第五章 依頼
夜風を受けながら、二人の少女は肩を並べて通りを歩いていた。時刻はすでに夜の六時。北方にあり、しかも秋の盛りとあって、絶域城では一日の半分近くが夜に包まれる。通りにはまだ家路を急ぐ勤め帰りの市民の姿があり、食べ物の香りが煙突の煤煙の匂いと混じり合って、あたりに漂っていた。
「その人が言ってたのって、溺死鬼のこと?」
フリーデが伝えた情報を聞き終えると、自称美少女のオーロラは思案顔になり、思わずそう漏らした。
「確かに、幽霊の仕業って可能性はあるわね。厄介だわ。枯れ井戸にしろ下水道にしろ、美少女が行くような場所じゃないんだから」そう言って、彼女は譲れないとばかりに拳を握りしめた。
「私が一人で捜索に行ってもいい」フリーデは少し考えてから言った。
「だめ!」オーロラは即座にその提案をはねつけた。「あなたも美少女なのよ、あんな場所に行けるわけないでしょ!それに、仲間を一人で危険な目に遭わせるなんて、美少女の掟に思いっきり反するわ!行くなら昼間よ、それが一番安全なんだから!」
「それで、美少女の掟って何?」
彼女は胸を張って答えた。「光明、正直、偉大。これが美少女の掟よ!」
「まるで帝国の宣伝文句のようじゃな」
そのとき、トレンチコートを着た中年の男が向こうから歩いてきた。煙草をくわえたまま、笑いながらオーロラの言葉に相槌を打っている。傍らには若い男の助手を従えていた。
「あら、同業のおじさんじゃない。夜にうろつくなんて、死ぬのが怖くないの?」オーロラは両手を腰に当て、眉をひょいと上げて声をかけた。
「お前さんたち青二才が怖がらんのに、わしら年寄りが部屋に引っ込んでおるわけにもいくまい?」中年の男は笑って、ふうっと白い煙を吐いた。
「実力ではお前さんに及ばんが、わしは『逃げ足』(エクスペディシャス・リトリート)という魔法だけは使い慣れておるからな。本当に何かあったら、必ずお前さんのところへ逃げ込んで助けを乞うつもりじゃ。そのときは美少女殿、この老いぼれの命を救ってくれよ!」
二言三言挨拶を交わすと、中年の男は助手を連れてひと足先に去っていった。
「あの人はレイチェル。同じく事務所をやってる人よ。片手間でやってるあたしみたいな留学生と違って、ここでもう二十年以上やってるの」あてもなく歩きながら、金髪の少女はフリーデに教えた。
「ここはあなたの故郷じゃないの?」
「ええ、あたしは王国の首都リエンリスの出身よ。王都の別名は『虹湾の都』。小雨が上がったあと、王都の湾口にはとってもきれいな虹がかかるの!機会があったら、絶対に見に行ってね!あたしはというと、王立学院の卒業研究を仕上げるために絶域城へ来たの。学院を出たときは、その期の首席だったんだから!」
「ここに来てからは、無序空間の研究のほかに、生活費をまかなうために営業許可を取って、副業で事務所を開いたの。普段受ける仕事は、猫探しとか猿の捕獲とか、まあそんなところね」絶域城に来たいきさつを、彼女は手短に語った。
「あなたは?もともとの服装からすると、西大陸から来たんでしょ?でも名前はずいぶん東部っぽい響きね」
「私も……無序空間を研究するために来たの」
自らの手で生み出したこの滅びの領域に話が及ぶと、フリーデは思わずしばし黙り込んだ。
「無序空間の歴史って、知ってる?」
「知らないわ。あたしが研究してるのは理論の部分だもの」オーロラは首を横に振った。「あの時代の歴史を伝える文献は今じゃほとんど残ってないし、古代遺跡から考証に足るものでも出てこない限り、過去の痕跡をたどるのは難しいの」
「そう……」
巡回の道すがら、二人はとりとめのない話を続けた。
まだ人の声が残る夕暮れ時から歩き続け、気づけば真夜中になっていた。街路はすっかり静まり返り、響くのは二人の澄んだ足音だけだった。
「これで何周目?」
「十四周」
出発点に戻ってきたところで、先頭を歩くオーロラはさすがに少し疲れを覚えた。周回を数えることさえ忘れていたほどだ。
「か弱さも美少女を構成する一部ではあるけど、やっぱり自分の体力はもう少しあってほしいものね」
オーロラはため息をつき、呪文を唱え始めた。フリーデはその詠唱から、三階魔法「躯体復原」だと聞き分けた。
魔法が完成すると、オーロラの頬に再び赤みが差し、元気が戻ってきた。
躯体復原は、身体に付着した負の状態を取り除くだけでなく、肉体の疲労もしっかり癒やしてくれる。
「二つ目の魔法位を躯体復原の習得に使ったのは、やっぱり正解だったわね!」オーロラは大きく伸びをした。眠気はほとんど吹き飛び、ぐっすり眠って目覚めたばかりのようにすっきりしている。
「あたしは一日に三階魔法を四回使えるの。あなたにも一発いっとく?」
「気持ちはありがたいけど、私はいらない」
「本当に?借りを作ったなんて思わなくていいのよ。美少女が自分の魅力で他人にただ働きさせるのは当然のことなんだから!」
「本当に必要ない。それに、そういうのはちっとも『光明』じゃない」
フリーデの涼しい顔をしげしげと眺め、オーロラは少し訝しげに金色の眉を上げた。
「あたしに突っ込む余裕があるってことは、本当に強がってるわけじゃないのね。変なの、疲れたりしないわけ?」
二人が十五周目の巡回に入ろうとしたそのとき、遠くから突然、助けを求める悲痛な叫び声が響いてきた。
「助けて……助けてくれ!!」
「誰かが助けを呼んでる?急いで行ってみましょう!」オーロラはたちまち警戒を強めた。
二人は走りながら手早く「力量増幅」「逃げ足」「防禦護盾」といった強化魔法を自分にかけ、声のするほうへ急いだ。
「幽霊だ……助けてくれ……!」
「幽霊?」その悲鳴を聞いて、金髪の少女は怪訝な顔をした。「でも、あたしの『妖邪警告』の魔法はちっとも反応してないのに!」
フリーデにも、もちろん何が起きているのか分からない。二人は全速力で駆け、あっという間に悲鳴の聞こえたあたりまでたどり着いた。
街角を一つ曲がると、二人の目の前には身の毛もよだつ恐ろしい光景が広がっていた。
それは軟泥のような、巨大な生き物だった。高さはおよそ二メートル、幅はその半分ほど。身体には怪しげな蛍光紫が流れ、表面には黒い渦巻き模様が散らばっていて、毛虫の目玉模様を思わせて吐き気を誘う。しかもその軟泥のてっぺんからは人間の脚が一本突き出ていて、ゆっくりと蛍紫色の身体の中へ呑み込まれていくところだった。
軟泥の少し手前では、トレンチコートを着た男が尻もちをついてへたり込んでいた。あの悲痛な救いの声の主はこの男で、その後ろ姿はフリーデがほんの数時間前に見たばかりのものだった——さっき二人に声をかけてきた、レイチェルだ。
「うっ……何なのよこれ!?こんな怪物見たことない、どんな文献にも載ってなかったわ!」大半を呑まれたその脚は、どう見ても人間のものだ。惨状を目の当たりにしたオーロラは胃がひっくり返るような感覚に襲われ、強烈な吐き気が喉元までこみ上げてきた。
「気をつけて、あいつは何か心霊的な影響を及ぼしてくる……!」
「だ……だめ、美少女は往来で吐いたりしないんだから!」
オーロラは顔面蒼白のまま、吐き気を必死にこらえて視線をそらした。すると案の定、気持ち悪さはだいぶ和らいだ。
「魔法であれを牽制して、私があの人を引き戻す!」言うが早いか、フリーデは真っ先に飛び出した。オーロラもすかさず魔法を放ち、手の中で形を成した二筋の灼熱光線が一気に撃ち出される。
炎は蛍紫の軟泥の身体に命中したが、爆発は起きなかった。まるで水面に石を投げ込んだように、蛍紫色の泥をいくらか跳ね散らしただけだった。本体からちぎれた欠片が地面に落ちると、触れた雑草はその場で枯れていく。地に落ちた蛍泥は生き物のようにのろのろと這い、本体へ戻って再び融合しようとしていた。
「大丈夫?」
前方へ駆けつけたフリーデは、へたり込んだ男の肩をつかんだ。ところが触れた途端、男の身体は根なし草のように後ろへ倒れ込んだ。そして彼女は、さらに恐ろしいものを目にする——男の身体の前面はすでにその大半が蛍紫の軟泥に覆われ、顔にへばりついた軟泥はなおも不気味に蠢いていたのだ。
「助けてくれ……幽霊だ……助けてくれ……」男は虚ろな目でぶつぶつと呟いていた。唇までもがすでに軟泥で塞がれている。
「……!!」フリーデは息を呑み、とっさに身をのけぞらせて飛び退いた。その判断は正しかった。次の瞬間、男の顔の蛍光軟泥がいきなり跳ね上がり、まっすぐ彼女の顔めがけて飛びかかってきたのだ!
尻もちをつきながらも危ういところで奇襲をかわしたが、すでに軟泥の本体にあまりにも近づきすぎていた。怪物の身体から突然二本の泥の柱が放たれ、まっすぐ銀髪の少女へ襲いかかる。
「厄介な……!」
「早く戻って!こいつはわざと罠を仕掛けて、ほかの人間を食おうとしてるのよ!」後方からオーロラが切迫した声で叫ぶ。
オーロラの脳裏に、書物で読んだある種の怪物のことがよぎった。人間の死に際の悲鳴をわざと真似て、獲物をおびき寄せる怪物だ。目の前の光景は、この怪物が仕掛けた捕食の罠である可能性が極めて高い!
フリーデは慌てて立ち上がり、身をかわした。オーロラはすぐさま彼女に護盾を張り、同時にさまざまな元素魔法で攻撃を試みたが、どれもほとんど効かない。一方フリーデは、蛍紫の軟泥が吐きかけてくる攻撃にじりじりと押し下げられていった。
わずか数秒のうちに、怪物は十数発の汚染粘液を連射した。フリーデは死に物狂いでかわし続けた。一度でも付着すれば、あの得体の知れない汚染に蝕まれかねない。直感がそう告げていたのだ。
左右に身をかわしてすべての攻撃を避けきったものの、十分な安全距離を取ることはできなかった。しかも怪物の攻撃はそれだけでは終わらなかった——突然、軟泥の全身の蛍光が一瞬翳り、強大な念動力が不意に降りかかった。
だがその念動力が拘束した相手、そして次の粘液噴射の標的は、目の前の銀髪の少女ではなかった。後方に立ち、援護の詠唱に気を取られて防御を疎かにしていたオーロラだったのだ!
詠唱の最中だったオーロラは、突如として凄まじい力に全身をがっちりと締めつけられた。喉からは声ひとつ出ず、四肢はねじ切られるかのような激痛に襲われる。
「しまった……!」愕然としながらも必死に魔力をかき集め、束縛を破ろうとする。だが防御魔法を放つにしろ、身をかわすにしろ、もはや手遅れだった。
間に合う手立ては、フリーデが長剣を召喚し、攻撃を食い止められるだけの剣気を斬り放つこと、ただそれだけだった。
だがそのとき、あの絶望に満ちた救いを求める声が、亡霊のようにまとわりついて耳元で響き続けていた。凄絶な泣き叫ぶ声は、選択を迫られたどこかの苦しい現場へと彼女を再び引き戻すかのようで、助けを求める叫びはやがて呪いの囁きへと歪んでいった。
「私は……!」
その声に、彼女は一瞬ためらった。そしてその一瞬の放心が、人を救う唯一の機会を彼女から奪い去った。
オーロラは目を怒らせて渾身の力で抗い、粘液が届く寸前にかろうじて束縛を振りほどいた。だが残された時間では、半歩踏み出すことさえできなかった。
身を包んでいた護盾は飛来した数条の粘液に打ち砕かれ、軟泥が四方に飛び散る。とっさに腕を上げて防いだものの、淡い紫の液体は容赦なくその腕に降りかかり、さらに数滴が守りをすり抜けて、左の頬にじかに付着した。
「うっ……!」苦痛に満ちた声が漏れた。
我に返ったフリーデは目にも留まらぬ速さで駆け寄ってオーロラを抱え上げ、一目散にその場を離れた。
先ほどの念動力を伴った攻撃で多くの力を消耗したのか、蛍光軟泥は追ってこなかった。ゆっくりとへたり込んだ男の前へ這い戻ると、泥沼のような身体を広げ、その頭をひと呑みにした。
「オーロラ……!大丈夫?」
フリーデは腕の中の少女を見下ろした。オーロラの顔には不気味な蛍紫色の汚れがぽつりと付いていた。白い紙に落ちた墨のように痛々しく目を引き、しかもじわじわと広がっている。白磁のように整った顔立ちが、苦痛に歪んでいた。
「粘液が当たったところ……感覚がなくなったみたい……」
「最悪……美少女ともあろうものが、人の足を引っ張るなんて……」
「もう喋らないで。ひとまず事務所へ連れて帰るから!」
フリーデの腕の中で、蒼白な顔のオーロラはどうにか口を開き、「初級復原」を唱えた。魔法が効いてくると、肌を少しずつ蝕んでいた蛍紫の斑の広がりが、いくらか鈍ったように見えた。
「ごめんなさい……私のせいで、あなたをあの怪物に汚染させてしまった」全速力で通りを駆けるフリーデの銀白の長い髪が、夜風になびく。腕の中でぐったりとしたオーロラを見つめ、彼女は申し訳なさそうに謝った。
「あなた一人のせいじゃない……あたしがあの怪物の知能を甘く見すぎたのよ……」
「なんだか……すごく寒い」
オーロラの症状は急速に悪化し始めた。慌ただしく事務所へ戻ると、フリーデは急いで彼女をベッドに寝かせた。
フリーデはオーロラの汚染された袖を裂き、布で患部を覆って隔離した。紫の液に汚染された箇所は全部で三つ。二つは左腕で、その間隔は十センチもない。もう一つは左の頬だった。
オーロラの顔はすでに真っ赤に火照っていた。フリーデがそのきめ細かな額に手を当てると、火にあぶられたかのように熱い。
「あなた……ひどい熱」
フリーデは急いで魔法で氷嚢を作り、少しでも熱を下げようとした。
「傷口はどんな感じ……?」
オーロラは目を閉じたまま、弱々しく呟いた。「汚染されたところはもう完全に感覚がない……それに紫の斑はまだゆっくり広がってる……」
「復原術は……感染の拡散を遅らせるだけみたい。さっきかけた法術が、まだ効いてるから……」
病状はみるみる悪化していき、声からは力が失われ、両目は苦しげに固く閉じられていた。
「どうすれば、あなたを助けられる?」
「わ……分からない……こんな怪物、聞いたこともない……どう対処すればいいのかも……」
ベッドのオーロラも、途方に暮れるばかりだった。ひどい寒気に襲われ、本能的に掛け布団の中へ身を縮める。
「どうしてこんな……!」フリーデは珍しく焦りの表情を見せた。
「復原術が効くなら……七階の高級復原術なら、きっとあなたを治せるはず……!」
「七階の神術師なんて、どこで探すのよ……?」オーロラは苦笑して何度か咳き込んだ。五階以上の神術師ともなれば国家級の顧問で、王国全土を探してもせいぜい二、三人。しかもほとんどが首都に常駐している。
「朝になったら……あなたが市庁に連絡して、あたしたちが見たことを全部伝えて……もし連中に良心が残ってるなら……人を寄越して助けてくれるはず……」ベッドの上で、彼女はやっとの思いでそれだけを絞り出した。
夜半を過ぎても、フリーデはベッドのそばを離れず、オーロラの熱を下げようと手を尽くし続けた。やがて日が昇り、夜明けの光がベッドに差し込んだころ、フリーデはようやく、自分が片時も離れずに何時間も看病していたことに気づいた。
オーロラの熱は相変わらず下がらなかったが、本人は精根尽き果てて眠りに落ちていた。
「市庁へ助けを求めに行かないと」
オーロラの言いつけを思い出し、彼女は立ち上がって市庁へ向かった。
市庁舎の正門まで一気に駆け抜け、そのまま飛び込もうとしたところで、門の衛兵に止められた。
「申し訳ありません、お嬢さん。市庁舎は誰でも入れる場所ではありません。許可証をご提示ください」
「でも、本当に急ぎの用があるんです……!」フリーデが事情を説明しようとしたちょうどそのとき、研究者のローブをまとった青年が市庁舎の門前にやって来た。
「ご婦人をそんなふうに扱うのは感心しませんね。そちらの美しいお嬢さん、市庁にどんな急用がおありですか?私はルーン。絶域城の魔法顧問として、いくらかお力になれるかもしれません」青年の姿を認めると、衛兵たちは恭しく一礼した。
「私の友人のオーロラが、正体不明の病に感染したんです……!どうか彼女を助けてください!」
「オーロラ?王立学院のあの優等生のオーロラですか?」青年は驚いて尋ねた。「数日前、彼女が失踪事件の捜査申請を提出したのを見たばかりですが」
「はい……昨夜、失踪事件を調べていたところ、正体不明の怪物に遭遇しました。彼女は怪物の粘液を浴びて奇妙な病にかかり、今は高熱を出しています」
「それはまずい。三階魔法使いでも解決できない病があるとは」少し思案して、ルーンはこの件が一筋縄ではいかないことを察した。笑みを消し、真顔になって言う。「すぐに彼女のところへ案内してください」
ルーンはフリーデのあとについて事務所へ急いだ。
二人が部屋に入ったとき、オーロラの高熱は好転の兆しをまったく見せておらず、額に置かれた氷嚢はとうに溶けてぬるま湯になっていた。
「これが感染した部位ですか?」青年は足早に歩み寄って眠るオーロラを診察し、頬と腕の蛍紫の斑をじっと見つめた。
病因を探るべく、彼はいくつかの検査魔法をかけていった。
続けて、効能の異なる治癒法術をいくつも立て続けに行使する。いずれも三階魔法に過ぎないが、長年の積み重ねもあって、彼の修めた法術の種類はオーロラよりはるかに多かった。
しかし、法術が発動しても、オーロラの感染の徴候は一向に引く気配を見せなかった。
「見たことがない……こんな病は。呪詛駆散、疾病治療、それに寄生虫消滅の呪文まで試しましたが、どれも大した効果はありません」診断を終えても、青年には打つ手がなかった。できたのは、懐から緑葉の紋様があしらわれた銀の護符を取り出し、そっとオーロラの首元に掛けることだけだった。
護符を掛けると、オーロラの状態はわずかに持ち直したようだった。彼女はうっすらと目を開け、まだどこかぼんやりとした瞳で枕元の二人を見上げた。
「あなた……なの?ルーン?」彼女は力なく呟いた。「あたしの……この症状、躯体復原で一時的に抑えるしかないみたい……」
「詳しい状況を話してもらえますか?解決方法が見つかるかもしれません」ベッドの傍らに立つフリーデが気遣わしげに尋ねた。
ルーンは重い面持ちで説明した。「オーロラの状態はかなり悪い。患部が彼女の生命力と魔力を吸い取っています。まるで寄生虫が取り付いたかのようです。しかも患部には拡散する能力があり、今のところ躯体復原で一時的に食い止めるしかない。患部の物理的な形態にも変化が起きていて、わずかに軟化する現象が見られます。この特性は高階の呪詛に非常によく似ている……」
「今の高熱は身体の免疫機能が働いている証拠ですが、見てのとおり、この病にはまったく効いていません。私が彼女に掛けた『生命礼賛』の護符は、人体の自然回復力を高めるものです。着けておけば、病の苦痛も多少は和らぐでしょう」
「躯体復原にそれなりの効き目があるなら……万病を治すと言い伝えられる聖階魔法『妙手回春』なら、あたしを治せるかもね……」病床のオーロラはかろうじて口の端を上げ、力なく冗談を言った。
「感染に至った経緯を詳しく聞かせてください」青年は真剣な口調で言った。「この症状は一度かかれば、現在の手段ではほぼ治療できません。今のところ二次感染の能力はないようですが、万一突然変異が起きれば、その致死性からして王国全体が滅びかねません!一刻も早く感染源を突き止めなければ!」
「実は……」フリーデは昨夜の出来事を一部始終語って聞かせた。
「感染源は、見たこともない怪物……最近の失踪者は、その大半があの怪物に呑み込まれたと見るべきでしょう。しかもかなりの知能を持っているようです。だからこそ、あなた方に見つかるまで尻尾を出さなかったのでしょう。レイチェルのような百戦錬磨の探索者でさえ、不幸に見舞われたとは……」フリーデから得た手がかりをつなぎ合わせ、青年は事態の深刻さを悟っていた。
「これは大事です。すぐに市長に報告し、より多くの資源を投入して捜索できるよう申請します」
「それなら……あたし……労災の補償金、もらえる……?」ベッドの上のオーロラは、弱りきっていてもなお権利の主張だけは忘れなかった。
「しっかり生き延びることだ。でないと金があっても使う命がないぞ、ゼロ号患者」
半ば冗談めかした励ましの言葉を残して、ルーンは踵を返し、足早に去っていった。




