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空間魔導書と少年魔法使い  作者: atu78963254
ライカベサ編
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第二章 古書

ウェルズが宿に選んだのは、素朴な内装の旅館だった。ありふれた木材とよく磨かれた石材が目に心地よく、柔らかなシーツと広々とした部屋のおかげで、粗い石材で造られた粗末な家屋よりも遥かに居心地がよかった。


コートをハンガーに掛けると、ウェルズは書き物机の前に腰を下ろし、備え付けの新聞に目を走らせた。


新聞を手に取ると、聖アトランテ共和国の一面を飾っていたのは列車事故の記事だった。


「重大ニュース:カンベリ発ライカベサ行き二十四号列車にて凶悪な傷害事件が発覚。列車は正体不明の事故に遭った後、走行途中で放棄されており、初期調査で魔法戦闘の痕跡が確認された。乗客名簿の照合により、犠牲者は乗務員八名を含む三十八名と判明。現在も詳細を調査中である。」


「教会がこの件にもっと気を取られて、俺のことは放っておいてくれれば最高なんだがな」怪盗をやってのけたばかりのウェルズは小さく笑った。列車での生贄の儀式ともなれば、各勢力の注目を集めるには十分だった。


「共和国の大統領選挙は二週間後、花火祭の休日に合わせて実施される。世論調査の結果、人民党のベテラン政治家ヴェスパルが五十八パーセント、前進党所属でかつての将軍殿下ドミトリーはわずか三十二パーセント……」


「首都随一の喜劇役者がヴェスパル支持を公言、自宅に前進党の狂信者から投石……」


「ある著名な予言術士が尋物占卜で人々の失せ物を探し、品物の価値の一割を受け取るだけで月に数十金券(きんけん)を稼いでいる。彼は語る。『人々は怠けすぎだし、私の力に頼りすぎだ。眼鏡が自分の頭に載っていても、私に探させるのだから』。」


「燭聖(しょくせい)が帝国へ使節として赴き、教廷と帝国の関係改善に向けた雪解けの旅と目される。聖女は一か月後、威遠伯(いえんはく)と首脳会談を行う予定。」


ライカベサの金券は紙幣の一種で、どの金券も銀行へ持ち込めば同額の金貨一枚と交換できる。


ウェルズはざっと目を通した。残りの記事は大半が政治ニュースやゴシップで、紙面の片隅に小さな記事が載っているだけだった。


「旗幟大聖堂が侵入を受け、多数の物品が盗まれた。枢機卿団は激怒していると伝えられ、同地の管理責任者である司教はすでに解任のうえ取り調べを受けている。また教会は手がかりを求めて高額の懸賞金を発表した……」


「やはり……奴らはこの本を簡単には諦めないか」手配記事を目にして、ウェルズは内心でそう考えた。


新聞をごみ箱に放り込むと、空間の指輪からクラフト紙の袋を取り出し、中の書類を抜き出してゆっくりと読み進めた。一文読むごとに、込み上げる感情に指が書面をいっそう強く握り締めていく。


その頃、フリーデは数冊の本を抱えて、図書館からゆっくりと出てきたところだった。


先ほど図書館に入ると、受付の係員がやけに熱心に目当ての本を探してくれたうえ、書庫まで開けて古書を出してきてくれた。単にどこかの令嬢と勘違いされただけだとは知らず、フリーデは親切な人だと思うばかりだった。


腕に抱えた歴史書は六冊。書架の端で見つかったのはそのうち一冊だけで、残る五冊はどれも書庫の奥に仕舞い込まれていた。七百年余りの時の流れは多くの情報を洗い流してしまう。茫漠たる書の海からこれだけでも見つけ出せたのは、この上ない幸運だった。


腕の中の本は大半が数十年前のもので、めくるだけで頁が傷みそうなほど古びている。誰にも顧みられなかったせいで一度も修繕されておらず、それでも他に手立てはない。この中に手がかりがあることを願うしかなかった。


本を抱えて旅館に戻り、扉を押し開けた途端、フリーデの目に飛び込んできたのは、書き物机で魔法の書き写しに勤しむウェルズの姿だった。咫尺の書の鎖付きの表紙はすでに開かれ、古雅で精緻な書頁がのぞいている。


「もう戯法(キャントリップ)を二十種、一階魔法を十三種も書き写したのに、まだ足りないの?」


ウェルズが手にしているのは、魔法インクを含ませた万年筆だ。写魔者(しゃましゃ)と呼ばれるこの筆は、街で家が一軒買えるほど高価だが、魔法使いには欠かせない品でもあり、巻物(スクロール)や魔導書の書き写しによく使われる。魔法使いが書き写した巻物は常人でも扱えるため、市場での価値は計り知れない。


書物そのものであるフリーデには、彼が何を書き込んだのか、当然分かっていた。


「準備に終わりなんてものはない。時間のある今のうちに、使いそうなものは片っ端から魔導書に記録しておくに限るさ」


筆を持つ手を少し緩め、ウェルズは首を傾けてフリーデに応じた。


今の咫尺の書には、超導書頁が計五枚ある。この書頁は他の頁とは違い、ひと月に一枚しか自動生成されないぶん、効果も強力だ。一階上の魔法、すなわち四階魔法を記録してウェルズに使わせることも、三階魔法を記録して瞬時に発動させることもできるうえ、書頁を焼き払うことを代価に、階を越えて五階魔法を放つことさえ可能だ。伝説級魔導書は、まさしく強悍の極みと言えた。


もちろん、ウェルズ自身にも並外れたところがある。陰影親和によって魔法の威力が高まり、同階の魔法使いを凌いでいるうえ、「瞬発」「遅延発動」「無声」といった超魔(ちょうま)法術にも通じている。両者が組めば、六階を相手取ることさえ問題にならないかもしれない。


「それにしても、お前は隅から隅まで綺麗さっぱり洗い流されているな。文字が一頁も残っちゃいない」


ウェルズは軽く書頁をめくった。魔導書の内容に順序はなく、めくれば使用者の見たい頁が現れる。分類用の注釈を付けることもでき、戦闘時には素早く記憶を呼び起こして頁を切り替えられる。


今、書の中には、ウェルズが新たに書き込んだ文字のほか、何の記録も残っていなかった。


「これも教廷がやったの?」フリーデが尋ねた。


「そうだろうな。奴らには伝説の魔法使いの傑作を壊す力はない。だから中の『罪悪』をことごとく消し去って、封印するしかなかったのさ」そう言いながら、彼はフリーデが抱えている本の題名を盗み見た。


「知りたいの……私が失った記憶が、いったい何なのか。何が起きて、私は教廷の手に落ちたのか。記憶の中にぼんやり残っている、世界を救う計画はどうなったの?成功したのか、それとも失敗に終わったのか?それに、私の主は今どこにいるの?」彼女は低く呟いた。少し整理してみても、謎はあまりに大きく、とても調べきれそうになかった。


教廷が敵だったことだけは、ぼんやりと覚えている。だからこそ、主の行方が気がかりでならなかった。


「世界はちゃんと無事じゃないか。成功したに決まってるだろう?」問いかけに、ウェルズは肯定も否定もせず肩をすくめただけだった。


「直感も告げているの。失った記憶は、とても大切なものだって」銀髪の少女はなおもそのことにこだわり、どこか不安げにウェルズを見つめた。見る者の憐れみを誘うようなその風情も、彼には少しも通じなかった。


何か事情を知っていそうなのに、ウェルズは口を割ろうとしない。彼女にはどうすることもできなかった。


借りてきた本を置いて読み始めようとしたその時、ウェルズが不意に大きく伸びをして、気怠げに言った。「やれやれ、一晩中書き写して、くたくただよ」


ウェルズは立ち上がって軽く体をほぐすと、ゆっくりとシャツのボタンを外し、服を脱ぐ素振りを見せた。


「何をしているの?」


フリーデは小さく口を開けた。


「風呂に決まってるだろ。何だよ?何を考えてるんだ?」彼は眉を上げ、フリーデを小馬鹿にするように言った。


「人間の言い方を借りるなら、あなたは恥知らずってところね」フリーデは特に気にした様子もなく、ただ一言そう評しただけだった。


「この部屋は俺が借りたんだ。何をしようと俺の自由だし、邪魔なのはお前のほうだ」彼はうんざりした顔をしながらも、手を止めようとはしない。「分かったら、さっさと出ていけ」


そんな無愛想な言葉を浴びせられても、フリーデは取り合わなかった。今にも脱ぎ終えそうなのを見て、くるりと背を向けて部屋を出ていった。


扉がそっと閉まり、がらんとした部屋には、ウェルズと書き物机に置かれた数冊の古書だけが残された。


フリーデが出ていったのを見届けると、彼は元の冷ややかな表情に戻った。


ウェルズは閉ざされた扉を見つめたまま、机の上へ手をかざした。かすかな息遣いとともに、気づかれないほど微かな魔力が揺らぎ、彼は密かに魔法を発動した。


灰白色のおぼろげな蟻が、一匹、また一匹と、何もない机の上に現れ始めた。遠目には、勝手に動く米粒そのものだ。


蟻たちは群れをなして本へ向かい、書頁に潜り込むと、ある一頁だけを判読できなくなるまで正確に食い荒らし、跡形もなく消え去った。まるで初めから存在しなかったかのように。

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