第三十八章 終末
「あなた……よりにもよって……こんなことを……!?」
「あなたのしたことは、他人の魂を弄ぶ悪魔と……!何が違うの!?」
その瞬間を目の当たりにしながら止めることも叶わなかったフリーデが、彼の笑い声を遮った。急き立てられるような速い足取りで歩み寄ってくる。その足音は葬送を急かす音のようで、顔に浮かぶ怒りが彼を責め立てていた。
「ほう?」思わず放埓な笑い声が漏れた。怒りに燃えるフリーデの絶美の顔を見つめ、口元に邪な笑みを浮かべる。彼は笑った。完全に怒りを掻き立てられ、声を上げて笑った。
「俺の国の民が火の海の中で家を失った時、正義はどこにあった?俺の両親が謀反人の剣に体を貫かれた時、正義はどこにあった?俺の妹が城の火の海に呑まれた時、正義はどこにあった?俺がライカベサの大通りで鼠の死骸を食って腹を満たし、盗みと強奪と騙りで生き延びていた時、正義はいったいどこにあった!?俺にとって復讐こそが、最も徹底した正義だ!!」
彼は冷たく笑って、さらに続けた。
「まして、お前は本当に自分が純潔無垢な正義の使者だとでも思っているのか?両手を血に染めた屠殺者のお前が、どんな道徳の高みに立って俺を責めるつもりだ!?」
彼は高らかに笑った。その言葉を聞いたフリーデは、なぜか背筋を這い上がる寒気を覚えた。彼の狂気のせいかもしれないし、あるいはウェルズがこれから口にする言葉に、不吉な予感を抱いたからかもしれない。
「お前はずっと、自分がなぜ封印されたのか知りたがっていただろう……?今、その理由を教えてやる!」
「終末救贖者が古共和国を滅ぼした時に使ったのが、咫尺の書の九階魔法……『次元裂解』だ!あの惨劇では四百万人が時空の裂け目に呑まれて死に、大陸そのものが奴らに引き裂かれた!」
「それがお前だ」彼は人の心を抉るような笑みを浮かべ、驚愕に呆然とするフリーデの顎に二本の指を添えた。間近に迫ったその瞳の奥に彼女が見て取ったのは、嘲弄の眼差しだった。
「両手を血に染めた、邪教の共犯者」
その言葉に、彼女の内側はばらばらに崩れ落ちた。天が崩れ地が裂ける音が響いた気がした。息を呑むほど美しい金の瞳が震え、鈍く虚ろになっていく。魂を抜き取られたかのように、彼女はその場に呆然と立ち尽くしていた。
「ありえない……」「そんなの嘘……」「私がやったはずがない……!」「いいえ、彼は嘘をつかない……」「どうしてこんなことに……!」
一瞬のうちに数え切れない思考が知覚を掻き乱し、胸が詰まって息もできない。耐えきれなくなる寸前、彼女はあらゆる思考を無理やり空にした。片付けきれなくなって、やけになって机の上に山積みの雑多な物を腕で床へ払い落とすように。
「あなたの言ったこと……全部、本当なの……?」
すべての思考を投げ捨てると、フリーデは長く溺れていた者がようやく水面に顔を出したように息を吸った。胸を強く押さえ、苦しげに浅く喘ぐ。自分の内側に深い亀裂が走ったのが分かった。傷口から流れ出すのは、尽きることのない赤い溶岩だった。顔にはなお、信じがたいという色が残っていた。
彼は背を向けて立ち去ろうとした。漆黒のコートが翻る。横に掲げた右手の先で掌を開き、手にしていた魔導書を放した。
「もう十分だ」
「俺たちは、一緒にいるのに向いていないと思う」
右の手の甲に契約の六芒星の紋様が浮かび上がり、一瞬閃いたかと思うと、たちまち崩れ去った。
魔導書の契約は解除された。それまで宙に浮いていた書は動力を失い、不意に土埃の中へ落ちて砂塵を舞い上げた。
まだ茫然としたまま、フリーデは一言も発することなく、遠ざかっていく彼の姿を途方に暮れて見つめていた。
「正しいか間違っているかは、俺にとってもう意味がない」
「復讐だけが……俺の唯一の使命だ。すべてをそこに注ぎ込む」
彼の姿が視界から消えてようやく、フリーデは迷いの中からわずかに我に返った。
フリーデは鎖の付いた咫尺の書を砂地から拾い上げ、白くきめ細かな指で、金色に輝く流紋を汚す砂粒を拭った。雅やかで美しい表紙は変わらないのに、何かが欠けてしまった気がした。
「パパ……!」「いや……あなた……!」
幕を開け、血だまりに転がる首を目にした馬車の中の母親は、なすすべもなく泣き崩れた。フリーデに向ける眼差しにさえ怯えが満ちている。娘の目をきつく覆って抱き寄せ、目の前の惨状を見せまいとした。だが娘はもうあの地獄のような光景を見てしまったらしく、悲鳴を上げて泣き叫んでいた。
途方に暮れたフリーデは、その場に立ち尽くすしかなかった。両脚から力が抜け落ちたように、身動きひとつできない。
だが、頭の中で絡み合う感情をほぐす暇はろくに与えられなかった。続いて馬蹄の音が近づいてくる。警察の制服を着た十数名の騎馬警官で、先頭にいるのはなんと魔力を持つ魔法使いだった。彼は馬車の前まで来ると馬を降り、小銃を手にした騎兵の部下たちは馬車を取り囲んで、銃口を車内へ向けた。
騎兵たちがなすすべのない母娘に小銃を向けるのを見て、フリーデは咄嗟に魔力を集めようとした。だがその意図を見抜いたのか、魔法使いは恭しく胸に手を当てた。
「我々はライカベサ騎馬警察団です。総司令の命令により、謀反の首謀者をその場で処刑いたします。どうか我々を困らせないでください」
その言葉に、フリーデの掌はかすかに震え、魔力は何ひとつ形を成さなかった。
「やめなさい……!私が大貴族だと分かっているの!死刑免除の特権があるのよ……!」馬車の中の女が怯えきって泣き叫ぶ。
「もちろん、もちろんです。ですから法律上の手続きとしては、あなたが逮捕に抵抗してその場で射殺された、ということになるのですよ」魔法使いは淡々と言い、馬車の中へ礼儀正しく一礼した。「ボドナ伯爵夫人、どうかご自身で馬車からお降りください。貴族らしい品位をもって、最期の道を体面よくお歩みくださいますよう」
「いや……!」信じられないとばかりの悲鳴が上がった。その言葉に女は絶望して泣き叫び、唯一の望みがフリーデだと見て取ったのか、すがるように銀髪の少女を見つめた。顔じゅうに懇願の色を浮かべて。「助けて……お願い……!この子に免じて……!お願いします……!」
「この人たちはもう……!」見かねたフリーデが口を開いた途端、相手に冷ややかに遮られた。まるで彼女がそう言い出すのを、とうに見越していたかのように。
「我々を困らせないでください」
「彼女たちを助けたいのなら、まず今夜理由もなく横死した人々のことを考えてください。粛清された正直な将校たち、職務に忠実だった兵士たち、一夜にして家を失い家族を失った市民たち。クーデターに巻き込まれ、いわれなく犠牲となった彼らの命には、誰かが責任を負わねばならない。これは疑いようもなく正義の執行であり、貴族の特権を迂回した絶対の正義なのです!」
彼女は言葉を失った。思考は霞がかかったように乱れ、立て続けに浴びせられる言葉に、何をすべきかすら分からなくなっていた。何が正しく、何が間違っているのか。そして何が、自分のすべきことなのか。
「お願い……助けて……!私たちは無実なのよ……!」卑屈な泣き声はなお響き続け、少女の泣き声まで混じって、いっそう痛ましかった。
「無実?笑わせてくれる。不法に得たすべてを享受し、罪なき良民の血肉を貪っておきながら、よくも自分を無実などと言えたものだ!?」
一方は公理と正義を味方につけ、政府が黙認する権威を執行する、万人の期待を背負った者たち。もう一方はか弱い女たちだが、その命と暮らしは罪深い収奪の上に築かれたものであり、不公平な貴族の身分を剥ぎ取れば、死刑に処されて然るべき存在だった。
何をすることが自分の使命なのか、どうすれば主の期待に応えられるのか、彼女には分からなかった。どうすれば「正義」の二文字に適うのか。どうすれば、誰もが幸せになれる結末を迎えられるのか。
魔法使いはため息をついた。相手の哀願が本当にフリーデを動かし、余計な騒ぎを招かぬよう、左手を固く握りしめて後ろへ引く。魔力で編まれた念動力が二人を捕らえ、馬車から荒々しく引きずり出して、地面を容赦なく引きずった。華麗な衣装はその蛮力に無残に裂けた。
その哀号にフリーデの心は揺れたが、騎馬警官の言葉を思えば手を出すこともできない。この騎馬警官たちこそが正義であり、被害者なのだ。
「見過ごすべきじゃない……私はいったい……どうすればいいの?」小さく縮んだ瞳が茫然と宙をさまよう。あらゆる手を尽くして答えを探したが、何ひとつ結論は出なかった。
だが、この世界は彼女が何かを悟るのを待ってはくれない。
魔法使いは時を惜しむように右手を高く掲げ、高らかに読み上げた。
「聖アトランテの定めし法序礼典により、汝らは非合法併合罪、公共資金侵奪罪、叛国罪を犯した。併合罪として処す!」
「撃て!」
悲鳴と衝突音が響いた瞬間、掲げられていた右手が振り下ろされ、周囲の騎兵たちが十数挺の銃の引き金を一斉に引いた。
フリーデは拳を握りしめ、弱々しく顔を背けて、その光景から目を逸らした。
幾重にも重なった銃声が一斉に咲き乱れた後には、深い森の夜のような静寂だけが残った。
逸らした視線の先に、左手の咫尺の書があった。それは彼女自身であり、今それを手に立っているのもまた彼女だった。不意に自分の存在を意識し、そして自分の一部が、この銃声とともに風に消えていったことに気づいた。
「私の使命は……正義を行うこと……」
「なの?……」
異常な痛みが全身を駆け巡る。刀剣に引き裂かれるよりも、鷲魔に貫かれるよりも、なおつらい痛みだった。
体の傷の痛みなら、復原で治せる。だがこの痛みを前にしては、生まれたばかりの赤子のように、茫然となすすべもなかった。
世界は白か黒かで分けられるものではない。
今夜あるのは喪失だけで、誰ひとり何も得られなかった。
ウェルズは、二人が以前泊まっていた宿へ二度と戻ってこなかった。
死体が斜めに転がる展望台で、一人の青年がグラスを手にしていた。宴の花火はもう上がっていなかったが、彼にとっては、戦火で街から立ち上る幾筋もの黒煙と炎の明かりも、同じように美しかった。
「あなたの『陰謀家』の称号も、今回は当てが外れたみたいね」
嬌やかで艶めいた女の声だった。聞くだけで胸の奥がむず痒くなる。青年が展望台の後方へ振り向くと、天女のごとく美しい少女が、しなやかで優雅な足取りで歩いてくるところだった。ほっそりと均整のとれた体つきに、漆黒の精緻なドレスが血の騒ぐような胸の形と白く無垢な肌を際立たせ、腰に挿した真紅の薔薇が一輪、その傾国の美しさを引き立てていた。
血の流れる路面を歩いているというのに、床まで届く黒いスカートはその汚れた血に少しも染まらない。塵ひとつまとわぬ彼女は、世のあらゆる汚濁など意に介さないかのようだった。
「私の計画は完璧だったと思うがね」青年はため息をついた。彼の目には、少女などこの美景の艶やかさに遠く及ばない。途切れることなく続く黒煙と、時折閃く爆発の光こそが、最も心を酔わせる美景なのだ。
「野心家を煽って反乱を起こさせ、軍に首都でクーデターを起こさせて共和国を内戦の奈落へ突き落とす。その隙に我々は穀倉に火を放ち、悪魔を使って穀倉地帯の省を汚染して飢饉を起こし、共和派の将兵を殺戮し、共和派の将軍を暗殺して、専制政権に実権を握らせる」
「こうなれば、民心を失った専制政府は政権の安定を保つため、飢饉の情報と国境を封鎖せざるを得なくなる。権力の獲得方法が正当でないがゆえに、反乱はあちこちで起こり、専制政権の非効率で腐敗した統治は、国全体の人口扶養力をも下げるだろう」
「最も重要なのは、事が成った後、資源を握る専制者は喜び、殺しを担当した我々も喜び、人道に対する罪の悪名はまるごと奴らが引き受けてくれるということだ。まさに誰もが得をするじゃないか!これより『正義』な人口清掃の方法があるかね?」
青年は自分の完璧な計画に陶酔していた。かつて幾度も実行したこの計画によって、彼はすでに権力の手を借りて無数の人類を消し去ってきたのだ。
「ふふ、使徒議会でもそうやって他の人たちを説き伏せられるといいわね」少女は銀の鈴のような笑い声を上げた。
その冷ややかな言葉にも、青年、すなわちハインリヒ伯爵はとうに算段をつけていた。「予定の目標を達するのは当然問題ない。復讐の感情を軽く後押しして、人民党に前進党をそのまま非合法と決議させ、粛清を始めさせれば、共和国にまた血の雨を降らせることができる」
「野心家が動いたその瞬間から、我々の勝利だったのだ」淡々とした青年は、とうにすべての手筈を整えていた。やれやれとため息をつきつつ、どこか誇らしげに言う。「人類はまた我々の努力のおかげで生き延びられる。そう思うと、我ながら実に高潔だと感じるよ」
「もう一度、スローガンを高らかに叫ばせてもらおう!我が主アレクセイの名において、最終の救贖を実施せん……!」
「それでもまだ足りないわ。教廷のほうの進み具合が芳しくないと聞いたもの。使徒の誰かが帝国へ行って、ひと暴れすることになりそうね」聞き終えた彼女は細い眉をひそめた。その悩ましげな姿には、見る者も思わず胸が痛むほどだった。
それを聞いた青年は首を振り、もっともらしく講評した。
「君たちのこれまでのやり方、外の力で国を直接壊すというのは、何の美しさもない。私のように『野心』『犠牲』『不朽』『正義』そして『貪欲』を利用し、内側から人類同士を討ち合わせ、高殿に座してその殺し合いを眺めるのこそ、最も面白いのだよ」
「人類の存在を朝露のように儚く消えさせるのは、決して粗野な蛮力ではなく、権力だ。異なる集団がそのすべての意識と狂熱を、互いの排斥と噛み合いに注ぎ込む時、鮮血から生まれるすべては、なんと矛盾に満ち、なんと美しいことか……!」
「相手を徹底的に壊すために、悪は善に包装され、殺戮は正義と讃えられ、両手を血に染めた屠殺者は英雄として戴冠する!内部の力を結集するために、異議を唱える者は裏切り者の晒し柱に釘付けにされ、忠実な諫言は人心を惑わす妖言へと歪められる。何もかもが、憎悪の坩堝の中で極限まで精錬され、最後には一つの純粋無垢な、高貴な感情と化すのだ!」
言葉を重ねるにつれ、彼の表情は高揚していった。広げた両手は天を、世界の真理を抱きしめようとするかのようだ。やがて声は頂点へと登りつめ、偉大な叙事詩を謳い上げるように、狂おしく陶酔していた。
「私が見たいのは……人々が言葉にできぬ壮大なもののために命を投げ出す、偉大な行為だ……!それが善であれ悪であれ、人々がすべてを燃やし尽くしてそのために励むその瞬間……それこそが最も真っ直ぐな正義なのだ!!」
熱を帯びた彼の言葉にも、少女は嬌やかな声で、気にも留めずに返した。
「人類なんて生き物は、殺し尽くせるなら殺し尽くしたほうがいいわ。数十年も経てばまた大群が湧いてくるんだもの、片付けても片付けきれやしない」
高揚が収まると、青年は一息ついた。
「我々の目的は殺し尽くすことではなく、減らすことだろう。違うかね?」
少女は黙り込んだ。しばらくして、何かを感じ取ったように口を開く。
「最新の知らせよ。使徒・窃星者が自分で帝国北方へ行って、足りない指標を埋めるつもりですって」彼女は少し間を置いてから続けた。「機会があれば、威遠伯と燭聖も片付けたいそうよ」
「あの無粋な殺人狂は、自分の食欲で喉を詰まらせて死ぬのがお似合いだ。あいつを見るたびに胸が悪くなる」
青年は不快げに顔をしかめた。ふと血の匂いを嗅ぎつけ、足元に倒れた二つの死体に目をやる。どちらも見事に腰から真っ二つに斬られ、凄惨な死に様だった。
「そういえば……君はこの二人の不運な部下を私から借りて、何をしたんだ?まさか君にも人を切り刻む悪趣味があるんじゃないだろうね?」
返事がないので、青年はもう一度尋ねた。
「『葬儀の書』?何を考えている?」
彼女は白磁のように無垢な五指を開き、自らの傾城の、浮世離れした顔に添えた。玉のような肌が触れ合い、その笑みは星と月が照らし合うように、きらびやかに美しかった。
「もう一つ、とても面白い知らせを教えてあげるわ」
「私、純真な妹に会ったのよ」
「先月あなたの舞踏会で、ベドリ家のあのお嬢さんに印をつけておいたの。日を選んで連れ去るつもりだったのに、行ってみたら彼女のそばで妹に出くわしてしまって、蔓を何本か放って試すしかなかったわ。今夜あなたの部下を二人借りたのも、彼女の剣を見るためよ」
汽船は紺碧の海を進み、純白の波しぶきを立てていた。今日は風穏やかな晴れの日で、鴎の多くは空を旋回しながら鳴き交わし、人を恐れない何羽かは甲板の手すりに止まって、首を傾げながら人々を眺めている。その愛らしい鳥に、幼い子供たちが数人、朝食のトーストを手に餌をやろうとしていた。
爽やかで心地よい潮風が正面から吹きつけ、ウェルズの黒髪を揺らす。甲板の手すりにもたれた彼は、果てしなく続く海岸を眺めていた。何か考え込んでいるような顔で、手にした首飾りを無造作に振り回している。
その首飾りはライカベサでも名の知れた品で、名を「翠羽白蓮」という。蓮の花と白い羽を組み合わせた飾りがついている。もともとはボドナ伯爵のものだったが、彼の死後、ウェルズの手に渡ったのだった。
千余金券の価値はあるだろうに、ウェルズはそれを無頓着に振り回しながら、海を眺めて過去を思い返していた。
芝生の上を妹と駆け回り、この首飾りを掛けた母の腕の中で甘えていた頃。街路をさまよい、物乞いで食いつないでいた頃。そしてつい先日、反乱軍と戦い、咫尺の書を失ったときのこと。
「咫尺の書を失っても構わない。必要な知識はもう手に入れた」と彼は思った。
だが、呼びかける声がその思考を遮った。
すぐそばの船室から出てきたのは金髪の少女だった。白い服にふんわりとしたスカートをまとい、玉を彫ったように愛らしい顔に不満の色を浮かべている。
「このストーカー、変態!早く私に付けた標記を消しなさいよ……!」
わずかに怒気を込めてウェルズに言い放ったものの、その声にはまるで力がない。口にした時点で、もう半ば諦めているのは明らかだった。
「お前だって、俺と一緒に旅をすると承知したはずだが」
事件が終わった後、ウェルズは用事を片付け終えたラロリアを見つけ出し、一緒に帝国へ旅をしないかと持ちかけたのだった。
今二人がいるのは、聖アトランテ共和国の東にある中規模の国だった。ここから船で間隔海を越えれば、東の帝国、教廷の影響をほとんど受けていないあの大陸に着く。ラロリアがいれば、すぐに帝国に馴染めるはずだった。
「あ……あれは仕方がないから、渋々承知しただけよ……!」
彼女は頬を膨らませて言い返した。
「それにこのクソ野郎!私が断っても、どうせ標記で追いかけてくるんでしょ。とにかく私は本心からじゃなくて、仕方なくあんたと旅をしてるんだから!」
「ずっと怒っていて疲れないのか?振り返ってこの紺碧の海でも眺めて、気を楽にしろ」ウェルズはのんびりと答えた。
ラロリアは数歩進み出て、左肩を手すりにもたせかけると、不機嫌そうに言った。「あんたを見ると食欲はなくなるし、気分は沈むし」
「いいことじゃないか。ちょうど減量できる」
「太ってなんかないわ」ラロリアはふんと鼻を鳴らした。
「なら、お前の鳥の巣頭のせいで錯覚したんだろうな」
「腹が立つ……!髪がちょっと癖っ毛なだけよ……!」
ラロリアの抗議に取り合わず、ウェルズはただかすかに笑った。
「お前の身に着けている装備は魔動武装だな?」
それを聞いて、ラロリアは急に驚きの色を浮かべた。痛いところを突かれたかのように。
「しかも並の品じゃない。帝国武械局が特注で作った武装だ」
「思うに、お前は何かの事情で、密かに動かざるを得ないんだろう。高貴な身分まで捨てて、海を越えてはるばるライカベサへ来て終末救贖者を調べるほどに。もしかすると、帝国もお前を探しているのかもしれない」
「そういう状況なら、俺という仲間が一人増えて一緒に帝国へ入るほうが、ずっと都合がいいんじゃないか?」
「俺には復讐が必要だ。私的な手段で秘密結社に立ち向かうなんて、帝国が許すはずもない。俺も帝国に追われることになる。お前と俺は目的が似ていて、敵も障害も同じようなものだ。最良の協力相手だろう。俺が加われば、お前にとって益こそあれ害はない」
ラロリアは口をつぐんだ。黙認ということだ。
それから、空気を変えるように、ウェルズは勝手に話を振った。
「間隔海の歴史は知っているか?」
「知ってても教えてやらないわ!」彼女は先ほどの高慢さを取り戻していた。
「間隔海はアレクシオスの戦いが作り出したものだと聞く。奴の力は本当にそれほど強大なのか?余波だけでこれだけの土地を消し飛ばせるほどに」ウェルズは海面を見つめながら言った。「だがもっと気になるのは、伝説と渡り合えるものが何なのか、それが奴の謎の失踪と何か関係があるのかどうかだ」
「そんな世界の未解決の謎、私が知るわけないでしょ?あの名高い万法締造者がどこへ行ったかなんて、誰が知ってるのよ」ラロリアは腰に手を当ててため息をついた。
「伝説と渡り合えるものがいったい何なのかは、もう歴史の長い流れに埋もれて誰にも分からない。でもその伝聞は本当よ。蒸気船で十数日も航海しなきゃならないこの広大な海は、アレクシオスの戦いの後にできたものなの」
煙突が黒煙を吐き出し、明るい汽笛が鳴り響いた。今日の澄み切った空は、変わらず心を和ませてくれる。
「秘密結社、秩序編織者……今度の標的はこいつらか」
伯爵を調べていた頃、資金の流れを洗ううちに、彼はすでに秩序編織者のことを突き止めていた。
彼の復讐の旅は終わらない。胸に手を当てる。偲ぶよすがとなる品さえ持たない彼は、ただ心の中で静かに肉親の顔を思い浮かべるしかなかった。
「アメリア……父上、それに母上」
「お前たちを奪った者どもを、一人ずつ煉獄へ送ってやる」
その瞳には灼熱の炎が燃え盛っていた。復讐者だけが宿す憎悪だった。
宿の扉を開け、フリーデはひんやりと静まり返ったスイートルームに入った。ウェルズの持ち物はすでにきれいに片付けられ、衣装棚も本棚も空っぽだった。誰も泊まったことがないかのように整った部屋に、自分がたった今来たばかりのような錯覚さえ覚える。
そして片付いた部屋の中、彼女がいつも巻物を書くのに使っていた机の上に、純白の手紙が一通置かれていた。
白く滑らかな指がそっと封を開くと、中には数枚の手稿が入っていた。
「終末救贖者の最も世を震撼させた行いといえば、二つの国を滅ぼしたことに尽きる。『超凡衰弱』の前、使徒『馭界者』アラリックは咫尺の書を用いて九階魔法『次元裂解』を行使し、古代共和国を滅ぼした。過程と原理は不明だが、結果として古代共和国とその南の他国の国境領土は空間魔法によってまるごと引き裂かれ、次元晶壁の外へ送り出された。そこの次元嵐は瞬時にその地の九十九・九九パーセント以上の生命を絶滅させ、七階以上の魔法使い数名だけが次元界の内へ転送して戻ることに成功した」
「この事件により、大陸のあらゆる勢力が終末救贖者の存在を直視し、その構成員を全力で追跡した。その後、アラリックは教国の東方に現れ、咫尺の書を用いてその地の枢機卿を暗殺しようとしたが、後に教皇となる一人の枢機卿に討たれ、この書は教廷の手に落ちた」
「古代共和国のあらゆる資料はその消滅とともに誰にも知られなくなり、その記録も歴史の中に沈んだ。唯一残された痕跡は虹湾王国北部の広大な無序空間だけで、咫尺の書が次元界に与えた傷がどれほど強大だったかが想像できる」
「かつて、無序空間を研究しようとする学者魔導師が幾人かその地に定住し、いくつかの城市を築いた。超凡衰弱の後も、その都市は世界に名高い研究地域の一つであり続けている……」
フリーデは手稿の文字を一字残らず丁寧に読み終えた。その筆跡は、まぎれもなくウェルズのものだった。
これがきっと、彼の言っていた知識の報酬なのだろう。
「ここに書かれていることが本当なら……私が滅ぼしたのね……古代の共和国を……」
顔に哀しみが浮かぶ。強烈な痛みがあった。外からの傷ではなく、内側から湧き上がる苦痛だ。自分という存在の礎が揺らぎ、内から外へ崩壊の亀裂が走っていくかのようだった。陶器の人形のように精緻な外見をした彼女は、内面までもが同じように脆かったのだ。
目の前が急に暗くなり、彼女はこめかみを押さえた。
「私が……こんなことをしたなんて……いったいどうして……」
終末救贖者に仕えた記憶など彼女にはまるでなく、アラリックという名にもまったく覚えがない。自分がその男と契約を結んでいたなど、想像すらできなかった。
「この件にはまだ疑問が多い……あの場所でかつて何が起きたのか、調べに行かなくちゃ……!あの時いったい何があったのか、はっきりさせる……!」白い絹の手袋に包まれた右手を固く握りしめ、彼女は次の目標を心に決めた。
次元裂解の威力は強大とはいえ、せいぜい一つの都市を滅ぼすだけである。一つの国を滅ぼすには、伝説が自ら手を下すのでなければ不可能だ。そしてあの場所は研究の聖地であり、かつて学者たちが残した研究記録が、当時何が起きたのかを明らかにする助けになるかもしれない。
ウェルズの残した手紙は、明らかに彼が知るすべてを記したものだった。そこに書かれていることは真実であり、彼の知りうるすべてなのだと、彼女は信じたかった。彼はもう自分と縁を切ると決めたのだから。この先関わることのない相手に、わざわざ嘘をつく必要などないのだ。
フリーデは金の瞳を閉じ、ウェルズのあの偏執的で悪意に満ちた眼差しを思い出した。
「復讐が……あなたの使命なの?」
「私の使命は……いったいどうすればいいの?」
茫然としながらも、彼女は過去に起きたすべてをはっきりさせたかった。
終末救贖者に引き裂かれた世界は今なお広大だ。それでも彼女には予感があった。いつの日か、ウェルズとまた巡り会うだろうと。
手紙には金券の束も添えられていた。食事も宿も必要としない彼女にとって、この金は大陸を横断して東部へ向かうのに十分だった。
魔導書を手に取ると、彼女は「自分」を腰に収めた。そして踵を返して部屋の扉をくぐり、東への旅路についた。




