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空間魔導書と少年魔法使い  作者: atu78963254
ライカベサ編
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第六章 写魔者

平穏な数日が指の間を流れていった。


朝になると、ウェルズは寝台の上で胡坐をかいていた。両手を膝に置き、目を閉じている。標準的な瞑想の姿勢だ。


瞑想はあらゆる魔法使いにとって基礎の必修課程である。魔力の回復を速め、魔力の属性を育むうえ、睡眠と同等の休息効果もある。そのため魔法使いは通常、睡眠の代わりに瞑想を行い、休息と魔力の増加を同時に果たすのだ。


何より重要なのは、瞑想によって魔力の上限を引き上げられることだ。瞑想で蓄えた魔力が十分な量に達すれば、魔法使いは階級を上げ、より強力な魔法を学べるようになる。


そして四階へ昇級するに足る魔力を蓄えた魔法使いは、昇格の関門に突き当たる。知識を用いてこの世界の「象徴」を融合し、自らに能力の属性を付与しなければ、四階の「非凡(ひぼん)」へ昇格し、全く新しい職業を得ることはできない。これはきわめて困難な過程であり、失敗の危険も伴う。その後も三階ごとに同様の試練が待ち受けており、六階から七階へ上がる際にも再び象徴を融合しなければならない。七階を越えて融合に成功した者は「聖者」あるいは「聖階」と呼ばれる。


千年前の太古の時代には聖者が数百人もおり、九階を越えて第十階の「伝説」に至った魔法使いさえいたという。


だが現代では、神術も法術も超凡衰弱(ちょうぼんすいじゃく)を迎えた。代わって興ったのが工業だ。大地には工場が立ち並び、工場とその付属施設が寄り集まって都市となり、都市と都市は鉄道という血脈で結ばれている。


ウェルズは四階「非凡」まで、まだしばらく距離がある。それに彼の年齢で三階に達しているだけでも天才と呼ばれるに十分であり、昇格を急ぐつもりはなかった。


同じく一睡もしていなかったのが、魔法の巻物の書き写しに追われていたフリーデだ。朝の光が窓から差し込むと、彼女は巻物を郵送箱に収め、それを抱えて階段を下り、旅館のフロントへやって来た。


彼女の姿を見るなり、受付嬢が愛想よく声を掛けてきた。見目のよい者は、とかく好意を得やすいものだ。


「フリーデさん、今朝も郵便を出しにいらしたんですか?」


「ええ、お手数ですが郵送伝票をお願いします」フリーデは淡々と応じた。


「ご丁寧にどうも」係員は笑って、いつもの登録用紙を差し出した。フリーデが記入を終えると、郵送箱を受け取る。


「これで手続きは完了です……」続いて係員は、凝った造りの収納棚から同じ型の郵送箱をもう一つ取り出した。


「こちらは本日お客様宛てに届いた郵便です。受領のご署名をお願いします」


フリーデはいつもどおり受領書に名前を書き、箱を抱えて部屋へ戻った。


ここ数日、彼女はこうした雑務に追われていた。


二人が前夜に書いた巻物は郵便で提携先の魔法商店へ送られ、翌朝には、店から報酬の紙幣がここへ送り返されてくる。


箱を抱えたフリーデはウェルズの教えを守り、人前では決して手元の金を見せないようにしていた。


ところが、フリーデが階段を上りきり、木の廊下を部屋へ向かって歩いていると、ちょうどその部屋の扉が開き、中からウェルズが出てきた。


「ウェルズ?」


「用事があって出かける」フリーデの問いかけに淡々とそう答えると、彼は脇をすり抜け、さっさと階下へ下りていった。


「出かける……そうだ、今日は悪魔の情報を受け取る約束の日だった」


フリーデが知っていることですら、彼はいちいち説明するのを面倒がり、彼女自身に思い出させるのだ。


「悪魔……」


人間の魂と命を弄ぶ邪悪な生き物を滅ぼしたいと、彼女は当然のように強く願っていた。正義のために邪悪を滅ぼす、それこそが彼女の使命なのだ。だが今はまだ出番のない彼女は、箱を抱えて部屋へ戻るしかなかった。


箱を机に置き、写魔者を手に取ると、フリーデはゆっくりと巻物を書き写していった。時はあっという間に過ぎ、地平線の上にあった太陽は、いつの間にか見上げなければ見えない高さまで昇っていた。


そこで、彼女はある問題に気づいた。


「インクが切れた」


手にした写魔者のインクが尽きてしまったのだ。


それを見て取ると、彼女は立ち上がった。


「新しい筆を買いに行かなくちゃ」


彼女とて融通の利かないプログラムではない。困ったことがあれば、自分でどうにかしようと考えるのだ。


「この筆は……いくらするんだろう」


白くなめらかな指に握られた筆を見つめる。この写魔者より数百倍も貴重な筆を使ったことはあるが、彼女の主はそうした筆をダース単位で買い込んでいた。比べものにならないのは明らかだ。


判断の基準がない以上、無駄足にならないよう、彼女は手持ちの金を全部持っていくことにした。


通りを歩くウェルズは、もう二時間近く動き回っていた。その間に下見をして、昔の抜け道がまだ使えるかを確かめ、かつて二年間暮らしたこの都市、ライカベサの感覚を取り戻そうとしていた。


「ずいぶん変わったな……」


調査を終える頃には、約束の時間も迫っていた。待ち合わせのカフェへ向かう途中、ふとチェーンのパン屋が目に入り、彼は店に入ってイチゴジャムを一瓶買った。


カフェに入ると、待ち合わせの相手であるサンドラはひときわ目立っていた。あどけなくも艶やかな顔立ちに麗しい肢体、そして獰猛な長刀。それだけでなく、人々に避けられて、彼女のまわりだけぽっかりと大きく空いていたのだ。


「手土産を持ってきてやったぞ」


ウェルズは空いているほうの手を軽く振り、桃色の髪の少女の向かいに腰を下ろした。


「またイチゴジャム。もう食べ飽きたんだけど」彼女は恨めしげに溜め息をついた。


「そうか?ごみ漁りをしていた頃は、そんなこと言わなかっただろう」ウェルズは笑みを浮かべて言った。


五年あまり前、ともに孤児だった二人はライカベサの街角で出会い、しばらく一緒に路上で暮らした。当時の彼女は髪を乱雑に切り、ぼろぼろの帽子をかぶっていたため、ウェルズは一時、少年だと思い込んでいたほどだ。


イチゴジャムというあだ名もその頃に由来する。街をさまよっていた二人は、ある中産階級の家のごみの山から、食べかけのジャムの瓶を見つけた。その場ですくって食べたその味は、当時の二人にとってまさに山海の珍味だった。


「お前がよくパン屋の塀に張り付いて、中のジャムを眺めて気を紛らわせていたのを覚えている」


昔を思い出したのか、ウェルズはふと気まぐれにそう口にした。だが桃色の髪の少女はあまりいい顔をせず、いくらか嫌そうに言った。


「君、なんで年寄りみたいなこと言うわけ?何かっていうとすぐ昔話なんだから」


ウェルズは気にも留めなかった。そのとき、桃色の髪の少女は彼の首にうっすらと残る痣に気づいた。まるで首輪をはめていたかのように、きれいな半円を描いている。


「君の首……どうして痣になってるの?」


言われて初めて、ウェルズはそのことに気づいた。首にそっと触れると、かすかな痛みとともに先日の出来事がよみがえる。


「ああ……ペットに噛まれた」彼は短く唸るように答えた。


「君、ペットなんて飼ってたっけ?」イチゴジャムは眉を上げ、少し興味を引かれたようだった。


「もちろん。とても可愛いペットだ」ウェルズは淡く笑った。「雑談はここまでだ。本題に入ろう」


サンドラは懐からクラフト紙の封筒を取り出した。前回の報告よりずっと簡素なものだ。


「これがここ数日の調査結果。君が知りたいことは全部書いてあるはずだよ」


サンドラの体温と香りが残る封筒を受け取ると、ウェルズはすぐに封を切り、中の便箋を取り出してじっくりと目を通した。


「終末救贖者《しゅうまつきゅうしょくしゃ》はおよそ四十人余り……ライカベサ周辺の山岳地帯にいて、出現し得る座標は……」


「くそっ、こいつらまだこんなに信徒がいるのか。まったく、亡霊みたいにしつこい連中だな」ウェルズは小さく毒づいた。


「具体的な潜伏先は?」


「それ以上はまだ調べてない。でも山のあたりで起きてる失踪事件のいくつかは、どれもこの件と関係があるかもしれないね」


「人類自浄会の連中は、たいてい暗がりに潜んで致命の一撃を放つのを好む。五百年前に古共和国を滅ぼしたのも、四百年前に月の潮汐(つきのちょうせき)を滅ぼしたのもそうだ。どうやら……悪魔に生命を供給するために、やむを得ず人を攫って生贄にしているんだろうな」ウェルズはそう推測した。最近の出来事には、どうしても人類自浄会の過去の所業が重なって見える。


「悪魔の情報は?」


「空を悪魔みたいなものが飛んでるのを見たって人はいる。でも本当に悪魔かどうかは確認できてない」サンドラはそう答えた。


「本当に見た奴は、とっくに悪魔の腹の中だろうな」


手紙をしまい、ウェルズは腰を上げようとした。


「ここまでだ。この先は俺が片付ける」


「君の推論が正しいなら、こんなに早く人間の生贄が要るような悪魔は手強いよ。少なくとも五階の悪魔だね」立ち去ろうとするウェルズのコートの背中を、アレクサンドラは赤い瞳で見つめながら言った。


「助けが要る時は連絡する」


ウェルズはわずかに足を止めたが、すぐにまた歩き出した。桃色の髪の少女はとうとう堪えきれず、もう一度口を開いた。


「教廷の追っ手はもう共和国に来てる。執行官が三人、そのうち一人は四階神術師」


「タダの情報に感謝するよ」


それを聞いたウェルズは、ただ微かに笑った。

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