第一章 レシナ
この日は雲一つない晴天だった。フリーデが一人旅の途についてから、すでに二週間あまりが過ぎていた。
ライカベサでは、叛国者と結託した貴族の大半が財産を没収され、爵位を剥奪されて平民に落とされた。数名の将校と関与した政府官僚は主謀者として銃殺刑に処され、その子女は奴隷として帝国へ売られ、代金はすべて国庫に収められた。
だがそれは、騒乱が収まったことを意味してはいなかった。前進党の党首にして反乱の首謀者ドミトリーは南方へ逃亡し、そこで軍を集めて最後の抵抗に備えていた。共和国の内戦は、ついに勃発したのである。
もっとも、そのすべてはもはやフリーデには関わりのないことだったし、彼女に止める力もなかった。
その間に彼女は船で間隔海——無尽の海とも呼ばれる巨大な海洋——を横断し、帝国北方の小国「虹湾王国」の西境にたどり着いた。港に上陸すると、手持ちの金券を虹湾王国の新貨に両替し、買い求めた地図を頼りに王国の北方へと出発した。
馬の世話は不得手なので、わざわざ金を払って馬を買い、足代わりにすることはしなかった。そもそも馬には餌も寝床も休息も要るが、彼女には要らない。一日二十四時間、夜を日に継いで道を急げるのだ。
おかげで上陸からわずか十日で、彼女は目的地である絶域城の郊外に到着した。
煉瓦敷きの道を一人で歩いていても、寂しさは感じなかった。ただ時折、知り合ったあの人たちは今ごろ何をしているのだろう、と思いを馳せるくらいだった。
彼女はロココ風のドレスを身にまとっていた。山林を歩くのに向かない格好なのは明らかだったが、何を着ればいいのか、彼女自身にも分からなかったのだ。
道すがら、いくつかの墓地が目に入った。この道に人気がないのは、おそらくそのせいだろう。強制火葬の施行で死体が死霊術師に利用されることはなくなり、危険も減ったとはいえ、「死」という概念が絡むとなると、人は決まって敬遠するものだ。
だがフリーデにとって、それはむしろ好都合だった。声を掛けてくる余計な人間が減るからだ。
丘の上から見下ろすと、横に連なる胸壁がかすかに見えた。あと十数分も歩けば、市内に入れるだろう。
「た……助けて……ああっ!」
その時、か細い助けを求める声がフリーデの耳に届いた。
彼女はすぐさま身を翻し、林の間を縫って、声のする方へ飛ぶように駆け寄った。
見れば、鋭い牙を持つ猪が一頭、木に猛然と体当たりを繰り返しており、ぶつかるたびに木が激しく揺れていた。そしてその木の上に、古びたドレスを着た少女が身を潜めていた。赤茶色の長い髪に、後ろ頭には大きなリボンを結び、顔には焦りと心細さがありありと浮かんでいた。
林から飛び出したフリーデは、その光景を見て助けに入ろうとした。目の前の猪は一階にも満たない獣に過ぎず、剣さえ振るえれば、たやすく斬り伏せられる。
「まず魔力を集めて……」彼女は体内の力を巡らせ、自らの長剣を呼び出そうとした。
だがその時、ある光景が意識の奥から不意に浮かび上がった。思考を断ち切られ、彼女はその場に呆然と立ち尽くした。
「お願い……私たちを助けて……!」
光景の中にいたのは、銃に囲まれた母娘だった。二人が何者なのか、彼女は何も知らない。だがあの絶望の呼び声は影のように付きまとい、昼も夜も耳元で響き続けていた。
「うっ……!」彼女は力を振り絞って意識を記憶から引き剥がした。そこでようやく、目の前の景色が現実の森へと戻った。
おぼつかない足取りで数歩後ずさる。持ち上げた手は宙で強張り、指先がかすかに震えていた。
「私は……戦えないの?」
だが木の上の少女は、なおも助けを求めていた。
「せめて、同じ轍を踏むわけにはいかない」彼女はそう思った。そして足を速めて駆け出し、跳躍する。鮮やかな蹴りが彗星のように襲いかかり、猪の脇腹を激しく打った。命中と同時にその反動を利用して空中で後方に一回転し、危なげなく着地した。
猪の方は数十メートルも蹴り飛ばされ、重い体が地面に長く深い痕を刻んだ。だがすぐに体を揺らしながら起き上がると、慌てふためいてその場から逃げ去っていった。
木の上の少女は思いがけない展開に呆気にとられ、しばらくしてようやく我に返った。
「あ……ありがとうございます」
猪を片付けると、フリーデは身を翻して立ち去ろうとした。それを見た木の上の少女は慌てて呼び止め、大急ぎで木から降りようとした。
「ちょっと待ってください……!」
呼ばれて振り返ったフリーデの目に飛び込んできたのは、ちょうど少女が足を踏み外す瞬間だった。
「きゃっ……!」少女は悲鳴を上げて木から落ちた。フリーデは言葉を発する間もなく、矢のように踏み込んで両手を差し出した。落下の残像が一筋走り、間一髪、落ちてきた少女をどうにか受け止めた。
見下ろしたフリーデの視線が、ちょうど開かれた少女の潤んだ瞳とぶつかった。あまりにも澄んだその瞳は、生まれたばかりの子鹿のように無垢だった。だがフリーデに見えたのは左目だけだった——少女の右目と右の頬は包帯に巻かれており、怪我をしているようだった。
そのまま衣服に目をやると、ドレスが何か所も繕われているのが分かった。できる限り同じ色の布を使い、縫い直しの腕も実に見事だったが、それでもどこか不自然な跡は見て取れ、家計の苦しさがそれとなく滲み出ていた。
「あれ……?」腕の中の少女は、来るはずの落下の衝撃がないことを不思議に思った。フリーデに抱きかかえられていると気づくと、思わず顔を赤らめる。
「ごめんなさい……あの、私、重くないですか……?」
「正常な人間の女性の標準の範囲内」フリーデはそう言って、ついでに少女の重さを量るように腕を揺すった。
実のところ彼女はシュークリームのようにふわりと軽く、白く透き通った肌は触れれば破れてしまいそうだった。
とはいえ、重さを確かめるようなその仕草に、少女の頬が一段と赤くなったのは言うまでもない。
「お……下ろしてください!」彼女は慌てて叫んだ。
言われたとおりにフリーデは手を放し、彼女をそっと地面に立たせた。
「本当に……助けていただいて、ありがとうございました」体勢を立て直した少女は、深々と頭を下げて礼を述べた。「私はレシナ・メリセノといいます。あなたのお名前は?」
「フリーデリカ。大したことじゃない。用がなければ、これで失礼する」そう言うなり、銀髪の少女はさっさとその場を離れようとした。
「お待ちください……!あなたは私の命の恩人なんです、どうかお礼をさせてください!」フリーデが立ち去ろうとするのを見て、彼女は焦って叫んだ。
「必要ない」
「その様子からすると、旅の方ですよね?私の家はちょうど絶域城にあるんです。よろしければ、ぜひ家に来て、おもてなしさせてください!」レシナは熱心に言った。「それに、うちに泊まれば宿代も浮きますよ!広さはきっとご満足いただけます。普段は一人で住んでいて、広すぎるくらいなんですから!それにそれに、料理の腕にもちょっとだけ自信があるんです!」
彼女は身振り手振りを交え、精一杯に感謝の気持ちを伝えようとした。そのあどけなさの残る熱意にフリーデは思わず面食らい、その不器用さにかすかな温かささえ覚えた。これほどの好意を無下に断るのは、さすがに薄情な気がした。
そこでフリーデは頷いて承知した。何しろ節約できるところは節約しておくに越したことはない。彼女の全財産といえば、ウェルズが残していったあの金券だけなのだから。
「ちょうど……絶域城で調べたい資料があるの。それなら、数日お世話になる」
「よかった……!ちょうど一人暮らしは寂しいなって思っていたところなんです!」レシナは心からの笑顔を浮かべ、フリーデの右腕に腕を絡めた。
「それでは行きましょう!フリーデが一緒に絶域城まで来てくれるなら、道中また猪が出てきても心配いりませんね!」
こうして二人は元の小道に戻り、肩を並べて絶域城へと向かった。
これが、レシナとフリーデリカの初めての出会いだった。




