↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空間魔導書と少年魔法使い  作者: atu78963254
絶域城の旅編
53/91

第十四章 消灯

話を終えると、少女たちは管理所を後にした。出がけに、老人から自分たちに割り当てられた部屋を聞いておいた。


古びた真鍮の鍵が鍵穴で「カチリ」と回り、宿舎二階の突き当たりにある部屋の扉が押し開けられた。


部屋は広いとは言えなかった。飾り気のない白いシーツを敷いたシングルベッドが二台、壁際に並び、窓の下には厚く埃をかぶった木の書き物机が置かれている。粗末ではあるが、砂嵐と魔物の間で丸一日もがき続けた少女たちにとっては、得がたい安息の港だった。


「ふう、やっと横になれる」オーロラは重い杖をベッドの脇に立てかけ、なりふり構わずマットレスの上に身を投げ出して、満足そうなため息を漏らした。


フリーデは静かに窓辺に立ち、カーテンの端を少しだけめくって、薄暗く魔力の乱れた外の空を眺めていた。


「第二哨所はね、『空間法則』を感得するのに最適の場所なんだから」オーロラは寝返りを打ち、顔を横に向けてフリーデを見た。金色の長い髪がシーツの上に広がる。「ここの魔力濃度もかなりいいし、今夜瞑想してみたらどう?思いがけない収穫があるかもよ」


フリーデが振り向くと、柔らかな光が、人形のように精緻な横顔の輪郭を浮かび上がらせた。


咫尺の書の化身である彼女の体内には、紋様の一筋一筋にまで、あの伝説の魔法使いが遺した空間法則が刻み込まれている。この程度の魔力の波動など、彼女にとっては湖面に立つささやかな波紋にすぎず、ここに百年座り続けたところで少しも進歩しない。そもそも魔導書の魔力上限は決まっていて、人間のように瞑想で積み上げることはできないのだ。


「私に瞑想は必要ない」


「はいはい、すごいのは分かってるって」オーロラは親友の淡々とした顔の裏にある思いを見透かしたのか、おどけて舌を出した。かと思うと急にベッドから跳ね起き、いそいそと背嚢を漁り始めた。


「お風呂に入ろう、フリーデ!お湯は哨所で最高の贅沢品なんだから」


フリーデの体は汗をかかず、脂も浮かず、食事も排泄も必要としない。だが人の中で「人間」としての身分を保つため、普段から人間と同じ生活リズムで暮らしている。きらきらと輝くオーロラの瞳を見て、フリーデは頷いた。


宿舎に付属した小さな浴室には湯気が立ち込めていた。壁のタイルはところどころひび割れていたが、魔導配管の熱で、狭い浴室はすぐに暖まった。


オーロラは手早く、埃のついた上着を脱ぎ落とした。


湯気にあてられた白い肌がうっすらと桜色に染まり、豊かな胸の膨らみが動きに合わせて小さく揺れる。オーロラは気にする様子もなく振り返ると、まだ戸口に立っているフリーデに、いたずらっぽく眉を上げてみせた。


「早くってば、お湯加減ちょうどいいよ」


フリーデは黙って胸元のリボンを解いた。銀色の長い髪が背筋に沿って滑り落ち、細い腰を覆う。二人入るのがやっとの小さな浴槽に足を踏み入れ、オーロラの向かいに腰を下ろした。


水面には、オーロラが背嚢から引っ張り出したドライフラワーの花びらが幾枚か浮かび、ラベンダーがほのかに香った。


「へへっ、やっぱり二人で浸かるほうが温かいね」オーロラはフリーデのほうへ身を寄せた。水滴が首筋を伝い、鎖骨のくぼみに流れ込む。手を伸ばし、指先でそっとフリーデの腕をなぞった。その肌は上等な絹のようにきめ細かく、それでいて人間らしからぬひんやりとした感触があった。


フリーデは俯いて、湯の中の自分の膝を見つめていた。オーロラが近づくと、二人の太腿が湯の中でどうしても触れ合ってしまう。柔らかく温かなその感触が、少し気恥ずかしい。誰かと一緒に風呂に入るのは、これが初めてだった。


「フリーデの髪って、いつ見てもほんとにきれいだなあ」オーロラは銀髪を一房すくい上げて鼻先に寄せ、うっとりとした目でため息まじりに言った。それから急に興が乗ったのか、脇にあったスポンジを掴んできめ細かな泡を立て、フリーデの肩に乗せた。


「ほら、背中を流してあげる!」


フリーデの返事を待たずに、オーロラはもう膝立ちになり、彼女の体をそっと後ろへ向かせていた。泡をまとった柔らかな手のひらが、銀髪の少女の滑らかな背中で円を描く。


「痩せすぎだよ、フリーデ。もっとお肉を食べたほうがいいよ」オーロラの声は、狭い浴室の中で少し反響していた。


フリーデは、温かな手のひらが自分の肩のあたりを揉みほぐすのを感じていた。


人間の手は、彼女の体とはまるで違う。オーロラの手のひらには薄いたこがあった。長年杖を握ってきたためにできたものだ。その触れ方に、フリーデはわずかに背筋を伸ばした。言いようのない感覚が広がっていく。


「オーロラ」フリーデが小さく呼んだ。


「ん?」オーロラは手を止め、そのまま顎をフリーデの肩に乗せた。濡れた金髪が彼女の首筋に貼りつき、吐息の熱が耳元にかかる。


「あなた……食べる量が増えた」フリーデは観察した事実を淡々と述べた。


オーロラは一瞬固まり、それから笑ってごまかした。「えー、だって戦闘って大変なんだもん。お腹が空いてたら、頭が回らないでしょ」


オーロラは身を起こし、手桶で湯をすくってフリーデの背中にかけた。泡が流れ落ちるその一瞬、深い青の瞳にふっと翳りがよぎった。本人さえまだ気づいていない焦燥だった。


その時、異変が起きた。


「ジジッ——」


魔導配管から供給を受ける頭上の魔法灯が、不意に何度か瞬いた。かすかなジジッという音とともに、浴室が闇に沈む。


フリーデは警戒して顔を上げた。


「配管が壊れたのかな?」背後でオーロラが戸惑ったような声を上げた。


フリーデは振り返り、闇の中でオーロラの位置を確かめようとした。


人間は闇の中では物が見えないが、魔導書である彼女は、生まれつき暗視(ダークヴィジョン)を備えている。


その瞬間、フリーデの目に、二筋の怪しい蛍光紫色の光が映った。


光はオーロラの両眼から漏れ出ていた。ほんの一瞬だったが、フリーデにははっきりと見えた。冷たく残忍なその蛍光紫色の幽かな光は、いつもの快活なオーロラとは似ても似つかないものだった。


オーロラが不思議そうに瞬きをすると、怪しい光は跡形もなく消えた。天井を見上げ、いくらか訝しげに呟く。「哨所のエネルギー系統に問題でも起きたのかな?」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、浴室の灯りはしばらく明滅して元に戻った。薄黄色い灯りの下のオーロラは、相変わらず濡れそぼった、どこか抜けた愛嬌のある顔をしている。


「お湯は壊れてないよね?」オーロラは気遣わしげに尋ねた。さっきの自分の異状には、まるで気づいていない。


「壊れていない」フリーデは驚愕と疑念を胸の底に押し込め、無表情に答えた。


「じゃあ早く洗っちゃって。あたしは外で係の人にどうなってるのか訊いてくる」オーロラは闇の中のあの得体の知れない圧迫感に耐えられず、手早くバスタオルを巻きつけると、扉を押して出て行った。


フリーデはその背中を見送ったあとも、長いこと浴槽に浸かったままでいた。湯はまだ温かいのに、背骨を伝って寒気がじわじわと這い上がってくる気がした。


簡単に洗い終えると、フリーデは乾いた衣服を羽織り、タオルで銀髪の水気を拭った。


部屋に戻ると、埃の積もった書き物机の前に腰を下ろし、先人が残した手記を何気なく開いて、無理やり意識を集中させた。


一分、また一分と時間が過ぎていく。三十分、一時間……


深夜になってようやく、扉のほうでかすかな物音がした。


「どこに行っていたの?」フリーデは本を置き、扉を押して入ってきたオーロラを見た。


オーロラは扉を閉めた。どこか腑に落ちない顔をしている。長い髪はもう半ば乾いていて、心ここにあらずといった様子だった。


「別に何も」彼女はもう一つのベッドに腰掛け、少し困ったように髪を掻いた。「ちょっと変だと思うかもしれないけど……さっき外を一回りしてる間、ずっと誰かが暗がりに隠れてこっそりあたしを見てるような気がしたの。でも振り返っても、何も見つからなかった」


「誰かいるの?」フリーデはわずかに眉をひそめ、周囲の魔力を感知し、警戒しながらあたりを見回した。「今の私の感知では、この近くには勤務中の守衛以外に、見知らぬ生命の気配は何もない」


「えっと……あの感じは説明しにくいんだけど」オーロラは膝を抱え、視線をさまよわせた。「本物の視線じゃなくて、あの覗かれてる感じはむしろ……肉眼を介さずに、何かで繋がってるみたいな。でも相手はわざとあたしを避けてるみたいで、痕跡は何も見つけられなかった」


フリーデは親友の困惑した顔を見ながら、浴室で見たあの紫の光を、何度も脳裏によみがえらせていた。


あれは覗き見などではなく、むしろ何か宿命めいた繋がりのようなものだった。


「早く寝よう、オーロラ」フリーデは静かに言った。


冷静で理性的なその体の奥で、不安の種がひそかに芽吹き始めていた。


夜はますます更けていった。フリーデは人間のようにベッドに横たわり、目を閉じていた。隣のベッドのオーロラは深く眠っている。連日の戦闘で、枕に頭をつけた途端に眠りこけたのだ。寝相は悪く、掛け布団はベッドの足元まで蹴りやられ、襟元も寝返りとともに大きくはだけていた。


夜半過ぎ、死んだように静まり返っていた第二哨所が、鋭い真鍮の鐘の音に引き裂かれた。


「カーン!カーン!カーン!」


切迫した警報が石壁の間に反響し、窓枠の埃をはらはらと震い落とした。鐘が鳴るとほぼ同時に、フリーデは目を開けていた。


睡眠を必要としない彼女は身を起こし、隣のベッドのオーロラを見た。


オーロラもはっと目を覚まし、荒い息をついていた。額には細かな汗が浮き、乱れた金色の髪が頬に貼りついている。


「何かあったの?……せっかく気持ちよく寝てたのに!」オーロラの声はかすれていた。無意識に枕元の杖を握りしめ、指の関節が白くなる。


フリーデは何も言わなかった。立ち上がり、裸足で冷たい木の床を踏むと、足の裏にかすかな震動が伝わってきた。


地震ではない。大量の乱れた魔力が、閉ざされた空間の中で暴れ回っているのだ。彼女は戸口へ向かった。金色の瞳が、闇の中で二つの冷光灯のように光っている。


廊下にはすでに乱れた足音が響いていた。二人が扉を押して出ると、ちょうどグスタフが数名の親衛兵を連れて階段口から上がってくるところだった。


グスタフは黒い戦闘用コートを着ており、腰の長剣の鍔のあたりが微かな青い光を放っていた。


薄暗い魔法灯の下、彼の顔は固く強張り、目は徹夜で血走っていた。


「西側の宿舎区が突破された」グスタフは早口だったが、声は機械じみたほど落ち着いていた。「歩哨の死に方が妙だ。体に目立った外傷がない。オーロラ、君は何か感知できるか?」


オーロラは強く首を振った。顔色は蒼白で、手のひらが杖の木目をしきりに擦っている。


「あ……あたし、頭がぐちゃぐちゃで。あの覗かれてる感じがさっきの百倍も強くて、そこら中にあるの」


「あいつら、外から入ってきたんじゃない。まるで……この壁の中に、空気の中にいるみたい」


彼らは狭い石の回廊を下っていった。やがて、吐き気を催すほど甘ったるい匂いが漂い始める。腐った花びらに錆びた鉄を混ぜたような匂いだった。


壁の魔法灯は不安定に明滅し、瞬くたびに、壁に落ちた影が歪む。天井のどこかで水が滴っている。


哨所中央の広場の入口に至ると、濃く粘りつくような蛍光紫色の霧が、敷石の隙間からゆっくりと溢れ出していた。


そこに詰めていた二人の守衛が壁にもたれて立っているのが、フリーデの目に入った。姿勢が妙にこわばっている。


「近づくな」グスタフは腕を上げ、一同に止まるよう示した。


その時、二人の守衛の皮膚が、熱を受けた蝋のように溶け出した。まず目鼻がぐずぐずに溶け合い、次いで全身が崩れ落ちて、絶えず蠢く半透明の深い青のゼリー状の塊二つと化した。


その表面に、瞳孔のない小さな眼球が無数に浮かび上がり、廊下の出口に立つ一同を食い入るように見据えていた。


「詭妖(きよう)よ。界外の恐ろしい生物。あの人たちは精神衝撃で殺されたの」オーロラは小さな声で言い、二つの粘液の塊に視線を走らせた。グスタフは横目で彼女を一瞥したが、どうしてその名を知っているのかとは問わなかった。今はそれを問う時間もなかった。


その二つだけではなかった。


彼女の視線が動くにつれ、天井の水滴の音が止んだ。周囲の石柱の裏、アーチ回廊の影に、十数体もの巨大な紫の影が、闇の中からゆっくりと凝集しつつあった。決まった形はなく、何本もの肢を持つ節足動物に擬態したものもいれば、べろりと広がった腐肉のようで、縁一面に細かな逆棘を生やしたものもいる。


オーロラの呼吸が荒くなった。胃がひっくり返るような激痛が走る。体の中の何かが、この怪物たちと共鳴しているのだ。


詭妖の精神波動がオーロラにのしかかる。杖を握る彼女の手は激しく震え、爪が杖に嵌め込まれた魔晶石の縁に食い込んで、耳障りな音を立てた。


「囲まれた」グスタフはゆっくりと長剣を抜いた。鞘走る鋼の音が、静寂の中でひときわ耳を刺した。


グスタフは、周囲の空気が重くなっていくのを感じていた。温度が下がったのではない。精神的な圧力がのしかかってきているのだ。詭妖たちの発する高周波の唸りが、鼓膜を痛いほど震わせる。


そのうちの一体、蜘蛛に似た詭妖が一歩前へ蠢いた。体から伸びる深紫色の触手が地面を擦り、焦げついた腐食の跡を残していく。と、その体が不意に裂け、鋸のような歯がびっしりと並んでいるのが覗いた。


フリーデは右手を上げ、手のひらを上に向けた。淡い金色の魔法陣が、虚空に見え隠れする。


風のない廊下で、彼女の長いスカートがかすかに揺れた。銀髪が頬をかすめ、波一つ立たない眼差しを隠す。詭妖の体内をエネルギーが流れる雑音が聞こえる。ぬめつく管の中を無数の蛇が這い回るような音だった。


オーロラはくぐもった呻きを漏らして膝から崩れ、片手で床を支えた。敷石の紋様が脈打っているのが見える。裂け目が生き返ったように、中から幽かな青い光が這い出し、彼女の指先へと絡みついてくる。


瞬きをするたび、目尻に紫の光暈がまたちらつく。今度はさっきより長く続いた。


「オーロラ!」フリーデは近づいて彼女を庇おうとした。


だが彼女が動いたその一瞬、周囲の詭妖たちは何かの指令を受け取ったかのようだった。


あの蜘蛛状の怪物が猛然と跳ね上がり、一筋の深紫色の残像と化して、彼女たちのほうへ突っ込んできた。


グスタフは冷たく鼻を鳴らし、長剣を薙ぎ払った。深い青の剣気が円弧を描いて怪物の触手とぶつかり、耳をつんざく音が弾ける。最も手強いその一体は、彼が引き受けた。


さらに多くの恐るべき詭妖が四方八方から押し寄せてきた。動きはひどくぎこちないのに、恐ろしく速い。


這っている最中に突然消え、次にはより近い影の中に再び現れる詭妖もいた。


戦闘はこうして始まった。衛兵たちは剣を振るって怪物どもを追い払おうとしたが、すぐに苦戦に陥った。詭妖は戦技など知らず、並の衛兵でも一太刀で斬り倒せる。だが斬られた体は瞬く間に癒合してしまい、きりがないのだ。


グスタフの親衛兵たちは背中合わせに円陣を組んだ。放たれた火球は、濃い霧の中を五メートルも飛ばぬうちに消えてしまう。


「こいつら……光を喰っている」親衛兵の一人が低く叫んだ。その声には、気づかれぬほどかすかな緊張が滲んでいた。


フリーデはオーロラのもとへ駆けつけようとしたが、飛びかかってきた数体の詭妖に行く手を阻まれた。


彼女が虚空を掴むと、一振りの銀白の十字長剣が光の中に具現した。刀身の符文に冷たい光が流れている。彼女は柄を握りしめ、飛びかかってくる詭妖を一太刀ごとに斬り伏せていった。


「暗黒術と寒冷の風……奴らは闇を作り出し、冷たい風で私たちの体力を奪おうとしている!」フリーデが叫んだ。


その時、肉の球のような巨大な詭妖が遠くの屋根から飛び移ってきて、彼らの足元に落ちた。


傷を負った様子はない。それは液体のように広がると、オーロラの足首めがけて素早く這い寄っていった。


その紫の粘液の表面には、恐怖と戸惑いに満ちたオーロラの顔さえ映り込んでいた。


「彼女から離れて!」フリーデはオーロラを守ろうとしたが、絡みつかれて近寄れなかった。


「キィィッ——!」


あの肉球のような詭妖が攻撃に転じ、悲鳴を上げたのだ。その声は口から出たものではない。そもそも口などなく、声は一同の意識の奥で直接炸裂した。


焼けた針金を脳に掻き回されるような激痛だった。盾を持った隊員二人がくぐもった呻きを漏らし、鼻孔から二筋の黒い血を流した。力の抜けた手からタワーシールドが滑り落ち、敷石にぶつかって低く鈍い音を立てる。


「精神衝撃か……」グスタフもその衝撃を受け、食いしばった歯がぎりぎりと鳴った。


フリーデの表情は変わらず水のように静かだった。魔導構体(まどうこうたい)である彼女に、精神衝撃は効かない。


ようやく行く手を阻む詭妖を片付けると、彼女は身を翻してオーロラの傍らに現れ、剣を構えて襲い来る攻撃を受け止めた。跳ね回りながら迫る詭妖たちも、その剣に易々と引き裂かれていく。


「フリーデ……あたし、すごく苦しい……頭が割れそう」オーロラは大きく喘いでいた。青い水晶のようだった瞳が、薄い水の膜に覆われている。


彼女は震えながら樫の杖を掲げた。先端の火元素水晶が激しく脈打ち始める。


「大丈夫、オーロラ。今のあなたは調子が悪い。早く下がって」前に立つフリーデが、彼女に代わってすべての攻撃を受け止めていた。


「だめ。天下一の美少女として、仲間の足を引っ張るわけにはいかないんだから!」


負けず嫌いのオーロラは歯を食いしばり、杖を猛然と振り抜いた。


「放て、あたしの灼熱光線!」


目を刺すような、腕ほどの太さの赤紅色の光柱が、周囲の黒い霧を切り裂いた。


光線は、グスタフと組み合っていたあの蜘蛛の詭妖に正確に命中した。


怪物はかすれた悲鳴を上げ、ゼリー状の体は高温に沸き立って、生臭い黒煙の渦と化した。


同時に、淡い紫の光を瞬かせる数発の魔法飛弾(マジック・ミサイル)が杖の先端から撃ち出され、不規則な弧を描いて、側面から這い上がろうとしていた数体の小型の変種を撃退した。


しかし、詭妖の数は想像を遥かに超えていた。


長い回廊の両側の壁はゆっくりと溶けていくかのようで、そこから不定形の肉塊が絶えず剥がれ落ちてくる。


成人男性ほどの大きさの円形の詭妖が、突然、逆棘に覆われた三メートルもの紫の触手を二本広げた。そして激しく身を縮め、震わせると、「精神鞭打」を放った。


空気がこの無形の力場に打ち据えられ、爆鳴を上げた。


精神を直撃するこの圧迫に、近くの隊員たちは思わず悲鳴を上げ、七竅から血を流して倒れる者さえいた。


この衝撃はフリーデには届かない。


「死傷者を減らさなければ!」


フリーデは爪先で軽く地を蹴り、一筋の銀色の残像と化した。


華やかな剣技は使わない。放ったのは、最も無駄のない斜め斬りだけだった。


長剣が宙に優美な円弧を描き、詭妖が防御に用いる精神力場を引き裂いて、あの二本の太い触手を根元から断ち切った。


黒い粘液が噴き出した。この巨大な詭妖は明らかに重傷を負い、その気配はたちまち萎んだ。


「美しい……まるで剣の姫のようだ……」傍観していた一般の兵士たちは、思わず感嘆の声を漏らした。


人々は、その銀色の姿が怪物の群れの中を縫って駆けるのを見つめていた。


一太刀振り下ろされるたびに、詭妖が一体、崩れ落ちて消えていく。


フリーデの動きは計算し尽くされた公式のように正確で、一分の力も無駄にせず、いかなる隙も見逃さなかった。


だが詭妖は殺しても尽きないかのようだった。フリーデは周囲の圧力がますます強まるのを感じ、足取りもそれにつれて重くなっていった。


その時、最悪の事態が起きた。明滅していた灯火が一瞬にしてすべて消え、闇が濃いタールのように、広場のすべてを包み込んだ。フリーデには周囲の親衛兵たちの乱れた呼吸と、震えのために重い鎧が擦れ合う金属音が聞こえていた。


「何も見えん……くそっ!」グスタフの声が数歩先から聞こえた。彼は盲闘を修めておらず、本能だけで剣を振るって、かろうじて蜘蛛の詭妖の攻撃を防いでいた。


オーロラの指は震えていた。


彼女は目を閉じ、脳の奥に走る刺すような痛みに耐えながら、杖を体の前に横に構えた。


「暗視……付与!」


オーロラは小さく気合を発し、続けざまに詠唱した。蛍光紫色を帯びた微かな光暈が幾つも指先から撃ち出され、グスタフと数名の兵士の眉間へそれぞれ吸い込まれていく。


この魔法によって、一同は闇の中で一方的に虐殺されることを免れた。


「フリーデ、あなたは?」オーロラが振り返った。声はいくらか弱々しく、杖の微かな光の下で、顔色は紙のように蒼白だった。


「私には要らない!」


その時、正面のあの最も大きな蜘蛛状の詭妖が突然加速した。逆棘に覆われた八本の節足が石板を掻いて耳障りな音を立て、生臭い粘液が揺れに合わせて壁に飛び散り、ジュウジュウと音を立てて石の面を腐食させる。


「来るぞ!」グスタフは剣を横に構えて受け止めた。剣先が怪物の硬い殻に覆われた節足とぶつかり、橙赤色の火花を散らす。


フリーデは爪先で地を蹴り、羽根のように地面をかすめて飛んだ。


銀髪が宙に冷たい弧を描き、十字長剣が空を切る音とともに怪物の頭部へ振り下ろされた。


ゼリー状の外殻に食い込んだ刃に、手応えが返ってくる。冷たく筋張った生肉を、テーブルナイフで切っているような感触だった。


怪物は耳を劈く叫びを上げ、裂けた腹部から強い腐食性を持つ紫の霧を大量に噴き出した。


フリーデは身を翻して躱さざるを得ず、濡れて滑る地面に浅い足跡を残した。


この詭妖は異常なほど「飢え」ており、なりふり構わずフリーデに飛びかかった。彼女を引き裂かずにはおかないとでもいうように。


「私が咫尺の書だから、それに引き寄せられているの?前のあの軟泥怪と同じように?」フリーデは胸の内で思った。


「フリーデ、左に気をつけて!」オーロラは思わず声を上げた。杖の先にふたたび魔法飛弾を凝集させ、前方の戦友を援護しようとする。


しかし、フリーデがあの狂った蜘蛛の怪物に完全に釘付けにされたその一瞬、異変が起きた。


後方でずっと縮こまっていた、拳ほどの大きさの、いかにも無害そうな蛍光青色の粘液が、突然風船のように膨れ上がった。音もなく敷石の隙間を這い、無音の稲妻のように激戦中のフリーデを回り込んで、背後で詠唱中のオーロラへまっすぐ突っ込んでいく。


それこそが詭妖の主体だった。ずっと擬態体の下に身を潜め、獲物が見せる唯一の隙を待っていたのだ。


「しまった——奴の狙いは……!」グスタフは振り向こうとしたが、側面から押し寄せた数体の小型の詭妖に足首をがっちりと絡め取られた。鉄の靴が地面を擦って耳障りな音を立てる。


オーロラの目の前の空気が突然歪んだ。


蛍光紫色の光の中、無数の肉芽から成る、透き通った蛍光青色の何かが眼前に迫ってくるのが見えた。あの詭妖が、自らの本体を撃ち出してきたのだ。


フリーデははっと振り返った。


オーロラの背後の魔力が極限まで乱れているのは感知できたが、駆け戻る間はなく、ただ見ているしかなかった。


「オーロラ!」


珍しく切迫した響きを帯びたフリーデの呼び声が、まだ消えぬうちに。


あの巨大な蛍光青色の肉塊はすでに広がり切っていた。巨大な投網のように、オーロラの華奢な肩へ激しくぶつかった。


杖が手から離れ、敷石の上に落ちて、鈍いカラリという音を立てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。