第二十一章 悲劇
その頃、絶域城の南の街道を、大型の四輪荷馬車が一台、帝国へ向けて進んでいた。
馬車にはごろつき風の若者が五人乗っていた。一人が揺れる馬車の手綱を取り、残る四人は板張りの床に車座になってカードに興じている。カードの山の傍らに置かれた、いちばん値の張る品こそ、レシナの先祖が残したあの長剣だった。
馬車の後方の隅には、レシナが両手を後ろ手に縛られ、大量の禁制品と一緒に放り込まれていた。口には布切れを詰め込まれ、すっかり怯えきった様子だった。
昨夜、連中は彼女の家に押し入り、力ずくで縛り上げて連れ去ったのだ。非力な彼女が大声で助けを呼んでも誰ひとり取り合わず、抵抗したとたんに殴られて気を失い、つい先ほどようやく目を覚ましたのだった。
「どうして……こんな目に……」彼女は自分の不運を嘆きながら、なんとか縄から抜け出そうと手を尽くした。
蜘蛛の巣にかかった蝶のようにもがいても、力を振り絞って糸をわずかに引きちぎるのがやっとだった。結局できたのはただ一つ、吐き気をこらえて口の布切れを無理やり吐き出すことだけだった。
彼女は大きく肩で息をした。縄はきつく食い込み、どこへも行けそうになかった。
「私……こんなふうに連れ去られるなんて嫌。まだセリーナに会っていないのに……!」怯えながら紅い唇を噛みしめ、彼女は逃げ出す手立てを必死に考えた。
結局思いつけたのは、手立てとも呼べない手立てひとつきりだった。
言葉による脅しである。
「早く放して……!この強盗たち……!」
「知らないの……!私は貴族の親戚なのよ!私がいなくなったら、大勢の人があなたたちを調べに来るんだから……!早く放して!」
貴族の親戚という身分だけが、彼女に残された最後の頼みの綱だった。
だが、車座でカードに興じていた傭兵たちは腹を抱えて笑うばかりで、レシナにはその笑いの意味すら分からなかった。
「やっぱりお前、何も知らねえんだな」頭目の傭兵は鼻で笑い、言葉を継いだ。「おい、こいつを攫ってこいと俺たちに頼んだのが誰か、教えてやれ」
もう一人の傭兵が嘲るように笑った。「お前を攫わせたのはな、お前のあの親戚どもだよ」
「なんですって……?」虚ろな瞳が大きく見開かれ、レシナの目は信じがたいという色に染まった。
「お前が邪魔でしょうがねえんだよ。お前の親戚どもは正当でない手で地位を手に入れたもんだから、お前が自分の権利を主張しに来やしないかと、ずっと気を揉んでた。この前の祭礼節で、あの銀髪の魔法使いが舞台の上から、町じゅうが見てる前でお前に礼を言っただろう。その話がリエンリスに伝わるなり、連中はお前が厄介の種になったと考えて、財産の移転手続きが全部片付いた今のうちに、後腐れのないように帝国へ売り飛ばすことにしたのさ」
「そんな……ありえない……」彼女の声は激しく震えていた。「私はあんなものを取り戻したいなんて、少しも思っていなかった……ただ静かに暮らしたかっただけなのに……!どうして……どうしてあの人たちは私にこんなことを……!?」
「お願い……見逃して!あんなもの、欲しくなんてない……私はただ、妹と一緒に平凡に暮らしたいだけなの……!」彼女は力なく哀願した。
「はっはっはっは……!」「哀れなもんだな」「本当に何も知らねえのかよ?」彼女が懇願する様を見て、傭兵たちはまたしても遠慮なく哄笑した。他人の苦しむさまを眺めるのが楽しくてならないらしい。
「何年か前、お前の妹も、俺たちが攫って帝国で奴隷に売り飛ばしたんだぜ。今頃はどこかの農場でとっくにくたばってるかもな」
その言葉は青天の霹靂となって降りかかり、レシナの心の防壁をことごとく打ち砕いた。
「そんな……ありえない……私はちゃんとあの子の手紙を受け取っているのに……!」
頭目の傭兵は得意げに、軽い調子で続けた。「あれは全部偽物だ。お情けで真相を教えてやるよ」
「何年か前、お前の両親の馬車のブレーキを外して、崖から落としたのも俺たちだ」
「財産を相続する時は何しろ人目が多くて、手が出せなかった。だから俺たちの雇い主は留学の名目で、お前の妹を連れ出すしかなかったのさ。今じゃ絶域城の中はもう俺たちが買収済みだ。お前が攫われたことなんぞ、警察はまるで相手にしねえよ」
「泣き喚くのはやめて体力を残しとけ。何しろプランテーションに着いたら、山ほど仕事が待ってるんだからな!運が良けりゃ、貴族の家で家事をする召使い奴隷として売られるかもしれねえぞ!そうすりゃ死ぬまで酷使されずに済むってもんだ!」
「恨むなら、お前の親戚が有能すぎて、お前が役立たずすぎたことを恨むんだな。お前の両親の遺産を運用して、連中はもう上流の人間に成り上がって、権勢をほしいままにしてるんだぜ!お前さえ死ねば、爵位は合法的に連中のものになるってわけだ!」そう言い終えると、傭兵の頭はどうでもよさそうに肩をすくめた。
「嘘よ……あなたの言うことは全部嘘……!絶対に嘘をついてる!」彼女は悲鳴を上げ、全身を震わせた。この真実は、彼女には重すぎた。
それはつまり、この数年の努力がすべて簒奪され、善意も犠牲も献身も、自分からすべてを奪った者たちを肥やすだけだったということだ。そればかりか、妹を死に追いやったのは、ほかならぬ自分の盲目的な信頼だったということでもある。自らの手で妹を差し出したのは、誰でもない、彼女自身だった。
妹を地獄へ送り込んだのは、彼女自身の手だった。鞭の下で苦しんでいたとき、妹は何も知らない彼女を恨んでいたのかもしれない。
「お前を騙して何になる?最近届いた手紙だって、俺が適当な小娘を見つけて代筆させたもんだ」凄絶な悲鳴は傭兵にとって興奮剤も同然らしく、いっそう上機嫌に、いちばん最近の手紙の文面をすらすらと諳んじてみせた。
レシナの顔は灰のように色を失い、はらわたが千切れる思いだった。腹の底では、耐えがたい吐き気と悪寒が渦巻いていた。
「嫌……!私はただ、あの子に良い暮らしをしてほしかった、無事に幸せに一生を過ごしてほしかっただけなのに、どうして……!どうしてこんなことに……!どうしてなの……!?」
悲痛の涙がついに堰を切った。魂の奥底から湧き上がる哀しみをもう抑えようとはせず、彼女は感情に呑み込まれるにまかせた。涙が右目の包帯を濡らした。
「全部私のせい……!全部、私のせい……!」
絶望の中から、自分自身へ向かう狂おしい怒りが芽生えた。彼女は自分を憎んだ。自分を八つ裂きにしてやりたいほどに、生まれてこなければよかったと願うほどに憎んだ。
だがその怒りの炎は胸の内でひととき燃えただけで、やがて猛然と外へ向きを変えた。
「私はこんなに尽くしてきたのに……どうして私のせいなの……!!?」
彼女は憎悪と怨嗟に満ちたまなざしで、目の前の傭兵を睨み据えた。涙はなおも雨のように落ちつづけていた。
「全部あなたたちのせい……!あなたたちが私を騙したのよ……!」
彼女は罵れるものすべてを罵った。塞き止められた水路が水門を押し流してようやく静まるように、彼女もこのすべてを叫び出すことでしか、わずかな息継ぎを得られなかった。
「世界が私を裏切った……私の大切なものを全部奪っていった。この世界に道理なんてない……!この世界には、正義なんてどこにもない!」
何かの力が、目の前の傭兵を、この馬車を、絶域城を丸ごと、世界のすべてを……そして自分自身さえも打ち砕いてくれればいいと、彼女は渇望した。すべてを零に戻せば、もう苦しまずに済む。自分の犯した罪に、こうして狂い死にしそうなほど苛まれることもない。
「憎い……憎い……!憎くてたまらない!!」
「やっぱり真相をばらす時が一番面白いな。もう楽しみもなくなっちまった」
座ったままカードを続けていた傭兵の頭目は、興ざめした顔になった。彼女の狂わんばかりの悲鳴と絶叫も、連中にとってはただ耳障りなだけだった。うんざりした傭兵の一人が、足元の陶器の杯をつかみ、力任せに彼女へ投げつけた。
「体力を残しとけ、騒ぐなって言っただろうが?このクソ女!」
飛んできた杯は彼女の額を直撃した。耳障りな音を立てて杯が砕け散り、その衝撃でレシナはたちまち気が遠くなった。四方に飛び散った破片が、彼女の顔を切り裂いて血まみれにした。
「あ……あ……」彼女はゆっくりと力を失い、馬車の木の壁に倒れ込んだ。
身も心も焼き尽くされた彼女は、血に染まった目を閉じた。このまま二度と目覚めなければいいのに、あるいは次に目を開けたとき、すべてが夢だったと分かればいいのに、とどれほど願ったことか。だが目を閉じる前のあの苦しみはあまりに鮮明で、闇の中までついてきた。
意識を失う直前、彼女はあるかなきかの声を聞いた。天上の調べのように美しく、幻のように儚い、まるで薄絹をまとった天使が降りてきて耳元で囁いているかのような声だった。
「子よ……」
その声は、傷ついた子をあやす母親の声のように優しかった。
「哀れな子よ……」
彼女は言った。
しかし、彼女を呼んでいたのは、世界の深奥に潜むある存在だった。彼女は母ではなく、天使であったことも一度もなかった。
大通りで長いことレシナの行方を探していたフリーデは、役に立つ手がかりを何一つ得られなかった。警察署に行って尋ねても、返ってくるのは「調査中です」というおざなりな答えだけだった。
「いったい何が起きたの……」
見知らぬ土地で誰の助けも得られず、彼女は街をさまよいながら途方に暮れていた。
「そうだ、ルーンがいる……」
あちこち歩き回るうちに、彼女はふと、この町にまだ一人知り合いがいることを思い出した。ルーンの連絡先を調べようと、オーロラの事務所へ引き返した。
ところが事務所の前には、心配そうな顔の少女がひとり立っていて、しきりにあたりを見回していた。
フリーデにはそれが誰か分かった。少女のほうも、ちょうどその銀色に輝く長い髪でフリーデだと気づいたらしい。
「あなたは、あの街区の管理人の方ですよね?」
「ずっと探していたんです……銀色の髪の女の子!」少女はほっと息をつくと、駆け寄ってフリーデを人気のない静かな路地へ引っ張り込んだ。
「レシナを助けられるのはあなただけなんです……!お願いします、どうか必ず彼女を救ってください!」彼女は声を潜め、緊張した面持ちで言った。
「教えてください。何があったんですか」
「レシナは、貴族の親戚に雇われた傭兵に攫われたんです……!しかも連中は警察を買収していて、今彼女を救い出せるのはあなたしかいません!彼女は今、帝国へ向かう馬車の上にいるはずです!」尾行がないことを不安げに確かめてから、彼女は急き込んで真相を明かした。
「どういうことですか?」
「レシナの親戚が彼女の爵位を奪ったこと、まだ覚えていますよね?祭りであなたが舞台の上で言ったあの言葉は町中に聞こえていて、彼女の親戚たちもたぶん聞いていたんです。それで今、彼女を帝国へ売って、後腐れなく片付けるつもりなんです。しかも彼女の貴族の血筋にあの容姿なら、大金で売れますから……!」彼女はフリーデに事の顛末を詳しく説明した。
話を聞き終えた時点で、フリーデには自分の行くべき場所がもう分かっていた。
「では私はこれで失礼します。連中の見張りに目をつけられたら困るので」言い終えると、少女は軽く身をかがめて礼をし、足早に去っていった。
知らせを受けたフリーデは、町の出口へ向かって駆け出した。
彼女は常人離れした速さで通りを駆け抜けた。
もっと速く、もっと速く。少しでも速く、と彼女は祈った。そうすれば、それだけレシナの苦しみを減らせる。
だが、道の果てで目にしたのは、道の真ん中に停まった四輪馬車だった。
馬車の隅の隙間から液体がぽたぽたと滲み出し、地面に滴っていた。試験中の灯油車は部品の合わせが悪くてこんなふうに油を漏らすと聞くが、これは灯油車ではなく、漏れる液体が鮮やかな赤であるはずもなく、ましてや濃い鉄錆の臭いを放つはずもなかった。
骨身にしみる寒々とした風が吹き抜け、フリーデの銀髪を舞い上げた。今年最初の雪がよりによってこんなときに、しかも容赦なく降り出した。雪片は密に斜めに吹きつけ、彼女の髪や首元のマフラーにまとわりつく。馬車にたどり着く前に、その肩はもう白くなっていた。
彼女はゆっくりと馬車に近づいた。目に入ったのは首のない御者の死体と、その場に呆けたように立ち尽くす馬だった。
そして馬の前方には、質素な長いスカート姿の少女がひとり、佇んでいた。
彼女は地面を転がる球体を足で蹴っていた——それは、恐怖の表情がまだ顔に残ったままの首だった。器用な小さな足に弄ばれるたび、首はまだ流れ切っていない鮮血を辺り一面に撒き散らした。
足音に気づいて、彼女は顔を上げ、そちらを見た。
「あら、フリーデじゃありませんか」
銀髪の少女だと分かると、彼女はにこやかに挨拶した。
その清らかな笑顔は、初めて会ったときと変わらず無垢だった。
だが今の彼女は、服を鮮血に染め、手に長剣を握りしめていた。いつも右目に巻いていた包帯も消え失せ、その下にあるのはもはや淀んだ瞳孔ではなく、妖しい光を放つ真紅の眼だった。
フリーデを見ると、彼女は地面の首を一足で踏み砕いた。子供が飽きた玩具を捨てるように、あっさりと。
「レシナ……あなたなの?」
フリーデにはとても信じられなかった。か弱く非力で、白い肌の華奢な体をして、ぬいぐるみが傷んだのを見ただけでも心を痛めていたあのレシナが、今や残酷な剣を振りかざし、血まみれの骸を踏みにじっているのだ。
その手にうねる魔力が、今の彼女の並外れた実力を物語っていた——三階の魔力である。
自分の目で見て、自分の身で感じたのでなければ、フリーデには決して信じられなかっただろう。一か月あまり前にはごく普通の少女だったレシナが、今や熟練の魔法使いに匹敵する実力を持っているとは。
窺罪の眼。王座にあったあの四文字が、何の前触れもなく彼女の脳裏に浮かんだ。その眼が何を見ているのか、彼女には分からない。分かるのはただ、それがレオ・メリセノの血の中を伝わってここまで至ったこと、そしてレシナが生まれつき閉じていたその一方の眼が、今まさに開かれているということだけだった。
「どうしてこんなことになったの……レシナ……!」
「私ね……神の声を聞いたんです」レシナは控えめに微笑んだ。
「優しくて、甘くて、慈しみに満ちた声」その声のことを口にすると、彼女は思わずうっとりとした表情を浮かべた。
「声……?」
「醜くて、貪欲で、身勝手で無知な人間とは違って、彼女は本当に世界で一番完璧な存在……私に、なすべきことと、私に定められた使命を教えてくれました……それが、使徒になることなんです」
「いったい何を言っているの……?」
「あら、時間ですね」その寛いだ口調は、心地よい昼寝から目覚めて、これから午後のお茶の時間を楽しもうとする貴族の令嬢のようだった。
彼女は傍らへ顔を向けた。そこに、巨大な次元門が唐突に開いた。
その門は彼女が召喚したものではなく、別の誰かが遠くから開いたものだった。次元門の金の紋から漏れ出すエネルギーからすると、これは六階の超長距離次元門だった。
「待って……レシナ……!」フリーデは手を伸ばして引き止めようとしたが、レシナはただ静かに答えた。「それでは、さようなら」
「私たち、きっとどこかでまた会えますよね」
「敵として、ですけれど」
彼女は次元門の中へ歩み入り、門はすぐに閉じた。
後には銀髪の少女がひとり取り残され、もう何もない虚無を見つめていた。雪はますます密に降り、轍の上に、血の跡の上に、御者の首のない亡骸の上に、そして彼女の首元のマフラーの上に、何の区別もなく落ちていった。
彼女は手を上げてマフラーを押さえた。懐にしまった未開封の紙袋が、わずかに押し潰れて形を変えた。指の腹の下には、布の両面がまだそこにあった。レシナの細やかな縫い目と、彼女自身が縫った歪んだ黒い曼陀羅華。二つはミシンで一つに縫い合わされ、どちらか一面を解けば、もう一面もほどけてしまう。レシナは、これが自分の代わりに道中に付き添ってくれるのだと言った。これが残るもののすべてになるとは、言わなかった。
あの家に住みはじめた最初の夜、レシナは彼女に言い置いた。何も言わずにいなくなったりしないで、そんなことをされたらとても悲しいから、と。フリーデはその約束を守った。帰りが遅くなるときは必ず一言告げ、家を出る日にも戸口できちんと別れを告げた。何も言わずに去っていったのはかえってレシナのほうで、どんな書き置きも追いつけない扉の向こうへ歩み去ったのだ。
週末のカスタードプリン。一度も帰ってこなかった妹のために整えられた、ぬいぐるみの部屋。彼女の手を引いて、町を半周してブローチを集めて回った、あの手。彼女はかつてレシナに「私たち、また会える」と言った。さっきレシナは同じ言葉を彼女に返した。ただ一言だけ、付け加えて。
彼女は泣かなかった。この体に泣くことができるのかも定かでなく、それがある種の慈悲なのかどうかも分からない。ただ立ち尽くし、雪が道全体を一色に覆い尽くしてから、ようやくマフラーを少し引き上げると、まるで寒さが本当に自分に届くかのように、身を翻して町へ戻っていった。
「私は、彼女を助けてあげられなかったの?」
絶域城で、荷物をまとめ終えたフリーデは、次の旅路へ発とうとしていた。あの雪は途切れ途切れに数日降り続き、狭い路地の積雪はもう敷居の高さに達していた。扉の、あの断ち切られた鉄の錠を直しに来る者は誰もいなかった。
あれから数日が過ぎても、彼女はつい考えてしまう。もしあのとき自分が彼女のそばに残っていたら、すべては変わっていたのではないか?彼女があの優しく朗らかな少女のままでいられる機会が、あったのではないか?
フリーデには解せないことが、もう一つあった。
それは——いったい何の力が、彼女をあんな姿に変えたのか、ということだ。
人間の魔力は、ほとんどが日頃の瞑想の積み重ねに由来する。レシナは魔法の資質こそ悪くなかったが、もう何年も練習から遠ざかっていた。そんな彼女が突然三階の実力へ跳ね上がったのは、確かに理解しがたいことだった。
超凡がまだ衰えていなかった古代には、特殊な瞑想法や禁薬、潜在力の前借りによって、確かにわずか数日で三階へ昇級させることができた。
だがその代償は極めて高くつく。ましてや今は、そうした方法を行う条件がそもそもない。
「魔力は空気じゃないし、魂も風船じゃない。魔力を魂に急速に注ぎ込んで階級を上げながら、何の後遺症も残さない方法なんて、この世に存在しない」彼女は胸の内でそう思案した。
魂は脆く、魔力は荒々しい。発動中の魔法を無理に中断しただけでも、動員した魔力の行き場がなくなって魂を打ち、損傷を与えてしまう。ましてや魔力を魂へ乱暴に直接注ぎ込むとなれば、言うまでもない。
「でも、この世に絶対なんてない。今の条件から見れば……本当に魔力を直接注ぎ込むことで、階級の飛躍を果たしたのかもしれない」
極限の苦痛に耐えられさえすれば、急速な昇級を手に入れられる。だが、それに必要な魔力操作の能力は、伝説級の強者にしか備わっていない。
「それもありえない……今はまだ、手がかりが少なすぎる」
彼女はため息をついた。
「私はまだ、世界がこうなってしまった理由と、私の主——伝説の魔法使いアレクシオスの行方を突き止めなければならない」
取り戻した書頁には、最後の伝言が残されていた。
それは「次元裂解」を放った青年魔法使いが、魔導書に書き残した記録だった。その情報は書頁の中に残されたままになっており、フリーデが書頁を取り戻したことで、当然その内容も読み取られたのだった。
それはある計画——終末救贖者の、今後の行動方針についてのものだった。
「第二段階計画:月の潮汐を破壊し、伝説の遺宝をもって超凡衰弱の転落機を配備する」




