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空間魔導書と少年魔法使い  作者: atu78963254
ライカベサ編
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第三章 尾行

翌日の夜、立ち襟の黒いコートを羽織ったウェルズと、銀白のドレスのフリーデは、家屋の屋根の上に立っていた。


見晴らしは良好だった。ライカベサでは構造強度の制約から、民家はせいぜい三階建てまでしか建てられない。夜の灯りもここまでは届かず、人目を忍んで動くにはうってつけの場所だった。


いわば都市の頂だ。街の建物に屋根があることは誰もが知っていても、わざわざ見上げて確かめる者は滅多にいない。まさに人々の視界の死角だった。


「今日は……あなたが買ってきた資料で、悪魔を片付けるの?」


ウェルズの傍らに立つ彼女の凛冽な佇まいと静謐な双眸は、まるで殺戮のためだけに造られた道具のようで、機械めいた冷たさと、凍てつくような恐ろしさを帯びていた。


「まだ悪魔を片付ける時じゃない。今夜は別に片付けることがある」


「もし悪をなすつもりなら、私は手を貸さない」フリーデは彼を見据え、真剣な声で言った。


「悪をなす?」ウェルズは小さく笑った。「その逆だ。今日は悪を根絶やしにしに来たんだ」


「あなたのことは、私が見張っておく」


「好きなだけ監視しろ、高潔なる騎士のお嬢さん」


ほどなくして、ウェルズの待ち人は現れた。


革帽子をわざと目深に被り、足早に歩く若者だった。手には箱を提げているが、ありふれた身なりのせいで誰の目にも留まらない。だがこの男こそ、ウェルズが待ち構えていた白兎だった。


「行くぞ。奴を追え」


魔導書を提げたまま、彼は険しい眼差しで眼下の通りを見据え、素早く屋根伝いに進んでいく。


その足取りを追ううちに、二人は賑やかな通りを抜け、次第に薄暗くうら寂しい一角へと入っていった。


路地が狭ければ、二人で揃って跳び越えればいい。道幅が広ければ、あらかじめ用意しておいた次元門(ディメンジョン・ドア)の魔法の出番で、二人を向かいの屋根へと素早く転送する。


瞬く間に、二人は貧民街へとたどり着いた。このあたりの家屋は大半が古びており、長年顧みられることのなかった屋根は隙間風だらけで、踏めば瓦ごと砕けて下へ落ちてしまいそうだった。通りに人影はまばらで、そのほとんどがぼろをまとっている。物乞いや浮浪児たちが、粗末な家の軒先に生気なく座り込んでいた。


「約束どおり……図面を持ってきた……」人目をはばかるように砂利を踏みしめて角までやって来た若者は、無人の街角へ向かって低く呟いた。


だが驚いたことに、壁際から唐突に人影が現れた。黒衣をまとった、顔立ちの判然としない人物だ。身を隠すのに用いていた魔法は、あろうことか三階魔法「不可視化(インヴィジビリティ)」だった。


三階魔法といえば、一国で高級顧問を務められるほどの等級であり、咫尺の書の助けなしにウェルズが行使できる最高位の魔法でもある。


屋根の上のウェルズが音もなく一歩踏み出した、その時だった。魔法使いが不意に二人のいるほうへ振り向き、冷ややかな目で低く呟いた。


「尾行を連れてくるとはな……!」


魔法使いが冷笑する。若者は何が起きたのかも分からぬまま、墨緑色の液体が自分の顔めがけて浴びせられるのを目にした。強力な酸液は瞬く間に顔面を蝕み、毛虫に食われた菜っ葉のような、おぞましい穴を穿った。


悲鳴が夜の静寂を引き裂き、烏の群れが一斉に飛び立った。だが、それもすぐに静まり返った。


魔法使いがこちらへ顔を向け、あるかなきかの波動が身体をかすめるのを感じた瞬間、ウェルズはまずいと悟った。


「反響定位……!」


相手の魔法の種類を瞬時に見抜いたウェルズは、行動速度、戦闘反応、攻撃回数を高める変化系魔法「増速致勝(ヘイスト)」を使おうとした。だがその時、足元に異様な震動が走った。


即座に飛び退く。瓦が間欠泉のように噴き上がり、剣撃で屋根を割った人影が裂け目から躍り出るや、続けざまに剣風を叩きつけてきた。ウェルズはたまらず魔導書で受け止める。


剣風は魔導書に当たって雲散霧消し、剣士がかすかに驚きの色を見せる。だが建物を斬り抜く程度の剣風で伝説級魔導書を貫こうなど、まさに痴人の夢でしかなかった。


加勢しようとするフリーデに、ウェルズは叫んだ。


「俺に構うな……あいつを捕まえろ!」


すかさずフリーデに基礎的な速度増幅魔法「逃げ足《エクスペディシャス・リトリート》」(エクスペディシャス・リトリート)をかける。フリーデの戦闘能力にこの効果が加われば、あの魔法使いに追いついて打ち倒すなど、赤子の手をひねるようなものだ。


目の前の相手は持魔者(じましゃ)、すなわち魔力を持つ近接戦闘者だ。迫りくる敵に対し、ウェルズは魔導書による魔法の即時発動を選んだ。手の中で雷霆の青い光が閃く。まずは三階魔法「雷霆電爪」。続いて黄色い光と蛍光が身体に浮かび上がる。三階魔法「力量増幅(ブルズ・ストレングス)」と「増速致勝」だ。


どちらも三階の中では最も実用的な増幅系の法術で、とりわけ増速致勝は多重の効果を持つぶん、使いこなすのも極めて難しい。詠唱を終えると、彼はいっそとばかりに魔導書を放り出し、前へ飛び出した。


両手に雷光をたぎらせ、ウェルズは拳で真っ直ぐ顔面を狙う。相手は後退して剣の間合いを取り、優位に立とうとした。横薙ぎの剣撃が空を払うが、ウェルズは身を屈めて巧みに躱す。再び詰め寄り、剣士がまたも後退したところで、今度は彼自身も飛び退いた。周囲を巡っていた魔導書を掴み取ると、魔法の書き換えを始める。詠唱とともに四方八方へ雷霆の電網を張り巡らせ、剣士を包囲するように全力で解き放った。


三階魔法、「雷獄沸騰」。


この強力な一回限りの三階魔法を前に、相手は足を止めて一気に力を溜めた。放たれた旋斬が迫りくる電網に一筋の裂け目を斬り開き、剣士はそこから包囲を脱した。


「ちっ、厄介な奴だ」ウェルズは舌打ちした。


増速致勝による俊敏さと雷霆電爪のおかげで、この剣士とも互角に渡り合えていた。

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