であり、無尽の魔力を宿していた。
朝の光が氷雪を溶かすように、聚宝者が集めていたすべての魔力は、光に覆われ照らされて跡形もなく消え去った。全身を光に包まれた彼は、肩に千鈞の重みがのしかかるのを感じるばかりだった。邪悪な者だけが、この魔法の影響を受ける。
「馬鹿な……!」彼は地に膝をついた。魔力をことごとく溶かし尽くされ、超凡の力はすべて封じられて、体は凡人のように脆くなっていた。
「おのれ……断じて認めんぞ……!」跪いた彼は顔を真っ赤にして立ち上がろうとした。だが光に照らされる中、細胞の一つ一つに足枷を嵌められたかのようで、全身が押し潰される苦痛を感じるばかりか、三階魔法使いの前に跪くというこの恥辱が、その精神を容赦なく打ちのめしていた。
「これがお前の結末だ……!」
念動力を拳に集め、ウェルズは全身の力を込めて、離れた場所から聚宝者の顔面へ力任せに殴りつけた。
「これは、父上のための一撃だ……!」
「ドンッ……!」
鈍い音とともに、言いようのない爽快感が込み上げた。聚宝者の左頬には、それに見合った傷痕が刻まれていた。
「これは、母上のための一撃だ……!」
「妹のために……!」「俺の子供時代のために……!」「戦争で死んだ公国の人々のために……!」「お前に利用されて戦場で死んでいった人々のために……!」
一撃目のときには、聚宝者はまだ悲鳴を上げ、罵ることもできた。十撃目には、もう一言も発せなくなっていた。凄惨な殴打は二十三撃目まで続いた。終わった時には、その端正な顔は見る影もなく変わり果て、地面には砕けた歯が一面に散らばっていた。
「この一撃は……お前に罪もなく殺された人々のために……!」
ウェルズの最後の一撃は、彼を数メートル吹き飛ばした。
地に落ちた彼はぴくりとも動かず、かすかな呼吸だけが残っていた。
荒い息をつくウェルズは疲れ果てて地に膝をついた。顔にはまだ、先ほど力の限り拳を振るった後の汗が残っている。宿敵への復讐を果たし、目の前の光景を見つめる。胸を満たしたのは突き抜けるような爽快感と、まだ実感の湧かない夢のような心地だった。
だが何もかもが終わってみると、この先への茫漠とした思いが湧いてきた。
いや、まだある。彼のもう一つの仇——教廷だ。
「成功したのか……」
戦闘から解放されると、抑え込んでいた疲労と痛みが潮のように押し寄せ、彼は気を失いかけた。
一方、空の上では、シャーロットと猟魂者の対決も最高潮を迎えていた。
「その力を示せ……伝説の刃……晨光……!」シャーロットが凛と叫んだ。手の中の上古の聖剣がその呼びかけに応え、天日を覆うほどの絢爛たる白光を放った。
聖剣の前では、猟魂者のあのちっぽけな死霊の気配など、一瞬で呑み込まれた。
その非凡な剣は瞬く間に、広大な聖光で猟魂者を灰燼に帰した。聖なる光がすべての死霊の気配を一掃し、この穏やかな光がウェルズの身に射した時、その痛みもわずかに和らいだ。
「これが聖階の武器か……」ウェルズは顔を上げて呟いた。
シャーロットが勝利を収めた。予想通りの結末だった。
「もう終わったのか……」
帝国での数か月の旅は終点を迎えた。だがあるかなきかの暗雲がずっとウェルズの胸にわだかまり、何かを忘れていると彼に告げていた。
それを思い出させるかのように、遠方では漆黒の雲霧が魔法によって空に寄り集まり、天を覆うほどの勢いで嘉徳市全体を呑み込もうとしていた。
その瞬間、彼は自分がどれほど重大なことを見落としていたかを知った。
「いや……まだ終わっていない……!」
「気づくべきだった……!騁馳都市建設が手がけていた大事業の一つは、嘉徳市の地下鉄の拡張だ」
初めて、ウェルズは悔恨の表情を浮かべた。
「儀式魔法は一つじゃない……!終末救贖者と秩序編織者が使っているのは、別々の儀式魔法だ」
「都市建設社の資料には機織り屋のあの河道図しか置かれていなかった。地下鉄の図面は最初からあそこにはなかった……法陣を一つ見つけて、一つしかないと思い込んだ……騁馳都市建設は地下鉄を、もう一つの儀式魔法陣の中枢に仕立て上げていた……都市級の儀式魔法陣が、起動した……!」
「もう手遅れだ……」ウェルズは遠くから押し寄せる凄まじい気配を感じ取った。
立ち上がろうとした彼に、漆黒の長槍が突きつけられた。
応策局二課の課長、「霄」だった。
「機密施設への不法侵入、攻撃魔法の不法使用、公共の安全への危害、魔法による暗殺、その他多数の容疑により……あなたを逮捕する、ウェルズ」
「危険な犯罪者どもよ、帝国を、好き勝手に動ける他の国と同じだと思わないことだ」
その宣告の後、背後に現れた数名の応策局員が彼をしっかりと取り押さえた。
天空にいたシャーロットもまた、遠方に暗雲の立ち込める光景を目にした。
感応によって、彼女は極めて重大な報せを掴んだ。
「まずい……聖女様が危ない……!」
顔色を変えた彼女は嘉徳市内へ駆け戻り、その姿は一筋の光となって消え失せた。
「こちらの策を、逆手に取られたか……」
シャーロットの表情を見て、ウェルズは相手の意図を知った。
「終末救贖者が秩序編織者を囮として投げ出した狙いは、おそらくこの六階の護衛を引き離すためだ。ならば……奴らの目的は当然……」
傷は今にも彼の意識を押し潰そうとしていた。ウェルズは完全に昏睡する前に、そこまで考えた。




