第二章 奇襲
だがその時、一筋の殺気が彼のうなじをかすめた。
「危ない……!」
叫ぶ暇もなかった。致命的な脅威が迫るのを感じ取ったウェルズは、傍らのラロリアを突き飛ばし、その反動で自らも跳び退いた。
背後から放たれた数発の弾丸が、ついさっきまで彼のいた場所を貫く。撃ってきたのは、あらかじめここに潜み、通行人を装っていた数名の暗殺者だった。
「こいつら……!」
暗殺者の一人が魔導小銃を構えていた。一発目は壁に当たってこれを砕き、二発目はウェルズの肩を撃ち抜いて、おびただしい鮮血を散らした。
普段はぼんやりしているラロリアだが、いざという時の反応は少しも鈍くない。状況を呑み込むや否や、魔動武装をすでに召喚し、同じく銃を構えて応射していた。
「どうしてこんなところで戦闘が……」「早く逃げろ……!」
狙いを外れた弾丸が周囲の壁や窓、街灯に当たってそれらを壊し、周りの人々は混乱に陥って逃げ惑った。
ウェルズは身を翻し、停まっている馬車の陰に掩体を求めた。襲撃者は少なくとも十数人。しかも法術使いも一人や二人ではない。
「撃たれたか……?」彼はとっさに簡単な戯法を放ち、右腕の動脈を収縮させて出血を抑えた。
「狙いは俺で、ラロリアじゃないのか?」
口の中で何かを唱えていた彼は、数秒後、馬車の陰から躍り出た。同じ場所に長く留まるのは賢明ではない。
案の定、直後に地面から幾本もの蔓が枝を伸ばして這い上がり、天からは天火が降り注いで、必殺の陣を成した。もしまだあの場にいたら、今ごろ灰になっていただろう。
飛び出すと同時に敵へ手をかざす。詠唱を終えた五条の電撃光線が一斉にほとばしり、別々の位置から撃っていた三名の暗殺者が、掩体もろとも爆発に呑み込まれた。
掩体を飛び出した彼を、弾丸と光線と炎が一斉に出迎えた。攻撃はことごとくウェルズの進路に降り注ぎ、それでも彼が死なないことを恐れるかのように、最後には白熱した魔法飛弾六発まで追い打ちをかけてきた。
「ウェルズ……!」
ブースターで建物の上に跳び上がっていたラロリアは、長槍を構えて射撃を続けていた。高所にいる彼女の目にも、その光景は映っていた。
それに応えたのは、爆発の黒煙の中から迸る雷霆だった。
煙を突き抜けた電光が魔法飛弾を撃ち砕く。閃く雷霆は折れた枝のように枝分かれし、地面に幾筋もの焦げ跡を刻んだ。
煙の中から現れたウェルズは顔の半分が煤で黒く汚れ、マントも大半がぼろぼろになっていた。
咫尺の書を失った今、三階魔法を瞬時に発動することはできない。だが、それに対する備えがなかったわけではない。高価な素材で作った「陰影護盾」の指輪がそれだ。
ただ、まさか帝国に足を踏み入れる前に、ここで秘蔵の手段を使い潰すことになるとは思わなかった。
「やはり、狙いは俺か!」
「こいつら、何者だ?」
ウェルズは近くの街角に駆け込み、呪文を詠唱しながら外を観察した。
宿駅の衛兵と襲撃者は散開して撃ち合っていたが、宿駅の守備戦力は襲撃者にはるかに及ばない。襲撃者がウェルズを主な標的にしていなければ、そしてラロリアの火力支援がなければ、とっくに総崩れになっていただろう。
その頃、建物の上の彼女は、両手でしっかりと長槍を構え、目の前に弾丸を防ぐ魔法の護盾を張っていた。
エネルギー弾が一発、また一発と銃口から放たれ、下の広場で次々と爆発を起こしていく。
ウェルズが火球で反撃すると、二名の暗殺者がそれを好機と見て、小銃を手に路地へ突入しようとした。
その時、遠くから「砲撃」が絶妙のタイミングで降ってきた。一人は全身から血を噴いて吹き飛び、もう一人は掩体へ引き返さざるを得なかった。
交戦が激しさを増す中、二名の都市警察が遠くから路地へ駆けてきた。
「どうした?なぜここで戦闘が起きている!?」
新たな呪文を詠唱していたウェルズは、やって来た者たちのほうへ振り向いた。
十数メートル先まで迫ったその姿を目にした瞬間、彼の血の気が一気に引いた。
彼らの瞳から、光が失われていたのだ。
「こいつら……心霊魔法で操られている!」
それに気づいた彼は、生死を分けるその刹那、唱えかけていた攻撃魔法を護盾の呪文へと切り替えた。
次の瞬間、警官たちの体から、普通の警察官ではありえないほどの魔力が噴き出した。そのエネルギーは渦を巻き、警官の体をおぞましく捻じ曲げ、圧縮していく。極限の一点にまで潰れたその直後、血のように赤い爆発が起きた。
続けざまに、天地を揺るがす轟音が響き渡った。
生臭い烈風が街じゅうを吹き抜けた。
爆心地には、深さ数メートルに及ぶ穴が口を開けていた。
全身血まみれのウェルズは、十数センチも沈み込んだ地面に片膝をついていた。周囲の家々は爆風で見る影もなく、砕けたガラスは数街区先にまで飛び散っていた。
「人体爆弾……」
「終末救贖者……こいつら、知っていたのか……俺が来ることを……?」
ウェルズは薄れかける意識を必死につなぎ止めながら考えた。
「手……足は、辛うじて動くが、感覚がない……」
遠くから泣き叫ぶ声がかすかに聞こえた。四方へ逃げ惑う怯えた人々のものらしい。
「このままここにいたら……死ぬ」
そう呟き、唯一自由に動く目だけを動かして傍らを見た。
いつの間にか、そこには暗殺者が一人、銃を構えて立っていた。銃口はまっすぐウェルズに向けられている。
とうに気づいていたウェルズは、機械のように手を上げ、掌を相手に向けた。だが、呟いていた灼熱光線は、放つにはあとわずかに及ばない。
「終わりか……」
そのわずかな時間差が、彼の生死を分けた。
「……」
「犠牲があったからこそ、悔いがあるのか?」
脳裏をよぎるのは、自分が間違えたこと、やり残したことばかりだった。
孤児のまま路地裏で死んでいたなら、かえってこれほど悔いは残らなかっただろう。
「俺は……フリーデに、ひどすぎたんだろうか」
だが銃声は響かなかった。
暗殺者が引き金を引くより速く、何かがそれを永遠に阻んだ。
一筋の銀光が閃いた。
暗殺者の体が、一刀のもとに両断された。
流れ出す血だまりの傍らに立っていたのは、染みひとつない白いマントだった。そのマントに、ウェルズはフリーデの後ろ姿を重ねた。
視線を上げると、そこには涼やかで端正な横顔があった。
すっきりとした黒髪に黒い瞳。石像のように淡々とした表情まで、彼女にそっくりだった。
「全員、敵対存在の排除を開始」
彼と同じ装いの者が、ほかに四人いた。
彼らは街の建物の間を跳び渡る。巧みに気配を消したその姿を捉えるのは難しく、鬼魅のごとく神出鬼没な彼らの初撃は、往々にして大きな戦果を挙げる。
今も彼らは潜伏場所から襲いかかり、魔動武装の長槍が閃くたびに、一人が倒れていった。
初撃で戦果を挙げると、二名の白衣の者が銃を構えて後方から支援し、残る槍持ちたちが敵へ肉薄した。その足取りは素早く、魔力によって姿に幾重もの薄い残像が怪しく浮かび、弾丸は揺らめく幻影を撃ち抜くばかりだった。
魔力を帯びた持魔者でさえ、一分の隙もない連携の前にはなすすべなく崩れ、遠方からの銃撃に撃ち倒されるか、長槍に仕留められるかだった。
瞬く間に、彼らは事態を鎮圧してしまった。
射撃をやめたラロリアの目に、眼下の光景が映った。
「これは……帝国機要応策局……五人?」
そう呟いた時、すぐ傍で足音がした。
「六人です、お嬢さん」背後から、白いマントの小柄な女性がゆっくりと歩み寄ってきた。ラロリアより少し背が低く、長い黒髪をしている。愛らしい顔立ちには異様なほど静かな表情が浮かび、マントの下にはこざっぱりとしたワイシャツとスラックスを身につけていた。
「私についてきてください」
だが、一筋縄ではいかない相手だ。用向きも穏やかなものとは言いがたい。空気を読んだラロリアは、ひとまず抵抗しないことにした。
事態が落ち着くと、共和国の警察が駆けつけて秩序の維持にあたり、騒乱の空気も静まっていった。ただ、広々とした広場は見る影もなく荒れ果てていた。
「これは……」ぎこちなく立ち上がったウェルズは、疲れきった目で白衣の来訪者を見やった。
白衣の来訪者は口を開かず、仲間がラロリアを連れてくるのを待っている。
その間に、宿駅にいた旅客の一人がウェルズに詰め寄り、抗議の声を上げた。
「お前たち、何をしているんだ!どうして私の馬車を吹き飛ばした!?あの馬車がいくらすると思って……」
制圧射撃となれば、周りの物が巻き添えで壊れるのは避けられない。
だが、男が言い終わらないうちに、周りの警官たちが獅子の檻に迷い込んだかのような怯えようで駆け寄り、男を力ずくで引きずっていった。白衣の来訪者の機嫌を損ねるのを何より恐れているらしく、こちらには申し訳なさそうな顔を向けていた。
「四階……魔法使い?いや、兼修か?まるで見当がつかない」ウェルズは息を切らしながら相手を見つめた。相手の気配はまるで存在しないかのように隠されており、彼の判断も、先ほどの戦いぶりを思い返してのものにすぎなかった。
続いて、武装を解いたラロリアが視界に入ってきた。
「お二方とも、さぞ驚かれたことでしょう。今宵は不躾にお邪魔してしまい、誠に恐縮です」
「私は応策局二課課長、霄です」
霄の声は女性のように細く、恐ろしいほど静かだった。
「お二方は、今回の襲撃について何かお心当たりはございますか」
彼らはすでに、今回の襲撃の主な標的がウェルズたち二人であることを見抜いていた。
「あいにく、心当たりはありません」ウェルズには自分のことを洗いざらい話す習慣などなかった。
「わ……私も……」霄の視線を受けたラロリアはひどく緊張し、しどろもどろになった。自分の様子がおかしいと気づいたのか、急に早口になる。「あいつらがなんで私たちを襲ったかなんて、知るわけないでしょ!」
「こいつ……後ろめたさが見え見えだ……」ウェルズは内心で首を振った。
霄は一目でおかしいと分かる彼女の様子にも反応を見せず、ただ何度か彼女に目をやっただけだった。
「そうですか」
「お二方、査証の許可をご提示願います」
口では「願います」と言ったものの、周囲の張り詰めた空気とかすかな殺気が、その言葉を無意味にしていた。
ウェルズはゆっくりと手を上げて懐を探り、血に染まった書類を一通取り出した。
霄とその仲間は二人の書類をそれぞれ受け取り、じっくりと目を通した。
短い沈黙が流れた。
「あなたの査証はライカベサで発給されたものですね。あちらの風景は帝国南都によく似ております。ぜひ一度、観光にお越しください」
あらかじめ設定された機械のような正確さで、彼は恐ろしいほど丁寧に応じ、査証をウェルズに差し戻した。
「では、もう行ってもいいですか?」ウェルズが尋ねた。
霄はそれには答えず、シャツの内側に手を入れて小切手を一枚取り出すと、虚空から無造作にペンを呼び出し、数字を書き込んだ。
「帝国国営企業の小切手です。帝国内のどの銀行でも換金できます。額面は、指名手配中の重要犯を始末していただいた懸賞金です。犯人の所持品は証拠品としてすべて押収させていただきます。ご了承ください」
ウェルズが手を伸ばしてそれを受け取ると、言うべきことを言い終えた霄は踵を返して去っていった。
ウェルズたちと話している間に、応策局の他の隊員たちは手際よく死体を空間の指輪に収め終え、後には戦闘の爪痕だけが残されていた。
「撤収」
彼らの姿はたちまち視界から消えた。鬼魅のように現れ、去る時もまた朧げで捉えどころがない。彼らはまさに影だった。光に見つめられれば自ら消え去り、決して舞台に上がることはない。
彼らを見送ると、ウェルズはようやく力尽きたように目を閉じた。
周囲のざわめきが遠のき、彼は崩れ落ちた。
爆発の直後から、彼の体はとうに動かなくなっていた。先ほどまで体を支えていたのは、念動力で無理やり自分の体を吊り支えていたにすぎない。意識が途切れて念動力が解けると、体はそのまま力なく崩れ落ちた。
「あの爆発をまともに食らって、大丈夫だったの?」ほっと息をついたラロリアがウェルズに目を向けると、ちょうど彼が倒れかかるところだった。
ラロリアは慌てて手を伸ばし、倒れ込むウェルズの体を支えた。「ちょっと……!しっかりしてよ……!」
必死の呼びかけにも、何の反応も返ってこなかった。




