第七章 手記
今の有様では、堂々と正面玄関から戻るわけにもいかない。そこで部屋へ戻る方法はごく単純だった——窓から直接よじ登って入るのである。
「ほんと悲劇……私たち、待ち伏せされてたのよね?」
ラロリアはがっくりと肩を落とし、金髪までしおれたように垂れ下がった。感情の起伏が激しい人間ほど、負の感情に引きずられやすい。
「痛っ……!」急速回復の包帯で傷ついた手首を巻きながら、彼女は悲観的な口調でこぼした。
「襲撃者が誰かも分からないうえに、唯一の手がかりまで途切れちゃった」
「これからどうやって調べればいいのよ……」
「確かに俺たちは嵌められた。だが手がかりが途切れたとは限らない。そこまで気を落とすことはない」
ウェルズは手近な椅子に腰を下ろした。腹の底には、抗いがたい悪寒と吐き気がまだ居座っている。この強烈な残留感は、数日は抜けそうになかった。
「俺たちとハンクの会話だけでも……かなりの情報が推測できる」
「ハンクは間違いなく、二つの秘密結社のどちらかの下請けだ。終末救贖者の連中は自浄会を自称し、街では秩序編織者を機織り屋と呼ぶ。どちらにせよ、奴は装備を与えた者から内臓を抉り取る仕事を言いつけられていた。だが奴は今日の襲撃にまったく備えていなかった。つまり……売られたんだ。呼べば来て、用が済めば切り捨てる手駒を秘密結社が売るなど、珍しくもない話だ」
「ということは、俺たちが受け取った調査情報は、実はハンクではなく、秘密結社がハンクの名義で送ってきたものだということになる。ここから言えることは三つ。一、送り主が手がかりを残している可能性がある。二、明日すぐに別の宿へ移らなければならない。三、ハンクの関係者に手がかりがあるかもしれない」
「そんなにたくさんの情報が隠れてたなんて」ラロリアは呟いた。
「送り主のほうは、たぶん大した手がかりは出てこない。身元を隠すのは難しくないからな。だから今夜休んで、明日すぐハンクの住処を調べに行く」
「分かった」
「ハンクが持っていた不可視化のマントと指輪は、金貨数十枚にはなる。なかなかの収穫だ」ウェルズは言った。
「じゃあ、高級な宿に泊まれる?」
「考えるだけ無駄だ」
翌朝早く、二人はフロントへ行ってチェックアウトを申し出た。
「お二方様、チェックアウトをご希望でございますか?」
「ああ」ウェルズが答えた。
係員は書類を処理し、ほどなく告げた。「はい、チェックアウトのお手続きが完了いたしました」
「それと、一つ訊きたい。昨日、小包が届いたんだが、送り主は誰だった?」
「昨日でございますか?」係員はしばし考え込んだ。「品物を届けに来たのは、全身を厳重に覆った方だったと記憶しております。お顔立ちも分かりませんでした」
「感謝する」
ウェルズは短く応じ、二人は宿を後にして大通りへ出た。
「残念、あの宿のケーキ、けっこう美味しかったのに~」ラロリアは惜しそうに言った。
「これからどこ行くの?」ウェルズの後をついて歩きながら、彼女が尋ねた。
「ハンクの住処を調べに行く」
「ハンクがどこに住んでたか知ってるの?」
「初めて会った時に、奴に陰影標記を付けておいた」
ウェルズの答えに、彼女は素っ頓狂な声を上げた。「思い出した!このストーカー、まだ私に付けた印記を消してないでしょ!」
「消した」
「嘘つき!前もそう言ったじゃない!」
「本当だ。陰影魔法を独学して確かめればいい」
何度か抗議したものの、ラロリアはやがて肩を落として諦めた。
地下鉄で下層区へ来ると、駅を出るなりウェルズはラロリアを薄暗い物陰へ連れていった。
「こんなところで何するの?まさか高貴な私に、変なこと考えてるんじゃないでしょうね?」彼女は警戒するように両腕で自分の体を抱いた。
「お前の頭の中がどうなっているのか知らんが、ここで不可視化をかけてから調べに行かないと、安全は確保できない。それでも十分とは言えない。警察や秘密結社が、すでにあそこを罠に見立てて張り込んでいるかもしれないからな」
「あ……そう」ラロリアは気まずそうに応じた。
ウェルズは「陰影隠形」を詠唱しようとした。だが呪文を唱えかけたその時、両親と妹の姿が目の前をよぎった。ただし記憶の中の美しい姿ではない。長く放置されて腐り果てた死体の姿で、腐臭が鼻を突いた。
「これは……!」
強烈な精神的衝撃に、練り上げていた魔力が一気に霧散した。
「どうしたの?」ラロリアが怪訝そうに声をかけた。
「何でもない。ただ……あの魔法の残滓がこれほど強いとは思わなかった」ウェルズは顔を押さえた。胃の中の悪寒は、まるで数キロの氷を詰め込まれたかのようで、冷たく吐き気を催させた。
しばらく深呼吸してから、ウェルズはもう一度魔法を使った。今度は無事、灰色の霧が二人の上に降りた。
不可視化をかけると、ウェルズはまず物陰から顔を出し、目標の近くに張り込んでいる者がいないか確かめた。問題がないのを確認してから、二人は古びた四階建ての建物の前へ向かった。長年風雨と日差しに晒された建物は、ひどく傷んでいた。
「ここが俺の感知した場所だ。奴の部屋は三階にある」
二人はアパートへ足を踏み入れた。一階は共用スペースで、住人は皆ここの浴室と便所を共同で使っている。二人は階段を上って三階へ向かった。
「一、二、三……八。こんな狭いところに八世帯も?ベッドと衣装棚と机のほかは、何も置けないんじゃない?」ラロリアは目を丸くした。外から見た時は、各階二世帯の造りだと思っていたのだ。つまりここには二十四世帯が住み、たった一つの浴室と便所を分け合っていることになる。
「住む場所があるだけ、浮浪者よりずっとましだ」
この階にはこれほど大勢が住んでいるが、皆仕事に出払っていた。おかげで二人は難なく錠を開け、そのままハンクの部屋へ入り込めた。
ラロリアの言った通り、部屋は三つの家具を置くのがやっとの狭さだった。粗末なシーツを敷いたシングルベッド、衣装棚、それに机が一つ。
ウェルズは机に歩み寄り、引き出しを開けて中を漁った。帳簿と硬貨数枚のほかに、古びた手記が一冊出てきた。何度も開いては書き込んだせいで、ぼろぼろになっている。
彼はそれを開いた。
「二年と六か月前、俺は故郷を離れ、嘉徳市へ仕事を探しに来た。都会はやはり違う。建物がこんなに多いだけでなく、これほど大勢の人間が一か所に集まっているのも見たことがなかった」
「蒸気機関の工場で仕事を見つけた。素晴らしい生活が俺を待っている!」
「信じられない。工場は狭くて臭い……ノルマに届かなければ、怒鳴られる」
「事故で小指が潰れて折れた……なのに雇い主は見て見ぬふりで、俺をクビにしやがった……!」
「嘉徳市は確かに帝国の蜂の巣だ……!ここでは無数の蜜蜂が勤勉に、身を粉にして働いている……だが作られた蜜は、すべて上の者に奪われる……!不公平だ!」
「工場主どもは本当に許せない!俺の仲間が労災で死んだのに、奴らは補償金を一銭も出そうとしない!何としてもあいつのために正義を勝ち取ってやる!」
「……」
「これで何度目だろう。他の労働者のために抗議しようとしてクビになるのは。だが今日、奇妙な手紙が俺の机の上に現れた。手紙には、お前は自分の正義を実現できると書いてあり、短剣が一本添えられていた」
「約束通り指定の場所へ行くと、俺をクビにした工場主がそこにいた……俺は奴を殺した。初めて人を殺すのは緊張したが、後で思い返せば、子供の頃に鶏を締めた時と大して変わらなかった。ただ一刀で、終わった」
「翌日、また手紙が届いた。任務の完了を祝う言葉とともに、不思議な品がたくさん添えられていた。さらに、人を殺して内臓を手に入れれば多額の賞金を出すとあった」
「これも組合の運営のためだ。許してくれ。秘密結社がろくなものでないことは俺にも分かっている。奴らに売られる覚悟はしておかなければならない」
「買っておいた魔法の巻物『行跡追溯』が役に立った。手紙の出どころを突き止めた。日曜日の午後四時、漆画街だ。すべての指示はそこから来ている。万一売られたら、この情報で奴らを強請ることができる……」
「……」
「新しい獲物はもう選んだ。あのアンナにしよう。巡回の経路を避けるにも一番いい獲物だ」
手記の最後には紙が一枚挟まっていて、数人の名前が書かれていた。
ウェルズが読み終えると、ラロリアもその紙を受け取ってじっくり目を通した。
彼女が読み終えるのを待って、ウェルズは冷ややかに評した。「広がる貧富の差と無道な管理者。帝国はまさに邪教を育てるのに最適の場所だ」
「……」ラロリアは何も言えなかった。
嫉妬、苦痛、怨恨。こうした感情こそ、秘密結社が人心を操るための格好の糸口である。工業化が進んだ今、都市にはこうした不公平がどこにでも転がっている。現代の秘密結社が百年前よりはるかに活発なのも無理はなかった。
「ここを出よう。話は後だ」二人は階段を下り、その場を離れた。
二人がアパートを出て間もなく、警察もこのアパートに駆けつけてきた。
「警察も、ハンクが犯人だと気づいたようだな」
「これからどうするの?このリストをあのピンク髪の女に外注する?それで私たちは漆画街を調べに行くの?」傍らのラロリアが尋ねた。
「騁馳社の調査だけで、あいつはもう手一杯だろう。少々骨が折れるうえに退屈だが、この紙の件は俺たちで調べる。今日は水曜日だ。日曜日までには片づけたい」
こうして数日の間、二人は街じゅうでこれらの名前を探し回った。干し草の山から針を探すような作業だったが、範囲が光臨区に限られていたおかげで、リストの大半の人物の身元と経歴を突き止めることができた。
土曜日の夜、捜索を終えた二人は新しい宿のスイートルームで情報を突き合わせた。調べる名前はあらかじめ分担していなかった。調査結果が重なってこそ、情報の正しさを裏付けられるからだ。
「この紙に記された身分は実に多様だな。地下鉄工事の監督、騁馳社の光臨製鉄所の工場主、劇場勤めのメイド、銀行勤めの職員、それに警察署の署長が一人……」ウェルズは言った。
「これって暗殺リストかしら?ハンクに優先して手を下すよう求めた標的」ラロリアは素直に推測を口にした。
「もしこいつらが暗殺の対象なら、何人かはもう死んでいるはずだ」ウェルズの意見は違った。「だから俺は、これは暗殺対象とは正反対の、『殺害禁止リスト』だと考える」
「殺害禁止の対象……つまりこの人たちは、彼らの組織の計画に役立つってことね」白い指先を唇に添え、ラロリアはそっと呟いた。
「そうだ」
「どういう関係があるのかはまだ分からないが、こいつらの背後には必ず巨大な計画がある。おそらく本人たちも、利用されていることを知らないだろう」ウェルズは断じた。
「今日は早めに休め。明日の日曜日、漆画街で待ち伏せる。内臓の受け渡し役を捕まえられれば、もっといろいろ分かるはずだ」
「うん」ラロリアは頷いた。だが何かを思い出したように、声を上げた。「あ!すごく大事なことがもう一つ!」
「?」
「あんたの服を私のと同じ洗濯籠に放り込まないで!」
「なら自分で洗濯籠を客室係のメイドに渡せ。いつも服を山ほど溜め込んで洗わないのはやめろ」ウェルズは言い返した。
「毎日持って下りるのは面倒なのよ。数日くらい置いといたって構わないでしょ」
「だらしない女だ。道理で鳥の巣みたいな頭をしてるわけだ」ウェルズは無表情だった。
ラロリアの額に青筋が浮いた。
「それから、私がお風呂から上がった直後に浴室に入らないで」
「なぜだ?」
「なんか間接的に触れてるみたいで、絶対嫌!」
「この変態女、何でもかんでも色っぽい方向に結びつけるのはやめてくれないか?」
その言葉に、彼女の顔は林檎のように一気に真っ赤になった。恥ずかしさからか怒りからかは分からない。
「誰が変態よ!人の体をあれこれ品評するのが好きなあんたのほうが変態でしょ?!!」
「うあああ!この嫌な奴!大バカ!変態!!」
そう言い捨てると、彼女は扉を力任せに閉め、一目散に逃げていった。
「理解できんな。お前の面の皮は、突けば破れるほど薄い」ウェルズは首を振り、少し笑った。
「俺の首を絞めた誰かさんとは違う。あいつは何を言われても、硬く冷たい表情を保つだけだ」
彼は唐突に、昔のことを思い出していた。
日曜日の午後、二人はハンクの言った漆画街へ向かった。
名前が分かっていたので、場所はすぐに突き止められた。
遠くの濁った空を、燕が一列になって横切っていった。
漆画街は工業区の打ち捨てられた一角にあった。一帯には火事で焼けた工場の建屋があり、地面には黒焦げの壁や柱が残るほか、焦げた炭とごみが一面に散らばっているばかりだった。
「うわ……ここ、ほんとに汚いところね。秘密結社が本当にわざわざこんな場所に来るの?」
「くだらないことばかり考えるな」
「手分けして探知魔法を仕掛け、それから不可視化をかけて隠れ、相手が引っかかるのを待つ」ウェルズは命じた。
ハンクの言っていた、指示の発信元がここだ。つまり、秘密結社の命令伝達役を捕らえられる見込みは大きい。より多くの情報が得られるかもしれないと、ウェルズは期待を膨らませていた。
その期待に背を押され、二人は手分けして漆画街の最外周と内部に、四角形の探知魔法を二重に仕掛けた。鼠一匹でも法陣に踏み込めば、二人には感知できる。
仕掛け終えると、二人は近くの路地の廃屋に隠れ、高所から漆画街の様子を監視した。
「退屈……」味気ない待ち時間に、ラロリアはぼやいた。
「傘を立てて机も運んできて、午後のお茶の時間でも楽しませてやろうか?」ウェルズは皮肉った。
「午後のお茶といえば噂話よね。あんたとあのピンク髪の女、どういう関係なの?」ラロリアは興味津々に尋ねた。
「話せば複雑だ。俺が昔、浮浪児だったことは覚えているだろう?」
ラロリアは頷いた。
「あいつとはライカベサで一緒に浮浪生活を送っていた……二年くらいか」ウェルズは額に手を当てて考え込んだ。
「ということは……あんたたち、幼馴染なの?道理でやり取りがけっこう親密なわけね」
その言葉は、ウェルズにとってひどく意外だったらしい。
「そんなふうに考えたことは一度もない。だいたい、ごみの山にそんなロマンチックなものはない。あるのはカビと蛭だけだ。それに俺は、一年浮浪してようやくあいつの性別を知ったくらいだ。まあ、おかげで浮浪児の性別を見分ける観察法が身についたがな」
「じゃあ、どうして別れたの?それに彼女、煉獄騎士になってるし」ラロリアはさらに尋ねた。
ウェルズは遠い過去に思いを馳せた。
「まずは、俺が十二歳の時にライカベサの底辺で起きた奴隷狩りの騒乱から話さなきゃならない。奴隷商人どもが下層に来て、浮浪児を捕まえてはよそへ売り飛ばそうとしていた。俺たちは運悪く捕まり、別々の檻に入れられて売られた。あいつがどうやって煉獄騎士になったのかは、俺も知らない」
「その後は?」ラロリアはやはり気になって仕方がない様子だった。
「そうだな……その後は俺の人生で一番苦しかった時期だが、お前になら話しても構わない」ウェルズは微かに笑ったが、その目に潜んでいたのは冷たい殺意だった。
「イチゴジャムと別れた後、俺は魔法の素質があったせいで、ある魔法使いに売られ、実験材料の一つにされた。奴の研究課題は『いかにして人の魔力を急速に高めるか』。どうだ?古来、誰もが知りたがってきた課題だろう?」
すべての魔法使いに共通する夢といえば、魔力を高め、より高い階へ進むことだろう。
「だから、普通の手段はとっくに試し尽くされている。聚魔陣や瞑想法なんかがそうだ。となれば、奴が俺たち実験体に使えるのは、まともじゃない手段しかないってわけだ」
「どれくらい……まともじゃないの?」ラロリアは思わず唾を飲んだ。
「軽いほうで一番よくあるのは、高圧縮の魔力を無理やり注入することだな」
「それ、体が爆発しない?」
「だから爆発した」ウェルズはお手上げだという顔をした。
「他には賦活薬の実験と換血の実験がある。賦活薬の実験は、思考能力を活性化させるが寿命を著しく縮める薬を投与するもの。換血は、被験者の血液や体を魔法生物の血液や体に置き換えるものだ」
「……」ラロリアは到底受け入れられないという顔をしていた。
「以上が軽いほうだ」ウェルズは一拍置いた。
「重いほうで一番印象に残っているのは、脳の並列実験だ」
「何それ?」
「被験者Aの頭を、被験者Bの後頭部に接ぐ。血管を繋いで被験者Aの頭の活動を正常に保ったまま、そうやって瞑想すれば二倍の効果が得られるかどうかを試す」
あまりに常軌を逸した話に、ラロリアは口をぽかんと開けたまま言葉を失った。
「答えは否だ。無理やり接ぎ合わせた人造の畸形共連体は、三時間しか生きなかった」ウェルズは言った。
「そんな恐ろしい環境で、俺は一年あまり暮らした。最後に実験室から逃げ出せたのも、奴の不注意のおかげだ。そうしてようやく日の目を見ることができた。とはいえ、この怪しげな魔法使いのおかげで、奴の蔵書を読んで多くの魔法の知識を得られたのも確かだ。失われた魔法から埋もれた歴史までな。伝説級魔導書の在り処を知ったのも、奴の蔵書を通じてだ」
「今まで生きてこられたのは運が良かったからだ」ウェルズは笑いながら、まだ怖気が残っているかのように胸を叩いた。
「あんたは実験されなかったのよね?それならよかった……」ラロリアはほっと息をついた。
「いや、実はもう実験は受けた」ウェルズは微かに笑った。
ラロリアは呆気にとられて小さな口を開けた。
彼は自分の頭を指した。「俺の脳には陰影媒質が入れられている。これで魔力の蓄積が速くなり、陰影魔法との親和も高まった。代償は、死後に魂が陰影生物の一部になることだ」
「ひどい……」ラロリアは胸が痛んだ。
「骨身に刻まれた一年だった。自由を得た後、俺はすぐに警察に届けてすべてを暴露した。だが警察が現場に踏み込んだ時には、爆発した実験室の跡しか残っていなかった。その後も一年、躍起になって奴を追ったが、手がかりは何一つ見つからなかった。お前に話したのも、何か心当たりがないかと思ってのことだ」
ラロリアはしばし記憶を探るように考え込んだ。「あんたの話を聞く限り、『秩序編織者』のやり口によく似てる」
「なら、この街で奴を見つけられるのが楽しみだ」
「俺の話はこれで終わりだ。今度はお前の話を聞かせてくれるか?」ウェルズは持ちかけた。
「私の話……?別に大したことなんてないわよ。どこから話せばいいのかも分からないし」自分のことになると、ラロリアは端正な顔を横に向け、はぐらかそうとした。
「自分を見くびるな。お前にもちゃんと話の種はある。たとえば、小さい頃は子犬のぬいぐるみを抱いてないと眠れなかったこととかな」ウェルズはのんびりと言った。
ラロリアは尻尾を踏まれた猫のように跳び上がった。「な……なんでそれを知ってるのよ!」
「馬車で昼寝してた時、自分で寝言で言ってたぞ」
彼女は口を押さえ、自分の迂闊さを内心で罵った。
「誰にも言わないで!お願い!」
「なら、口止め料くらい払ってもらおうか?」
「でも……お金ないもん」彼女はがっくりと項垂れた。
「お前の借りにつけておく」ウェルズは言った。
「どうしてあんたを手伝えば手伝うほど、借金が増えていく気がするのよ!?」ラロリアは金色の眉を引きつらせた。
だが結局最後まで、彼女は自分の過去を語らなかった。何かを隠しているからといって、ウェルズは水臭いとは思わなかった。つらい記憶のせいで、ただ思い出したくないだけなのかもしれない。復讐のためでなければ、彼だって自分の過去など話さなかっただろう。
しばらくして、ラロリアが口を開いた。
「何か来た」
しばらく黙ってから、彼女はまた言った。
「うわ、気持ち悪い。ゴキブリだわ。感知の感度をこんなに上げるんじゃなかった」
その時、ウェルズも口を開いた。
「何か来た」
「犬?」ラロリアは気のない声で返した。
「いや、人間だ」




