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空間魔導書と少年魔法使い  作者: atu78963254
ライカベサ編
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第四章 失態

何が起きているのか確かめたかったフリーデは、ウェルズの指示に逆らわなかった。身を翻し、三階建ての屋根から一息に飛び降りる。この場を離れようとしていた魔法使いは、優美でいて威圧感に満ちたその姿にすぐさま気づいた。


自身に移動速度増加の法術を付与していた魔法使いは、もたついてはいられないとばかりに、即座に手を掲げて移動を制限する魔法を放った。たちまち地面から蔓や滑油、氷霜が噴き上がり、フリーデの足を止めにかかる。


だが彼女は、それらすべてを難なく越えていく。軽やかに跳び上がり、舞う雪のように幾重もの障害を飛び越えていった。


「くそっ……こいつ……!」


そのとき、逃げる魔法使いの頭にある手が浮かんだ。慌てて呪文を詠唱し、灼熱の火球でフリーデを足止めしようとする。


「火球か……」呪文を聞いただけで、フリーデには相手が何を放とうとしているのかすぐに分かった。白い右手で長剣を握り締め、機を見てその魔法を斬り裂こうと構える。


火球術(ファイアーボール)の詠唱はすぐに終わり、魔法使いは印を結んで狙いを定めた。だがその先は、迫り来るフリーデではない。周囲の家屋だった。あろうことか、建物を倒して彼女の行く手を塞ぐつもりなのだ。


一発目の火球はフリーデの前方にある家屋の土台に正確に命中し、二発目は路地の角に建つ家屋を狙っていた。どちらも止める暇はなく、激しい爆発に建物が崩れ落ちていくのを、彼女はただ見ていることしかできなかった。


「まずい……ここにまだ民間人が」


素早く視線を走らせる。建物のすぐそばに、穴の開いたカウボーイハットを被った子供がいた。傾いた建物は積み木が崩れるように、今にも怯えた少年の上へ倒れかかろうとしている。


決断は一瞬だった。フリーデの足運びは軽やかで規則正しく、機械のように正確だ。建物が圧し掛かる寸前、両手を伸ばして少年を抱え込み、崩れ落ちる建物の下から外へと放り投げた。


天地がぐるりと回ったかと思うと、少年は通りの反対側へ放り出されていた。地面に打ちつけられたのに、不思議と痛みはない。一方、彼が元いた場所は膨大な石塊にすっかり埋め尽くされ、フリーデの姿は完全に呑み込まれていた。


「……!」石塊が崩れ落ち、土埃が舞い上がるその一瞬を、少年は愕然と見つめていた。


激しい轟音がやむと、あたりは再び静まり返った。砂塵がゆっくりと舞い落ち、目の前には雪崩のあとのような光景だけが聳えていた。


その静寂を破ったのは爆発音だった。砕石が弾け飛び、再び舞い上がった土埃の中から躍り出たのは、全身泥まみれのフリーデだった。動きにはいつもの俊敏さも自在さもなく、身体は傷だらけで、肘はわずかにねじれてさえいる。だが何より不可解なのは、傷口から流れ出る淡い紫の光紋だった。


「う……あああ!」再び閉じていく傷口に奇妙な紋様が揺らめくのを目にした少年は、幽霊でも見たかのように慌てふためいて逃げ去った。


「……」フリーデは他人の目など気にしなかった。ただ主の命令に従って動いているだけで、そこに感情を挟むはずもない。


右手でわずかに歪んだ左腕を掴み、ぐっと力を込めて折り曲げる。歯の浮くような嫌な音がして、腕は元の形に戻った。それから彼女は傷の修復に専念した。


あの魔法使いには、もう到底追いつけないだろう。


一方、屋根の上ではウェルズとあの剣士が、いまだ決着のつかない攻防を続けていた。だがしばらくして、剣士は不意に地面へ爆裂弾を投げつけた。爆発はウェルズを退かせただけでなく、地面から墨緑色の霧を立ちのぼらせた。


「くそ……毒か?」


煙の様子がまずいと見るや、即座に自身へ毒発遅延と反響定位を付与し、被害を避けつつ相手の足取りを探ろうとする。だが、すでに手遅れだった。敵の姿はもはやどこにも捉えられず、追いつくどころの話ではない。


「忌々しい……!」その有様に、ウェルズは思わず小さく毒づいた。


相手の手口には、どこか軍隊じみたところがある。


そこで考えを打ち切ると、ウェルズは屋根から飛び降り、街路でフリーデと合流した。


「何をしている……?あいつを追いもせず、なぜそんな間抜けな有様になっている?」


満身創痍のフリーデリカを前に、ウェルズの胸に怒りが込み上げた。だがそれを押し殺し、ただ冷ややかに鼻を鳴らして、嘲るように口の端を吊り上げる。


「間違ったことをしたとは思わない。前にも言ったはず。私とあなたは上下の関係じゃない。私は自分の使命に従って動く」フリーデは淡々と告げた。ウェルズの非難など意に介していない様子だった。


「この件の裏でどれだけの繋がりが絡み合っているか、分かっているのか……!?それをお前は、奴らを捕らえる機会をみすみす逃して、すべて水の泡にしたんだ……!」彼女を射抜かんばかりの視線は身の毛がよだつほどで、口にしているのは、彼にとって揺るぎようのない真理だった。


「どこにでもいる貧民街のガキを救うために……!あんな連中、何十人死のうが誰も気にしやしない!お前の言う使命ってのは……!理屈も何もなく善意をばら撒くことか……!そのせいで、もっと多くの人間が犠牲になろうともか?」


彼の怒りは、むき出しの言葉となって突き刺さった。


「誰の命も、等しく重い」フリーデはただ静かに答えた。


それを聞くなり、ウェルズはくだらない冗談でも聞いたかのように腹を抱えて笑い出した。


「誰に教わった……?」酷寒の吹雪のような鋭い眼光が、真っ直ぐにフリーデを見据える。


「お前をここまで頭の固い代物にした『主』か……!何一つできない馬鹿め……!」


その言葉は、最後まで続かなかった。ドレスグローブをはめた手が、すでにウェルズの首を締め上げていたのだ。


「私の主を……侮辱することは、許さない……!」


右手でウェルズの首を掴み、高々と吊り上げる。込めた力のあまりその手はかすかに震え、掌の中の肉塊を締め上げていた。彼の身体はまるで重さなどないかのようだ。彼女の顔には怒りゆえの殺意が滲み、銀白の眉はきつく寄せられていた。


「怖いな。俺を殺す気か?」首を絞められたウェルズの顔がわずかに赤らみ、喉から笑い声にもならない嘲笑が漏れる。


逆光で漆黒に沈んだ顔は影と溶け合い、黒い切り絵の人形がフリーデに掲げられているかのようだった。見通せない闇の底には、色のない恐ろしい笑みだけが浮かんでいる。得意げに弄ぶようなその眼差しは微塵も揺らがず、彼女の純粋な金の瞳を見据えていた。背筋が冷たくなるような光景だった。


膠着は数秒と続かなかった。フリーデが右手を離したのだ。


ウェルズがフリーデの殺意を感じ取っていたように、彼女もまた、見下すような傲慢さと挑発を感じ取っていた。まるで彼が本気で死を望んでいるかのようだった。


地面に落とされたウェルズは、わずかに息を乱しているだけだった。こうなることは最初から分かっていたのだ。一方フリーデは背を向け、数歩離れた。魔導書の契約に背いたことで、その顔に淡い赤の紋が幾筋か浮かび上がったが、すぐに消えていった。


「ごめんなさい」どこまでも続いていくような遠い街路に目をやり、しばし黙り込んだ後、フリーデはようやくそう口にした。


「でも、あなたが嫌な人なのは確か」そう言い残すと、彼女は周囲の家屋へと軽やかに跳び移り、その場を後にした。


「お前の意見、参考までに心に留めておこう」彼は乱れた襟元を軽く整え、洒脱に微笑んだ。フリーデに聞こえたかどうかなどお構いなしに、独り言のように言う。


フリーデが去ると、彼はやれやれとばかりに、わざとらしく溜め息をついた。


「哀れな女だ」


ウェルズはマントを翻し、悠々とした足取りで去っていった。後には首のない死体が一つ、虚しく取り残されるばかり。本来頭があったはずの場所には暗い緑黄色の液体が溜まっているだけで、それはまるで、誰も気に留めない明月を見上げているかのようだった。

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