第三章 重傷
明るく、刺すように眩しい光に、ウェルズは目を覚ました。
再び目を開けると、純白の寝台に横たわっていた。傷にはきちんと包帯が巻かれ、手当てが済んでいるのが分かった。
「目が覚めたの?」
寝台のそばで本を読んでいたラロリアがそれを見て、嬉しそうに言った。
自分の反応がどこかおかしいと気づき、彼女はばつが悪そうに小さく何度か咳払いをした。「私はただ、怪我人を正常かつ合理的に気遣っているだけよ。変な想像しないでよね」
「もちろん分かっている。お前は俺が目を覚まして、旅を続ける金を出すのを待っていただけだろう」ウェルズは寝台の上で身を起こし、あくびを一つした。
ラロリアは不機嫌そうに頬を膨らませた。「あんたって本当に嫌な奴!」
「冗談だ。お前の気持ちくらい、ちゃんと分かっている」
「そういうわけでもないってば……!」ラロリアは顔を赤らめて抗議した。「まったく、あんたの頭は歯車でできてるの!?」
ウェルズは手を振った。「真面目な話をしよう。馬車は木っ端微塵に吹き飛んだんだ。乗合馬車にしてもいいんじゃないか?」
「論外よ!」彼女はきっぱりと突っぱねた。「そうそう、その件だけど、先見の明のあるこの私にしっかり感謝しなさいよね!」
「なぜだ?」ウェルズは面食らった。金遣いの荒い彼女に、「先見の明」という言葉はどうにも似つかわしくない気がしたのだ。
「私たちの馬車の賃貸契約に……なんと保険が付いてたのよ!テロ攻撃も補償の対象なの!」
「それで!もう保険会社に連絡して、金貨五十枚分の賠償金を受け取ったの!この先の旅はお金を払わなくて済むし、あんたの医療費だってそう!それに、あんたの懸賞金も銀行で受け取ってきたわ!」
「俺の医療費か……となると、自由に使える資金が金貨二百枚もあるわけだ。金貨四十枚のあの指輪が消えてなくなっても、ひと財産稼いだことになるな」ウェルズは辺りを見回した。「そういえば、ここは病院には見えないが?」
「ええ、ここは宿駅の大きなスイートルームよ。寝室が二つあって、あんたの傷は個人で呼んだお医者さんに手当てしてもらったの」
「よくやった。病院なんかに行けば、かえって暗殺される危険が増すからな」
ウェルズは、病院のように人の出入りが激しい公共の場所には行く気になれなかった。
褒められて、ラロリアは得意げに笑った。
「それじゃ、未来を見通す美少女殿、今日の新聞を何部か頼む。寝ているだけじゃ暇でしょうがない」
踵を返して部屋を出ていったラロリアから、ほどなくして彼は新聞を受け取った。
「出発まで、どれくらいかかる?」
「新しい馬車が着くのは三日後よ」
どうやら新しい馬車が来るまでの数日は、ここで養生するしかなさそうだった。
「そういえば、昨日仕掛けてきた連中、応策局とか言ったか?何者なんだ、あいつらは?」帝国の体制に詳しくないウェルズは、傍らのラロリアに尋ねた。
「皇帝直属の内務部門よ。あの連中が出てくるところに、ろくなことはないわ。帝国の各部門の中でも一番謎めいた組織で、貴族院ですら経費の流れを知る権限がないの。構成員は暗殺、潜伏、拷問、それに情報捜査と心霊防御を得意としていて、秘密結社に対抗するための専門機関よ」
「一般にはその存在すら知られていないから、情報もほとんど出回ってないのよ」
「話を戻すが、応策局はなぜここに現れたんだ?他国で法を執行するのは……主権の侵害じゃないのか?」
「帝国は周辺の国々と治安協力協定を結んでるの……だから、合法のはずよ」
「帝国ってのは、いつもこういう覇権主義的な真似をしたがる。評判があれだけ悪いのも当然だ」ウェルズは言った。
帝国による各国支配を支えているのは、不平等な外交条約だった。そうして帝国は東大陸の覇権を確立し、教廷と渡り合ってきたのである。
ウェルズの痛々しい傷に目をやり、ラロリアは我がことのように言った。
「こんなにひどい怪我をして、痛くないの?衛西行省へそんなに急ぐより、ここでもう何日か休んでいったら?」
「路上暮らしの頃に負った傷に比べれば、大したことはないかもしれない。この程度なら、数日休めば寝台から降りられる。子供の頃は怪我をしても、ろくに栄養も取れなかったし、安心して休める場所もなかった」
「お前は痛いのが怖いのか?」彼女の言葉ににじむ同情を感じ取って、ウェルズは問い返した。
「誰だって痛いのは怖いでしょ?あんたのほうが変だと思うわ」
「そういえば、あんたのあの『咫尺の書』(しせきのしょ)はどうしたの?伝説の光環の加護があるくせに、なんでこんなに爆発でやられてるのよ?あれって、魔法を一瞬で発動できるんじゃなかったっけ?」
ラロリアの問いに、ウェルズはあっさりと答えた。
「なくした」
「なくした?」ラロリアは呆気にとられた。「あの伝説級魔導書を、あんたがなくしたの?」
「ああ」
「じゃあ、何のために盗み出したのよ?」
「書に記された魔法が目当てだ」
「ほんと、あんたって分かんない」彼女にしてみれば、まるきり本末転倒だった。
ため息をついた彼女の腹が、情けなくぐうと鳴った。
彼女は慌てて立ち上がり、話を逸らした。「何か食べる?ずいぶん長いこと何も食べてないし、お腹空いてるでしょ。何がいい?」
「何でもいい。好き嫌いはない」
わざわざ問い詰める気にもならず、ウェルズは新聞に目を落とした。一面には特大の見出しが躍っていた。
「特別速報!燭聖が衛西駅に到着、威遠伯が自ら出迎え」
記事によれば、使節団はすでに海を越えて無事に駅で列車を降り、威遠伯の憲兵隊の歓迎を受けたという。この後は帝国厳選のレストランで食事をする予定らしい。
このニュースへの関心の高さは、少し前に起きたテロ攻撃をも上回っていた。何しろ帝国と教廷の往来が途絶えて久しい。巷では今回の会見の意図について憶測が飛び交っていた。貿易協定の締結か、大陸覇権の承認か、あるいは両国が手を組んで超凡衰弱の問題を解決しようとしているのか。
超凡衰弱で深刻な打撃を受けたのは、ほかならぬこの二つの超大国だ。とりわけ教廷の受けた影響を、ウェルズはよく知っていた。かつて教廷の聖者は一日で西大陸全土を駆け巡り、その磅礴たる神力をもってすれば片手で都市を滅ぼすことすらでき、絶対的な覇権を築いていた。だが超凡衰弱の後、両大国の国境支配力は著しく低下し、広大な領土を掌握しきれなくなった結果、辺境では多くの国々が分裂して生まれた。
これらの国々が、前の支配者の信仰を受け継いでいるとは限らない。教廷の北東にある法序王国のように、教廷から独立した後に魔鬼の崇拝へ転じ、煉獄騎士団まで組織して教廷に対抗している国もある。
「歌手ミア、大陸巡回コンサートの第五の地・衛西行省へ」
「お笑い芸人ハンク氏が語る。ハンクという名前の人間が多すぎて、先生が呼ぶと五人が手を挙げる」
「使者を迎えるため、駅は十時から十二時まで規制を実施します。市民の皆様は駅構内への立ち入りをご遠慮ください」
「テロ攻撃で多数の死者。警察は詳細について現在も調査中であり、コメントは差し控えるとしている」
「残りは大して役に立たないニュースばかりだな……」
ウェルズが新聞を読んでいると、ほどなくして弁当を提げたラロリアが部屋に戻ってきた。弁当箱には大きく「弁当」の二文字が書かれていて、大きな竹串が二膳添えられていた。
「お前がこんな安物を食べる気になるとはな」
「食べ物には昔からこだわらないの」
弁当を開け、「箸」と呼ばれる竹串を手に取ったウェルズは、彼女のほうを見た。「スプーンかフォークはないのか?」
「『お願いします』って言ったらあげる」ラロリアは食器を取り出してふふっと笑った。「どうせどうにもできないでしょ」と言わんばかりだ。
ウェルズはあっさり箸をごみ箱に放り込むと、念動力で食べ物をすくい上げた。
「ずるい!」
「多才多芸なもんでな」
昼食をとりながら、ウェルズは新聞を広げ、記事の文字を指さしてラロリアに尋ねた。
「威遠伯ってのは何をする代物だ?」
「代物って何よ、礼儀をわきまえなさい!」ラロリアは前後の記事をじっと読んでから言った。「威遠伯は宮内大臣の別称よ。代々この職に就いてきた威遠伯は、みんな帝室の血筋から選ばれた優秀な子弟なの」
「ほう、帝国の体面を預かる奴か」
「礼儀をわきまえなさいって言ってるでしょ!」
「応策局が横で聞いているわけでもないだろう。お前の自己検閲が強すぎるんだ、帝国人」
「これは基本的な礼儀だと思うけど!」
記事を読み終えると、ラロリアのほうも教廷の人物に興味が湧いてきた。
「じゃあ、燭聖って誰なの?」
「燭聖は、西大陸では誰もが知る有名人だ」
「その美貌は天女のごとく、見た者は寝ても覚めても彼女を想い、焦がれ死にするほどだという。姓は公にされたことがなく、教廷は公式にはその本名エミリアで呼び、登聖の後は燭聖と称している」
「聖と呼ばれる理由は単純だ。七階神術の術者であり、教廷にとって数百年ぶり、超凡衰弱以来初めて、自らの力で聖階に至った人物だからだ。しかも聖階を突破したのは、わずか十四歳のときだった。即座に聖女に冊封され、その登聖を『超凡復甦』の前兆だと言い立てる者までいる」
「自らの力で?教廷の神術の術者は、修行がいらないっていうの?」
「もちろん必要だ」
「だが、それには限界がある。頭の上に見えない天井があるみたいに、どうしても突破できないんだ」ウェルズは自分の頭の上に手をかざし、天井の高さを示してみせた。「超凡衰弱の後は、七枢機卿に任じられない限り聖階にはなれない。神術にどれほど並外れた資質があってもな」
「彼女の出現は、百年来の法則を打ち破ったと言っていい」
「まさか……そんなに偉大な人物だったなんて」ラロリアは驚嘆し、開いた口から可愛らしい八重歯を覗かせた。
「もっとも、美貌だけでも十分に名を馳せているがな」とウェルズは付け加えた。
美貌と聞いて、自分の容姿にかなり自信のあるラロリアは、ふんと鼻を鳴らさずにはいられなかった。「私より綺麗だっていうの?」
「俺に評価しろというなら……年齢からして、胸の発育はお前のほうが上かもしれないな」
「下品!」彼女は吐き捨てた。
「評価しろと言ったのはお前だろう?」
ウェルズが怪我人でなければ、一発お見舞いされていたところだ。




