第六章 ゼロ号患者
数時間後、数名のメイドと、魔力を持たない医師が一人、事務所にやって来て、オーロラの看護をすっかり引き継いだ。フリーデはもはや必要とされなくなった。
目標を失ったフリーデは事務所を出たものの、どこへ行けばいいのかも分からず、魂が抜けたように当てもなく街をさまようしかなかった。
「あの怪物を倒したとして……本当にオーロラを救えるの?そもそも、あの怪物をどこで探せばいいのかさえ、まるで見当もつかないのに」
「私はやっぱり……誰も救えなかった。それどころか、今度は彼女をひどい目に遭わせてしまった……」
「こんなに無力な私に……本当に人を助ける資格があるの?」
そうしてぼんやりと通りを歩き続け、日が西に傾いたころ、高らかな呼び声でようやく我に返った。
声の主は制服姿の衛兵だった。胸に提げた太鼓を叩きながら、声を張り上げている。
「お聞きください!お聞きください!この街にお住まいの皆さん、本日より一週間、市内に夜間外出禁止令が発布されます!夜間は、必要のない限り決して家から出ないでください!やむを得ず外出する場合も、できるだけ誰かと連れ立ち、広い大通りを通るようにしてください……」
「夜間外出禁止?最近の失踪事件のせいか?」
「深刻だな、外出禁止令まで出るとは」
「せっかくのお祭りが、このせいで中止になったりしないかしら?」
「もうすぐお祭りだっていうのに、どうすればいいんだ……」
知らせを聞いた市民たちは、ひそひそと語り合った。関心の向く先はそれぞれ違っても、結論は一つだった。当分は用もないのに夜に出歩かないほうがいい、ということである。
結局この日、フリーデは何もできなかった。昼のあいだ当てもなくさまよっていたのだから、手がかりなど見つかるはずもなかった。
「フ……フリーデ……!」
柔らかな声に呼ばれて振り返ると、そこにいたのはほかでもないレシナだった。
作業着姿で、腕には籠を提げている。
「大丈夫ですか?心配したんですよ……!」
「一日中帰ってこないから、あちこち探し回ったんです!近所のおばさんが、あなたに似た人をこのあたりで見たって言うので来てみたら、やっぱり間違いじゃなかった……!」
「レシナ……」
根なし草のように、今にも波にさらわれてしまいそうなフリーデの姿に、レシナは彼女が胸に抱えた憂いを敏感に察した。
レシナは生き生きとした笑顔で歩み寄り、フリーデの腕にそっと自分の腕を絡めた。
「さあ、あそこに座って少し休みましょう!」
二人が並んで腰を下ろしたのは、ちょうど事務所の一階の階段だった。二階では、医師と召使いたちが感染したオーロラの看護に追われている。
座るや否や、レシナは花のような笑顔で籠から熱々のキャラメルがかかったパンを取り出し、フリーデに差し出した。
「パン屋さんで買ってきたばかりの白パンですよ……!どうぞ。月に一度しか食べられない、私のとっておきの贅沢なんですから!」
「お腹は空いてない」
「そんなこと言わないで、一口だけでいいですから!でないと私、悲しくなっちゃいます……命を助けてもらったお礼が、どうしてもしたいんです!」
その真剣で譲らない言葉に、フリーデは仕方なくパンを受け取ると、小さくひと口かじって、レシナに返した。
キャラメルの甘さと焼きたての温かさが口の中に広がり、喉を滑り落ちて、冷えきった身体にじんわりと温もりを行き渡らせた。
「恩返しといえば、初めて会ったときのことを思い出しますね!」パンを受け取ったレシナが、笑いながら言った。
「猪に襲われたときは本当に危なかったです!小さいころ、妹がしょっちゅう樹齢百年の檜の上にボールを投げ上げてくれたおかげで、木登りが得意になっていたんです。そうでなかったら、危ないところでした!ふふふ」
「初めて会ったときから、フリーデは優しい人だと思っていました。命がけで私を助けに来てくれたんですから」
「私は……あなたが思うほど、いい人じゃない」フリーデの瞳が翳った。
「何かあったんですか?」レシナは潤んだ赤茶色の瞳を見開いた。左目には穏やかな光が揺れている。
「私、前に……人を救えなかったことがあるの」彼女は悲痛な面持ちで言った。「いいえ……!私が見殺しにしたの。彼女たちは私の目の前で泣いて助けを求めていたのに、私は……なすすべもなく、死んでいくのを見ていた」
「きっと何か事情があったんでしょう?よかったら、私に話してみませんか?」
「彼女たちはクーデターを起こした者の妻と娘たちで、政府軍に包囲されて、死刑を執行されようとしていた。私の目の前で必死に助けを求めていたのに……私はどうすればいいのか分からなくて、ただ殺されるのを見ているしかなかった……」
「彼女たちの罪状は、不法に得た利益を同じように享受していた、ただそれだけ……人の命は、『価値の衡量』で勝手に奪っていいものなの?政府のすることは絶対に間違っていないの?無実のまま惨たらしく死んだ人たちは、あの光景を見て喜ぶの?」
「いったいどちらが正しいの?私には分からない……!そんなことを考えているうちに、すべてが手遅れになった!私はただ、彼女たちが目の前で死んでいくのを見ていただけ……!」
フリーデは苦しげに頭を抱え、悔恨と苦悩に深く沈んだ。あの日の出来事を、何度も何度も思い返してしまう。もう一度やり直せるなら、もっとうまくやれたのだろうか。あのとき何もしなかった自分を、悔やんでも悔やみきれなかった。
「あなたが……答えを教えてくださればよかったのに、我が主」思わず、自分を創った青年のことが頭に浮かんだ。英明で博識な彼なら、きっとこの迷いにも答えを出してくれるはずだ。
「そうだったんですね……」
フリーデの打ち明けた悩みを聞き終えても、レシナは多くを語らなかった。ただ優しく微笑むと、手を伸ばして彼女をぎゅっと抱きしめた。
そのほっそりとした腕は力強く揺るぎなく、母のぬくもりのようにすべてを包み込んでいた。その抱擁には、乱れた感情をことごとく鎮める不思議な魔力が宿っているかのようだった。
突然抱きしめられてフリーデは一瞬戸惑ったが、ずっと胸にわだかまっていた焦りが、嘘のようにいくらか和らいでいった。
「抱きしめてもらうと安心できるって、聞いたことがあるんです。どうですか?気持ちいいでしょう?」レシナのたおやかな声は春風のように吹き抜け、あたりに穏やかな安らぎをもたらした。その身を包むほのかな香りもまた、心を落ち着かせる何よりの妙薬だった。
人間ではないフリーデにも、心を慰めるその優しさが少しずつ自分を癒していくのが、はっきりと感じられた。
抱きしめられているうちに、フリーデの表情は次第に和らいでいった。激しい感情はゆっくりと鎮まり、いつもの静かな面差しが戻ってくる。ただ、目の奥にかすかな悲しみが残るだけだった。
一分近く抱きしめてから、レシナはようやくそっと手を離した。
「ありがとう。だいぶ楽になった」
「お役に立てて光栄です」
フリーデが落ち着いたのを見て、レシナはようやく自分の考えを語り始めた。
「私、あなたが何に悩んでいるのか、分かった気がしますよ」
その言葉にフリーデは顔を上げ、じっと耳を傾けた。
「この世界には、絶対的な『善』と『悪』しかないわけじゃないんですよ。世界は、広い混沌と、どちらにも属さない灰色の領域でできているんです」
「あなたが怖いのは、自分の手でうっかり善を葬ってしまったり、悪を見逃してしまったりすることでしょう?すべてを賭ける覚悟はあっても、『正しいか間違っているか』にこだわりすぎて、身動きが取れなくなっているんです」
レシナは自分なりに考えた答えを、言葉にしてみた。彼女にとって、フリーデはずっと真面目で純粋な人だった。けれどその真摯さが、迷いすぎるあまり、フリーデ自身を縛る枷になってしまっていたのだ。
「もしある人が、かつては極悪非道の殺人犯だったのに、今では人々を救う名医になって、すっかり心を入れ替えていたとしたら。あなたはその人を見逃しますか?それとも、人が変われる可能性を信じますか?」
レシナの問いに、フリーデはうつむき、深く考え込んだ。
しばらくして、レシナはまた続けた。「この問題、実は私にも答えが出せないんです」
「でも、あなたの心の直感に従えばいいと思うんです!フリーデみたいに優しくてかわいい子なら、最後にはきっと正しい道を選べますから……!」
「私の直感に……?」フリーデは顔を上げたが、まだ腑に落ちない様子だった。
「見ず知らずの人たちのために悲しんで、罪悪感まで抱く。それこそ、あなたがとても優しいっていう何よりの証拠じゃないですか?そんなに優しいあなたが直感で決めたことなら、きっと正義から出たものです。そうでしょう?」
「私が助けを求める声を聞いて、迷わずすぐ駆けつけてくれたみたいに。私にとって、あなたは正義の救い主なんですよ!」
彼女は少し間を置くと、フリーデの目を優しく見つめて続けた。
「私が思うにですね、正義というのは『多数の人』が決めるものでも、『権力を握った人』が決めるものでもないんです。誰の心にもある、最低限の道徳——弱い者を助けること、それが正義です!だから、あなたはこのことで間違ったことはしていないと思います……!これは、やみくもに慰めているわけじゃありませんよ!うちの妹が悪いことをしたら、私だって絶対に思いきりお尻を叩きますから……!」
レシナは真面目な顔でそう言うと、穏やかに微笑んだ。その言葉は、いま降り注ぐ夕陽の金色の光のように温かく心地よく、美しく気高く、フリーデの翳った心を照らし出した。
「だから、もうこのことで自分を責めたり、悩んだりしないでください……いいですか?」
「ありがとう……レシナ。私はもう……迷わないと思う」
その言葉に、フリーデは目から鱗が落ちる思いだった。心の奥で凍りついていた焦りと迷いが、春の陽射しに照らされたように溶けていく。
暗い影と震えが消え、その瞳には再び揺るぎない光が宿った。
「私が人を助けるのは……『私が助けたい』からだ。私は自分の心の導きに従って、自分がすべきだと思うことをする」
そう自分に言い聞かせ、改めて信念を固める。もう迷いはなかった。
フリーデが立ち直ったのを見て、レシナは嬉しそうに手をぱんぱんと払い、パン屑を落とした。そして立ち上がってフリーデに別れを告げ、階段に並んでの二人の長話も、これでお開きとなった。
「それじゃあ私も帰らないと。もうすぐ夜間外出禁止の時間みたいですし!」
「気をつけて。さようなら」
「私は……もうこんなふうに、自分を憐れんでばかりはいられない……!」
レシナを見送ると、決意を固めたフリーデは踵を返して二階へ上がった。オーロラの様子を見るためだ。
部屋の扉を開けると、医師と召使いたちが病床のオーロラの世話に追われていた。そこには市庁顧問のルーンの姿もあり、眉間に深い皺を寄せて、手にした検査報告書に目を落としていた。
「容態はどうですか?治療の方法はありますか?」フリーデは進み出て尋ねた。
気力を取り戻したフリーデの様子に、ルーンは一瞬面食らったが、すぐに現時点での分析結果を説明した。
「今のところ、この病気に伝染性はありません。他人が患部に直接手で触れても同じです」
「感染部位が広がるのは、感染者の体内に限られます。感染部位が宿主の生命力を吸い取って広がっていくことは、すでに確認済みです。血中の養分を奪うだけでなく、周囲の空気中の魔力まで取り込むのです。さらに奇妙な新しい特性として……患部は魔力を極めて蓄積しやすい状態になり、物理的な衝撃を受けると、瞬時に硬化・凝結して損傷を防ぐのです。前代未聞の現象ですよ……」
「聞いてると……いいことずくめじゃない」病床に横たわるオーロラが弱々しく呟いた。
フリーデはオーロラの顔に目をやった。水滴ほどの大きさだった感染の紫斑は、今では銅貨を何枚も寄せ集めたほどにまで広がっている。高熱は依然として下がらず、苦しげな表情を浮かべていた。魔力に鍛えられた魔法使いである以上、身体能力は常人をはるかに超えているとはいえ、鋼鉄でできているわけではない。このまま悪化し続ければ、やはり耐えきれずに命を落とすだろう。
「感染したところを……直接えぐり取ったら?」オーロラは喉から無理やり声を絞り出して、ようやくそれだけを口にした。
「それでも根治はできない……」ルーンは首を横に振った。「この汚染を引き起こす病原因子は非常に微小で、すでに血流に乗って君の全身に行き渡り、あらゆる場所に感染の種を残している……無理に病巣をえぐり取っても、奴らは身体の別の場所に新しい感染部位を作り直すだけだ……しかも数はもっと増えるかもしれない」
「聞いてると……本当に気持ち悪いわね……」彼女は短く息を吐いた。
「でも、今死んじゃえば……この先年を取って、美少女でいられなくなる心配もしなくて済むわね……」蒼白な顔に、どうにか微笑みを浮かべてみせた。
「もしあたしが……本当に死んだら、『絶域城一の美少女』の称号は、あなたにあげる」
そう言い終えると、残った力を使い果たしたかのように目を閉じ、それきり何も言わなかった。
遺言めいたオーロラの言葉に、フリーデの表情が険しくなった。
「彼女は……あとどれくらい持ちますか?」
「患部が養分を吸い取る速度が、どんどん上がっています。ここ数日はもつでしょうが、それ以上長引けば、何とも言えません」ルーンはため息をついた。
「一刻も早く。できるだけ早くあの怪物を捕らえてきてください。死骸でも構いません!怪物の本体さえ研究できれば、特効薬を作って彼女を救える望みがあります」
「でも、どこから探し始めればいいの……?」
決意を固めたとはいえ、夜の街路を一人歩くフリーデには、あの軟泥の怪物の足跡をどう追えばいいのか、やはり分からなかった。
あの怪物は決して低くない知能を持っている。意図的に身を隠されては、この街の中から見つけ出すなど、干し草の山から針一本を探すようなものだった。
一晩中街を探し回るうちに、朝日がまた空に昇った。夜でさえ痕跡一つ見つからなかったのだから、昼間ではなおさら望みはなかった。
手ぶらのまま、フリーデはレシナの家を訪ねて意見を聞いてみることにした。
扉を開けた途端、レシナが包帯を手に、慣れた手つきで自分の右目に巻きつけているところが目に入った。
「ごめんなさい」思いがけず邪魔をしてしまい、フリーデは慌てて詫びた。
包帯を巻き終えると、レシナは振り向いて笑顔で言った。
「いえいえ!ちょうどよかったです。週末で仕事がないときは、一人でいると退屈で仕方ないんです!」
レシナは台所へ向かうと、できたてのプリンを四つ運んできてテーブルに並べ、フリーデを温かくもてなした。
「今日は週末だから、クリームプリンにしました!これはあなたの分です!」
「ありがとう」
これまで何かとレシナの世話になってきたフリーデは、いつか必ずこの恩を返そうと心にひそかに誓っていた。だがレシナはいつも笑顔で、自分の苦労を一度も口にしたことがない。これでは恩返しのしようもなかった。
けれどすぐに、レシナが抱える一番目につく問題に思い当たった。
「あなたの右目……どうして見えなくなったの?もしかしたら、私の魔法で見えるようにできるかもしれない」
「お気持ちはありがたいですけど、たぶん無理だと思います」
フリーデの申し出に、レシナは微笑んで首を横に振った。
「父が五階の魔法使いを雇って治療してもらったこともあるんですけど、それでも失明の原因は分からなかったんです。でも、目は一つあれば十分ですから!」
フリーデはうつむき、不躾なことを言ってしまったと悔やんだ。
「ごめんなさい」
「いいんですよ。フリーデが私のために何かしようと思ってくれた、その気持ちに感謝しています」
彼女は両手を広げ、テーブルの上のデザートを示して言った。
「さあ、プリンを食べてみてください!これ、私のとっておきの自信作なんですよ!」
フリーデはスプーンでプリンを小さくすくい、口に運んだ。舌触りはふんわりとなめらかで、甘みもたっぷり。ほのかな花の香りまでした。
「おいしい」フリーデは頷いて褒めた。
「よかった!」
レシナも嬉しそうに自分のプリンを何口か味わった。スプーンを口に入れた途端、幸せそうな表情を浮かべる。今回の出来栄えに、よほど満足しているようだった。
「その服、とても素敵ですね。誰が選んでくれたんですか?」食べ終えると、レシナは皿を片付け、窓辺で花瓶の花を整え始めた。
「どうして分かるの……自分で買ったんじゃないって?」
「だってフリーデは、服を選んでおしゃれに気を遣うような人には見えないんですもの!」
フリーデは少し考えた。言われてみれば、確かにそのとおりかもしれない。
ただ、この服はオーロラから贈られたものだ。彼女が今も重い病で床に伏していることを思うと、強い罪悪感がまた胸に込み上げてきた。
「何か悩みごとですか?」眉間に浮かぶ憂いを見て取り、レシナは小首を傾げて尋ねた。
「うん……」フリーデはため息をついた。「もし、ある人が身を隠したいとしたら、『それ』はどこに隠れると思う?」
「どれくらいの間、隠れるんですか?」レシナは問い返した。
「あまり長くは隠れていられない。それに、ほかの人に見られないようにもしないといけない」
「それなら……まず探すのは、お腹を満たせる場所じゃないでしょうか?」
「隠者の多くは自分で畑を耕して暮らしていると聞きますし、きっと同じことですよ……!」
レシナは考えを口にしながら、花瓶の枯れた花を抜き取り、バルコニーの鉢植えから切ってきたばかりの花に挿し替えた。
「そうだ……!お腹を満たす必要があるんだ!」
レシナの手にある花を見ているうちに、フリーデの脳裏にあの夜の戦いの光景がふとよみがえった。
「花……そう、花だ!」
「あの怪物の粘液は地面に落ちると、すぐに周りの植物の生命力を吸い取って、地面を枯れ果てた荒れ地に変えてしまう。あれが本体の延長なら……あの怪物は自分を満たすために、途方もない量の養分を必要としているということ……!身を隠すだけの知能があって、この街が自分にとって好ましくない場所だと分かっていながら、それでもここに留まらなければならない理由も、それだ……!」
目まぐるしく考えを巡らせるうちに、フリーデは思わず声を上げていた。
「この街で、生命力が最も密集している場所……」
「飼育場、ですよね?」
「飼育場に違いない!」
二人の少女は異口同音に答えを口にした。
「ありがとう……レシナ!」
「どういたしまして」レシナは艶やかに微笑んだ。顔の半分を包帯で覆われ、どこか病弱に見えても、その儚さが、笑みに宿る情熱と瞳にきらめく希望を隠すことはなかった。
「何十年も前に、王国が『人畜分離』の政策を推し進めたんです。経済の形が変わったこともあって、街の人たちも家ごとに動物を飼わなくなりました。今、街の家畜は全部、専門の畜産農家がまとめて供給しているんです」レシナは花瓶を置き、指を折って数え始めた。
「それで、いろんな家畜の中でも、生命の密度と栄養価がいちばん高いのは、乳牛の牛舎でも馬小屋でもなく、『採卵鶏舎』だと思います!採卵鶏舎の籠はぎっしり詰まっていて、鶏が首を回すこともできないほどなんです。怪物にとって、あそこほど理想的な狩り場はありません!」
「レシナ……本当に物知りなのね」筋道立った補足を聞き終えて、フリーデは驚いたように言った。
「いろんなところでアルバイトをしてきただけですよ。でも副業にするには、動物の世話は大変すぎて、私の身体がもたなかったんです。だから今は、夜に刺繍をして生地屋さんに売って、家計の足しにするしかなくて」彼女は残念そうに笑った。
「本当にありがとう……!それじゃあ、私はこれで失礼するね!」




