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空間魔導書と少年魔法使い  作者: atu78963254
帝国冒険編
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第十五章 厄介事

宿に戻ると、浮かない顔のラロリアは、今日の出来事を残らずウェルズに報告した。


彼は長いため息をついた。


「まさかお前がここまで大きな厄介事を引き起こすとはな。応策局に目をつけられたら、俺たちはおしまいだ」


「私だって知らなかったのよ!もともとは、鼻面を引き回されてる男と欲張りな女のやり取りだったはずなのに、こんな大事になるなんて」ラロリアはいかにも心外だと言わんばかりに弁解したが、考えるほどに腹が立ってきたのか、歯ぎしりしながら自分で自分の首を絞めかねない顔になった。「頭にくる、私ってついてなさすぎでしょ!」


「喧嘩しないでください……喧嘩はよくないですよ……」


二人の言い争いを聞いて、黒蓮が心配そうに口を挟んだ。


ウェルズは首を振り、思案顔で言った。「罰金はあのレヴォニーに払わせろ。それが筋というものだ」


「良いほうに考えれば、少なくとも多少の情報は手に入った」


「どんな情報?」


「秩序編織者は警察への浸透を試みているのかもしれない。情に訴えてヘルムートという警察の中堅を取り込み、そこから警察の機密を引き出すつもりだ」


「秩序編織者?悪魔召喚は終末救贖者の得意技じゃなかったの?」


「得意技ではある。だが専売特許じゃない」


「一見すると、終末救贖者が召喚したもののようにも見える。だが終末救贖者が、襲撃予定の銀行にのこのこデートに出向くような初歩的なへまをするか?だから、あの女を召喚したのは終末救贖者じゃない」


「つまり、『自浄会』と『機織り屋の連中』は、計画を全部明かし合うほど固く手を組んでいるわけじゃない、ってことね」合点がいったラロリアは、ぽんと手を打って声を上げた。


「そうだ、すべては偶然だ。だがミアというあのサキュバスは、とっくに応策局に目をつけられていた。街から街へ渡り歩いて、行く先々でヘルムートを一人ずつこしらえる。今回のことがなくても、遅かれ早かれぼろを出していただろう」


「この件はこれで片付けるわ」弟がそこまで落ちぶれたと聞けば、レヴォニーはさぞ悲嘆に暮れるだろう。ラロリアにはそれが分かっていた。


「それで、私はこの後何をすればいいの?」


「お前は引き続きテプフェルという身分の線を追え。暇があれば、イチゴジャムが送ってきたこの騁馳に関する情報を読んでおけ」


「あの嫌な女、やっと仕事を済ませたの?」ラロリアは小さな口を尖らせた。


「ああ。俺は上流階級に探りを入れて、騁馳を牛耳っている人物——アスヘタイト男爵について、もっと詳しく調べる」


ラロリアはサンドラのくれた情報をめくった。記されていたのは、騁馳社の筆頭株主であるアスヘタイト男爵についての情報だった。騁馳財閥の株式の三割を握っているのが彼だ。騁馳は三十年前に重工業で身を起こし、政策の後押しを受けて急成長した。裏にインサイダー取引があったかどうかは定かでないが、傘下の鉄鋼、不動産、建設、製銅はいずれも嘉徳市で最大のシェアを誇り、市政府から主に仕事を請け負う企業でもあった。


サンドラはほかにも、「聚宝者」に関する情報を送ってきていた。彼が好んで使う魔法の手口や能力、装備に加え、嘉徳市で名乗っている二つの名前も記されている。骨董商テプフェルと、上城区の収集家コンラートだ。これがあれば、彼への対応策を練ることができる。


「『聚宝者』は霊魂魔法が得意……古代の司織の伝承を受け継いでいる」ラロリアは問いかけた。「黒蓮が記憶を失ったことと、関係があるんじゃない?」


「大いにあり得る……だが黒蓮がいたのは終末救贖者の拠点だ。まさか、あれは秩序編織者の隠し駒だったのか?」


二人は役割分担を決めた。事件の核心へと、彼らは着実に迫りつつあった。


だが、光の当たる場所があれば、光の届かない場所もまた存在する。


人目につかない隠し部屋の中、黒衣をまとった青年が悠然と腰を下ろしていた。


華美な装いの上流階級の者たちが数名、彼の前に片膝をついた。


「ご報告いたします、窃星者(せっせいしゃ)閣下。銀行襲撃の企ては失敗し、産業の掌握に遅れが生じるものと思われます」


「お前たちは、あまりにも失態を重ねすぎた」


「焼き払われた拠点、失踪した要人、失敗した暗殺、果たせなかった破壊工作、そして今回の、待ち伏せされた襲撃」彼は指を組み合わせた。「これらは必ずどこかでつながっている。何かが我々の邪魔をしている」


「人を出して、その背後のつながりを洗わせろ」


「同時に、あの失われた少女も速やかに取り戻せ。事は重大だ。取り戻せぬ場合は、その場で殺して構わん」


跪いた者たちは頭を垂れて服従の意を示した。


「もう一つ報告がございます、閣下。男爵が買収を急ぐよう催促しております。現状の資金では、あの採掘会社を丸ごと買い取るには足りないとのことです」


「私が運勢を施し、星辰の力で支配権を奪うこともできる」


「だが力を使いすぎれば、それだけ気取られる恐れが増す」


「最終計画に障るだけだ」


「心霊魔法に通じた追随者を派遣しよう。私にできる助力はそこまでだ」


「彼らに標的の会社の裏の事情を洗い出させ、世間に流す。計画の進行は遅れるが、株価が下がれば、あの男が買収を済ませるには十分だろう」


「承知いたしました、閣下」


「計画はもうすぐ最終段階に入る。我らが主の栄光のため、世界の終末の前に世界を救うため、これからの行動に決して誤りがあってはならない」


「我らが主……アレクセイのために!」一同は声を張り上げて応えた。


上城区のとある屋敷で、華やかな装いの青年が友人とチェスを指していた。応接間に座る二人の周囲には、世界各地から集められた文物が陳列されている。どのケースの品も、外に出せば常人には手の届かない法外な値がつく代物ばかりだった。


口元に落ち着き払った笑みを浮かべ、青年は悠々と指先で駒を動かした。


「コンラート、ずいぶん機嫌がいいようだね」


青年が駒を置くと、相手も一手を返した。


二人の発する魔力の波動から見て、どちらも五階の魔法使いだった。彼らが指しているのは幻影で組み上げた盤で、淵のように幽藍の色をし、虚空に浮かんでいる。維持するには強大な魔力が要るが、この二人の五階魔法使いにとっては難しいことではなかった。


「もちろん。私は勝利が何より好きなのでね」


「大勢も決まらぬうちから、自分が必ず勝つと決めてかかるのかい?そうとは限らないよ」


友人は駒をつまみ上げ、コンラートのクイーンを奪った。


クイーンを奪われても、コンラートはかえって笑ってみせた。


「甘く麗しいクイーンよ、お前は私の勝利の女神となる」


「餌は呑み込まれた。ここまで来れば、私の勝利はもう決まったも同然だ」


彼は駒を動かした。


「綿密な謀略によって得た勝利こそ、最も甘美なものだ」


「応策局であれ、救贖者であれ、思いがけず割り込んできた邪魔者であれ、いずれも私の勝利への踏み台にすぎない」


「我々は帝国のために、全く新しい秩序を織り上げる」


彼は手を伸ばして駒を進め、相手を詰みへと追い込む必殺の一手を打った。


調査が片付くと、レヴォニーはラロリアの罰金を肩代わりしたうえ、礼として金貨三十枚を上乗せして渡した。


だがその金貨三十枚も、ウェルズがあっという間に使い果たしてしまった。大半は自分の地位を高めるための寄付に回された。多くの貴族から細々とした依頼を引き受けて得た名声も相まって、今や彼は嘉徳市でも、それなりに名の知れた外来の貴族となっていた。


これほどの散財には理由があった。嘉徳公爵の六十五歳を祝う宴が、まもなく市立大ホールで開かれるのだ。聖女と威遠伯も出席するという噂で、まさに嘉徳市で年に一度の最大の催しだった。


ウェルズは招待状を手に入れた。


祝宴の当日、彼は馬車で大ホールへ向かった。


ほどなくウェルズは目的地に着いた。会場の外にはすでに馬車がびっしりと停まっていた。


目の前に、豪華絢爛なホールがそびえていた。階段では高官や貴族たちがホールへ向かいながら、くつろいだ様子で語らい、市庁の召使いたちが忙しく彼らを案内していた。


ウェルズは階段を上り、招待状を示して、彼らに続いて華麗なホールへ足を踏み入れた。


目に飛び込んできたのは広々とした宴会場だった。長いテーブルには美食と美酒がずらりと並んでいる。中央には広い赤絨毯が敷かれ、大勢の人がそこで語らい、給仕たちが酒のお代わりを尋ねて忙しく行き来していた。奥の舞台では楽団が優雅な曲を奏で、左右には上階の貴賓室が設けられ、下の大広間を一望できるようになっていた。


「聖女と威遠伯はもう来ているはずだ」ウェルズは顔を上げ、左右の貴賓室を見上げた。「どちら側だろうな」


適当にシャンパンを一杯頼むと、彼はグラスを片手に会場を回り、社交に励んだ。


「この極怒竜嚎の腕時計を見れば、ウェルズさんがいらしたと分かりますよ」


「初めまして。男爵からあなたのことは伺っておりました。こうしてお会いしてみると、なるほど抜きん出た方でいらっしゃる」


「ウェルズさんは実に見目麗しい。若くして三階魔法使いとは、将来は六階、いや聖階を突破することさえ不可能ではありませんな」


社交辞令のほかにも、興味深い話を少なからず耳にした。


「『蒼白』の応策局の連中が嘉徳に来たとはな。まったく不吉だ。連中に連れて行かれた者で、ろくな末路を辿った者はいない」


「応策局の連中がなぜここに?この会議と関係があるのでは?」


「さあな。会議の第一回はもう始まっているんだろう?外交上の和解を話し合うと聞いたが……」


「……」


「労働者の待遇があまりに悪いせいで、最近ある採掘会社が労働組合の調査を受けているそうだ。ほかにも色々な噂で、株価がずいぶん下がっているとか。今買っておくのは良い選択じゃないか?」


「あれは騁馳の次の標的だぞ。騁馳に手を出す度胸があるのか?」


「私も騁馳のように政府の受注を独占できたらなあ。そうすれば使いきれないほどの富が手に入るのに」


「そんなことを方々で口にするな。騁馳社の弁護士団に訴えられても、私には助けられんぞ」


「……」


「妹君は祝宴に見えていないようだが?」


「最近重い病にかかりましてね、家で静養しております」


「……」


「質麗皇女は本当に失踪されたのね……!帝都にいる親戚が最近この話を確かめたのよ」


「何が起きたのかしら……皇女までもが失踪するなんて……自分の身の安全が心配になってきたわ……!」


「応策局が最近この嘉徳市で動いているのも、どうやら皇女を探すためらしいわよ!」


「……」


「出席した宴、人々の評判、そして彼の演説から見て、騁馳グループの所有者アスヘタイト男爵は公爵の配下……」ウェルズはじっと考え込んだ。


裏に潜む陰謀が、次第に輪郭を帯びてきている。真相はもうすぐそこだと、彼は感じていた。


「ようこそ、ご来賓の皆様!」楽団が演奏を止めた。演壇に立っているのは公爵の息子で、来場した賓客たちに感謝の言葉を述べ、歓迎していた。


会場の視線が、一斉にこの青年へと注がれた。


「嘉徳公爵はお出ましにならないのか?」「最近お体の具合が優れないそうだ」「やはりお歳なのだな……」


貴賓席の人々も例外ではなかった。


精巧な革張りのソファに、世界の情勢を左右しうる二人が向かい合って腰掛けていた。


一方は微笑を浮かべた青年だった。物腰柔らかで上品な眼鏡をかけ、帝国外交官の華やかな衣装に漆黒のズボンという装いだ。背後には軍服風の若い魔法使いが控えている。その気配を探れるだけの実力があれば、彼が六階もの力を有していることに気づいて驚いたはずだ。


青年の前には、金貨数十枚の価値がある黒玄木のテーブルが置かれ、天板からはかすかな清香が漂っている。その上に載っているのは、両国の数十年にわたる関係を左右するに足る一通の文書だった。


ただ、向かいに座る相手は、この文書をそれほど気にかけてはいなかった。


なにしろ彼女こそが、この部屋で最も注目に値する、輝ける星なのだから。


それは、高潔で浮世離れした気品をまとう白い髪の少女だった。玉製の白い冠を戴き、華やかな紋様のブラウスが均整のとれた肢体を引き立てている。幾重にも重なる精緻な白いスカートは咲き誇る百合のように魅惑的でありながら、底知れぬ気配を秘めていた。だが何より目を奪うのは、その顔を覆う絹のヴェールだ。男なら誰しも、彼女を一目見ればよこしまな想いを抑えきれないだろう。たとえ命と引き換えにしてでも、あのヴェールの下にどれほどの傾国の美貌が隠されているのか、一目見たいと願うに違いなかった。


そして彼女の背後に立っているのも、同じく一人の少女だった。


幼い顔立ちに、やや小柄な体つきの少女剣士である。ダブルボタンの青い軍服風のシャツに、細く長い脚をあらわにするショートスカートを合わせている。白い髪は後頭部の脇で細いツインテールに結わえられ、頭からは荒々しく張り出した竜の角が生えている。鋭い金の瞳に真剣な眼差し、そして六階の実力。そのいずれもが、彼女が決して一筋縄ではいかない相手であることを物語っていた。


軍服の護衛は、年齢に似合わぬ静けさで、忠誠を捧げる主の背後を守っていた。ただ棒立ちになっているのではなく、警戒の眼差しで周囲に注意を払っており、たとえ次の瞬間に威遠伯が動いたとしても、腰の辟邪の聖剣——晨光(しんこう)を抜いて応じられる構えだった。


そんな彼女は、ふと聖女の視線に気づいた。


一見すると、ただ何気なく下の人混みを眺めているだけのようだったが、しばらくすると、その視線はある一点に注がれていた。


「誰が聖女殿下の注意を引いたの?」好奇心を抑えきれず、彼女は横目でそっと視線の先を窺った。


それは高価な腕時計をつけた黒髪の少年で、端正な顔立ちをしていた。


もっとも、その関心も長くは続かなかった。


「燭聖殿下は今回の祝宴をお気に召しましたかな?」威遠伯の問いかけに、彼女の注意は会議へ戻った。


「まずまずですね」


「帝国の風習をお気に召していただけて何よりです」


それは会議のさなかに起きた、ささやかな一幕に過ぎなかった。

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