第十八章 深部への猛攻
「すごい……」「あんな戦い方があるなんて」隊員たちの囁きが、フリーデの背後から聞こえてきた。
第四隊の参戦で戦局は安定し、部隊はさらに奥へと押し進んだ。
だが早々に動いたぶん、最後の五キロはなおさら険しい道のりになるはずだった。
二十キロ地点までは、死傷者もまだ許容できる範囲に収まっていた。
グスタフには分かっていた。精鋭を早々に消耗した以上、この先また何か異変が起きれば、もう対処する余力は残っていない。
「お前たちはここまでだ。直ちに負傷者を連れて後退せよ!」グスタフは振り返って叫んだ。
行く手に現れる護林人はすでに二階の戦闘力を備えており、物陰という物陰から襲いかかってくる毒虫は、とても防ぎきれるものではなかった。
突進を援護していた第一隊と第三隊が後退を始めた。ここから先の道を行くのは、第四隊の六人だけである。
小隊が退いていくあいだ、第四隊の魔法使いも全力で術を振るって中級火元素を三体召喚し、オーロラは一同に増幅魔法と「毒発遅延」を掛けていった。
術を掛け終えるや、部隊は全速力で前へと突き進んだ。
グスタフとフリーデが前鋒を務め、残る二人の持魔者が両翼を固める。守るべき大部隊がいなくなったことで、進む速さは格段に上がった。「増速致勝」の効果に加え、魔力で鍛えられた体なら、常人の三倍の速さで駆けることさえ造作もない。さらにグスタフは奥の手を切った。巻物で効果の長い範囲型の「英雄気概」を発動し、隊全員の戦闘能力と意志を大きく引き上げたのだ。
今や彼らを阻めるものといえば、当然ながら戦場の虫の群れくらいしかない。
疾走が巻き起こす風がフリーデの銀色に輝く長い髪をなびかせ、軽やかな足取りが地面にくっきりと靴跡を刻んでいく。振るう剣は片時も止まらず、まるで身の周りに刃の領域が生まれたかのようだった。そこへ踏み込んだ虫は、一匹残らず容赦なく斬り捨てられた。
「あと五キロ……この速さなら、十数分」
速度を見積もるあいだにも、左から飛びかかってきた巨大な蚊が、彼女の剣に断ち切られていた。次の瞬間にはもう数歩先へ駆け抜けている。そこへ林の中からムカデが襲いかかってきたが、彼女はかまわず左へ滑るように踏み込み、すれ違いざまにその胴を両断した。
さらに数歩駆けると、膨れ上がった嚢がいくつも行く手を塞いでいた。軽く跳び越えて粘つく地面に降り立った途端、傍らの森から護林人が一体飛び出し、頭上から彼女めがけて鋭く突き下ろしてきた。
「三階の護林人……」
相手の気配が外縁の個体よりはるかに強いのを、彼女は肌で感じていた。着地した足でそのまま前へ踏み込み、型どおりの剣の足さばきで、魔力を凝らした刃を振るう。
鋭い切っ先の前に、強靭な虫の甲殻は紙切れ同然に崩れ去った。両断された残骸は疾走するフリーデの後方へたちまち置き去りにされ、後続の隊員たちは慌てて左右に身をかわして死骸を避けた。
三階が出てきたとなると、栄養節点を守っているものはおそらくもっと手強いだろう。剣を振るいながら、フリーデはそう考えた。
この部隊には、すでに一国の総力が注ぎ込まれている。グスタフはひそかに覚悟を決めていた。たとえ命と引き換えにしてでも、この最大の禍根をここで断つ。しくじれば、待っているのはオーロラの語った世界の終末だけだ。
栄養節点への進攻も、順風満帆とはいかなかった。持魔者の一人が護林人の放った毒針に腕を刺され、思わず苦痛の声を上げた。
「傷はどうだ?」グスタフが手を上げると、隊は足を止め、周囲を警戒した。
幸い、無理に押し進みさえしなければ、縄張り意識があるらしいこの虫たちが自分から襲ってくることはなかった。
オーロラがその持魔者の様子をうかがうと、傷口の周りにうっすらと黒い斑点が浮かんでいた。「毒発遅延」の効果がなければ、毒はとっくに腕全体へ回っていただろう。
「ひどい毒だ……傷口の感覚がない……なのに、火で焼かれるみたいに痛む」負傷した持魔者は歯を食いしばり、顔をしかめて言った。
「毒はまだ深くない……あたしが何とかできるわ」オーロラはグスタフを見た。「でも、皆さんには目を閉じていてほしいの。この魔法、使うと強い光が出るから」
グスタフはすぐに意を汲んで頷いた。「彼女の言うとおりにしろ。目を閉じよ」
そう言うと、彼は真っ先に目を閉じた。それを見て、フリーデ以外の者たちもおとなしく目をつむった。
オーロラは手を伸ばし、負傷者の患部にそっと触れた。触れた瞬間、その指先がゆっくりと溶け、蛍光の紫の本体へと戻っていく。粘液はあらゆる隙間に入り込む水銀のようにじわじわと染み込み、皮膚の下へ達すると、彼女は自らの液体で毒素を一滴残らず吸い出した。
オーロラが粘液を引き戻すのに合わせて、フリーデは強光術を一つ放ち、先ほどの彼女の説明と辻褄を合わせた。
一同が目を開けると、持魔者は案の定、体の毒素が「浄化」されているのに気づいた。
「前進を続ける」危機が去ったのを見届け、グスタフは再び隊を進ませた。
「毒素って、あなたの体には害にならないの?」一部始終を見ていたフリーデが、隊列に戻りながらそっと尋ねた。
「あたしのことは心配しないで。美少女の自浄能力って、すっごく高いんだから」オーロラは笑った。
「美少女っていう肩書き……あなた、変な設定を詰め込みすぎじゃない?」フリーデは思わず突っ込んだ。
「美少女はね、人を信じる純真さを忘れちゃいけないの!もう、フリーデったら、美少女失格よ」彼女は両手を腰に当ててそう断じた。
「その肩書き、遅かれ早かれあなたに壊されるわね」
図星を突かれたオーロラは、可愛らしく舌を出した。
それからの数分間は順調そのもので、取るに足らないかすり傷をいくつか負った程度で、隊はついに栄養節点の前にたどり着いた。
それは円柱状に盛り上がった肉壁で、ひどく強靭な皮膚でできていた。
だがそこに立ちはだかり、彼らを待ち構えていたのが、節点の番人だった。
四階の気配を放つ護林人が二体と、奇怪な姿をした毒虫が数匹。護林人の背丈は優に五メートルはあり、十メートルを超えるこの森の中でさえ、異様なほど巨大に映った。
「君たちは私を援護してくれ。残りの者は周囲の毒虫を掃討せよ」グスタフは二人の少女に命じた。ここまでの道中、彼は皆の戦いぶりをつぶさに見てきた。フリーデの戦力は同階の者を大きく上回り、オーロラは経験こそ浅いものの、四階の魔力という下地がある。
人間の侵入に気づいた巨大蜂が鋭い鳴き声を上げ、毒虫たちをけしかけた。まず押し寄せてきたのは毒蚊の大群だ。命令を受けた魔法使いが灼熱の炎の波を放って群れを呑み込むと、焦げ臭い蚊の死骸がばらばらと地面に降り注いだ。
魔法使いの傍らでは、持魔者たちが厄介な毒虫に剣を振るい、自らを盾にして術者に攻撃の機会を作り出す。まさに教科書どおりの見事な連携だった。だが尽きることのない虫の群れを相手にしていては、いずれ魔力が底を突くおそれもあった。
オーロラの杖が、一足先に二体の巨大蜂へ向けられた。灰色に濁った光の暈がその翅の付け根にまとわりつく。四階の魔力で編まれた呪詛で、掛けられた者はあらゆる動作が半拍ずつ遅れるのだ。
そして最前列では、すでに増幅を受けたグスタフとフリーデが、左右に分かれて二体の護林人へ突進していった。
「四階か」フリーデは眉一つ動かさず、巨大な蜂の怪物を迎え撃つ。かつてこれをはるかに凌ぐ鷲魔と渡り合った彼女にとって、この程度は手慣れたものだった。
巨大蜂が翅を広げ、無数の毒針を放つと同時に、灰色の粒子でできた毒霧を撒き散らす。遠距離からのその攻撃に、彼女は長剣を振り上げ、「斜斬」の一撃で剣風を巻き起こして、飛来する毒針をすべて吹き散らした。
「精神毒素だ……気をつけろ!」傍らのグスタフが声を飛ばす。だが魔力で構成された彼女にとって、この程度の毒は脅威でもなんでもない。素早く巨大蜂の脇へ踏み込むと、跳び上がりざまに銀光のごとく刃を走らせる。たちまち鮮血が噴き上がった。
四階の巨大蜂が、なんと一撃で前肢を一本斬り落とされたのだ。
我に返った巨大蜂が、肢を振り回してフリーデに突きかかる。だが彼女の幻のような身体は地に降りることなく、白兎のように肉質の林木の上を軽やかに跳ね渡っていく。この林木はきわめて強靭で、火に弱いことを除けばほとんど弱点がない。ならばと、彼女はそれを足場にして勢いをつけながら進んだ。
三度続けて跳躍し、三度の追撃をすべて置き去りにする。それどころか戦いのさなかに隙を見出し、反転して突きを放つと、林木に引っかかって抜けずにいた前肢をもう一本斬り落とした。
傷ついた巨大蜂は凄まじい悲鳴を上げた。かと思うと、不意に翅を広げて空へ舞い上がり、林木の覆いを突き抜けていく。
「急降下で攻撃するつもり?」
毒虫に逃げるだけの知能はない。わざわざ距離を取る理由はただ一つ——より致命的な攻撃を仕掛けるためだ。
フリーデは毒蜂の狙いを見抜いていた。林木の枝葉が視界を遮り、巨大蜂がどこを狙っているのか見当がつけにくい。不意に、空気を裂く鋭い音が響いた。あの巨大な毒蜂が、尾の毒針そのものを武器に、フリーデめがけて急降下してきたのだ!
刹那、林の葉をかき分けて迫る毒蜂の姿が、見上げるフリーデの金色に輝く瞳に映り込んだ。次の瞬間、巨大蜂は地面へ激突し、巨大な深い穴を穿った。
そのときにはもう、身を翻して跳び退いたフリーデの姿は落下点の後方にあった。吹き荒れる暴風が銀髪を巻き上げ、乱れた銀糸が風の中に咲く花びらのように舞い散る。
毒蜂は速度と重力を味方につけていたが、オーロラの掛けた呪詛の法術もしっかりと効いており、フリーデには反応する時間が十分にあった。
一撃は外れ、護林人の毒針は穴の底深くに突き刺さって、すぐには抜けそうにない。
まだ全力すら出していないというのに、彼女はすでに毒蜂を追い詰めていた。今や毒蜂は、身動きの取れない生きた的にすぎない。
長剣を構えて魔力を集め、一撃で毒蜂を仕留めるべく力を溜める。
行く手を阻む幾本もの肢を巧みにかいくぐり、彼女は高々と跳び上がった。
ほぼ同時に、グスタフも剣を振るってもう一体の毒蜂の翅を斬り落としていた。傷ついた毒蜂が墜ちかけたところへ駆け込み、空中でその胴を真っ二つに斬り裂く。
フリーデの長剣も、まさに巨大蜂の首を斬り落とそうとしていた。
しかし、異変が起きた。
突如として、目の前の敵から強烈な気配が噴き上がった。
「ガキン!」
巨大蜂は信じがたい速さで肢を体の前に掲げ、甲殻でこの斬撃を真っ向から受け止めたのだ。一寸も食い込めない刃が、金属同士を打ち合わせたような甲高い音を立てる。
「!?」斬り伏せられなかったことに、フリーデは珍しく驚きを露わにした。彼女の読みでは、この一撃で敵を一刀両断にできるはずだった。
傍らのオーロラも呆然としていた。
だが虫に感情などない。二人の顔から驚きが消えるより早く、巨大蜂は残る四本の肢に一気に力を込め、フリーデを猛然と振り飛ばした。
空中で踏ん張りの利かないフリーデはそのまま激しく弾き飛ばされ、その勢いは一陣の突風を巻き起こすほどだった。驚きつつも空中で素早く体勢を立て直し、膠質の林木にどうにか足をつける。着地の衝撃で、足元には深い穴が穿たれた。
「損傷……したの?」体内の魔力の巡りが滞っているのに気づき、彼女はすぐさま自らを修復した。
並の三階の持魔者なら、激しい衝撃による震盪で内臓が破裂し、重い脳震盪を起こしていてもおかしくない。
「フリーデ……大丈夫?」オーロラが驚きの声を上げた。
「この怪物……五階に昇級しただと……?」グスタフは眉間に深い皺を寄せ、フリーデを振り飛ばした巨大蜂を睨み据えた。仲間が死んだのを境に、その気配は一気に五階の域まで跳ね上がっていたのだ。
「うん、私のことは心配しないで」フリーデは身軽に飛び降りると、ついでとばかりに剣を振るい、無謀にも襲いかかってきた虫を数匹片付けた。
二人の戦いを援護していた三人の隊員は、増援になりそうな虫の群れをあらかた片付けていたものの、その魔力もすでに底を突いていた。
毒蜂が翅を広げると、先ほどよりはるかに広い範囲に、豪雨のような毒針が地上の六人めがけて降り注いだ。
先ほどよりも速さを増した毒針はかわしづらく、長い戦いで疲弊した一同にはなおさら厳しい。
「……諦めるしかないのか?」
次の攻撃が来れば、死傷者が出かねない。グスタフは誰よりも先に毒蜂へと跳びかかり、剣を振るいながら、頭の中で利害を秤にかけていた。
「……いや!」彼は歯を食いしばった。「今日、何としても……虫の森を片付けねばならん!」
彼の突撃に対し、毒蜂は四本の肢で迎え撃ち、途切れることのない攻撃が潮のように押し寄せる。
グスタフは降り注ぐ攻撃の合間を縫い、紙一重でかわし続けた。やがて後方からオーロラの火球が飛来し、鎌状の肢を一本弾き返す。その隙に、彼はようやく命令を下した。
「カペリオ以外の者は、退け……!」
三階と五階では丸々二つも位階が離れており、わずかな油断が毒蜂の手による死に直結する。いま辛うじて渡り合えるのは、四階のグスタフとオーロラだけだった。
命令を受けた三人はすぐさま退いたが、フリーデはその場を離れなかった。
「五階か」
以前五階の敵と戦ったとき、ウェルズと肩を並べたあの場面が脳裏によみがえる。
多彩な能力を操る五階の強者でさえ、彼女の剣の前に敗れ去った。目の前の毒蜂など、せいぜい「飛べる」という強みが一つ増えた程度にすぎない。
魔力の旋風が巻き起こってフリーデの周りを渦巻き、目も眩むようなその容姿をいっそう際立たせた。
「この程度の敵に、私が退くことはない」
銀白のロングブーツが踏み出す。粘つく泥の上にありながら、塵一つ付いていない。金の縁取りが施された銀のドレスは、薄暗い虫の森の中で朝日のように眩く輝いていた。すらりと伸びた手は目を離せないほど白く、だがそこに握られているのは、人の命を奪う無情な刃だった。
「律令解放……!」
その柔らかな声に応えるように、無数の鎖が再び虚空に浮かび上がった。
鎖は空間の門から核となる錠を引き出し、彼女はその錠に軽く触れて、許可を与えた。
腰の咫尺の書がひとりでに開き、最後の一枚の超導書頁が音もなく燃え尽きて、一筋の金色の灰と化した。
「これぞ咫尺の権能——『泯滅光紋』」
銀髪をなびかせた剣姫が、金色にきらめく魔法陣を召喚する。この世のものとは思えぬほど美しいその光景は、目にした者の心に深く焼きつくに違いなかった。
長剣が薄く輝く紫の霞をまとい、彼女は続けざまに地を蹴って、電光のごとく躍り出た。
この瞬間、戦いの勝利は約束された。
長剣が振り抜かれ、流星のごとく凄絶で美しい墜撃が、再び地上に降り立った。
五階の毒蜂は、こうしてフリーデの一剣のもとに斬り伏せられた。




