第四章 散財
食事の最中、ラロリアは食べ物をウェルズの弁当に放り込んだ。
「ピーマンはあげる」
「とにかくこれは絶対にだめ」彼女はぼそりと呟いた。
「これが、お前の言う食べ物にこだわらないってやつか?」
ウェルズはそれを受け取ると、ひょいと摘まんで口に入れた。
そのとき、ラロリアはある重大なことに気づいた。ピーマンを介して、ウェルズと間接キスをしてしまったのだ。
一瞬で顔が真っ赤になった。
「どうした?」急に動かなくなった彼女に、ウェルズは怪訝そうな顔をした。
「ううん、何でもない」彼女は俯いて黙々と食事を続けた。「今言ったら……かえって空気が変になるでしょ」
「変な奴だ」ウェルズはそう評した。
もっとも、彼自身、まともな考え方をする人間などろくに知らない。自分を理解してくれるのは、アレクサンドラくらいのものだった。
数日後、馬車は約束どおり宿駅の前にやって来た。
ベッドから起き上がれるようになった二人は馬車に乗り込み、帝国への旅を再開した。
このときばかりは、乗合馬車でなくてよかったとウェルズも胸を撫で下ろした。でなければ、道中ずっとあの揺れに傷口を苛まれていたかもしれない。
「俺たちの居場所はどうやって漏れたんだ?」馬車の中で、ウェルズは考えを巡らせていた。
「ライカベサで、あんたの姿は大勢に見られてるでしょ?少し調べれば、どこの誰かなんてすぐ分かるわ」ラロリアは言った。「それに検察官に公訴までされてるんだから、共和国の当局だって調べるわよ」
「初めて名が知れ渡るのがこんな形とはな。まあ、意外でもない」ウェルズは意に介さなかった。
「終末救贖者は、俺たちが奴らの計画を邪魔しに来ることをもう知っているようだな」
「これからは足取りを隠すのに、もっと気を配らないとな」ウェルズは心の中でさらに付け加えた。「ましてやここには応策局までいる。奴らの目と鼻の先で動くのは、冗談では済まない」
「一理あるわね。私だって、応策局のあの縁起の悪い連中にはもう会いたくないもの」ラロリアは両手を広げて応じた。
「なら、まず乗合馬車に乗り換えるところから始めよう。人が多いほど、俺たちの足取りは隠せる」ウェルズは言葉を継いだ。
「これは絶対にだめ!」ラロリアは反射的に言い返した。
紆余曲折はあったものの、二人はどうにか帝国衛西行省の首府——嘉徳市に辿り着いた。
「この賑わいぶりは……ライカベサに比べても、まったく引けを取らないな」
初めて帝国を訪れたウェルズは、街の賑わいにいささか目を見張った。
「ふん、ライカベサ程度の都市なんて、帝国には少なくとも両手で数えるくらいはあるわよ!田舎者」ラロリアは自信たっぷりに言った。「嘉徳は帝国でも指折りの大都市よ。帝国分裂時代には西部王国の首都だったし、今は嘉徳公爵の封地の首都なの」
「帝都を見たら、あんたは絶対にその壮大さに度肝を抜かれるわ。こんなに大勢の人が暮らせる都市がこの世にあるなんてって……なにしろ、あそこには八百万人もの人が住んでるんだから」
「それはまた多いな。ライカベサの三倍近くじゃないか?それだけの食糧をどうやって運んでくるんだ?」
「鉄道に決まってるでしょ。蒸気機関車が南方の広大な平原で採れた穀物や果物を積んで、昔なら想像もつかない膨大な量を首都まで運んでくるの」
「帝国分裂時代というのは、どういう意味だ?」
「教廷と違って、帝国は超凡衰弱の後、数百年にわたって分裂していたの。その間に短い統一が何度かあったけど、結局すぐ分裂に逆戻りして、三百年前に今の帝室が再統一してから、ようやく政治が安定したのよ」ラロリアはかいつまんで説明した。
「とにかく、まず腰を落ち着ける場所を探さないとな。ちょうど手頃な宿を探す道すがら、街の配置も把握しておける」
二人が並んで通りを歩いていると、前方の道が警察に封鎖されていた。
「これは……」ウェルズはいささか興味を引かれて前へ進み出た。
それがデモの隊列であることに、彼は気づいた。
「我々は奴隷制の廃止を求める!南方の悪辣な奴隷使役を終わらせろ!」「奴隷使役をやめ、他の人々にも平等に生きる権利を!」
デモの群衆は抗議の旗を掲げ、大通りでスローガンを叫んでいた。周囲では数名のボランティアがビラを配って回っている。ウェルズが近づくと、ボランティアの一人がビラを差し出してきた。
「旦那さん、どうかあなたも私たちの奴隷制廃止の公約を支持してください。ご自分の娘さんや息子さんが、借金のせいで奴隷にされるのを見たくはないでしょう?」
決まり文句を口にすると、ボランティアはさっさと次の相手を探しに行った。
「帝国の内部で、奴隷制に反対する声がこれほど大きいとはな」ウェルズはいささか驚いた。「応策局は連中を取り締まらないのか?」
「応策局はこういう人たちを相手にするためのものじゃないわ。主に貴族と危険分子を監視しているの」ラロリアは反論した。
「聞いた話だと、帝国南部のプランテーションは大量の労働力を必要としていて、そのために大勢の奴隷を連れてきているそうだな。しかもその奴隷は、次元界を越えて略奪してきたものだとか」
「そのとおりよ。だから南方は奴隷制を支持して、北方は反対しているの。でも全体として見れば、廃止を求めているのは債務奴隷だけで、大多数の人は異次元界から安い労働力を得ることには賛成しているわ」ラロリアは言った。
「何しろ奴隷狩りの冒険会社も、次元界転送陣の維持を担う魔導ギルドも、この奴隷取引でずいぶん儲けているんだから。異次元界の人間の運命なんて、みんな大して気にしていないの」
「通ると思うか?債務奴隷の廃止は」
「たぶん通るんじゃない?中下層はみんな、債務奴隷や他国から買われてきた奴隷に同情しているもの。上層にしても、安い異次元界の奴隷に比べたら、債務奴隷なんてもう使いたがる人はほとんどいないし。それに、奴隷の廃止は教廷への友好の姿勢にもなるでしょ。最近、ほら、あの誰かさんが帝国に使いに来てるじゃない?」
「燭聖だ」
「誰だろうと関係ないわ。絶対に私より綺麗じゃないもの」
「まだそのことを根に持っていたのか」ウェルズは彼女の心の狭さに首を振った。
「だが、さっきのお前の話は筋が通っていた。こういう分析が意外と得意だとは思わなかったな」
「頭にきた!私を何だと思ってるのよ!私はすごく賢いんだから!テストでしょっちゅう満点を取るタイプなの!!」ラロリアは不満げに手を振って抗議した。
「お前の自己申告は嘘くさすぎると思うが」ウェルズは言った。
「頭にきた!頭にきた!頭にきた!」
大きく口を開けて抗議するその憤った様子は、今にもあの八重歯でウェルズの手に思い切り噛みつきそうだった。
ラロリアがどれほど怒ろうと、ウェルズは相変わらずまるで気にしていない様子だった。
嘉徳市内を気ままにぶらつき、周囲の様子を把握した後、ウェルズは一軒の宿の前にやって来た。
内装は古風な趣のある褐色の木材で統一され、中は清潔に整えられていた。客層は中流以上が中心で、バーカウンターに並ぶコーヒーの品揃えは酒よりも豊富なほどだった。
「いらっしゃいませ。お二人様、ご宿泊でしょうか?」
扉をくぐった途端、濃厚なコーヒーの香りが漂ってきた。カウンターの女性給仕が、輝くような笑顔で尋ねてくる。
「へえ、あんたも趣味は悪くないじゃない。こんな店に泊まるなんて」ラロリアは珍しく彼を見直したが、次の瞬間、すぐに失望することになった。
「ああ、二人部屋を一つ頼む」ウェルズは言った。
「かしこまりました」給仕は用意してあった書類を取り出した。「身分証をご提示ください。外国の方でしたら査証をお願いいたします」
「帝国は本当に人に番号を振るのが好きだな。宿泊の手続きがライカベサよりずっと面倒だ」
ウェルズが蔑んでいると、ラロリアの悲鳴が上がった。「どうして二人部屋なのよ!あんたと一緒の部屋なんて絶対に嫌!」
「一人部屋を二つは高すぎる」
「これは絶対にだめ!」ラロリアは撥ねつけた。
「なら、もう少し安いところに泊まろう」
「それもだめ!」
「何もかもだめとは、本当に面倒な奴だな」ウェルズは構わず二人部屋の手続きを続けようとしたが、ラロリアの抗議の声が次々と上がって彼を遮った。挙げ句の果てには、魔法で静音障壁まで張ってみせた。
自分の言葉が給仕に届かないと分かり、ウェルズは諦めた。
「今回だけは譲ってやる」
「それでこそよ!」頬を膨らませていたラロリアは静音を解いた。
おかげで料金は二人部屋の倍、一週間で金貨四枚もかかることになった。
どんな部屋でも構わなかったフリーデが、ウェルズには懐かしく思えた。
二人は査証を提示し、無事に宿泊の手続きを済ませた。
ちょうどそのとき、ラロリアは冷たい視線を感じた。
振り返ると、穏やかな音楽が奏でられているバーの中に、一つだけ調和を欠いた存在があった。
絶世の、氷のように艶やかな美少女だった。つややかな桃色の長い髪に、騎士の凛々しさと冒険者の軽やかさを併せ持ち、さらには少女の艶めかしさと審判官の冷酷さまで漂わせる装い。それは凄絶で、猛々しく、畏敬を抱かせる美しさだった。その眩い存在の前では、周囲のあらゆるものが取るに足らないものに見えた。
この美しさは人を圧倒し、近づくことを許さなかった。何しろ佳人の傍らに立てかけられているのは美しい琴ではなく、燃え盛る炎のような一振りの佩刀だったのだから。
宿泊の手続きを終えると、ウェルズはサンドラのほうへ大股に歩いていった。
「ちょっと、あの人どう見ても関わったらまずそうじゃない。軽々しく声を掛けないでよ!」ラロリアは小声で注意した。
ウェルズは取り合わなかった。
ウェルズはそのまま彼女の向かいに腰を下ろすと、空いた席に置かれていたコーヒーを手に取り、一口啜った。
苦く、重い。泥のようにどろりとした口当たりで、苦みの果てに、奇妙な生臭い甘みが広がった。
「悪くない味だ」
「これは南方のプランテーションのコーヒー。一株残らず奴隷の血に染まっているそうよ。ああ……どうりでこんなに芳醇で濃厚なわけね。舌の先に積もっているのは、帝国という枠組み全体がもたらした悲劇なんだから」サンドラは柔らかく詠うように言った。
「お前にそんな風流な趣味があるとはな、イチゴジャム」
「あら、君の連れは変わったの?」サンドラは後からついてきたラロリアに目をやった。
「新しい協力相手だ。前のは逃げた」ウェルズは答えた。
ラロリアはサンドラの刀の飾りを目にして、少し驚いて言った。「この紋章……あんた、煉獄騎士なの?」
「君、なかなか物知りじゃない」見抜かれるとは思っていなかったのか、サンドラは意外そうな顔をした。
「よくもまあ、そんなに目立てるわね。不法入国じゃないといいけど。応策局は最近、この辺りで活動してるのよ」ラロリアはふんと鼻を鳴らした。
「あの喪服連中を持ち出されても、私は怖くないわ。応策局が衛西行省に送り込めるのは、せいぜい二課でしょ。一課は南部で解放の闘士を掃討するのに忙しいもの。二課がその辺の二、三人を寄越したくらいじゃ、私は捕まらない。それに私は合法的に入国したの。暇を持て余して奴隷制国家に密入国したがる人なんて、いるかしら」サンドラは淡々と言い返した。
「あんた……!」腹を立てたラロリアはウェルズのほうを振り向いたが、彼はただ肩をすくめただけだった。
「帝国人の敏感な愛国心を、これ以上逆撫でするな」ウェルズは言った。
「ふん!」ラロリアはぷりぷりしながらその場を立ち去った。
サンドラはきょとんとした顔でウェルズを見た。
「ある意味、前のよりずっと面倒だ」ウェルズは言った。
「本題に戻ろう。俺の頼んだ情報を出してもらおうか」
そこでサンドラは空間の指輪から、クラフト紙の袋に包まれた書類を取り出した。
ウェルズは金貨二十枚と引き換えにその書類を受け取ると、封を開けてじっくりと目を通した。
最初に目に入ったのは、この都市の基礎情報だった。嘉徳市は石炭と鉄鉱石の産地に近く、河川も流れており、都市の立地として優れている。ここの流動人口は想像以上に多く、工業の雇用需要を満たすため、毎月数千人もの人々が都市に流れ込んでくる。都市全体が人を呑み込む巨獣のようであり、そのために「帝国の勤勉なる蜂の巣」という称号を得ていた。
流動人口の多さは様々な混乱を招き、刃傷沙汰や犯罪が後を絶たなかった。当局はわざわざ上城区を区画して、貧民の立ち入りを禁じているほどだ。
ウェルズはさらに数ページをめくり、最近起きた様々な事件に目を向けた。中でも最も恐ろしいのは、下層区の「光臨区」で起きた連続殺人事件だった。犯人は掘臓人と呼ばれ、凶悪な手口で一人でいる者を襲って殺した後、その内臓をすべて持ち去るという。下層区の乏しい警察力では、すぐには犯人を見つけ出せずにいた。このほか怪しい自殺事件がいくつかあったが、これらの自殺にどんな繋がりがあるのかは、まだ調べがついていなかった。
時事ニュースの一面は、教廷の聖女がこの地に使いに来て威遠伯と会見するというものだった。ほかにも銀行の開業、工業の発明、アイドルの活動など雑多なニュースがあり、聖アトランテ共和国の内戦のニュースや、数日前にウェルズが襲われたニュースまで見つかった。
ほどなくして、彼は書類を置いた。
「どうりで安いわけだ。価値のある資料は確かに多くない」
「私たちの構成員は主に上流社会の情報を探っているの。それにここは帝国で、厳重な対浸透機関が活動している。最後にもう一つ、ここの支部は西大陸ほど人手がいないのよ」
法序王国は何と言っても西大陸の国であり、ここに来ているサンドラは、もしかすると最高位の構成員なのかもしれなかった。
「まだいくつか訊きたいことがある」ウェルズは言った。「数日前、俺は終末救贖者の襲撃を受けた。奴らが帝国で活動しているということか?」
「終末救贖者は世界中で活動しているわ。ただ、最近は確かに帝国西部に集まる傾向があるわね」
ウェルズはしばし考え込んでから、また尋ねた。「『秩序編織者』とは、どんな組織だ?」
自分のすべてを奪った下手人を秩序編織者の中から見つけ出さねばならないと分かってはいたが、彼はこの組織について何も知らなかった。
「終末救贖者が第一の秘密結社だとすれば、秩序編織者は第一の座を争う候補ね。もっとも、力の源すら分からず動機も不明な終末救贖者に比べれば、秩序編織者の情報はずっとはっきりしているわ」
「狂った研究者たちで構成された組織で、もう数百年の歴史があるの。趣旨は実際の操作によって結果を得ること。社会実験だろうと人体実験だろうと、あらゆる非合法の領域で傑出した成果を上げている。たとえば心霊操作や死亡魔法ね。それに、超凡衰弱以前の古代の遺産を集めて魔法を強化するのも好きなの」
「この組織は、過去にはどんなものだったんだ?」
「どうしてそれを知りたいの?」サンドラは桃色の眉を上げた。
「歴史が分かれば、そのやり口と習性を推し量れる」
「残念だけど、うちのサービスは情報を売るだけで、考古学は含まれていないの」
ウェルズはそれ以上問い詰めなかった。
「お前を雇って、深く調べてもらいたい」
「いいわよ。収穫があったら、また君に連絡する」
話を終え、ウェルズは席を立とうとした。
「何か身分を用意しておこうか?」サンドラは尋ねた。
「必要になったら、また連絡する」
バーを出た後、ウェルズは宿のロビーの人目につかない隅で、ラロリアを見つけた。
彼女はおやつを食べていた。当然のことながら、使っているのはウェルズがやった小遣いだった。
片手で小さな顔を支え、退屈しきった様子で、誰かに声を掛けられても相手にしなかった。
「戻ったぞ、散財娘」
「誰が散財娘よ!」彼女はふんと鼻を鳴らした。
ウェルズは彼女の向かいの席に座り、書類を取り出した。
「これはこの街の、ここ数週間の情報だ。それから終末救贖者の動向についても一つ耳にした。奴らは最近、帝国西部に集中して活動している。お前が終末救贖者を調べたいなら、この中身が役に立つかもしれない」
ラロリアは黙って書類を受け取ると、じっくりと読み込み、最後まで目を通してからようやく手から離した。
「何か考えはあるか?」
「ない」
「お前の頭はずいぶん貧しいな」
「もう怒るのにも飽きたわ」ラロリアは顔を背け、彼と言い争う気にもなれなかった。
「なら、俺の試練はお前の品性をいっそう高貴にすることに成功したようだな」
ウェルズは本題に戻った。
「もう一つ情報がある。秩序編織者もこの辺りで活動するつもりらしい」
「この二つの秘密結社が揃ってここで活動することについて、お前はどう思う?」
「うーん……まずは表向きのことから考えてみると、最近ここで何か特別なことってあったかしら?」ラロリアは考え込んだ。
「真っ先に思い浮かぶのは、やっぱり聖女と威遠伯の会見ね。これは世界中が知ってることだもの」
「もしかしたら彼らの狙いはこの件と関係あるのかも。それなら、応策局がここに人を出しても不思議じゃないわね」ラロリアは推し量った。「それと、この連続殺人事件も彼らと関係があると思うの」
「お前は秩序編織者について知っているのか?」
ラロリアは一瞬言葉に詰まった。
「少しはね。秩序編織者は狂った研究者たちで構成された秘密結社で、中は三つの階級に分かれているの。紡造師、織機官、司織よ」
「その中で最も恐ろしい『司織』が、秩序編織者の指導者よ。かつて、この熟達した六階魔法使いたちは、悪辣な思考支配と脅しや誘惑によって帝国の貴族を自分たちの操り人形に変え、内戦に陥った帝国を、何も憚らずに済む実験場に変えることに成功したの。彼らは専門の浸透者であり研究者でもあって、教廷の厳密な組織すら突き崩せる……教科書にはそう書いてあるわ」
「帝国の内戦を操ることに成功した?」
「そうよ。三百年前に統一会議が開かれる前、帝国はばらばらに崩れた内戦の泥沼にあった。秩序編織者はその内戦で大きな役割を果たしたの。混乱は、彼らが狂気じみた研究を進めるのに都合がよかったから。でも最後には失敗して、帝国の統一が成し遂げられ、彼らの勢力は帝国の掃討によって大きく削がれたわ。今の司織は三人しかいなくて、しかも最高でも五階魔法使いよ」
「何が原因で衰えたんだ?」ウェルズは尋ねた。
「……」ラロリアは言葉を継いだ。「知らない!」
だがウェルズは、彼女が一瞬ためらったのを見逃さなかった。それでも、問い詰めはしなかった。
「ということは、秩序編織者も終末救贖者と同じく浸透に長けているのか?」
ラロリアはふんと鼻を鳴らした。
「浸透できないわけないでしょ!できなかったら、とっくに瓦解してるわよ!浸透すれば他の組織の情報と資源が手に入るし、簒奪して取って代わることだって試せる。歴史上、秩序編織者への抵抗を趣旨に結成された組織が、最後には秩序編織者の構成員に簒奪されて、逆に彼らを肥やしたなんて例だって珍しくないの。全盛期の彼らは、東大陸の真の支配者だったのよ。崩壊してから初めて、今の北方の帝国と南方の連邦ができたの」
話を聞き終えたウェルズは、ただ静かに考えを巡らせた。
「これほど強大な組織だ。おそらく超凡衰弱のせいで衰退したんだろう。教廷と同じように」
彼はまた、自分の過去を思った。
「響浪公国の滅亡を仕組んだのは、司織の一人のようだな。奴らの狙いは、公国に旧時代から残されていた魔法の遺産だったのかもしれない」
内戦で文明を壊し尽くした帝国に比べ、西大陸の政治勢力の衰退はずっと穏やかだった。失地回復の戦争が起きても、いずれも許容できる範囲に収まった。そのおかげで西大陸には、超凡衰弱以前の高能時代の遺産が数多く残されていた。
「この二つの組織が手を組む可能性はあると思うか?」
ラロリアはほっそりとした十指を組み合わせた。「大いにあり得るわ。彼らの目標はたぶん衝突しないし、共通の敵がいるもの」
「それは厄介だな」ウェルズは思案した。
「だが、実は俺たちにも味方がいる」
「誰よ?あの目立ちたがりの桃色の髪の女?あてにしないほうがいいわよ」ラロリアは冷たく鼻を鳴らした。どの面でも自分のほうがあの女より上だと、彼女は固く信じていた。
「秘密だ」ウェルズは言った。




