第十九章 残頁
戦いの終わりは唐突だったが、思えば当然の帰結でもあった。
「フリーデ……あなた……」オーロラは驚きの表情を隠せなかった。
そこでようやく、グスタフの身に痛みが走った。
「うっ……!」
戦いが終わってから、腰に毒針が刺さっていたことにようやく気づいたのだ。
傷口から毒針を抜き取ると、身を屈めて簡単な手当てをした。
「私の傷は大丈夫です……君たちは早く、毒素を栄養節点の中へ注入してきてください」
彼は空間の指輪から、人の半身ほどもある毒壺を取り出した。巨大な円柱形の節点と比べれば、爪楊枝のようにちっぽけに見える。持ってくる量を惜しんだわけではない。集会所の錬金術師が、この一壺を調合するのがやっとだったのだ。
一番近くにいたオーロラが壺を抱え上げた。
節点へ向かう途中、オーロラは好奇心を抑えきれずに尋ねた。「フリーデ……その服、どういうこと?」
「私の特殊能力」
「こんなにきれいだって知ってたら、服を買ってあげなくてもよかったのに」
節点の前まで来ると、オーロラはまず毒壺の封を開け、腕を横に薙いで、毒壺を栄養節点の肉壁へ斜めに突き立てた。
「よし……!完成!」彼女は手を叩き、両手を腰に当てて言った。
「これでいいの?」
「うん、毒素は勝手に栄養節点へ流れ込むわ。固定のことも心配いらない。栄養節点の自己治癒機能が、毒壺をがっちり挟み込んでくれるから」
「虫の森が消滅するまで、どれくらいかかるの?」
「だいたい一、二時間くらいかな?」オーロラは少し考えてから答えた。
「それなら、ここで待ちましょう」
グスタフは手持ちの巻物で「魔法使いの手」をいくつか呼び出し、それを椅子代わりにして腰を下ろした。失血がこたえているのは明らかだった。
フリーデが鎮痛と治癒の法術をいくつか掛けてやり、二人の少女はおしゃべりをしながら一時間を過ごした。
待っていると、不意に遠くから轟音が響いてきた。森全体が悲鳴を上げているかのように、虫の森が激しく揺れ始める。続いて、虫の森の林木も、それに付き従う虫たちも色が薄れはじめ、みるみるうちに生命力を失っていった。
「成功したわ!」オーロラは声を上げた。
「これで……任務完了か」グスタフは安堵の息をついた。
だがそのとき、フリーデの胸には驚きが湧き上がっていた。
虫の森が死んだその瞬間、懐かしい気配が自分を呼んでいるのを感じ取ったのだ。
「私の……残頁」
気配は奥から、無序空間のさらに奥から来ていた。
それを手に入れれば、過去の痕跡をいくらか取り戻せるに違いない。
フリーデは思わず立ち上がった。
「奥へ……調べに行きたいと思います」彼女はグスタフに言った。
グスタフは一瞬きょとんとした。そんな提案を聞くとは予想していなかったらしい。
「もちろん構いません。隊はここで虫の森の素材を集めていますから、君たちは明日の夕方までに陣営へ戻ってくれれば結構です」彼は頷いて承知した。
「あたしも行く!」オーロラがぱっと手を挙げ、フリーデを呼び止めた。
「なら、一緒に行きましょう」
二人の少女は連れ立って、虫の森の奥へと歩いていった。
道中は相変わらず、天を覆う虫の森の残骸が続いていたが、二人は何の危険にも遭わなかった。
「界蝕虫妖って、本当にこんなに簡単に片付くの?」
すでに毒素を注入したというのに、フリーデはまだ腑に落ちなかった。
「もちろん……片付かないわ」オーロラはため息をついた。「あなたって本当に鋭いのね。どうしてそう思ったの?」
「第一に、強い生き物ほど殺しにくい。第二に、虫の森の生物が狂暴化せずに一緒に消えていった。それ自体がおかしい」
「うん」彼女はため息をついた。「毒を受けた界蝕虫妖は、養分を集めるために休眠状態に入って、ゆっくり解毒してるだけなの。頃合いが来たらまた目を覚まして、虫の森をもう一度生やすのよ」
「だからあたしは今から、この虫妖の巣まで行って『無害化』処理をするってわけ」オーロラはそう言った。
「あなたは哨所で、毒素なら胚を完全に殺せると言った。地下一キロに埋まっているとも」フリーデの口調に起伏はなかったが、視線はオーロラの顔から離れなかった。
「一キロっていうのはあたしの作り話。そうすればグスタフも諦めるから。真卵はずっと孵化区にあるの。晶壁にくっついて虚空のエネルギーを吸わないと、孵らないから」オーロラは彼女の視線を避けなかった。「人を昇級させられる卵がそこにあるって知ったら、あの人はまず卵を壊すか、先にあたしを壊すわ」
「あなたは彼を騙した」
「あたしはみんなを騙したの」金髪の少女は少し申し訳なさそうな笑みを浮かべた。「今から埋め合わせても、まだ間に合う?」
フリーデは答えなかった。ただその言葉を胸に刻み、もう一つのことも刻んだ。傍らに立つオーロラは、すでに自分のために人間へ嘘をつく存在になっているのだと。
数歩進んだところで、フリーデはやはり口を開いた。「もし道中に危険があったら、私が守るから」
「危険、ね」オーロラはどうしようもないというふうに苦笑した。「今のあたしは、虫の森の怪物の大半より危険かもしれないわよ」
「こんなふうになったあたしは……まだあたしなのかな?」
自分の掌に目を落とす。と、その白く幼い腕が不意に溶けはじめ、妖しい紫の液がにじみ出た。
自分を疑う彼女に、フリーデはきっぱりと応えた。「あなたはオーロラよ……!それは間違いない。あなたにはまだ自分の意識があるし、貫いている原則だってある!あなたはあなた。それは何があっても変わらない!」
「あなたに本当に分かるの……あたしの気持ちが?」
「私も人間じゃないから」
フリーデは淡々と答えると、腰の小刀を抜き、ためらいもなく左の手首へ走らせた。
呆然と見つめるオーロラの前で、彼女は手首を切り裂いた。だが傷口からあふれたのは、オーロラが思っていたような熱い鮮血ではなく、純白の魔力の光紋だった。
小刀を腰に戻すころには、手首の傷は魔力によって見る見る塞がりつつあった。
「あなた……人間じゃないの?」オーロラは目を丸くしてフリーデを見つめた。
「道理で……道理であなたから、ほかの人間よりおいしそうな香りが……こほん、魅力的な香りがすると思った」彼女は何気ないふうを装って口を滑らせると、ぺろりと舌を出した。
「私の正体は……咫尺の書」
銀髪の少女は腰の魔導書を抜き取り、古風な表紙をオーロラに見せた。
「あなたが、昔国を一つ滅ぼしたっていう、あの魔導書なの?」
その名乗りを聞いて、オーロラは愕然とした。
オーロラの言葉で、フリーデもまた悟った。やはりウェルズの言ったとおり、国を滅ぼした張本人は自分なのだと。
「この件について、何か知っている?」
「あたしが知ってるのは、咫尺の書が昔、終末救贖者のある使徒の武器だったってことだけ。でもその人は動乱を起こしてる最中に、のちに教皇になる人に討たれて、この本は教廷の手に渡った。それからずっと旗幟大聖堂に封印されてたの」
「咫尺の書が滅ぼしたのが、虹湾王国の北にあった古共和国よ」
「あなたが古共和国を滅ぼしたの?」手がかりを得て、オーロラはそれを自分の知識とつなぎ合わせた。
「道理で……ここに巨大な空間の裂け跡があって、無序空間全体の法則がこんなに乱れてるわけね。あなたのせいだったんだ」彼女は合点がいったように言った。
伝説の魔導師が作った魔導書なら、宿る法則とエネルギーで国一つを滅ぼすことも、確かにあり得るだろう。
「私が滅ぼしたのは確かだけど……そのことを覚えていない」
「封印から目覚めたら、世界はすっかり変わってしまっていた」
「あの頃、いったい何があったのか、確かめたいの」フリーデはきっぱりと言った。
けれど短い沈黙のあと、彼女はばつが悪そうに尋ねた。「オーロラ……私を恨む?無序空間を作ったのは私だから」
それを聞いて、金髪の少女は笑った。「だって、わざとじゃないんでしょ。恨むわけないじゃない」
「それに、これはきっとずっと昔のことだもの。無序空間には数百年の歴史があるのよ。あたしにあなたを責める資格なんてないわ」
オーロラの言いたいことは、フリーデにも分かっていた。
それでも、かつて一つの国と四百万の人々を滅ぼしたという事実は、なかなか受け入れられなかった。
沈黙のうちに、少女たちはそれきり言葉を交わさず、死灰と化した虫の森の上を黙々と歩いた。
ほどなくこの残骸も朽ちて大地に還り、地面は無序空間本来の不毛の姿を取り戻すだろう。
「着いた!」オーロラが声を上げた。数時間歩き続けて、二人はついに最深部の中心へたどり着いたのだ。
栄養節点の巨大な輸送管は、ここへと通じていた。だが、目の前の光景に二人は息を呑んだ。
そこにあったのは幾筋もの空間の裂け目だった。虫の森の中に静かに浮かび、管はその裂け目を通り抜けて向こう側へと続いている。
オーロラが裂け目に探知魔法をいくつか掛けると、異常な結果が出た。
「この空間の裂け目、すごく安定してる……通行可能な転送門の係数とほとんど変わらない」
「この裂け目、界蝕虫妖が安定させているみたい」フリーデは合点がいった。胚の状態でも、次元晶壁を越えられる界蝕虫妖は、やはり並々ならぬ空間法則を手にしているのだ。
「通り抜けるしかなさそうね」
そう言うと、オーロラは栄養管に沿って裂け目へ踏み込んだ。フリーデもあとに続く。
裂け目を抜けたとたん、フリーデは異様なほど強い引力を感じた。自分の書頁が、もうすぐ目の前にあるかのようだ。
そして遠くに広がる光景は、目にした者すべてを驚嘆させるものだった。
「ここは……」オーロラが小さな声で言った。
乾ききった大地の彼方に、太古に打ち捨てられたらしい都市の廃墟がある。その上には無数の星々が明るくまたたき、果てしない漆黒が広がっていた。
「世界の果て」フリーデが呟いた。
ここが次元晶壁、世界の果てである。
数百メートルの厚さをもつ壁膜が、次元界の内と外を隔てている。虚空から迫る危険の大半は、次元晶壁の強大な湮滅の力によって消し去られ、次元界の中へ入り込めるのはごく一部の脅威にすぎない。
晶壁の外と比べれば、生命を育む次元晶壁の内側は、まさにこの世の楽園のように安定している。晶壁の外では、果てしなく何もない虚空が空間の大半を占め、数えきれない危険が潜んでいる。最もよく見られるのは聖階すら墜とす次元嵐で、何の前兆も規則性もなく現れる。この危険だらけの虚空で長距離を移動できるのは、伝説の強者だけだ。
もっとも、このとき二人が驚いたのは次元晶壁そのものではなく、それが肉眼で見えるということだった。
つまりあの裂け目は、百キロ以上の距離を一足飛びに越えさせ、二人を無序空間の終点へ運んだのだ。
「この晶壁、損傷してるみたい。ほかの部分より薄い」フリーデは胸の内で呟いた。
二人は遠くから視線を戻し、あたりを見回した。虫の森の隙間を通ってここへ来たことを、忘れたわけではない。
「ここが虫の森の核心、孵化区ね」
核心区の林木は外とは様子が違っていた。網状の絹糸が幾重にも核心を包んでいるのが、フリーデの目に映る。空気にはまだほのかな熱が残っていて、孵化区に高温が欠かせないのは明らかだった。
「虫の森の根は地下数百メートルまで伸びて養分を奪うの。奪われた場所は数十年、草一本生えない。まあ、どうせここで畑を作る人なんていないけど」オーロラは周囲の太い蔓に目をやった。蔓には細かな根毛が生えていて、界蝕虫妖はこれを使って大地の奥深くへ根を張り、手に入るものをすべて奪い取るのだ。
オーロラは核心区へ足を踏み入れたが、攻撃も妨害も一切なかった。うつむいて何かを探していたかと思うと、しゃがみ込んで土を掘り、粘つく残骸の中から小さな金の球を掘り出した。
「それ、何?」フリーデは興味深げに尋ねた。
「これが『タンポポの種』、界蝕虫妖の真卵よ。ここがあれの卵黄で、外の集熱網が卵白なの」
言い終えるなり、小さな金の球をぽんと放り上げる。金の球は空中にきれいな弧を描き、小さく開いた彼女の口へすとんと落ちた。
「はい、無害化処理完了」
金の球をごくりと飲み込み、彼女は満足げに笑った。
「これで魔力が溜まるのがずっと速くなるわ!」
「あなた……大丈夫なの?」真卵をそのまま飲み込んだのを見て、フリーデは思わず心配そうに尋ねた。
「お腹を壊す心配はいらないわ。詭妖と虫妖は同じ生態系の生き物で、昔から食ったり食われたりしてきたんだから、消化の心配なんてぜんぜんいらないの!これを食べておけば、将来聖階に昇級するとき、すごく助けになるんだから」
彼女は自信たっぷりに引き締まったお腹を叩いて、太鼓判を押すように言った。
「虫の森の危機は、本当に終わったの?」
「そうよ」オーロラは頷いた。
安心したフリーデは、遠くの都市に目を向けた。次元界の縁にあるあの都市に残頁が落ちていると、はっきり感じ取っていた。
「あの都市を調べたい。次元界が砕けてから、あそこにはもう数百年、誰も訪れていないかもしれない」
あの都市でなら求めていた情報が得られる。彼女はそう予感していた。
「あたしも見てみたい。無序空間が生まれた当時の秘密が見つかるかも!」金髪の少女は頷いて賛成した。
「一緒に行きましょう」
二人の少女は肩を並べ、崩れた壁ばかりが残る都市へと歩き出した。
「ここの次元晶壁、ほかの場所よりずっと薄いみたい。教科書にあった晶壁の標準エネルギー級数、あたしまだ覚えてるんだから!」オーロラは晶壁を遠く眺めて言った。
「晶壁はもともとここにあったものじゃないから。大地が引き裂かれたあと、次元界が自分で欠け目を塞いでできた新しい晶壁なの。傷口にできたばかりの皮膚が脆いのと同じ」フリーデは説明した。
二人は死灰と化した蔓を踏んで都市へ向かった。足元の根毛はとうに弾力を失い、踏めば粉々に砕けて、乾いた空気に細かな灰が舞う。頭上では星の光が晶壁を透かして降り注ぎ、二人の影を長く、淡く引き伸ばしていた。
「自分で塞いだ?」オーロラは壁膜をちらりと振り返った。「晶壁は生き物じゃないでしょ」
「次元界は生きている」フリーデは言った。「意識があって、不完全なところを自分で補っていくの」
「人みたいに?」オーロラはまず好奇心を覚え、驚いたのはその次だった。「教授がこれを聞いたら、その場であたしの単位を全部取り上げそう」
「意識はあっても、赤ん坊みたいにか弱いけど。それに、その意識は刺激を受けたときにしか反応を返さない。受動的な存在なの」
フリーデは、第二哨所へ向かう途中であの裂け目を補強したときの手応えを思い出した。安定化の術式を一層また一層と押し当てていったとき、何かごく淡いものが裂け目の向こうから押し返してきた。抗うというより、眠っている人が触れられて寝返りを打ったような感じだった。あのときは深く考えなかった。
彼女は少し間を置いて、付け加えた。「実は、帝国が祀っている『女神ミトラ』の主体が、次元界の意識……つまり原界の化身なの」
オーロラの足が一瞬止まった。口を開きかけたが、結局その言葉を胸の中でもう一度反芻してから、また歩き出して追いついた。
二人はまたしばらく歩いた。足元で灰が砕ける音が、沈黙を満たしていた。
「原界……?あの、魔法の原っていう原界のこと?教授から一度聞いただけなんだけど」彼女はその言葉の中でいちばん小さな一語を選んで尋ねた。
「そう。原界は、現実が記号へ抽象化された後の層で、魔法の根はそこにある。あなたが呪文を唱えるとき、火球はまず原界の中で成立して、それからこの世界に落ちてきて物を燃やすの」
オーロラは思わず自分の指先を見た。火球はいちばん慣れ親しんだ魔法なのに、虫を焼く前によそへ寄り道していたなんて、考えたこともなかった。
ひと回りして、結局彼女はあの言葉に戻ってきた。
「えっ?帝国が信仰する女神が実は次元界の意識だっていうなら……教廷が信仰する神は何なの?」
「今の人たちは……このことを知らないの?」フリーデはかすかに驚きを見せた。
彼女にまだ意識があった古代、帝国と教廷は世界の主導権をめぐって、すべてを覆すほどの戦争を繰り広げた。互いの内情は知り尽くしていたのだ。記憶の大半は失われたが、この部分だけは残っている。あまりに深く刻まれていたからだ。
「教廷が信仰しているのは、次元界をまたぐ真の神。伝説よりさらに上位の存在よ。でも帝国とその同盟はそれを一種の『植民』だとみなして、瀆聖同盟を結び、教廷の覇権に抗ったの」
「伝説より……上位?」その話は、オーロラの世界観をひっくり返した。ほかの誰かの言葉なら笑い話で済ませるところだが、伝説級魔導書が自ら語ったことなのだ。
「伝説……は、私たちのこの次元界の頂点。でも数多の次元界の中には、伝説の上の階級がある。私の主はそれを……永遠と呼んでいた」
「教廷の信仰する神は、永遠と同級の存在。話によると、その神はいくつもの次元界で信仰を広め、単一の次元界の神という範疇をすでに超えて、多次元界級の存在になったそう」
オーロラは言葉を継がなかった。顔を上げ、晶壁の外の、空気さえない闇を、長いこと見つめていた。
「じゃあ、あたしは何なの?」彼女は突然尋ねた。「詭妖はあっちから来た。あなたの言うその階段の上で、あたしたちはどの段にいるの?」
「分からない」フリーデは正直に言った。「私が覚えているのは帝国と教廷だけ。あなたたちの種類は、私の記憶の中に名前がない」
「名前すらないんだ」オーロラは笑った。「まあいいわ。名前のないものは、どういう姿であるべきかなんて、誰にも決められてないもの」
口調は軽やかだったが、足取りまでは軽くならなかった。
話しているうちに、最初の水晶柱が前方に現れていた。
巨大な水晶柱が、一キロおきに都市の外周を取り囲んでいる。だがどれも今は光を失ってくすみ、機能はすべて失われていた。
「これは虚牆建立器。戦時には、上に人が立てる実体化した黒い壁を立ち上げて、転移を防いだり、魔力を都市に集めて敵に使わせないようにしたりできるの」フリーデは説明した。
「すごそうに聞こえるけど、王都にだってこんな防御兵器はないわ」オーロラは興味深そうに何度か眺めた。
「これは六階の魔法使いでないと鍛造できないから。今の国には、六階の強者を雇ってこういうものを作らせる資源がない」
「それもそうね。上古の技術はとっくに失われてるのかもしれないし」オーロラはため息をついた。超凡衰弱がもたらした技術の断絶は、今なお世界中に深く影響している。
廃墟の中へ入ると、見渡す限り残骸ばかりだった。家屋や建物が街路に倒れ込み、平らだった石畳は今やでこぼこで、地面にはぼろぼろの衣をまとった白骨さえ転がっていた。
「ここの建物、蓄能煉瓦でできてる。なんて贅沢なの」オーロラは両側の建物を見て、思わず感嘆した。
この煉瓦で建てられた家屋は、昼の熱を吸収して夜に放出し、室内を快適で一定の温度に保つうえ、遮音性もきわめて高い。現代では貴族の屋敷でしか見られないものだ。
「この人たちは次元嵐で死んだの」フリーデは死体を一瞥し、遺骸に残るエネルギーの痕跡から死因を見分けた。
ほかに値打ちのあるものはなさそうだと見て、フリーデは目を閉じ、自分の欠けた部分を探った。
「奥で……欠けた私が、私を呼んでいる」
彼女はさらに奥へと歩を進めた。
倒れた家屋を越えると、目の前に広場が現れた。
あるいは、かつて広場だったもの、と言うべきか。
広場には身の毛もよだつほどの骸骨が散らばり、通り抜けようにも足の踏み場がほとんどなかった。縁のあたりには、屋台の骨組みらしき残骸がかろうじて見て取れた。
「こんなに死体があったら、死霊魔法の楽園ね」オーロラは怖がる様子もなかった。
「この人たち、ここに集まって何をしていたんだろう」フリーデは考え込んだ。
災いが訪れる前、人々が何かのために広場へ集まっていたのは明らかだった。そして災いが降りかかったとき、次元嵐の余波が彼らの命を一瞬で奪ったのだ。
広場の真ん中に、倒れた彫像があった。上半身は砕けて地に落ち、魔法使いのローブの裾と両足だけが台座の上に立っている。
「あの彫像を見に行きましょう」この彫像が何者を象ったものか、それがきわめて重要だと、フリーデは漠然と感じていた。
二人は遺骸をまたいで彫像の前まで来ると、その後ろに転がった頭部を見つけた。
片眼鏡をかけ、高いとんがり帽子をかぶった少年の顔だった。
「これは誰?アレクシオス?」オーロラはとっさに推測した。古代の彫像に祀られる相手として最もありそうなのは、世界で唯一の伝説の魔導師に決まっている。
「違う」
フリーデはこの顔に見覚えがあったが、誰なのかが思い出せなかった。
オーロラはますます興味をそそられた。フリーデが違うと言うなら、アレクシオスではないのだろう。では、広場の中央に立てて記念されるのは、いったいどれほど偉大な人物なのか。
「じゃあ、誰なの?」
「分からない」フリーデは正直に答えた。
オーロラはすぐにあたりを調べ、彫像の台座の下に文字を見つけた。
「見て……!フリーデ、ここに字があるわ」
それを聞いて銀髪の少女は近寄り、刻まれた文字をゆっくりと読み上げた。「我は律なり、我は実なり。我は潜みし規則の浮かぶ面にして、万物をして天賦の理に従わしめ、矩を逾ゆる者をして罰を受けしめ、均衡をして寰宇の間に在らしむ」
讃えられている者の名はすでに損なわれていたが、これが彼への頌詞であることは明らかだった。
「こんな文、聞いたこともない」オーロラは言った。
「私もまだ思い出せない」
「でも彫像が立てられるってことは、古代共和国にとってすごく重要な人物だったんでしょうね」
二人はさらに奥へ進んだ。
「私、この文章の意味が分かるなんて……」フリーデはそこで初めて、自分がかつてこの古代語を身につけていたことに気づいた。昔はこれに通じていたに違いない。
そしてついに、二人は次元晶壁のそばまでたどり着いた。
「遠くから見たときより薄い」フリーデは晶壁を見つめて呟いた。
「だから邪妖も虫の森も入ってこられたのね」オーロラは今度は理由を尋ねなかった。もう分かっていたからだ。
「じゃあ、これからも別のものが入ってくるの?」
「界外のものが入りたがる限り、次は必ず来る」
「それは最悪ね」オーロラはため息をついた。
彼女は晶壁の外に目をやった。数百メートル先はもう、何一つない虚空である。空気さえ存在しない、死んだように静かな場所だ。
そこには限りない深さと果てのない境界があり、それは同時に、尽きることのない危険と未知の存在を意味していた。
「心配しても仕方ない……」フリーデはため息をついた。
二人はさらに進んだ。目指すのは、次元晶壁のそばにある白い行政庁である。
この白い建物は数本の白い柱に支えられ、外観こそ華麗だったが、歳月に蝕まれて今ではすっかり荒れ果てていた。
もっとも、二人の行く手を阻んだのは、白い建物の前に口を開けた、底の見えない巨大な裂け目だった。いちばん狭いところでも二十メートル余りの幅があり、大地の傷跡のように空間を引き裂いている。下は底なしの奈落ではないかと疑いたくなるほどだ。
「エネルギーの残留から見て、これは次元嵐が引き裂いた跡」フリーデは裂け目の由来を見て取った。
「街の外まで続いてるわ。どうする?回り道する?」オーロラは尋ねた。
「転移すればいい」損傷した次元晶壁のそばでは、空間規則の乱れが転送門を不安定にするが、この程度なら彼女にとって造作もない。
転送門を開くと、二人は裂け目をひとまたぎにして、白い建物の門前に降り立った。
建物に入ってまず目に入ったのは、古びた彫像がずらりと並ぶ謁見の間だった。重い鎧をまとった騎士もいれば、ローブを羽織った魔法使いもいる。謁見の間の屋根はすでに崩れていたが、無序空間には雨が降らないため、彫像はかなりきれいに残っていた。
そして広間の最も奥には、高く据えられた王座があった。その上方には、貴金属で象られた文字が嵌め込まれている。
「智識……集いし所、南部辺境城、城主、『窺罪の眼』レオ・メリセノ」フリーデは文字を見ながら呟いた。
「メリセノ……それ、レシナの姓じゃない?」オーロラはふと思い出した。
「やっぱりレシナの先祖みたい。家にあるあの剣は先祖が戦場で使ったものだって言っていたし、姓もちょうど合う」フリーデは記憶をたどって言った。
「『窺罪の眼』はレシナの先祖の称号でしょうね。先祖は聖階の強者だったみたい」オーロラは付け加えた。
フリーデは王座の前方に目を向けた。
咫尺の書の残頁は、王座の前の階段の上に落ちていた。崩れた天井の下で、あたりを照らすほどの淡い輝きを放っている。
彼女は歩み寄り、その欠けた書頁を拾い上げると、腰に提げた魔導書を外した。
白く幼い指で適当な頁を開き、拾った書頁をそっと挟み込む。
刹那、背表紙から、まるで生命を持つかのような魔力の糸が何本も伸びた。糸は光を放つ書頁につながり、続いてゆっくりと引き寄せ、それを本の一部として完璧に貼り合わせた。
ほんの一瞬、フリーデの目の前にある光景がよぎった。
シャツに長ズボン、華麗なマントを羽織り、魔法の帽子をかぶった青年だった。彼はのんきな笑みを浮かべ、魔法で天へ飛び上がる。続いて、手にした魔導書から一筋の銀の線が放たれ、地上の魔法装置を正確に指した。それを終えると、彼は転送門を開いて遠くへ逃げ去り、地面から飛び上がって追おうとした魔法使いたちは、たちまち目標を見失った。
直後、天を衝く大波と呼ぶべき恐るべきエネルギーの波動が爆発し、感知範囲内のすべてを呑み込んだ。
この書頁は、彼が超階燃焼の際に放った魔法から来たものだった。
「九階魔法……次元裂解」フリーデは過去の記憶から身を引き戻し、自分が今何を見たのかを悟った。
あの青年が着ていたのは、まさに終末救贖者の衣装だった。
「アラリック」彼女はその名を低く口にした。ウェルズの残した手稿に彼のことが書かれていた。終末救贖者の使徒、「馭界者」、のちに教国の東で、後の教皇の手にかかって死んだ、と。手稿にあったのは名前だけだった。それが今、顔を得た。天へ飛び上がるときですら、のんきな笑みを浮かべていた顔を。
彼女は「次元裂解」の効果も思い出した。九階魔法の威力は当然恐ろしく、極端なやり方で空間を破壊できる。
とはいえ、この魔法そのものは、一つの国を丸ごと世界から引き裂けるほど強くはない。
天地を覆すほどの威力が生じたのは、次元裂解が影響を及ぼした対象そのものが巨大なエネルギーを内包していたからかもしれない。そこに、稼働中の大型魔導術式を破壊し、術式のエネルギーを激化させて即座に爆発させることが加われば、確かに一国を丸ごと次元界から無理やり引き裂くこともあり得る。
フリーデは当時の事件の経緯をおおよそ把握した。そして書頁から取り戻したものの中には、かつての彼女の記憶もあった。
「智識集いし所……いいえ、これは本当の名前じゃない。古代共和国の真の名は……知識集苑」
「知識集苑?」オーロラにとっては、ほとんど初めて聞く名前だった。
フリーデは頷いた。
「学術研究に専念する魔法共和国。あなたが授業で聞いたことに間違いはない。ここは実力加重制度を採っていて、魔法と学術の等級が高い人ほど政治的な影響力が大きく、投票で国の指導者を決めていた」
「帝国が瀆聖同盟を結び、私の主を筆頭に遠征軍を組織したとき、『御衡者』がここに降臨した。彼は人智を超えた魔法の力で四方の学者を集め、知識集苑を開き、国主として奉られて、この共和国を率いて瀆聖の戦いを戦った。あの広場の彫像は……彼を記念して建てられたもの」
「国主として奉られた?その人も伝説の魔導師なの?」オーロラはやや面食らった。
「いいえ、彼は巓峰聖階にすぎない」
「でも彼は『人間ではなかった』。上界からこの次元界に降臨した高次元生物なの。人々は彼の種族の名で、彼を『御衡者』と名づけた」
話を聞いて、オーロラはすっかり仰天した。
「高……次元生物?それって理論の中にしか存在しないものじゃないの?」
「私たちも最初はそう推測していた。御衡者が私たちの前に降臨するまでは。彼はいくつもの宇宙の神秘を示し、降臨した目的を語った」
「降臨した目的って何?」オーロラは興味津々に問いを重ねた。
「教廷を打ち破り、平衡を定め、平衡の破壊者を消し去るため」
話し終えると同時に、フリーデは書頁の情報の解析も終えていた。
その中には意外にも、終末救贖者に関する情報もいくらか含まれていた。
同時に、書頁に秘められたエネルギーによって、フリーデの使える魔力も急増した。瞬く間に、凡人には越えがたい階級の壁を、フリーデはやすやすと突破した。
「フリーデ……あなた、今、四階になったの?」
気配の変化を感じ取り、オーロラは驚きの声を上げた。
「正確に言えば、四階の水準の力を使えるようになった、ということ」フリーデは答えた。
「魔導書である私は、人間のように瞑想で魔力を溜めることはできない。これまで損なわれていた機能では、三階の実力しか発揮できなかった。今、砕けた部分を取り戻したから、当然、私の上限も上がった」
「あなたの本来の機能って……伝説魔法よね?」そこに思い至って、オーロラは驚いて口を覆った。
フリーデは頷いた。
魔導書の強みは、自ら術を放ち、自ら魔力を蓄え、魔力を共有できることにある。魔導書の補助のもとでは、使用者は戦いの中で分身が一つ増えたも同然で、二人で一人に当たれる。そこに秘められた知識は、さらに使用者を強化することさえできる。
だからこそ魔導書は、世の人々がこぞって追い求めるのである。




